藍鷹の原野   作:副隊長

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鷹視5

「ほう。数日前までとは戦意が大きく変わっている」

 

 潁川方面、黄巾反乱軍。その偵察に自ら出ていた曹操は、感心したように呟いた。眼前に展開されしは、黄色い軍勢。反乱軍がその名を冠する黄色い頭巾を、全ての兵士達が身に着けている。程遠志の敗死による士気の低下と、軍勢の再編の混乱が嘘のように賊徒達は静かな闘志を燃やしている。報復。そんな言葉が簡単に思い浮かんで来るほどに高められていく闘気に、銀髪の魔人を以てしても思わず感心してしまうほどである。

 

「これは、農兵と侮っては痛い目を見るかもしれないな、淵」

「これは確かに、侮れないかもしれないなぁ」

 

 曹操の護衛の為に傍らに控えている夏侯淵も、思わず同意する。一朝一夕で、軍全体の武芸の腕が上がるわけではない。にも拘らず、眼前に広がる軍は先ほどの戦いの折よりも、むしろ軍勢としての気力は増していると言えるだろう。黄巾の陣容で何かがあった。つまりはそう言う事なのだろうと、曹操は予測を立てる。前線指揮官の戦死。それを補う何かがあったと言う事だ。それも賊軍に。

 賊徒である。一応は、不正の蔓延った世を正す為に蒼天(漢)を引き摺り下ろすと言う大義を掲げているが、人材の質や底力と言う点では、黄巾は官軍に遠く及ばない。武芸に秀でたものもいるが、所詮は農兵の中でと言う条件が付く。将一人の損失と言う意味が官軍とは大きく違っているという事だ。

 

「つまり、大物が出てきたという事かな」

「曹操様、お下がりください!」

 

 にも拘らず、黄巾の士気はむしろ燃え上がっていると言えた。曹操はあらゆる分野に卓抜とした才を持つが、武芸の才も並みではない。傍らに侍る夏侯淵や、今は曹操軍の統括の為に残していた夏侯惇等には及ばないまでも、一流の剣の腕を持っていると言える。軍略にも通じているし、兵士の気持ちも実に良く察する事が出来る将でもある。そんな曹操が、眼前の戦意あふれる軍勢を見て、黄巾の増援に大物が来たとあたりを付けるのは難しい事では無かった。

 銀髪の魔人が思考の海に揺蕩っている時、不意に夏侯淵が声をあげた。気付けば曹操の一歩前に出ている。剣を抜身で手にしている。何時でも曹操の壁になる為に戦うという事だろう。

 

「貴女は、怖い人だな。これでは、折角ぶらりとしてきた意味がない」

「何者?」

 

 何時の間に現れたのか、警戒する夏侯淵の間合いの外に一人の男が佇んでいた。身に着けるは、黄色い巾。粗末な具足に二振りの剣だけを持つ男に、護衛である夏侯淵は剣を突き付け鋭い声を上げる。

 

 「ああ、良いのだ淵。この者は官軍の将だ」 

 

 兵士一人に夏侯淵が警戒心を持った。二人は初対面である。つまり、それだけの何かを対峙して感じ取ったという事なのだろう。斬り込んで行かないのが、その証拠と言えた。そんな腹心の様子に、やはり欲しいなと曹操は笑みを深める。対峙する人間は知り合いだった。曹操が黄巾の乱の中で見つけた人間の一人だった。

 

「……将ではありませんよ」

「客とは言え、将は将だろう? 精鋭とは言えないが、官軍の騎馬隊を完全に掌握できている。北の騎馬の技と言うのは、やはり凄まじい様だ」

「まぁ、烏丸の騎馬隊に比べればそれほど厳しいものでもありませんので」

「北の騎馬の技。と言う事は、この人が夏侯惇が言ってた」

「うむ。衛真殿だ。郭嘉殿と言い衛真殿と言い、漢には人材が多いな、淵」

 

