王都前にて、ゲルブからの提案をまたしても蹴ろうとした正義と奏が言い争っている頃、此処は王宮。
魔人族が襲撃してきたと言うのもあって、其所は今、王都住人の避難場所として開放されている。
建物の前の広場や謁見の間、訓練場、食堂や中庭と言った広い場所には、逃げてきた王都住人が集まっており、事態が収まるのを待っていた。
「勇者様達、大丈夫かな………?」
1人の男児が、不安そうに言う。
「大丈夫よ。だって勇者様達は私達の希望だもの」
「そうだぞ。今頃、魔人族を全員やっつけてるよ。だから心配するな」
その男児の両親が優しげな声色でそう言って、彼を元気付ける。
両親にそう言われたその男児の不安は、直ぐに吹き飛んだ。
他の住人達も、勇者と騎士団の勝利を祈っていた。
そんな時、彼等の元に、先程まで王都前で勇者一行と魔人族との戦いを見ていた数人の住人達がやって来た。
自分達より遥かに遅いタイミングで避難してきたため、勇者達の戦いを見ていたのだろうと確信した住人達は、彼等の方へと津波のように押し寄せる。
やれ『戦況はどうなっているのか?』、『勇者達は勝ったのか?』等と、マシンガンの如く質問の雨を浴びせるが、彼等の表情は優れない。
それどころか、嫌悪の表情すら浮かべていた。
「…………何か、あったのか?」
既に避難していた1人の男性が、怪訝そうな表情で訊ねる。
『『『『『……………』』』』』
その質問に暫く黙っていた彼等だが、やがて、その内の1人が口を開いた。
「勇者も、騎士団も……………もう、駄目だ」
「……………え?」
その答えに、質問した男性は目を丸くした。
「ど、どういう意味だよ?"駄目だ"って…………」
「どうもこうも、そのままの意味だ」
そう言って、男性は自分達が見た全ての事を話した。
「う、嘘だろ……?そんなのって、あるかよ…………」
あまりにも衝撃的な事実に、質問した男性が狼狽える。
「残念だけど、コレ全部本当の事だぜ」
そう言って、男性は目を伏せた。
「な、何だよそれ…………そんなのってあるかよ!」
突然、話を聞いていた別の男性が声を張り上げた。
「此方が怯えてる時に、彼奴等はそんな事してたってのか!?ふざけんなよ畜生が!こちとら生きるか死ぬかの瀬戸際に立たされてんだぞ!!」
長く続いた緊張状態に耐えかねたのか、すっかり冷静さを失って喚き散らす。
「おい、落ち着け!ソイツに詰め寄っても仕方無いだろ!?」
それを見た住人の1人がそう言うものの、長く続いた緊張状態は、彼の焦燥を飛び火させるには十分な威力を持っていた。
「コレが落ち着いてられるかよ!下手したらこの国が終わっちまうかもしれないんだぜ!?」
「大体、冒険者は……………ガルムは何してるんだよ!?なんで来てくれないんだよ!?」
突然、話の話題がこの場に居ない神影達ガルム隊へとシフトする。
自分達が危うい状態に居るのに彼等が一向に助けに来ないと言う状況に、焦りと苛立ちを感じているようだ。
「そうよ!こう言う時こそ助けてほしいのに!」
「ガルムは何処で何してんだよ!」
「誰か彼奴等の居場所を知らないのか!?」
男性が言い返すと、他の住人も口々に叫ぶ。
最早この場において、冷静で居られる者は居なくなっていた。
場所を移し、此処は王都前の平野。
先程まで、勇者と騎士団一行VS魔人族幹部による戦いが繰り広げられており、門近くには王都住人が数人居た。
だが、魔人族幹部の1人、セレーネの催淫魔法で全員が行動不能になった挙げ句、彼女がけしかけた女性型の魔物によって男性陣が陵辱されると言うトンでもない出来事により、住人達は彼等に失望して避難してしまい、この場には今、結界内に閉じ込められたままのF組勇者と騎士団。そして結界の外に居る、2人の魔人族幹部が残されていた。
