お世辞にも身なりがいいとは言えない女性だった。口には骨付きの肉をくわえ、左手はローブのポケットにつっこんだまま。暑さを和らげるためか脇にかかえたマントはよれよれになっている。ライトグリーンのロングヘアーをなぶかせながら、めんどくさそうにシエスタの隣に立っている。
「不要です」
凛とした声が中庭に響いた。いつもは騒がしいこの場所も学院の授業がある今の時間は人気はない。
「姫さんの決定だよ。私に言われてもどうにもならんさ」
「わたしだけでメイジ数人分の働きはしているはずです。それでも納得できないと言うなら、タルブから二、三人連れてきます」
「いやいや、タルブのメイドを何人も従えるってどこの勇者様だい。姫さんでも一人を従わせるのがやっとだってのに」
「わたしだってこれ以上ルイズ様の従者が増えるのは御免ですよ。だいたいルイズ様にはわたしだけいればいいんです!」
「でも姫さんの勅命だよ。よほどボウヤが傷を負ったことが我慢ならなかったみたいでね。一時は自分がボウヤの看病をするんだって街娘の格好までして城を抜け出したらしい。ワルドの奴が首根っこつかんで城に戻らせたって愚痴ってたよ」
女性の口元に愉快そうな笑みが浮かぶ。
「恋する乙女ってやつだ。姫さんも可愛いもんじゃないか」
「あの女が可愛い顔をするのはルイズ様だけです!」
ぐぐぐっとシエスタは拳を握り締める。過去に受けた嫌がらせの数々。はっきり言ってシエスタの敵でしかない。
「マチルダさんだって知っているはずですわ」
「まあ……な」
女性……、マチルダは華麗なラインを描く眉根を八の字に歪める。
「可憐な花、トリステインの美姫、善政の女王などと呼ばれていますが、あの女の頭の中はいかにルイズ様から好かれるかしかありません!本性は色恋に狂った女王です!くるくる女王様ですわ!」
マチルダは思う。トリステイン女王アンリエッタのことをここまで言えるのはきっとシエスタだけだろう。ついでに同属嫌悪なんて言葉が頭の中に浮かんだが、もちろん口には出さない。シエスタの機嫌を損ねて得をすることはない。雇い主であるアンリエッタなら喜んでシエスタの機嫌を損ねるだろうが……
「それにしてもあのボウヤもよけいなことをしてくれたもんだ」
マチルダは思い出す。才香の大剣の前に身を乗り出し、ギーシュを庇ったかに見えたあの場面。
「あきらかに殺気もこもってない寸止めの一撃だったんだけどねえ」
「才香さんが本気で振り切っていればルイズ様の体は真っ二つでしたわ。ドットのメイジが作ったとはいえゴーレムをああも容易く切り伏せていたのですから」
それに、とシエスタは続ける。
「戦闘にのめり込みながらも才香さんはルイズ様に戦闘の余波すら届かない位置取りをしていました。ルイズ様とわたしがヴェストリの広場に姿を見せてからわずか数秒で位置を確認してすぐに距離を取りましたもの」
「ボウヤはとんだ化物を召喚してくれたもんだよ」
「まったくですわ。メイドならわたしを召喚なさればよかったものを」
「で、ボウヤの護衛増員なんだけど……」
「いらないとあの女に言ってください。ついでに政略結婚でもしてお幸せになってくださいとお伝えください」
「あー、でもねえ」
マチルダはシエスタから視線を外しあらぬ方を向いた。
「実はすでに学院の中にいるのさ」
「へぇ……」
シエスタはちょっとムッとしてマチルダに先を促した。アンリエッタに言われてルイズを影ながら守っているとはいえシエスタと仲が悪いわけではない。時には協力したり、食事を共にすることもある。どちらかといえばシエスタとマチルダの関係は良好だろう。だから、マチルダが一言もなく学院の中に人を入れたことがシエスタにはおもしろくない。
「ボウヤが怪我をしたことが姫さんには本当に耐えられないことだったんだろう。私は姫さんから話をされた時、正直我が耳を疑ったもんさ」
マチルダはあらぬ方、シエスタから視線を外したままずっと一点を見つめている。シエスタはなんとなくその視線を追った。
