ベッドの中で寝息を立てているルイズを起こさないように、才香は物音一つたてずに部屋を退出する。昨夜ルイズに聞いていた場所に近づいていくと徐々に匂いが強くなる。廊下の途中にいたメイドの格好をした少女に厨房への取次ぎを頼むと快く応じてくれた。
「それではあなたがミス・ヴァリエールが召喚したっていうメイド……」
「平賀才香と申します。未熟な身ですがよろしくお願いいたします」
「私はシエスタっていいます。あっ、ここがこの学院の食事を用意している厨房です」
中を覗くと料理人が忙しげにその腕をふるい、出来た料理をメイドたちが盛り付けて運んでいく。才香はシエスタに頼んで一口だけその料理を口にさせてもらった。すぐに端正な眉根が歪む。
「シエスタさん」
昨夜、口にしたパンもそうだったが出来たての料理がこれでは我慢ならない。仕えている以上、ご主人様にこんなものを口にさせるわけにはいかない。
「コック長はどちらでしょうか」
朝特有の気だるさが抜け頭がすっきりした時には、ルイズは食堂の椅子に座っていた。ネグリジェはいつの間にか下着に着替えさせられ、学院の制服をきっちり着こなしている。肌や髪は艶やかに見えいつもより美少女度が増していた。もちろん才香の仕業だったが当のルイズは気づいていない。いつもよりルイズの愛らしい容姿に見とれる男子が多いことにも当然気付いていない。なぜならば……
「うまあああああああああああああああああ!ちょっとなにこれ馬鹿じゃないの!才香おかわりっ!」
料理に夢中になっていた。オムレツとクリームシチューとサラダだけのメニュー。他の生徒が食べている鳥のローストや甘い香りのするパイと比べるとやや質素ともいえる。しかし、ルイズはそれに見向きもせずひたすらにオムレツを頬張り、シチューをスプーンですくい、サラダをシャキシャキと噛みしめる。
才香は少し離れた所で姿勢を正して立ち、そんなルイズを見ていた。顔にはどこか満足そうな笑みが浮かび、ご主人様を満足させられた達成感が胸に宿っていた。
「ご満足いただけたようでなによりです」
「ほんとにねっ!わたしの前の料理だけあなたに下げられた時はなんの嫌がらせだと思ったけど、これは納得だわ」
ガツガツと、それでいてテーブルマナーをぎりぎりで守っているルイズに才香の笑みが一層深くなる。そんな才香の肩を誰かがぽんぽんと叩く。振り向けば褐色の肌をした女性。
「キュルケ様。なにか御用でしょうか?」
赤い髪。身長は才香よりやや高い。二番目まで外されたブラウスから巨乳とその谷間が覗いている。男にいかに効率よく女を見せるか知っている服装。
「すごいじゃないあれ!ルイズのあんな姿見るの初めてよ」
「そうですか」
「ふふふ、ルイズったらよほど飢えていたのかしら」
「夜遅くまで私にこの学院のことを説明してくださっていたのです。睡眠で抜けなかった疲れを食事で補われているのでしょう」
「夜遅くまで起きてたわりにあなたはルイズより早く起きて朝食の用意までしたってわけね」
「ご主人様に仕えるメイドとしては当たり前のことです」
「さらにルイズの部屋がある階の生徒全員に挨拶にくるなんてね」
「仕える身としては当然のことです」
「まあ良くできたメイドだと思うけど、背中の剣を見たときはルイズからの刺客だと思ったわよ」
キュルケはちらりと才香が背負う剣を見る。全長はおそらく二メートルあまりの片刃の剣。刃の幅は五十センチ程度だろうか。反りのある刃に人を惑わすような紫の波紋が走っている。もしこれが本物の剣なら、ただのメイドが軽々と背負えるようなものではない。
「理由もなく剣をふるうほど野蛮ではありません」
キュルケは可笑しくてつい笑ってしまう。つまりは理由があれば背中の大剣をふるうのかと。生徒の誰もが見せ掛けの偽物としか見ていない巨大な剣をふるうのかと。キュルケも最初は偽物だと思っていた。だけど友達が言った。『本物。わたしには持てない……』と。それをふるえるこのメイドは一体何者だろうか……
「ふーん、でも見たこともない剣ね。それにその大きさで片刃って聞いたこともないわ。なんて名なの」
「イペタム」
ぽつりと。
「アイヌという地で生まれた守護剣イペタム。それが私の俸剣です」
「イペタム……聞いたことないわね」
才香はコホンと一つ咳きをする。
「その昔、一つの村が盗賊の被害に悩まされていました。ある日その村に一振りの剣が流れてきます。村にいた腕に覚えのある若者はその剣を手に、村に被害を与えていた盗賊を討伐することに成功します。若者と剣はそれから幾度となく村を害そうとする敵から村を守り、若者と剣の活躍は死後もアイヌの地で語りつがれることになりました」
「へー、それが背中にある」
「はい、守護剣イペタムです。言い伝えでは若者が剣を手放していても、敵があらわれればひとりでに動いてそれを打ち払ったという話もあるほど守護にすぐれた剣です」
「剣がひとりでにって……」
「そんなことは無いとわかっています。だけどこの剣が一つの村を救ったのは事実なのです。守護剣イペタム。それを私が手にすることができたのは最高の栄誉です」
とそこで熱が入りて語っていたことに気付いた才香が赤く染まった頬を隠すように顔を伏せる。それからそっとやや上目遣いでキュルケを見た。
キュルケはというと、そんな才香を見てクスクスとおもしろそうに笑っていた。バシバシと才香の肩を叩いているうちに笑い声すら漏れた。
「くくく……お堅いメイドだと思っていたらおもしろいとこもあるじゃない。我を忘れるほどに自分の剣のことを話すって」
ますます赤くなった才香をキュルケはどうしてやろうかと考える。ご主人様のルイズにこのことを教えて慌てる姿もいい。誰にも言わずに二人の時だけこのネタで才香をからかうのもいい。どちらにせよ、こんなメイドがルイズの使い魔なら安心だなと一息つく。
そして心の片隅で気になったことがあった。才香の話に出てきたイペタムの逸話。その引っかかりがキュルケの中で解けるのはほんの少し先のことだった。
というわけで才香の俸剣は『イペタム』にしました。イペタムが村を守ったという話には裏がありまして、むしろそっちの方が有名だったりします。守護剣という呼び名よりももう一つの呼び名の方が有名ですw
ちとマイナーな剣かもしれませんが気になった人は『イペタム』で検索してください。