『『『『『『『『………………』』』』』』』』
結界内に居る勇者達の間には気まずい雰囲気が流れており、彼等の表情も暗かった。
自分達が優勢だと思っていた矢先に、セレーネからの思わぬ攻撃によって公衆の面前で痴態を晒したのだ。
彼等に白い目を向ける住人達の言葉が、心に深々と突き刺さっていた。
クラスの内でのトップカーストとも呼ぶべき存在である正義は、先程の陵辱や、奏に怒鳴られた事もあってすっかり気力を失っていた。
「桜花ちゃん、さっきの怪我は…………?」
「ええ、もう大丈夫です」
その傍らでは沙那が、セレーネの回し蹴りを腕に喰らった桜花に回復魔法を使っていた。
沙那もセレーネからの攻撃を受けたものの、ただ殴られただけで済んでいる。
だが、桜花の場合は魔力込みの回し蹴りを腕に受け、かなりのダメージを負っているのだ。
フュールでの訓練で、持っていった回復薬も粗方使ってしまった今、怪我人を治療するには回復師の存在が不可欠だった。
桜花の治療を終えた沙那は、他にも怪我人が居ないかと動き回っては、せっせと治療魔法を掛ける。
「私達、どうなっちゃうのかな…………?」
そんな中、相川春菜がそう呟いた。
普段は明るい彼女だが、こんな状況に追い込まれたのもあってか、すっかり気弱になっている。
実際、F組の生徒達の中では、彼女のような状態に陥っている者が多かった。
「ふえぇ………」
「ホラ、陽菜乃。泣かないの。辛いのは皆も一緒なんだから」
場の状況に耐えかねたのか、目尻に涙を溜める神崎陽菜乃に、相生暁葉がそう言った。
陽菜乃を優しく抱き締めて頭を撫でる暁葉だが、彼女自身も不安を感じていた。
神影やラリーのように、人を殺す事への葛藤や強力な魔物との命懸けの戦い等の経験が少ない彼女等からすれば、今回の出来事は、些かハードルが高かったようだ。
自分達の生存率を上げるのならば、ゲルブの言う通り、神影達ガルム隊を呼ぶのが最善策だろう。
何せ、神影が彼等よりも遥かに強くなっている事は、先日の一件で明らかになっているのだ。
だが、それを言い出したところで、男子が渋るのは目に見えている。
それは、自分達が"勇者"だからか、それとも今まで見下していた者に助けられ、逆に見下されるのが嫌なのか……………恐らく、両者だろう。
この状況で黙っていたところで何も進展しないのは明らかである上に、神影達に助けを求めなければ、勇者と騎士団一行の敗北は確実だ。
だが、自分が発言した時の反応の恐さから、誰も、何も言えずに居た。
この沈黙が何時までも続くのかと思われた、その時だった。
「わ、私…………やっぱり古代君を呼ぶべきだと思う!」
突然、結界内に少女の声が響き渡った。
その声に誰もが驚き、視線が声の主へと集中する。
「さ、沙紀…………?」
声の主を視界に捉えた春菜が、意外だとばかりに目を丸くして名を呼んだ。
その少女、花岡沙紀は、内気で大人しく、普段は友人達の話を傍らでニコニコしながら聞いて相槌を打つだけで、自分から進んで発言する事は滅多に無い。
ましてや、声を張り上げた事など1度も無かった。
そんな彼女が声を張り上げた事に、クラスの誰もが驚いていた。
「今あの2人や魔物の群れと戦っても、私達は全滅しちゃう。なら、古代君の力を借りるべきだと思うの!」
沙紀が声を張り上げる。
「確かに、彼奴はレベルも高い上に戦闘機も使えるから、呼べば直ぐ来てくれるだろうし、あの2人や魔物との戦いも有利になるわね」
外向きにカールした紺色セミロングの髪を持つ少女、赤崎涼子がそう言った。
「そ、そうだよ!古代君なら、きっとやってくれるよ!前会った時なんて、このクラスで一番強くなってたんだし!」
