「(ヴェ~………)」
出だし早々こんな事を言って申し訳無いのだが、俺は気分が悪い。
その理由は、俺の腹部を圧迫する"誰か"と、それに揺り動かされていると言う状況にある。
「……て!………起きて………い……かげ……ま!」
真っ暗な視界の中で、女の子の明るい声が途切れ途切れに聞こえ、体を揺すられる。
「(ヴェ~………誰だよ?さっきから揺らしてやがるのは………さっきから気持ち悪いったらないんですけどぉ~…………)」
腹部に乗られてユッサユッサと揺さぶられるのに比例して、気持ち悪さも悪化していく。
……………取り敢えず、この揺さぶり攻撃を止めさせるか。
流石に吐いたりはしないが、だからと言って、この状態が心地良い訳ではないからな。
俺は徐に両手を伸ばし、俺を揺すっている相手の肩を掴んで止めようとする。
だが、残念ながら俺の腕は、仰向けの状態で相手の肩に届く程長くはない訳で…………
「あっ、あん!……んあっ、あぁ……んっ、くっ……!」
俺の両手が、2つの柔らかい"ナニカ"を鷲掴みにすると同時に、甲高い艶声が聞こえてくる。
「…………………」
何と無くだが、俺はトンでもないものを掴んでいるような気がして、寝起き早々、顔から冷や汗が滝のように出るのを感じる。
「んうっ…………フフッ。ミカゲ様ったら、朝から激しいですね………」
真っ暗な視界の中に、そんな色っぽい声が響く。
恐る恐る目を開けると、其所には俺の腹部に跨がり、俺に鷲掴みにされた2つの山を卑猥にひしゃげさせ、頬を赤く染めたネグリジェ姿の姫さんの姿があった。
「す、すまん!態とじゃねぇんだ!」
何処ぞの黄色のタコ型生物もビックリな速さで両手を引っ込めた俺は、顔の前で両手をわちゃわちゃと振りまくる。
俺が手を離した瞬間、姫さんの豊満な胸がブルンッ!と揺れたが、そんな事が気にならない程、今の俺は必死だった。
それを見下ろしていた姫さんは、クスッと微笑を溢してから一言…………
「ミカゲ様のエッチ」
「…………すんませんでした」
………………俺には、こうして謝る以外の選択肢は無かった。
「やあ、相棒。昨夜はよく眠れたかい?」
さて、あれから何だかんだあって、ネグリジェから普通の寝間着に着替えた姫さんと共に食堂へ向かっていると、ラリーと鉢合わせした。
ラリーの横には寝間着姿のクレアさんが居り、まるで恋人のように幸せそうな笑みを浮かべて、ラリーの右腕に抱きついている。
「まあ、ボチボチな………お前は?」
「う、うん………まあ、ね………」
「……………?」
疲れたような表情で、妙に歯切れの悪い返事を返してくるラリー。
はて、何かあったのだろうか?
「そ、それより相棒。相変わらず姫さんとラブラブみたいだね」
話題を変えようとしたのか、無理矢理笑顔を浮かべながら、ラリーはそう言った。
「はい!私とミカゲ様は昨夜、ラブラブな関係になったのですよ、ラリー様!」
「「…………はあ?」」
朝っぱらから大声で恋人宣言をする姫さんに、ラリーとクレアさんの間の抜けた声が重なった。
「あ、相棒………それって、つまり……"そう言う事"、なのかい…………?」
「ああ、"そう言う事"なんだよ」
苦笑を浮かべながら聞いてくるラリーに、俺は答えた。
俺とラリーの間で、何があったのかを詳しく説明する必要は、全く無かった。
「まあ、その………何だ………おめでとう、相棒」
「………ありがとよ」
微妙な雰囲気で言葉を交わす俺とラリーの傍らでは、姫さんが満面の笑みを浮かべたクレアさんに祝われ、嬉しそうに跳び跳ねていた。
それから、俺達は食堂に到着する。
壁に掛かっている時計をチラリと見ると、時刻は朝7時だった。
既にガルム隊の女性メンバーや女王陛下は、席に着いていた。
その周囲には、数人のメイドさんや執事が居る。
「おはようございます。ミカゲ殿、ラリー殿」
一番奥の席に座っている女王陛下が、柔らかな笑みを浮かべて声を掛けてくる。
俺とラリーは返事を返し、ガルム隊の女性メンバーにも声を掛け、メイドさんに促されるままに席に着く。
すると、まるで俺達が座るタイミングを見計らっていたかのように、朝食が運ばれてくる。
