「…………ん」
さて、浴場でのゴタゴタで気絶してしまった僕は、後頭部に感じる柔らかな感触で意識を取り戻す。
それは、気絶状態から復活した僕を夢の世界へと誘うには十分な心地好さを持っており、意識を取り戻して早々、再び意識を手放してしまいそうだ。
「ん~………?」
寝惚けながらも、僕は後頭部を支えているものの正体を確認するために体を傾ける。
すると、先程まで後頭部に当たっていたものが、今度は頬に当たる。
「(うわぁ、コレめっちゃ柔らかいなぁ……………スベスベでモチモチじゃないか)」
あまりにも心地好い感触に病みつきになってしまった僕は、当初の目的などすっかり忘れ、兎に角その柔らかな感触を味わう。
試しに手を這わせると、そのもっちりした何かが手に吸い付くみたいで、凄く気持ち良い。
それは頬擦りしても同じだ。
まるで、誰かに膝枕されてるみたいだ…………
「んぅっ………ラリー様、くすぐったいです……………」
なんて考えていると、何やら色っぽい声が聞こえてくる。
それにしても、この声には聞き覚えがある。
「(それに、僕の呼び方…………まさか、コレって!?)」
そう思った瞬間、僕の眠気が一気に吹っ飛ぶ。
目をカッと見開くと、視界一杯にきめ細やかな肌が広がっている。
「うわぁっ!?」
驚きのあまりに、僕は飛び退く。
勿論、ずっと腰に巻き付けているタオルが取れないように気をつけながら。
「あらあら、ラリー様ったら、そんな急に動くと、危ないですよ?」
不意に声を掛けられ、その声の主へと視線を向ける。
「フフッ…………私の太股の感触、如何でしたか?」
其所には、バスタオルで体を隠し、頬をほんのりと赤く染めたクレアさんが、色っぽい微笑を浮かべながら正座していた。
「………………」
それを見た瞬間、僕はフリーズする。
そして次の瞬間には……………
「すみませんでした」
光の速さで土下座していた。
そんなこんなで、クレアさんからの許し(?)を得た僕は、僕が気絶してから何があったのかを聞いた。
曰く、気絶した僕を他のメイドさんと協力して脱衣所まで運び出し、後はクレアさんが、僕が目を覚ますまで膝枕をしていたらしい。
「………何と言うか、面倒お掛けしました」
僕がそう言うと、クレアさんは首を横に振った。
「お気になさらず。此方としても、
「………………?」
その言葉の意味がいまいち分からなかったが、気にしない事にした。
「さあ、このままだと風邪を引いてしまいます。着替えを用意させておきましたから、早く着替えましょう」
そう言うと、クレアさんは傍らに置かれていた寝間着を差し出した。
どうやらコレが、僕が使うものらしい。
「了解です。では着替え終わったら、脱衣所の外で」
寝間着を受け取り、僕は立ち上がる。
「フフッ…………良ければ、一緒に着替えますか?」
「いや、それは良くありません」
からかうような笑みで誘いを掛けてくるクレアさんにそう言うと、僕は彼女の視界に入らないような場所へ移動して、体を乾かして寝間着を着ると、さっさと脱衣所を出るのであった。
「お待たせしました、ラリー様」
脱衣所を出て待つこと数分、着替えを終えたクレアさんが出てきた。
彼女は、紫色のネグリジェにカーディガンを羽織っていた。
此方の世界の女性の一般的な寝間着なのだが、さっきの一件もあってか、矢鱈と扇情的に見えてしまう。
おまけに、そのネグリジェは若干透けている上にスリットが入っており、其処から彼女の美脚が見えているから尚更だ。
「もっとマシなのは無かったのかな…………」
「はい?」
思わず呟くと、クレアさんが聞き返してくる。
「あ、いや。何でもありません」
「……………?」
怪訝そうに首を傾げるクレアさんだったが、追及はしてこなかったため、そのまま、今日の寝床である彼女の部屋へ向けて歩き出した。
まあ、そんなこんなで、僕達はクレアさんの部屋へと向かっているのだが…………
「え~っと、クレアさん?そんなにくっつかれたら、色々とヤバいので離れてほしいんですが…………」