魔法学院の本当の外壁。一階、二階と視線が上がっていき、マチルダの見ていた高さとシエスタのそれが重なる。
五階。魔法学院創立以来、あらゆる秘宝が集められ収められている宝物庫がある場所。
「ボウヤを傷つける存在は全て殲滅させる気らしい」
「まさかとは思いますが……正気ですかあの女は……?」
困惑とも驚きともつかない声をシエスタは上げる。
「何を言ってるんだい。色恋に狂った女王だってあんたも言ってたじゃないかい」
「だとすると本当に」
「ああそうだよ」
暗く陰鬱な顔になりながら、マチルダはアンリエッタからの勅命を思い出す。
「姫さんは宝物庫に厳重に封印されている『破壊の人形』をボウヤに与えろとのことだ」
ルイズはベッドの上からキュルケをちらりと見る。そのキュルケのテーブルを挟んだ差し向かいに座っているのは才香。テーブルの上、二人の間にはチェスのボードがひろげられていた。
「身体の具合はどうなのよ」
キュルケの口調はいつもと違って心配の色を含んでいる。それでいてチェスのボードから視線を外さないものだから、それがおかしくてついルイズの口から笑い声が漏れた。
「どうかしらね。あと数日は安静にしてなきゃいけないみたいだけど」
キュルケのたおやかな指が空になったティーカップを支えて差し出すと、向かいにいた才香が立ち上がりティーポットから温かい紅茶を注ぐ。ティーポットはキュルケの使い魔、サラマンダーのフレイムの背中に戻され一定の熱を保っている。
紅茶を一口飲んだキュルケが騎兵をかたどった騎士の駒を動かして、槍を持った歩兵の駒を盤の上から排除する。
「さ、あなたの番よ」
「なかなか……いやな場所に動かしますね」
じっと盤上を見る。まだ才香の方がやや優勢。でも一手でも甘い手を打とうものなら勝利はキュルケへと転がっていくだろう。チェスの手を見るなり、キュルケはけっこう繊細な性格をしている。そして不利な状況でも勝ちを決して諦めない。
「モンモランシーがあなたたちに謝りたいって。我を忘れたせいでルイズが怪我をすることになったって」
「気にするなって言っておきなさい。あとわたしが休んでた間の授業のノート寄越せとも言っておいて」
「何度か見舞いに来てたみたいだけど、いつもメイド二人に追い返されてしょんぼりしてたわね」
「それはそうと、あんた今日はどうしたのよ。今の時間って授業中でしょう」
どうせ見舞いを口実におちょくりにでも来たんだろうとルイズは思った。なぜだか昔からキュルケはいつでもこうやってちょっかいをかけてくる。今なんて動けないないから絶好の機会だろうと覚悟はしていたが、キュルケは大人しく才香とチェスを興じている。
それから結局、キュルケは日が落ちるまでルイズの部屋にいた。ルイズと他愛ない話をしながら才香とチェスやカードゲームをして、不意にお腹が空いたと言って部屋から去っていった。
「なんだったのかしらあいつ」
ベッドからキュルケの背中しか見えなかったルイズは知らない。逆に、向かいに座っていた才香はよく知っていた。
「ご主人様にまだ安静が必要とわかった時には泣きそうな顔になっていましたね」
テーブルの上を片付けながら才香はなんでもないような口調でポツリと言う。
「小声でご主人様の身体の具合を詳しくお聞きになられていました」
「……へ?」
「それとモンモランシー様が何度か見舞いに来られたと言われていましたが」
あの素直な姿を見せてやればご主人様ともっと親しくなれるのにと才香は呆れた息を吐く。
「毎日少なくても五度は見舞いに訪れた方もいました。ご主人様の具合は良くなったのか。まだ目を覚まさないのか。治療の費用は大丈夫か。少しでいいから顔を見せろ。他にもいろんなことを本当に泣きそうな、時にはすすり泣きながら言われました」
「え……と、誰に?」
「赤毛の可愛らしい少女にですよ」
そう言って才香は鈍感なご主人様に苦笑したのだった。
破壊の杖→破壊の人形
わかる人にはわかる変更点。
人物についてはツッコミあればどぞー