そして全ての料理がテーブルの上に並ぶと、賑やかな朝食会が始まった。
さて、あの賑やかな朝食会が終わり、空になった食器が下げられると、姫さんとクレアさんは、何やら用事があるとかで女王陛下と共に食堂を出ていった。
「んじゃ、俺も用事あるから」
「"用事"?何かあるのかい?まさか、誰かに呼ばれてるとか?」
俺が席を立つと、ラリーが聞いてくる。
「ああ、いや。昨日着てたタキシードを借りっぱなしだからさ、返そうと思って」
と言っても、借りっぱなしなのは上着だけだ。
シャツやズボンは、姫さんと風呂に入った際、今着てる寝間着と取り替える形でメイドさんが回収したからな。
「成る程ね………行ってらっしゃい」
「おう」
短く返事を返して、食堂を出ようとした時だった。
「お待ちください、ミカゲ様」
突然、ゾーイが呼び止めてきた。
「エミリア様との関係についてお話があるので、タキシードを返したら、時間をいただけますか?」
ゾーイは神妙な面持ちでそう言う。
彼女の隣に座っているアドリアも、同じような表情で俺を見ていた。
「ああ、分かった」
そう言って、俺は2人の部屋の場所を教えてもらってから、タキシードの上着を回収するべく、姫さんの部屋へと向かった。
「まさか、既に回収されていたとはな………」
小走りで姫さんの部屋に行ったものの、既にタキシードの上着は回収されていたと言う状態に肩を落とし、俺はそう呟きながらゾーイ達の部屋へと歩みを進めていた。
つか、既に回収してたなら教えてくれよなぁ……………お陰で無駄骨ですよ、全く………
「…………っと、そうこうしてる内に着いちまったか」
俺はそう呟き、ゾーイに教えられた部屋の前に立つと、ドアをノックする。
「どうぞ」
ゾーイからの返事を受けて部屋に入ると、ゾーイとアドリアがソファーに座っていた。
「すまん、待たせたか?」
そう訊ねると、2人は首を横に振った。
それから2人に促され、向かい側のソファーに腰掛ける。
「タキシードの方は、返せたのですか?」
不意に、アドリアが問い掛けてきた。
「いや、返す云々以前に、既に回収されてたんだよ」
「それはそれは………」
「タイミングが悪かったのですね………」
溜め息混じりに答えると、2人は苦笑を浮かべながらそう言った。
「それよか、俺と姫さんの事について話があるんだよな?」
「………はい」
俺が言うと、2人は神妙な表情を浮かべた。
「単刀直入にお聞きしますが……………昨晩、エミリア様と何があったのですか?」
ゾーイがそう訊ねてきた。
「ああ、実はな…………」
それから俺は、2人に昨日の事を全て話した。
姫さんに告白された事や、姫さんが俺を好くようになった理由。
そして、俺が姫さんを受け入れた事をありのままに伝えた。
「成る程、そんな事が…………」
俺が話を終えると、アドリアが小さく呟いた。
「薄々感づいてはいましたが………やはりエミリア様も、ミカゲ様に好意を抱いていたのですね」
ゾーイも言葉を続ける。
「それにしても、6人の女に囲まれている上に、一国の王女にも好意を抱かれるとは………流石はミカゲ様ですね」
アドリアが言うと、ゾーイも同感だとばかりに相槌を打つ。
「いやいや、"流石"って言われても………俺、そんなに大した人間じゃねぇぞ?そんなに顔整ってる訳でもねぇし、身体能力は………まあ人間辞めてるレベルになっちまってるが、それだけで女がすり寄ってくる訳でもねぇんだ」
俺はそう言うが、2人は首を横に振った。
「ミカゲ様、ソブリナ様の言葉をお忘れですか?」
「………あっ」
ゾーイにそう言われ、俺は、6人に告白された夜、ソブリナに言われた事を思い出した。
『貴方の此処に……………心の暖かさに惚れたのよ』
あの夜、ソブリナに言われた事が、脳内に響く。
そんな俺を見て、ゾーイは頷いた。
「そう。私達が惚れたのは、此処です」
そう言って、ゾーイは俺の胸に両手を添える。
「何時も誰かに寄り添って、笑ってくれる…………そんな貴方の心の暖かさに、私達は惚れたのです。だからエミリア様も、同じ理由で、ミカゲ様に惚れたのでしょう」
「…………………」
アドリアにそう言われた俺は、何の無く面映ゆさを感じ、頬を軽く掻いた。