「あら、別に良いじゃありませんか。お風呂でお互いの肌を感じ合った仲でしょう?」
僕は今、クレアさんにくっつかれている。
僕の左腕にギュッと抱きついてきているため、彼女の柔らかな感触がダイレクトに伝わってくる。
離れるように頼むものの、クレアさんは離れない。
それどころか、一層強く抱きついてくる。
「(コレ、僕や相棒じゃなかったら色々とヤバいんじゃないかな?襲われても文句言えないような事してるし………)」
内心そう呟きながら、僕に寄り添って歩くクレアさんに目を向ける。
ご機嫌で歩いているクレアさんの歩調は何処と無く弾んでいるようで、1歩1歩進む度に胸が揺れ、僕の腕に擦れる。
本人が自覚してるか否かは別として、此方からすれば気まずいことこの上無い。
「(相棒も、ゾーイやアドリアからアプローチ受けてる時はこんな気持ちだったんだろうな…………)」
今までは、ゾーイ達に抱きつかれたりして戸惑ってる相棒の気持ちが分からず、ただ見て笑っていたが、今となっては、相棒の気持ちが少しは分かる。
何も知らずに面白半分で見ていた事について内心で謝りながら歩くこと数分、遂にクレアさんの部屋の前に到着した。
「此処が、私の部屋です」
そう言って、クレアさんは部屋のドアを示す。
模様らしいものが描かれ、銀色のドアノブが付けられた茶色の両開き扉からは、何と無く他の部屋とは違った雰囲気が流れてきている。
「(流石は宰相の部屋、と言ったところかな…………)」
内心そう呟いてから、クレアさんに視線を向ける。
「それじゃあ、部屋に入って休みましょうか。このままだと湯冷めしちゃいますし」
「…………………」
僕はそう言うが、彼女は答えない。僕の腕に抱きついたまま離れないのだ。
「…………クレアさん?クレアさん!」
「は、はい!?」
大声で呼び掛けると、漸く反応した。
「どうしました?何か、ボーッとしてましたけど」
「い、いえ………何でも、ありません…………」
「………………?」
何処と無く歯切れの悪い返事を返し、クレアさんは一旦僕から離れ、ドアを開けた。
それから促されるままに部屋に入り、クレアさんも続いて入室する。
部屋の中には、キングサイズのベッドとテーブルセット、それからソファーとクローゼットがあるだけだった。
「(部屋の広さにしては、家具は少なめのようだね。他に肖像画とかがあったりするんじゃないかと思ってたけど…………)」
そんな事を思いつつ、僕はクレアさんに向き直る。
「ところでクレアさん、ブランケットを貸してほしいんですが、良いですか?」
「………?え、ええ。構いませんが…………」
訝しそうに言って、クレアさんがソファーに置かれていたブランケットを持ってくると、おずおずと差し出す。
「どうも」
そう言ってブランケットを受け取ると、僕はソファーへと近き、クレアさんの方に向き直った。
「それじゃ、ソファー借りても良いですか?僕は其所で寝るので」
「駄目です」
即答したクレアさんは、僕からブランケットを取り上げてソファーに置くと、僕の腕を掴んでベッドの方に引っ張る。
「ラリー様は、此処で寝るのです。それ以外は許しません」
「じゃあ、クレアさんは何処で寝るんですか?」
「無論、このベッドで寝ます」
「…………………」
何の躊躇いも無く答えるクレアさんに、僕は一瞬、言葉を失う。
「えっと………つまり、添い寝すると言う事に…………」
「その通りです」
クレアさんはそう言った。
どうやら彼女の中では、僕と一緒に寝る事が決定しているらしい。
「…………分かりました」
これ以上ごねても仕方無いので、大人しく従う。
「はい」
クレアさんは満足げに頷き、カーディガンを脱いでネグリジェだけの姿になると、先にベッドに入ってスペースを空けると、掛け布団を捲り上げる。
「さあ、ラリー様。此方へ………」
そう言うと、色気を含めた笑みを浮かべて手招きした。
「(クレアさんって………前世では何処かの娼婦でもやってたのかな…………それか、サキュバスだったりして)」