 曹操の穏やかな様子に、夏侯淵は剣を下ろす。辺りを覆っていた闘気が霧散する。不敵な笑みを浮かべて前に出た曹操の傍らに、夏侯淵は再び侍る。剣は収めたが、警戒心を解いた訳では無い。曹操や姉貴分である夏侯惇から話こそは聞いていたが、初対面であり、しかも黄巾を付けていた。おまけにどこか油断できそうにもない。気力が満ち溢れていると言う訳では無いが、何処か鋭いのである。とりあえずはと言った様子で、夏侯淵は様子見に入った。

 

「貴女は、やはり郭嘉殿を欲しているようですね」

「当たり前ではないか。あれほどの才気だ、是非とも幕僚に加えたい。無名でいるのならば、尚更だ」

「確かに。あれは大器だと思います。人を選ぶ事の無い軍略の才。王佐足り得るものではないでしょうか」

「それは、直接彼女の策で戦った将としての言葉かな?」

「三度共に駆けただけではありますが」

 

 衛真は郭嘉と共に、二度戦場を駆けている。一度目は賊徒の奇襲であり、二度目は本隊同士のぶつかり合いだ。細かく分ければ、牽制と強襲で三度になる。全て何かしらの成果を上げる事となっていた。その衛真が郭嘉の才を認め、今に至るまでに何度か郭嘉と語り合い、その実力を感じた曹操も認めている。本人こそこの場にはいないが、耳に入れば困ったような笑みを浮かべる事だろう。

 

「しかし、今暫くは無理だろうな」

「何故、と聞いても?」

「傍らには貴殿が居られる。郭嘉殿は衛真殿には恩があると言っていた。あのような目で秘めたる思いを告げられては、私は無理強いもできはしなかった」

 

 私としては一刻も早く幕僚に欲しいのは山々なのだが。っと曹操は笑みを深める。

 

「と言う訳で、衛真殿。貴殿ごと我が幕僚に加えられればと思うのだが?」

「申し訳ありません」

「と、なるだろうなぁ。解ってはいた。貴殿の望みは、盧植殿の元に馳せ参じる事だ。その一点だけと言ってもいいだろう。だからこそ、郭嘉殿もつい惹かれるのだろうな。義と言うものかな」

「それほどの物ではありませんよ。師は師であると同時に、もう一人の父でもあるのです。実の父と同じく道を示してくれた。今の私は師が居たからこそある。その師が常人には想像できないような高みに上られ、反乱鎮圧と言う苦境に立たされている。故に力になりたいと思うのです」

 

 不意に曹操が自分の元に来ないかと衛真に問うた。即答だった。曹操からは少なくない魅力を感じてはいるが、それは衛真が動く理由たり得ないからだ。それは衛真にとって、譲れないものだと言える。師が既に無いと言うのならば兎も角、総指揮官として全軍の指揮を執っている。朱儁や皇甫嵩、曹操の動きもある程度統括していると言えた。一時的に指揮下に入るのならばいざ知らず、盧植以外に衛真は臣従しようとは思わない。

 そんな衛真の心中を最初から察しているのか、特に気分を害した様子もなく曹操は引き下がる。相も変わらず不敵な笑みを浮かべていた。そう簡単に思い通りになっては面白くない。そんな言葉すら感じられる表情だ。

 

「まぁ、衛真殿の事は今の所諦めておこうかな」

 

 まるで次回があると言わんばかりの言い草に、流石の衛真にも苦笑いが浮かぶ。恐らく、曹孟徳と言う人物は黄巾を飛躍の足掛かりとするのと同時に、見所のある人間を探しているのではないかと思う。自身がその眼にかなったのかは判断がつかないが、その貪欲さに衛真は素直に感心していた。

 

「黄巾の大頭目が来たようです」

「ほう……」

「人公将軍張梁を補佐する大頭目、張曼成。大頭目波才と並ぶ張梁の両腕が揃った為に敵軍の士気が持ち直したという事になります」

「肝心の人公将軍はいない様だがな」

「居ない者は仕方ありません。張曼成。波才よりも武勇に長けた者と聞きます。他にも頭目の何儀、裴元紹と言った者たちが五千程の増援と共に敵軍に入ったようです」

「って言うか、衛真殿は何処からその情報を?」

 