……………っと、コレだと話がどんどん逸れちまうな。
この話し合いは、少なくとも俺を称賛するためのものじゃねぇんだから。
「ンンッ!」
俺は咳払いをして、2人の注意を引く。
「まあ、そう言う経緯があって、姫さんが俺の恋人の1人になったんだが…………お前等は、それについてどう思う?」
そう訊ねると、2人は互いに顔を見合わせてから俺に向き直る。
「何も、問題は無いかと」
ゾーイがそう言った。
「エリス様も仰有っていましたが……………たとえ、女を何人囲おうとも、平等に愛してくださるなら……………」
アドリアはそう言って、少しの間を空けると、再び口を開いた。
「私達に、否やはありません」
「…………そうか」
小さく笑みを浮かべ、俺はそう返した。
「ルージュに帰ったら、ソブリナ達にも伝えないとな」
天井を見上げ、俺はそう呟く。
「ええ、そうですね」
「きっと、彼女等も受け入れてくださるでしょう」
「オッチャン達が、また騒ぎそうな気もするけどな」
俺がそう言うと、2人は苦笑を浮かべた。
それから俺達は、残りのガルム隊メンバーを連れて女王陛下の部屋を訪れ、ルージュに戻る事を伝えた。
ちょうど居合わせた姫さんは、それを聞いて悲しそうにしていたが、1週間後、同盟の話への返事をするために戻るから、また会える事を伝えて、軽くキスをした。
その際、ラリーもクレアさんにキスをされており、それを見たエメルとリーアが頬を膨らませていた。
それから俺達は、敷地内の開けた場所に出ると、城の人達に見送られて飛び立ち、ルージュへと向かった。
一方、F組勇者と騎士団の一行は、フュールから王都への長旅を終えようとしていた。
「そろそろ王都に着くわね………」
馬車の窓から顔を出した奏は、前方に広がっている防壁を視界に捉えてそう呟いた。
「……………」
そんな奏の隣には沙那が座っており、複雑そうな表情を浮かべていた。
「(結局、あの女の人は誰だったんだろう……………?)」
今、彼女の頭の中は、自分達が泊まっていた宿にやって来た女性、ギャノンの事で一杯だった。
「ねえ、桜花ちゃん。あの女の人の事、どう思う?」
試しに沙那は、向かいの席に座っている桜花に話し掛ける。
「…………」
桜花は少しの間首を捻り、考え込んでいるような素振りを見せるが、答えが見つからなかったのか、首を横に振った。
「ねえ、奏はどう思う?あの時の女の人の事」
今度は奏に訊ねる沙那。
「私にも分からないわ。でも、あの時の口振りからすると、彼女がただ者じゃないと言うのは確かね。恐らく、自分の腕に自信がある冒険者か、或いは………」
そう言いかけて、奏は口を閉ざした。
沙那が続きを促そうとした時、突如として馬車が止まった。
「…………?もう着いたのかな?」
「いいえ。さっき窓から見た王都までの距離と、この馬車の速度から考えると、それは有り得ないわ」
沙那の言葉を否定すると、奏は馬車の窓から身を乗り出して前方の様子を窺う。
前方には数台の馬車があり、同じように動きを止めている。
「…………何か、トラブルでもあったのかしら?」
考えられるとしたら、前方の馬車の何れかが、壊れて動けなくなる事ぐらいだ。
「奏さん………?」
桜花がおずおずと話し掛ける。
奏は車内に体を引っ込めると、ドアノブに手を掛けた。
「取り敢えず、一旦外に出てみましょう。何かあったのかもしれないわ」
そう言う奏に2人は頷き、馬車のドアを開け放って外に出た。
他の面子も馬車が止まった事を不審に思ったらしく、既に殆んどの面子が馬車から降り、先頭の馬車へと向かっていた。
3人もその中に入って歩く。
そして先頭に着くと、その場に着いた全員が目を丸くした。
何処かの軍人を思わせるような黒い服に身を包み、ガッチリした体格に長めの白髪を持つ男と、胸元を大きく開けたキャットスーツらしき赤い服に身を包み、紫がかったロングヘアに、神影と同じ金色の瞳を持つ妖艶な美女が、勇者一行の行く手を塞ぐように立っていたのだ。
そして……………
「よお、遅いお帰りだったな。勇者と騎士団諸君」
男がそう言うと、勇者一行の前に立つ1組の男女は怪しげな笑みを浮かべるのであった。