ルイズが教室に入ると、先に教室にいた生徒たちの大半が目を向けてくる。それからその視線が背後にいる才香へ移る。さらに才香が背負っている大剣へと……
見せ掛けだけの偽者だとは思っていても重量感のあるそれに生徒たちはルイズへのいつもの嘲笑を引っ込め、どこかおもしろくなさそうな顔で周りの者たちとの雑談に戻る。
先ほど食堂にいたキュルケだけはルイズと才香にひらひらと手を振り、ニヤニヤと、それでいて人を不快にさせない笑みを浮かべている。
才香はぐるりと教室を見る。
「色々な使い魔がいるのですね」
「召喚主に一番相性の良い使い魔が召喚されるの。だから主の魔法系統や性格によって使い魔の種類も多様なのよ」
それでもよく見れば似通った使い魔の姿もある。地球にもいたヘビややカラス、猫などもいる。
「人間はいないようですね」
「ええ、人を使い魔にした話なんて私も聞いたことないわ」
ルイズはそう答えて席に腰かけた。才香はルイズの背後に立って控える。朝食の時と同じ位置。ルイズは隣の席に座るよう視線で訴えたが才香は首を横に振ったきり微動だにしない。そんな才香に口を開こうとして、教室に教師が入ってきたことでルイズの口は閉ざされた。
そうして授業が始まり、ルイズが錬金の魔法に失敗して教室が爆風にさらされる。シュヴルーズと呼ばれた女教師は黒板に叩きつけられて気を失い、あちこちで使い魔と生徒の叫び声が聞こえる。そんな中、才香の背に庇われたルイズだけが唯一教室内で被害をまぬがれていた……
教室の片付けが終わったのは、およそ二時間後のことだった。罰としてルイズに命じられたものの、大半というかほぼ才香が片付けた。文句も言わずてきぱきと作業を進める才香にルイズは何か言いたそうにしていたけど結局は何も言わなかった。
片付けを終えた二人は学院にある人気の少ない庭に向かう。人気のある食堂や学院の建物内では指を差されて笑われるだろうから休憩できそうにない。その道すがら、才香はやはりルイズを責めることはなかった。
ルイズの失敗のせいで重たい窓ガラスを教室まで何度も運び、重たい机を綺麗に並べ、すすだらけになった教室を隅々まで磨いたのは才香だ。ルイズはそんな才香に申しわけなさそうな顔をしながら邪魔にならないように机を拭いていただけ。
ルイズは木の幹にもたれて座り、傍で立っている才香を見上げる。悔しさと情けなさと、そしてそれだけでは言い表せない複雑な想いがぐるぐると駆け巡る。そんなだから才香を見上げる目もなんだか振られる直前の恋人のように見える。
「才香……」
ようやく名前だけが口に出せた。まだ才香と契約してからたったの一日。でも才香の有能さは一日でよく理解できた。おそらくはヴァリエールの家にも才香ほど有能なメイドはいない。ひょっとしたらトリステイン王城にもいないかもしれない。
そんな有能な人間が自分に仕えている。魔法を使えない出来損ないの貴族に・・・周囲からゼロのルイズなんて呼ばれている自分に・・・
どうして、本当にどうして自分はこんなにも・・・
「ご主人様」
ぽつりと、それは頭上から降ってきた。いつの間にか俯いていたルイズの顔が持ち上がる。
「いい風ですね」
そう言って才香はそっと空を見上げている。周りの木々の葉と才香を、すうっと風が揺らしていく。そしてもう一度だけ振ってきた。
「ご主人様、いい風ですね」
じっと風が作り出す葉擦れの音に耳を傾ける。知らずルイズはそうしていた。才香の言うとおりいい風だった。吹き渡る風。茂った木々の間からはあたたかな木漏れ日が降り注ぐ。まるでここだけ時間が流れていないような気さえした。
「ええ、いい風だわ」
素直に、ただ思ったことだけをルイズは口にした。才香が使い魔でよかったと素直に思えた。
「ごめんね才香、ちょっと失敗しちゃったわ」
「はい、ご主人様。ちょっと失敗しただけです」
ルイズは素早く立ち上がり、ぱたぱたと才香の正面に回った。
「あなたが来てくれてよかった。あなたがいてくれてよかった」
一点の曇りもない明るい笑顔と声。無邪気な笑顔はただそれだけで人の心があったかくなる。
「才香」
にこにことルイズが覗き込んでくる」
「わたしの使い魔になってくれてありがとう」
まっすぐに見上げる。才香はというと、ちょっと照れたような顔でそっぽを向いて立っていた。ルイズがさらに何かを言うたびに才香は真っ赤になっていく。褒められると照れていく。
「才香」
くすくす笑ってルイズは名を呼ぶ。輝くような笑顔。
「ご、ご、ご主人様!」
「どうしたの?急にそんな声で」
ころころと嬉しそうに声を出すルイズに才香は身をよじる思いだった。なぜか心臓がばくばく云っている気がする。会ったばかりの、しかも少女相手に何を戸惑っているのか。
清らかな瞳をきょとんと見開いてルイズが首をかしげた。まったく可愛らしいご主人様だと才香は思う。ふとそんなことを考えて、何を考えているのかと頭を抱えたくなった。
その正面からルイズが才香の名を本当に楽しそうに呼ぶ。別に何かを要求されたわけではない。だけど何かをしてやりたいという衝動が心の奥から湧き上がってくるのを才香は感じていた。今ルイズに頼みごとをされたら、きっとどんなことでも聞いてしまう。そんな予感が才香にはあった。
だけどルイズはただ笑顔で才香の名を呼ぶだけ。才香はそんなルイズを見てただ顔を真っ赤にしていくだけ。
もしも才香がこの時に冷静さを残していたなら、遠くの茂みで微かに鳴った音に気付いたかもしれない。茂みに身を隠して二人のことをじっと見つめていたサラマンダーの存在に気付いたかもしれない。
「……まったく、付き合い始めた恋人みたいじゃないのあれ」
だからサラマンダーの目を通して心配して二人の様子を見ていた赤毛の少女が安堵の息を吐き穏やかにそう言ったのも、才香もルイズも当然知らないのだった。
すごーく久々の更新
リアルというか仕事が忙しすぎました。これからちょこちょこ更新できたらいいなー
イペタムの技2つとミヤゲ1つもそのうち考えないとなぁ・・・