さて、貴族や国のお偉いさん達からの質問攻めを何とか切り抜けた俺と姫さんは、姫さんの部屋へと戻ってきた。
「あ~、やれやれ。やっと戻ってこれたよ」
姫さんの部屋に入った俺は、そう呟いて大きく伸びをした。
「ミカゲ様、貴族の方々に大人気でしたね」
「"大人気"って言っても、ああ言う"大人気"は嬉しくねぇよ」
ベッドに腰掛け、からかうような笑みを浮かべて言う姫さんに、俺はそう返した。
「それで姫さん、満足したか?」
「そうですねぇ~………」
そう言って、姫さんは少し考えた後、悪戯を思い付いたような表情を浮かべた。
「後ちょっとですね」
マジかよ、未だ満足しませんか姫さん。
でも、あの遊覧飛行以外に出来る事って…………
「…………なんて、冗談ですよ。ミカゲ様」
…………そう言われて派手にずっこけた俺は悪くない筈だ。
「姫さんよ、そりゃ流石に冗談キツいぜ」
ゆっくりと起き上がりながら文句を言うと、姫さんはクスクス笑った。
「私をほったらかしにするから、バチが当たったんです」
そう言って、小さくあっかんべーをする姫さん。
「はいはい、そうですか」
適当に返し、俺はタキシードの上着を脱ぎ、軽く畳んでソファーに掛けると、そのまま腰掛け……………
「………………」
…………ようとしたところで姫さんに膨れっ面で睨まれ、小さく溜め息をついてから姫さんの隣に腰掛ける。
それを見た姫さんは満足そうに頷き、俺に凭れ掛かってきた。
やれやれ、この王女様はお転婆なのか甘えん坊なのか………………あ、両方か。
「(やれやれ…………)」
苦笑を浮かべながら内心そう呟き、俺は幸せそうな表情で頬擦りする姫さんの頭を優しく撫でてやるのだった。
そんなこんなで、姫さんの頭を撫でている内に、時刻は9時を過ぎていた。
そろそろ寝る時間だが、今思えば、俺達の服装はパーティーの時のままで、おまけに風呂も入っていなかった。
流石に、そんな状態で寝る訳にはいかないだろう。
そのため、俺はベッドから立ち上がり、ソファーに掛けているタキシードの上着を取って姫さんの方へと向き直った。
「姫さん、取り敢えず風呂入ってこいよ。俺はコレ返して、元の服に着替えてくるから」
そう言って、一先ずタキシードを返しに行くために姫さんの部屋を出ようとする俺だが、姫さんはベッドに腰掛けたまま動こうとしない。
何故か、キョトンとした表情で俺を見ている。
「……………?」
そんな姫さんに、俺は首を傾げる。
はて、何か変な事でも言ったのだろうか?
さっきの言葉を振り返っても、別に変な事は言ってない筈なんだが……………
「ミカゲ様は入らないのですか?」
唐突に、姫さんが口を開く。
「何に?」
「お風呂に」
どうやら姫さんは、俺が風呂に入らないつもりなのかと思っているようだ。
「まあ、入って良いなら入るが、一緒には入らねぇぞ?」
「えっ?」
俺が答えると、姫さんは『何を言ってるんだ』と言わんばかりの表情を浮かべた。
「……………もしかして姫さん、俺と入るつもりだったのか?」
「はい、そうですが………何か問題でも?」
「問題ありまくりです」
俺は即答した。
全く、この王女様はキョトンとした表情で何て事言ってんだよ。
城でしか生活してないから、庶民感覚がおかしくなってんじゃねぇのか?