クレアさんには失礼な事かもしれないが、内心そう呟きながらベッドに入った。
「フフッ…………」
嬉しそうに微笑み、クレアさんが左腕に抱きついてくる。
それにより、僕の左腕が彼女の豊満な胸に挟まれる。
それにしても、今日初めて会ったとは思えない程の好かれようだな。
ゾーイやアドリアの時とは大違いだ。
「(でも、流石にコレは………ちょっとなぁ……)」
どういう風の吹き回しでこんなにも僕の事を好いているのかは分からないけど、少なくとも僕達は、今日会ったばかりだ。
流石に、出会って間も無いのにこんなにもくっつくのは良くないだろう。
それに、さっきのネグリジェ姿と言い風呂での一件と言い、この人は僕の前では、肌を見せる事への抵抗が無さすぎる。
「(一応、注意しておいた方が良さそうだな………)」
そう思った僕は、その場で向きを変えてクレアさんを真っ正面から見据えた。
「ラリー様、どうしました?」
キョトンとした表情で、クレアさんは訊ねる。
「クレアさん、さっきから思ってたんですが……………」
そうして僕は、自分が考えていた事を話した。
風呂の事と言い服装と言い、そして同じベッドで密着してきている事と言い、自分に対して開けっ広げになりすぎている事や、もう少し自重すべきだと言う事を。
「コレが僕だったから良いけど、他の男だったら、間違いなく襲われます。その辺りについて、もう少し慎重になるべきです。少なくとも、こう言う大胆な事は本当に好きな人にしかしない方が良いかと」
「……………」
言い終わった僕を見つめていたクレアさんだが、唐突に口を開いた。
「ラリー様………」
神妙な面持ちで、クレアさんは僕の名を呼ぶ。
「少なくとも私は、心に決めた相手にしか、このような事はしません」
「………それは、どういう……………?」
僕が聞き返すと、クレアさんは呆れたように溜め息をついた。
「お風呂での事、もうお忘れですか?」
「……………あっ」
そう言えばクレアさん、風呂で僕にキスした挙げ句、告白してきたんだっけ。
「あれ、本気だったんですよ?」
頬を赤く染めて、クレアさんはそう言った。
「一応言っておきますが…………僕等、初対面ですよね?」
「ええ。ですが、関係ありません。一目惚れしたのですから」
この人言い切りやがったぞ。
まあ惚れられるのは嬉しいけど、一目惚れって…………一体、僕の何処に惚れたのやら………
「"自分の何処に惚れたのか"と言いたげな表情ですね」
「ッ!?」
嘘やん、何故バレたし。
「ラリー様の考えている事など、直ぐ分かりますわ」
クスクス微笑みながら、クレアさんはそう言った。
「コレは、お風呂でも言った事ですが…………」
そう言って、クレアさんは僕の顔を真っ正面から見つめ、口を開いた。
「貴方の…………目です」
「…………………」
ああ、確かにそう言われた。
「"一切の穢れが無くて真っ直ぐな目"…………でしたっけ?」
「ええ」
クレアさんは頷くと、僕の頬に両手を添えた。
「それに、あの時向けてくださった、優しげな微笑み…………あれで私は、1発で恋に落とされました」
「一目惚れの理由、それッスか」
失礼だとは思うが、少々軽すぎやしないだろうか?
相棒だったら、『何処のラブコメアニメのヒロインだ!』とか言ってそうだ。
なんて考えていると、クレアさんが神妙な表情を浮かべて口を開いた。
「貴方にとっては、大した理由ではないのかもしれません。ですが、私の気持ちは本物です。それだけは、忘れないでください」
「………………はい」
彼女の雰囲気に威圧され、僕は頷く。
そうして、クレアさんは僕の頬から手を離し、何時もの柔らかな笑みを浮かべた。
「それでは、寝ましょうか…………お休みなさい」
そう言って、クレアさんは目を瞑って僕にキスをすると、そのまま眠ってしまった。
「(……………今まで相棒の鈍感さに呆れたりしていたけど………僕も大概だなぁ………)」
内心そう呟いてから、僕も眠りについた。