 黄巾賊についての話に戻る。大頭目。黄巾の指導者の事であり、将軍と言い換えれば分かり易いだろう。衛真が告げた事実に、曹操は得心が言ったと頷く。張曼成。その名は官軍にも届いている。武勇に秀でた張梁の腹心であり、官軍を苦しめた頭目でもある。そんな勇将が戦列に加わったのだ。賊軍の士気も上がるだろう。

 衛真から次々と語られる情報。それはどのように得たのか。それが気になった夏侯淵は、今まで黙っていた会話に口を挟んでいた。雑談ならば気にしないのだが、軍事関連に変わってきている。彼女が疑問に思うのも尤もなことだ。

 

「それは、淵。衛真殿は黄巾を手にしている。つまりは、そういう事だろう」

「ぶらりと出かけて参った次第。黄巾を頭に、数人の兵士と共に」

「……、ああ、まぁ、賊軍だしなぁ」

 

 何を聞いているのだと言わんばかりの曹操と、何でもない様に頷く衛真に夏侯淵は、ひょっとしてこの二人似ているところが有るのだろうかと疑問に思う。要するに、黄巾を身に着け潜入してきたと言う事なのだ。身一つで赴き敵兵と語る事で情報を得る。だが、顔が割れていないのならば、それは極めて有効だと言える。賊軍は主力を除けば時勢によって集まった寄せ集めの軍勢に過ぎないからだ。一見無謀ともいえる剛胆さ。夏侯淵は、曹操と衛真にそんな共通点を見出していた。黄巾だけを被り、自ら偵察に向かう。それも敵軍内部に。如何にも曹操の好きそうなことである。

 尤も、本気で曹操が実行しようとしても、できない事ではあるが。黄巾を被り粗末な身なりをしようとも、曹操は曹操であってしまう。それだけの存在感を曹孟徳と言う人物は持っていた。潜入任務などは、存在的に考えて不向きなのである。正体こそ解らなくても、何者なのだと警戒されるような人間では、諜報などには向かないと言えるだろう。

 その点で言えば、衛真などはむしろ向いていると言える。どこかぼんやりとしているのだ。体格は男性らしく曹操や夏侯淵などと比べても頭一つ分は良い。戦場を駆ける者らしく、引き締まった身体つきをしていると言える。だが、曹操の持つ迫力の様なものは感じられない。それ故、必要以上に警戒される事もないという事だった。ただ、先ほど剣を突き付けた時に冷たさを感じた。殺意や敵意などではない。ただ、肌が冷たくなった。曹操が声をかけるまでのほんの僅かな間だが、夏侯淵にとってはそれだけで十分だと言える。

 

「見たいものも見れた。知りたいことも知れた。ならば、この辺りが退き時かな」

「お供いたしましょう」

「ああ、それは良い。一度共に駆けてみたいと思っていた」

 

 そんな言葉と共に、曹操は軽やかに騎乗する。一度振り返り、黄色い軍勢を見つめた。数倍の兵力である。だが、農兵だった。さて、始めようかな。そんな呟きが夏侯淵の耳に届いていた。

 

 

 

 

 

 総勢二万五千程の軍勢だった。朱儁率いる騎馬隊を前衛中央に配し、両翼に一千ずつを置いている。後衛として歩兵一万五千が三段に別れ、前衛の支援と圧力を担っている。その右五里(役2㎞)程に、曹操率いる援軍の五千が布陣している。歩兵二千を前衛に配し、後衛として騎馬隊三千が悠然と佇んでいる。

 衛真は朱儁軍の前衛右翼に配されていた。騎馬一千騎。予備隊の扱いではあるが、思うように動かせる兵士達であった。周囲には二十騎の義勇兵が囲み、傍らには郭嘉が侍っている。

 一度、衛真は郭嘉に曹操の元へ行ってはどうだろうかと提案していた。衛真から見ても、曹操旗下の兵士たちは官軍の中でも精強な部類に入るように思える。事実、動きでは朱儁旗下にも劣っていない。前途多難な衛真の下で戦うよりも、遥かに堅実だと言える。大将の曹操も郭嘉の才を欲しているのが容易に見て取れた。実力のある者が必要とされている場所に向かう。自然な流れだと言えるだろう。朱儁の客将として扱われていた。師の元へ向かうと言う目的もほぼ果たしたと言える。後は、眼前の戦に勝ちさえすればそれで充分と言えた。