「あのな、姫さん。俺と一緒に風呂に入るって事は、"男に姫さんの裸を見られる"って事を意味してるんだぜ?それを理解してるのか?」
「はい」
「いや、『はい』って言われても……………」
そう言って、俺は手で顔を覆った。
「なあ、姫さんよ。"女性の裸"と言うのは、おいそれと人に……………それも、男に見せるようなモンじゃねぇんだ。本気で好きな相手にこそ、そう言うのを見せる事が出来るんだよ」
俺はそう言った。
ゾーイ達6人とも何度か一緒に風呂に入る事はあったが、それは、俺達が互いの事を本気で愛し合ってるからこそ出来た事なのだ。
今までの姫さんの行動からして、俺の事を好いてくれているのは分かるが、それは『近所のお兄ちゃん』に向けるようなものだろう。
流石に、それで自分の恥ずかしい姿を見せると言うのはな……………
「ミカゲ様……………」
なんて考えていると、姫さんに声を掛けられる。
俺を見つめる姫さんは神妙な表情を浮かべており、何時ものお転婆な雰囲気は鳴りを潜めていた。
「な、何だ?」
豹変した姫さんの様子に、俺はたじろぐ。
「私は、誰にでも素肌を晒す程安い女ではありません。
そう言って立ち上がり、ズカズカと歩み寄ってきた姫さんは、あろうことか俺に飛び掛かってきたのだ。
「うわっと!?」
いきなり飛び掛かられた事に対応しきれず、俺はそのまま後ろに倒れてしまう。
その際、投げ出したタキシードの上着が宙を舞い、床にハラリと落ちる。
今の俺達の状態は、仰向けになった俺に姫さんが覆い被さっている状態だ。
「ちょ、おい姫さん。何を…………!?」
俺が最後まで言い切る事は無かった。
何故なら、俺に覆い被さった姫さんがキスをしてきたからだ。
ゾーイ達としてからは初めて、恋人でもない相手にキスをされる。
そして、短くも、長くも感じられたキスを終え、姫さんは唇を離す。
「………コレでも、未だ分かりませんか……………?」
潤んだ瞳で、姫さんはそう言った。
「…………………」
以前の俺なら首を傾げていただろうが、今の俺なら、こうされたら流石に分かる。
「ミカゲ様…………」
白銀に引けを取らないような豊満な体を押し付け、普段のお転婆且つ甘えん坊な姫さんからは想像出来ないような色気を含んだ声色で、俺の名を呼ぶ。
「ずっとずっと………お慕いしていました…………」
そして姫さんは、俺に告白の言葉をぶつける。
「………………」
俺は黙って、姫さんを見つめる。
表情からして、ドッキリで言っているのではない。彼女は本気だ。
だが今思えば、姫さんが俺に惚れる要素なんて何処にあったのだろうか?
クルゼレイ城で世話になっていた頃の生活を振り返っても、誰かに惚れられるようなイベントなんて起こらなかった。
思い出せるのは、冒険者としての活動をしたり、その過程でリーアを仲間に加えたり、ロイクと駄弁ったり、姫さんの遊び相手をしたりしていた事ぐらいだ。
"魔物の群れから助けた"と言うのもあるかもしれないが、その時は何処かの主人公のように、『俺が守ってやる』なんてカッコいい台詞は言ってない。何せ、直に会ってもないからな。
なら、何故……………?
「…………1つ、聞いても良いか?」
気になった俺は、おずおずと訊ねる。
姫さんが頷いてくれたので、早速疑問を投げ掛ける。
「姫さんは、どういう経緯で俺が好きになったんだ?」
「…………」
その問いに暫く黙っていた姫さんだが、やがて、ポツリポツリと口を開いた。
「…………初めて、だったんです」
「……"初めて"…………?」
辿々しく聞き返すと、姫さんは頷いた。
「私は、この国の王女です。ですから当然、皆さんは私を、"王女として"見ます」
「まあ、そうなるのが当たり前だわな」
俺はそう返した。
物語でも、貴族とか皇族とか言う肩書きを背負った連中は、大抵そう言う見られ方をするのが世の常であり、それが連中の"宿命"だからな。
異世界もののネット小説を読み漁っていた時に、こう言う見られ方に苦しみ、最終的に主人公に助けられて惚れるヒロインを、何度見てきただろうか………………
「ですが、ミカゲ様は違いました」
姫さんは言った。
「ミカゲ様、私と遊んでいた時、私が質問した事を覚えていますか?」
「……………?」
姫さんの質問に、俺は首を傾げる。
はて、何か言っていただろうか……………?
「………すまん、覚えてない」
此処で誤魔化すのは良くないので、正直に答える。
「そう、ですか…………」
姫さんは、残念そうに言った。
「因みに、姫さんがどんな質問をして、それに俺がどんな返事を返したのか、聞かせてもらっても良いか?」
「……………」
姫さんはゆっくり頷いた。
「あれは、ミカゲ様方と王都に戻った2、3日後、空のお散歩に連れていってもらった時の事でした」
そうして姫さんは、当時の事を話してくれた。
「いやぁ~、やっぱ空は良いよな!身分もルールも関係ねぇし、誰にも縛られねぇ。正に"自由の空間"だぜ!」
休憩のために草原に降り立ち、私を草の上に寝かせてから、大きくて回転する板をつけたもの…………確か、"ヘリコプター"と言いましたよね?それを解除したミカゲ様が、大きく伸びをしながらそう言ったのです。
「なあ、姫さんよ。お前もそう思うだろ?」
