しかし試練の時は刻一刻と迫っているのであった。
ん、うぅん。・・・ん?あ、もう朝か。
起き上がって軽く伸びをする。はぁ~何とも気持ちのいい朝だ。
朝日の光を求めて襖を開けるとよく時代劇や戦国時代のドラマとかで見る中庭をぐるりと囲んでいるような廊下に出た。
その廊下に昨日の侍女が歩いていた、俺が襖を開けたからかこっちに気づいて向かってくる。
「正虎様。おはようございます。」
「ああ、おはようございます。今日もいい天気ですね。」
「ええ、本当に。雲一つない快晴で、良い気分になりますね。」
俺と侍女はお互いに空を見上げる、こういった時間はいつもならヨシテル様と鍛錬に励んでいる頃だからどこか新鮮だ。
そういえば義昭は今頃どうしてるかなぁ。勉学に励んでいるのか剣術を学んでいるのか、でも多分どっちにしろミツヒデ様が監督しているはずだな。前にどこかで情報が漏れたのか、二人きりでいるときに敬語をやめてくれという俺と義昭だけの約束をミツヒデ様が知っていたことには驚いた。おかげで鬼の形相で追いかけてくるミツヒデ様から全力で逃げるという、まさにガチの鬼ごっこが一度あった。あれは災難の何物でもなかったが、義昭が仲裁してくれたからクナイを投げられずに済んだというわけだ。
ただその後はミツヒデ様からは「あまり義昭様と二人きりにならないように」と釘を刺されてしまったが。
空を見上げながら少しだけ案じていると、侍女の顔から穏やかさが消え神妙な顔つきになった。
「正虎様、実はつい先ほど、あまり思わしくない情報が入ったんです。」
「思わしくない?一体どういうことですか?」
「密輸だそうです、ソウリン様は兵士を率いてその密輸の調査へと行かれました。」
「密輸ですか・・・、でもまあ、ソウリン様が直々に調査するなら安心では?」
「それはそうですが、念のためです。いつ何が起きるかわかりませんので。」
この時代じゃぁ密輸もまだやりやすいんだろうなぁ、チェックも人の目だけだろうし。
ソウリン様も調査に行ってしまったのなら豊後の見物は俺一人ということになるのかぁ。
「では私も仕事に取り掛かります。正虎様、どうかお気をつけて。」
「ありがとう、気を付けるよ。」
侍女はお辞儀をして立ち去った。
さて、俺も行こうか。せっかく来たんだ、見物に行かなくちゃ損ってもんだ。
さっきの部屋に戻り着替えて刀を帯刀。槍は・・・置いていくか。
あ、ちゃんとお金はヨシテル様から賃金としてもらってるよ、財布の中身も入れ替えたし。
・・・よし!これで準備はOK!行こうか。
―豊後 城下町―
昨日は着いた様子とあまり変わらない様子で、今日も活気づいている。
そういえばここは海に近かったな、所々に魚屋が見える。
どんな魚があるのか非常に気になる。
「いらっしゃい!兄ちゃん、安くするぜぇ~!」
とても元気のいい店主が声を掛けてきた。けどまあ周りを見ても男の客は俺だけで他は全員女性だからか。
商品を見れば、定番のアジやブリ。それにキスまである。貝類はアサリにシジミ、サザエといったところか。
・・・ん、マグロもあるのか。これは迷うなぁ、マグロとブリどっちにしよう。どっちも塩で食べると美味いんだよなぁ。
「おや、兄ちゃん。帯刀してるってこたぁ武士だろ?マグロが好きとは変わってるねぇ~。」
「へ?大体の人は好きじゃないのか?」
「いやいや、武士ってやつぁマグロが嫌いなんだ。マグロの別名はシビだからな。」
「なるほど、別名がシビ・・・、それと何の関係があるんだ?」
「シビは死ぬ日、つまり死日って読み方ができちまうから武士にとって縁起が悪いんだ。」
つまり当て字がマズいってことか、確かにこういう時代はとにかく縁起を担ぐのが大好きな時代だからな、死ぬ日なんて不吉そのものだよな・・・。
「・・・で、マグロにするのかい?」
「いやぁ、ちょっとブリと迷ってるんだ。」
「ブリ?ああ、ハマチの事かい?それなら絶対にハマチにしたほうが良いぜ。」
「え、そうなのか?」
「おうよ、なんせブリは出世魚だからな。マグロかハマチかって言われたら武士は皆ハマチを買うぜ。ってことでどうだい兄ちゃん、買うかい?」