 

「一千騎での戦ですね」

「二百が五隊。そう思う事だな。その五つを以て、縦横無尽に動ければ多彩な動きができる。尤も、精鋭と呼ぶには練度が不十分だが」

「ここぞと言うところで変幻に動く。そういう事ですね。多用すればそれだけ乱れてしまうと」

 

 そんな思いもあっての衛真の提案だったのだが、郭嘉はあっさりと首を振った。これまで共に戦ってきたのである。今更離れると言うのは素直に頷けるものではない。それに戦時である。いくら求められているとはいえ、敵前でいきなり配置替えをしたところで、有効な働きなどできる訳が無かった。何よりも、郭嘉は興味があったのだ。義勇軍二十騎で戦った手腕を持つ衛真が、正規軍を率いればどれだけの事が成せるのか。それを見て見たいと言う、軍師の欲求からくる好奇心は言葉では動かしようが無かった。

 その為、郭嘉は衛真の傍らに残ったという事である。曹操には間違いなく惹かれていた。惹かれてはいたが、衛真にもまた郭嘉は惹かれているのである。曹孟徳と言う大将に強く惹かれていると言うのならば、衛真には、自身の思い描く戦を体現してくれるかもしれない指揮官として惹かれていた。どこか似ているようであり、遠くもある二人の才に触れた郭嘉は、先に縁のあった衛真の傍に居る事を選んだという事だった。

 

「朱儁殿はどう動くでしょうか」

「数度牽制を行い、弱い点を探す。敵の隙を見極めたところで一撃を以て貫きにかかる。そんなところだろう。考えたところであまり意味は無い。今の局面まで来たのならば、ぶつかり合う意外には無いだろうしな」

「衛真殿は、戦場では何時も割り切っておられますね。一度ぶつかり臨機応変に動くしかない。ほーこうも解りはするのですが、不安で仕方がありません」

 

 白風に乗り、細身の剣を携えた郭嘉が小さく零す。軍略と言う点で見れば彼女は大きなものを持っているが、武芸と言う点で見れば無いに等しい。戦う方向性を見るのは得意でも、実際に剣を持つと不安で仕方が無いと言ったところだろう。剣こそ持っているが、郭嘉でも振れる様な軽いものだった。いざと言う時の為の護身用と言う意味合いでしかない。

 

「目を閉じない事だな」

「目、ですか?」

「ああ。戦場を見つめてさえいれば、貴女は戦況の判断がつくだろう。つまり、何処が厳しく、何処が易いのか判断がつくという事だ。目を逸らさなければ、後は白風が何とかしてくれよう」

 

 己が力を見誤らなければ良い。衛真はそれだけ告げ、どこかぼんやりと敵を見つめていた。自分が守ってやるなどと言わないあたり、彼らしいと郭嘉は口元が緩む。衛真は郭嘉に武術的な働きなど期待していない。だが、傍らにいる事を禁じている訳でもない。それは、戦場に立てる才があると認めているという事だった。何も、直接剣を振るうだけが戦ではない。機を見る事や、大局の判断など、武芸以外に必要なものはあるのだ。

 

「さて、始まったようだ。行くとしようか」

 

 衛真が郭嘉に告げた。朱儁率いる騎馬隊が動き始めている。それに呼応するように曹操軍も展開を始めた。歩兵が駆け、騎兵がその陰に隠れるように大きく賊軍の側面に向かっている。見方によっては、曹操軍は朱儁軍の最右翼と言う形であった。土煙、遠くに上がり始めていた。

 

「来ましたね」

「ああ。この戦、勝たせてもらおう」

 

 郭嘉の呟きに衛真は静かに頷いた。騎剣、抜き放つ。天に掲げ、正面に振り下ろす。それが進発の合図だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 前衛がぶつかり合った。朱儁率いる騎馬隊がぶつかり反転したところで、右翼である衛真率いる騎馬隊が槍の様に縦列で突きかかった。騎馬隊の機動力があるとはいえ小さく纏まっていなければ、弓の餌食になるのは火を見るよりも明らかだ。衛真が先頭を駆け、騎射による弓撃で最前列をこじ開けると、一気に肉を抉る様に穿ち抜く。