「はい!」
私が頷くと、ミカゲ様は満足そうに頷いていました。
「だよな!俺も初めて自由を手に入れた時には、感動のあまりに叫んじまったぜ」
それからミカゲ様の思い出話が始まり、私はただ、相槌を打つだけでした。
それから話題が変わって、ミカゲ様のご学友の話になった時でした。
「…………そんでな?天野の友達の女子………ああ、白銀って言うんだけど、ソイツが、『どうせ貴方も他の男子と同じで、沙那を"学園のアイドル"と言う色眼鏡でしか見てないんでしょう?』とかほざいてきたんだよ。んで、ぶちギレた俺はこう返してやったんだよ。『テメェも天野も、俺にとっちゃ"ただの女の子"にしか映らねぇんだよ!学園のアイドルだか何だか言われてるらしいが、んなモン知ったこっちゃねぇわ!誰からも特別扱いされると思ってんじゃねぇぞゴラァッ!!』ってな。いやぁ~、あの時は久々にマジギレしたぜ!」
そう言って笑い飛ばすミカゲ様に、私はこう訊ねたんです。
『それなら私も、ミカゲ様にとっては"ただの女の子"にしか映らないのですか?』と……………
「あ~、言われてみれば、そんな事も言ったっけな……………」
何と無く思い出した俺は、姫さんに押し倒されている状態なのも気にせず、後頭部で手を組む。
「その時にミカゲ様は、こう仰有ったのです………『そんなの当たり前だろ』と」
「………まあ俺、他人の肩書きには全く興味無かったからな」
そう言うと、姫さんはクスッと笑う。
「成る程、それなら私に、『俺にとってお前は、可愛い妹みたいなモンだ』なんて平然と言っていたのも頷けますね」
俺、そんな事言ってたのか…………
「ああ、それから」
姫さんが話を続ける。
「その後、私は試しにこう聞いたんです。『それなら、2人だけの時に、普通の女の子として、ミカゲ様に甘えても良いですか?』って」
そう言われた俺は、当時の事を思い出す。
「そうしたらミカゲ様は、こう答えたんですよ…………『おう、良いぜ。プライベートの時ぐらい、好きなだけ甘えりゃ良いさ』ってね」
……………あ~、思い出した。そういや言ったわ、そんな事。
「確か、その日からだったっけ?お前さんが、矢鱈と俺を遊び相手に指名したり、俺に我が儘言ったりするようになったのも」
軽く微笑みながら言うと、姫さんは頷いた。
「あんな甘い言葉を貰ってからは、もう我慢が出来ませんでした。兎に角貴方に会いたくて………貴方と話したくて…………何時の間にか、好きになっていました」
頬を赤く染めて、姫さんはそう言った。
「………………」
そんな姫さんに、俺はどう返事をすれば良いのか分からなかった。
姫さんが俺を好いているのはよく分かった。だが、だからと言って、『それじゃあ一緒に風呂に入ろう』と言う決断を出すのは違うだろう。
「(またソブリナ達の時みたいに、様子見と言う事でデート期間でも貰うか……………?)」
一瞬そんな事を考えてしまうが、内心で頭を振る。
エリスは、俺がクルゼレイ皇国で新しく恋人を作ろうが構わないと言っていた。
俺としても、自分をこんなにも愛してくれているなら、受け入れたいと思っている。
なら、後は姫さんの気持ち次第だな。
「姫さん、お前の気持ちは分かった。お前からの好意は、スッゲー嬉しいよ」
「ッ!じゃあ…………」
目を輝かせる姫さんだが、俺は、そんな姫さんを手で制する。
「だが、その答えを出す前に、聞いてもらわなければならない事があるんだ」
そうして俺は、ルージュに里帰りしてからゾーイ達に告白され、それを受け入れたため、既に6人の恋人が居ると言う事を話した。
「……………と言う訳なんだ」
「…………………」
俺は話を一旦区切り、改めて口を開く。
「もし、姫さんがそれでも構わないと言うなら、俺は姫さんを受け入れたいと思う」
「………………」
俺がそう言うと、姫さんは暫くの間、黙って俺を見つめる。
「ミカゲ様は…………」
そして、ポツリポツリと口を開いた。
「ミカゲ様は、他の6人の方々と同じように…………私を、愛してくれますか……………?」
「ああ、勿論だ」
その問いに、俺は頷く。
「……………」
姫さんは、そんな俺を暫く見つめて頷いた。
「…………分かりました。では、その事受け入れた上で、改めて言わせてもらいます」
何時ものお転婆な雰囲気ではなく、1人の女としての姫さんが、其所に居た。
「ミカゲ・コダイ様…………私を、貴方の恋人にしてください」
その告白に、俺はキスで返事をする。
そして唇を離すと、姫さんが幸せそうな笑みを浮かべて言った。
「えへへ…………初恋、成就です!」
そう言った姫さんの笑顔は、今まで見た姫さんの笑顔の中でも、ぶっちぎりのものだった。
取り敢えず明日、ルージュに帰ったらゾーイ達に説明しないとな…………
「それではミカゲ様、せっかくこうして、互いに愛し合う仲になったのですから、一緒にお風呂に入りましょう!それから一緒に寝るのです!」
「何か今ので色々台無しになっちまったよ姫さん!?」
何時ものお転婆な雰囲気を復活させて言う姫さんに、俺が盛大にツッコミを入れたのは言うまでもない。
ん?その後?一緒に風呂入って姫さんに抱き枕にされて寝ましたが何か?
次回は、ラリーとクレアの夜です。
神影『絶対見てくれよな!』