むぅ、どうしようか。ブリは食べたいなぁ、京にいた時は魚介類はあまり食べられなかったから一段と魅力的に見える。
しかしおろしがなぁ・・・できないことはないけど場所が無いしな・・・。
「なんならここで刺身にするぜ?」
「い、いいのか!?」
「もちろんだ。ああ、値段なら気にするな、タダで捌いてやるよ。」
「じゃあ買いだ!そのハマチ買った!」
「毎度ありっ、なら中に入ってくれ。うちは食堂もやってるんだ。」
「お言葉に甘えて、入らせてもらおう。」
魚屋の奥に行くと確かに食堂が、まるで卸売り市場の飯屋のようだ。いや、実際にそうなんだが。
昼前だからか人はそれほど入っておらず、悠々とスペースを確保できるほどだ。
席に着くとさっきの店主がやってきた。
「ところで兄ちゃん、丼にすることもできるんだがどうする?」
「なにっ、じゃあ丼にしてくれ。」
「あいよ、ちょっと待ってな。」
店の奥に引っ込んで行った、今のうちに今日はどうするか考えておこう。
今は昼前、恐らく食事をしたとしてもそんなに時間は経たないだろう。
港も近いんだったな・・・海でも見に行くか、行きがてらに和菓子とかデザートになるようなものも見つけれたら良いなぁ。
それに釣り道具を貸してくれるところがあったら久々に釣りをやりたい、時間はかなりもってかれるがそもそも釣りというのはそんなものだしな。
「へい、兄ちゃん。おまちどおさん。」
「おっ、来たか。」
ブリ丼、正確にはハマチ丼が俺の前に置かれる。
これこれ!こっちの世界に来てから刺身とか生モノは食べれなかったからとても美味しそうに見える。
では、手を合わせて・・・
「いただきゃす!」
「なんだ、その掛け声・・・。あ、そうだ兄ちゃん。」
まずは一口、・・・うぅ、なんて美味いんだ・・・この味久しぶりだ・・・最高の気分だ!!
「おい、兄ちゃん。無視はひでぇだろ。」
「・・・え。ああ、すまない。刺身が久しぶりで、つい。」
「そうだったのか。実はうわさ話が二つあるんだけどよ。」
「噂だって?」
「ああ、一つは最近各地を暴れまわってるやつがいるそうだ。」
「へぇ~何とも物騒な話だ。どういうやつなのか知ってるのか?」
「旅の商人が食べに来ることがあってよ、そいつに聞いたんだがかなり腕が立つらしいぜ。」
「ほお、腕が立つと。あまり会いたくない相手だな。」
「そりゃそうだ、大剣を持った大柄の赤い短髪の女だそうだぜ。」
「むむぅ、覚えとこう。それでもう一つのほうは?」
「もう一つはあの将軍様に新しい側近が就いたそうだ、驚くことにその側近は男らしいぜ。」
「そんなに珍しいことなのか?」
「当たり前だぜ兄ちゃん!なんせこの戦国の世で活躍してるのは女だろ?男が武将の、しかも将軍様の側近になれるなんて例外中の例外だぜ。」
確かに今まで会った武将の名前を持った人は女性だった。松永様を除いて。やはり世界が違うと価値観も違うのだな。
ハマチ丼うめぇ、あと1/4ほどだ。
しかしその側近は俺の事だろう、男の側近なんて松永様しか会ったことがない。
「実はな兄ちゃん、そんな将軍様の側近はこの豊後にいるらしい。」
「えっ!?」
なんで知ってんだ~!つーか情報の伝達早すぎんだろぉ!
「まあ、側近ってくらいだからな。きっとすげぇ奴なんだろうぜ。ひょっとしたら傾奇者かもしれんぞ?」
どんどん俺に対するハードルが上がっていく。実物はヨシテル様の足元にも及ばないんだけどな・・・。
この間にハマチ丼完食。とても美味かった。
「美味かったよ、店主。」
「おう、あたぼうよ!」
さて、じゃあ港近くに行ってみるか!
―豊後 港―
昼頃、俺は港に到着した。今日はもう漁は終わったのか船はあるがちっとも人が居ない。
そして残念なことに釣り道具を借りれそうなところはなかった。くっ、折角の海なのに・・・。
仕方がない、海沿いに歩いていくか。
・・・ん?なんかキョロキョロと周りを見渡してるなんとも怪しい男が、腰に刀を差してるな。
身を隠して様子を見ていると男は路地裏へ小走りで行ってしまった。
どうする?後を追いかけるか・・・?