 賊軍前衛を幾らか破ると即座に反転。最後尾を駆けながら、馬の背に仰向けになりながら騎射を放ち、反攻の機先を制し離脱する。一度の攻撃で瞬く間に十数人を射落としている。騎馬隊の意気が上がった。ある程度賊軍との距離を取り、再び反転、即座に切り込む場を定め駆け抜ける。

 反転をしている僅かな間に、郭嘉は衛真に矢筒ごと新しい矢を託した。衛真の矢筒は最後尾で騎射を行い全ての矢を使い切った時点で捨てられている為、新たな矢筒が邪魔になるという事もない。

 目の前で行われる常識離れした戦いに、郭嘉は胸が高鳴るのを自覚する。先頭を行くときには四矢を同時に射、後退の時には凄まじい速度で矢を連射する。賊軍はその弓馬の技に追いつく事すらできず、次々と射落とされていくだけである。騎馬隊の機動力と、弓の射程。誰もが考え得る最高の組み合わせを、実戦の中で極めて高い水準でこなしているのが衛真の戦い方であった。

 基本的に騎射と言うのは難易度が極めて高い。馬上では体は常に揺れ動き狙いは定まらず、また馬の操作もできないからだ。騎馬民族でなければ騎射は行えないと言われるほどである。

 それが、郭嘉の眼前で嫌になるほど鮮烈に展開されている。その胸の高鳴りも仕方が無いと言えた。

 対する敵軍は賊軍である。敵前衛が鉄製の盾でも手にした重装備の歩兵ならば防ぎようもあっただろうが、迎え撃ったのは具足も満足に揃っていない農兵だ。振り上げた武器は官軍騎馬隊に触れる事すらなく血の海に沈む。

 

「我こそは程遠志が副将、鄧茂! 官軍の兵よ、道を開けい!!」

 

 数度のぶつかり合い。朱儁の騎馬隊と衛真の騎馬隊が敵軍に探りを入れている最中、二百程の騎馬が飛び出してきて音声を挙げた。両の手に剣と槍を構え、『衛』の旗に向かい一直線に駆けて来る。

 

「官軍の臆病者よ、姿を現せい! 程遠志殿を背後から襲った卑怯者をこの手で八つ裂きにせねば気が済まん!!」

 

 騎馬隊の兵士を数人突き落とし、鄧茂は咆哮を上げる。賊軍の意気が上がった。

 

「衛真殿、見え透いた挑発です!」

「そうだな」

「儂が怖いか、臆病者!!」

 

 郭嘉が鋭く言い放った。鄧茂が叫び声を上げ続けている。衛真は一度、騎乗する馬の頭に短く触れた。速度が上がる。

 

「衛真殿!?」

「其処に居ったか。程遠志殿の敵は取らせて貰うぞ!!」

 

 一瞬で郭嘉を引き離し、衛真は鄧茂に向かい駆けた。郭嘉の悲鳴が上がる。馳せ違った。右腕が飛んでいる。槍。地に突き立っていた。反転。鄧茂。左腕に持つ剣を突き出した。首の動きだけで往なし、剣を突き立てる。

 

「敵将鄧茂、討ち取った」

 

 騎剣に貫かれた鄧茂を、衛真は切り捨てその首を部下に取らせた。一騎打ち。思わぬ乱戦の中で発生したそれを、一息に終わらせるとそのまま残党の掃討を一隊に任せ、再び本隊に向かいひた駆ける。幾らか朱儁への援護が遅れていた。離脱の隙を作る為に、他方からの圧力が必要だったからだ。ぶつかる直前、不意に圧力が弱くなった。曹操軍。歩兵の背後に隠れ騎兵が側面に躍り出たところから突きかかっていた。騎兵があけた穴を、曹操軍の歩兵がさらに大きく広げていく。

 

「好機です!!」

 

 すかさず郭嘉が叫んだ。朱儁率いる騎馬隊が敵陣から離脱するも、即座に反転勢いを付け直して敵に向かう。朱儁、衛真ともにぶつかっていた。曹操軍の騎馬隊の圧力を含め三方向から騎馬が攻め立てる。その後方から歩兵が押し上げ、陣形を崩していく。賊軍に混乱が広がった。もう一撃。それで賊軍は崩れ始める。押しに押す。それが官軍に出来る、唯一にして最良だった。