何もすることが無いし、もしあの男が犯罪に関わっているならソウリン様に報告しなきゃならんからな、ここは追って行こう。
俺は気づかれないようにその男の後をつけていった。
―豊後 路地裏―
この辺の建物は屋根がもう少しでつながる程近いからか、日影が濃い。これは追いにくいデメリットはあるが見つかりにくいというメリットにもなる。
三回ほど曲がったところで男はある建物に入っていった。
この建物は怪しい!何故なら外装がとてもボロいんだ。窓枠も朽ちてる、こんなところに人が住めるわけがない。ならあの男は本当に関わってるかも・・・。
しかし先走って入ってしまうのは得策じゃない、出合頭になる可能性が高いからだ。
周りに注意して見張ってると、しばらくしてからその男は出てきた。箱を担いでいる、そして港の方へ歩いて行った。
今か?・・・行ってみるか。
建物の中を覗いてみる、うん、誰もいない。チャンスだ。
おそるおそると中へ入って行った。
―豊後 怪しい建物―
・・・ずいぶんと箱が多いな、俺と同じくらいの箱が割とある。いうならコンテナレベルの箱もある。
ふむ・・・これは、もし犯罪ならばドラマでそこそこみる密輸というやつだろうか。
魚介と書いてある紙が貼ってる箱もあるが、外から嗅いで見ても魚独特の臭いがしない。
マジか?マジなのか、これ。
ん?奥にある箱の一つだけ、他の箱とは全く違う透明な箱が。行ってみよう。
・・・正面に立ったがやはりこれは箱自体が違う。この箱だけガラスで出来た箱のようだ。
中にはオレンジ色の長髪の、俺より少しだけ背の低い美女が眠るように目を閉じていた。
「な、なんなんだ・・・?」
なんで人間がこの箱の中に・・・?
い、いや。ちょっと待て。この人はおかしい。生きているなら呼吸するだけでも体のどこかは動くはず。
しかしこの人は微動だにしない、もしかして眠ってるんじゃなくて・・・。
「こ、これは大変なものを見てしまったのかもしれん。」
ど、どうしよう。これは絶対にソウリン様に報告しなきゃならんな。
こんな時にスマホかカメラがあったら・・・、見てもらうだけでほぼわかるのに。
・・・ピー
「ハッ!?はっハ!?」
近くにあった別の箱の陰に身を隠して周りを見る。どうやら人が来たというわけではなさそうだ。
いや、あれは電子音だったか?とするとどこかに機械があることになる・・・よな?
「ど、どこだ?何が起動したんだ?」
キョロキョロと辺りを見渡す、するとさっきの美女の目が開いている。・・・あ、めっちゃ見てる・・・。
「ひぃ!?な、なんで!?さっきまで閉じてたのに・・・?」
ピピッ 心音探知機ニ反応アリ スキャン開始シマス
よく目を見てみるとライフルのスコープのような十字が出てきている。まさかこの美女、アンドロイドなのか・・・?
そう考えれば辻褄が合う。電子音がしてから目が開いていたんだから、なにかの誤作動で起動したんだ。
それに呼吸で体が動かないのも、もともと呼吸なんてしてないんだ。当然だ。
スキャン完了 データヲデータベースニ転送シマス
さっきからこのアンドロイドの口が動いている気がする。何を言っているのかわからないから次に動いたときに箱に耳を当て聴いてみることにしよう。
しかし本当に人間そっくりだ、このきめ細かそうな肌なんてとても作り物だとは思えないぐらいだ。
・・・そろそろ動くかも、耳を当ててみる。
データベースヘノ転送完了 バックアップノ完了ヲ確認
え、もうバックアップ取られたの?面割れ確定じゃん!?
「やれやれ、あともうちょいか。もうひと踏ん張りだな。」
・・・!
男が戻ってきたか!仕方がない、隠れてやりすごそう。
「よいしょっと、全くこんな作業船員にやらせりゃいいのになぁ。」
どうやらなにか持って出ていったみたいだ、これはソウリン様への報告に戻らないと。
処理ヲ完了 ・・・あなたが私のマスターですか?
再度アンドロイドを確認すると口が動いている。箱に入っているせいで何を言っているかわからないが、またデータを処理しているんだろうな。
よし、急いで出よう。
俺は速足でその場を後にして、周りに人がいないか確認し丹生島城の方向へ向かった。
あなたが私の・・・対象ガ消失 シャットダウン準備開始
シャットダウン準備完了 システムヲ終了シマス
・・・プツン
投稿のペースに穴開けてすみませんでした。
最近に友人が結婚式を挙げ、僕も出席しました。
これで僕の友人の中からリア充が誕生しましたが「爆発しろ!」といった感情は一切なく、どこか感慨深いものがありましたねぇ。
ともかく、これからは小説に集中できそうなので、これからもよろしくお願いします。