 

 

 

 

 

 赤き外套が翻る。影すら残さず白馬が駆け抜けていた。絶影。葦毛の背を駆るのは銀色の麗人である。黒金の剣を右手にし、左の手で目まぐるしく騎馬隊の指揮を出す。軍鼓が戦場を飛び、瞬く間に陣形が変わる。騎馬隊での側面強襲。官軍本隊の朱儁、衛真の騎馬隊に賊軍が注視するや否や、雷光とも思える速さで躍り出ていた。誰もが正面で駆け回る騎馬隊に意識を集中していたと言える。そんな状況からの攻勢である。賊軍に動揺が走っていた。

 

「第一段、第二段は、押しに押せ! 四段五段は私に続け!」

「御意!」

「夏侯妙才、矢のように向かいます!」

 

 賊軍の衝撃を感じ取った銀髪の魔人は、一切の躊躇を感じさせる事無く敵軍に襲い掛かった。従妹であり、信頼できる勇将である夏侯姉妹に最精鋭を預け、自身も鍛え上げられた騎馬隊を以て攻め寄せる。

 

「孟姉! 前に出すぎだよ!」

「曹操様。いくら賊軍が相手とはいえ、万に一つが無いとは言い切れません。前衛は私と子孝にお任せください」

 

 そんな曹操の傍らを慌てて旗本を率い、守る様に囲むのは曹仁と曹洪である。身の丈以上もある大刀を背負い、赤を基調とした甲冑を身に纏い騎乗する少女が曹仁、字を子孝。曹操と同じく赤と白の軍袍に身を包み、軽装で矛を持つ女性が曹洪、字を子廉と言った。両将共に、一軍を指揮するに足る実力を備えているが、曹操軍もあまり兵士が多い訳では無い。二人は、官軍の騎馬隊を率い、曹操の傍らで副将として戦場にあったと言う訳である。

 

「ふむ。確かに、惇と淵が居れば前衛は問題なしと言えるな」

「ならば、お下がりください」

「であればこそ、私が前に出る事に意義がある。二人がつけた勢いに私が乗る事により、官軍全体の勢いはさらに加速すると言えるだろう。駆けろ。そして、切り開け。曹操の元に、弱卒は無い!」

 

 賊徒とは言え敵は大軍である。兵の質は比べようもないが、数の差は大きかった。万が一の可能性は無いとは言い切れない。その時の為にも少しばかり足並みを整えろと進言するも、寧ろ曹操はさらに加速する。

 精鋭であった。曹操指揮下にある夏侯姉妹の軍は勿論の事、曹操達に従う兵士達もまた、前衛の勢いに乗じ、その力を示し始めている。官軍の本隊である朱儁の騎馬隊は言わずもがな、その朱儁と巧みに連携する『衛』の旗が掲げられている騎馬隊もまた、卓抜した動きを行っていると言える。遠目で確認できるだけではあるが、『衛』の旗が進もうが退こうが敵兵は倒れ続けているのだ。何が起こっているのか、曹操を以てしても理解不能な部分がある。寡兵ではあるが、精鋭が三か所同時攻撃を仕掛けていた。押しに押し、幾らか黄巾を後退させ始めている。

 賊軍は寄せ集まりであり、一度崩れれば核となり踏みとどまれる部隊が少数だと曹操は見ていた。だからこそ、将が前に進み、全軍の意気を上げる事を選択していた。

 

「我が名は何儀。蒼天の狗よ、黄天を恐れぬと言うのならば来るがいい!」

「この裴元紹を斬れる者はおらんのか!」

 

 騎馬隊が疾風の如く攻め上げる。そうしてできた敵陣の空隙を、歩兵が更に押し広げる事で賊軍全体に動揺が伝搬する。その効果が大きくなると見た賊将は、自軍を鼓舞すると共に、起死回生の一手とするため、曹操軍の指揮官を探す。

 

「おお、威勢の良い者達が出てきたようだ」

「孟姉。感心していないで、少しは下がってよ!」

「はは。我が軍は優秀な者達が揃っている。あの程度の将では私には近付けんよ。それに、近付いたとしても子孝と子廉が居る。何も心配する事は無い。だろう?」

「それは、そうですが」

 

 敵将が目視できる距離に近付いてきた為、もう一度下がるように言う二人に、曹操は不敵な笑みを添え、言い放つ。私はお前たちを信じているのだ。だから前に出れる。そんな意図がありありと伝わり、曹仁と曹洪はそれ以上何も言い返す事が出来ず、各々の武器を握りなおす。曹操まで敵将が届く事は無い。そう思っていても、警戒しない理由になりはしない。

 二人の賊将が、曹の旗を見つけたのか、曹操のいる方へ動き始めた。兵の圧力が明確に向いた。動く。その刹那、二本の槍が突き刺さった。夏侯惇、夏侯淵率いる曹操軍の精鋭である。五百ずつ、合わせて一千の私兵を率いた二人が、賊将率いる部隊を真正面から攻めかけたのだ。

 

「心配する事など無かっただろう?」

 

 大きく敵軍の旗が揺らぐ。果敢にも攻めかかろうとしていた二つの部隊は大きく動揺し、背を向け逃げ始める。敗走を始めていた。聞きなれた意気の上がる声が轟く。何儀、裴元紹、討ち取ったり。騎馬隊の兵士たちが戦場に響き渡る様に大音声を上げる。

 そんな自らの軍の働きに満足するように曹操は笑みを深めた。その悪びれもしない様子に、下がるように進言した二人は苦笑いを浮かべるしかない。背を向ける敵軍を蹂躙する。そうすれば、多くの敵を討てると言う局面だった。

 

「さて、少し足並みを整えようか」

「追撃は行わないのでしょうか?」

 

 だが、曹操はあえてそこで足を止め、戦場を俯瞰する。朱儁、衛真率いる騎馬隊を先頭に、全軍で追撃に移り始めている。だが、まだ一押し足りなかった。勝てるが、決定的ではない。後退する賊軍を見つめ、そんな結論を導きだしていた。

 

「これほど大きな刃を抜いたのだ。打ち払うだけでは到底足りぬ。完膚なきまでに撃ち破るしかあるまい」

「殲滅」

 

 眼前にいるのは、敗走一歩手前の軍だった。此処であと一押しすれば、黄巾党は遮二無二逃げに走るだろう。それで多くは討ち果たせるが、それは勝ちきれたと言えるほどではない。少なくとも、曹操はそう考えていた。故に、今打ち払うのではなく、もう一撃を加える矛が欲しかった。

 

「あれは……、援軍!?」

 

 騎馬が駆ける砂塵が賊軍後方にはっきりと見えた。そろそろか。それを見て曹操は呟く。潁川方面の黄巾党が強大と見て駆け付けてきた、皇甫嵩率いる官軍の増援だった。三方から押しに押し、黄巾を大きく後退させていた。だが、ぎりぎり賊軍が壊走しきらない絶妙な攻勢の末、敵軍が四散する前に背後から強襲する軍勢が辿り着いた。正規軍の包囲殲滅戦。農兵でしかない賊軍には、苛烈すぎる攻めの形勢が整おうとしている。

 

「孟姉はこれを待って? でも、これは……」

「そうだな、子孝。既に敗残と言える敵軍には厳しすぎる攻めだ。だが、例えどれだけの時勢が乱れようと、天に牙を剝く以上は周到に動くべきであったのだ。そして、彼らは世を治すことはできず、乱すことしかできなかったが故に、ここで死ぬ事になる」

 

 後退する黄巾軍に、瞬く間に『皇』の旗が突き進む。それを見た曹操が呟いた。包囲殲滅。この地の対黄巾の最後の仕上げが行われようとしていた。曹操が左手で再び指揮を行い始める。束の間と言える程の短い時間だが、休息を取った軍勢が再び剣を掲げた。進軍。銀髪の魔人が剣を振り、包囲が完成した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




曹仁、曹洪は3仕様
三極姫大戦のブラゲがもうすぐ出るし、三国志13pkも発売したし、やりたいことが多いです。
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