「それに、ガルムって古代君だけじゃなくて、あの魔術師の人も居るんだよね?なら、勝率は一気に上がるよ!」
他の女子生徒達が、次々に賛同の声を上げる。
「古代君って、冒険者パーティーのリーダーなんだよね?なら、誰か1人が依頼を出せば良いんだよ!そうすれば、きっと………「何簡単に言ってるのさ?」…………?」
其処へ、慎也が口を挟んだ。
「何も知らないようだから言っとくけど、依頼出したら最後、お金払わなきゃならないんだよ?その辺分かってる?」
慎也にそう言われ、その女子生徒は俯いてしまう。
「それに、この国に協力しようともしねぇ彼奴の事だ。きっと、俺等が出せねぇような高額の報酬請求してくるに決まってるぜ」
慎也に続ける形で、秋彦がそう言った。
「それに古代の奴、戦闘機使う力で空軍気取りしてんなら、こう言う時に出てこないと駄目だろ?何サボってんだよ?」
「そ、そうだよ。未だ城に居た頃なんて全く役に立たなかったんだから、こう言う時ぐらい役に立てよ!肉壁でも囮でも使えるじゃねぇかよ!」
他の男子生徒が口を開く。
「止めとけ。どうせ彼奴は、力があろうが無かろうが俺達の足を引っ張るのは変わらないんだ。彼奴が役に立った事なんて、過去1度も無かったんだし」
神影アンチの代表格とも言える富永功がそう言った時、遂に奏の我慢が限界を迎えた。
「……………いい加減にしなさいよ、クソ共が」
『『『『『『『『ッ!?』』』』』』』』
殺気、怒り、憎悪…………と言った、あらゆる負の感情が合わさった声色で言う奏に、クラスメイトの視線が集中する。
「さっきから聞いてれば、まあ古代君の悪口が出るわ出るわ……………そんなに古代君に助けられたくないなら、アンタ等男子だけで戦いなさいよ。それでアンタ等が死のうが私達は困らないし、そもそも、他人を見下す事でしか自分の優位性を示せないゲロ未満のクソ共の事なんて、正直どうでも良いからね」
「なっ、何ぃ……………!?」
慎也がキッと睨み、他の男子も鋭い目を向ける。
「何よ、その目は?本当の事でしょう?私、何か間違った事でも言ったかしら?」
奏はそう言うと、慎也にチラリと視線を向けた。
「そう言えば、何処かの誰かさん達が面白い事を言ってたわよね?『報酬払わされる』とか、『高額な報酬を請求される』とか」
「「…………ッ!」」
奏は暈しているものの、それが自分の事だと理解している慎也と秋彦は体を強張らせた。
「はっきり言うと、ソイツ等は馬鹿としか言いようが無いわね。お金と命、どっちが大事だと言うのよ?そもそも、今は金額がどうこう言ってる場合じゃないと言うのに」
奏の言葉が続くに連れて、2人は握り拳をワナワナと震わせる。
「そんなに報酬の件で古代君達と揉めるのが嫌なら、私が全責任を負ってやるわよ。彼の奴隷だろうがストレス発散用の玩具だろうが実験動物だろうが、何にでもなってやるわ!」
奏は叫ぶと、もう話す事は何も無いとばかりに、呆然とするクラスメイト達を無視して結界に近づく。
そして、両手で結界をドンドンと叩き、自分達に背を向けるようにして立っているゲルブに向かって叫んだ。
「ねえ、ちょっと!其所の魔人族!!」
「ん?」
奏の声に気づいたゲルブは、結界の中に居る奏に近づいた。
「どうした?話が纏まったのか?」
「ええ。ついさっき、漸くね。まあ、私が無理矢理纏めてやったんだけど」
「そ、そうか……………んで?その話の結果は?」
奏が一瞬見せた暗い笑顔に内心ドン引きしながら、ゲルブは問う。
「貴方の提案に、ありがたく乗らせてもらうわ」
皮肉げな笑みを浮かべて、奏はそう言った。
「そうか…………」
そう言うと、ゲルブは結界に、人1人通れる程度の穴を開けた。
「ホラ、穴を開けてやったぞ。其所から出な」
「ええ」
そう言って結界から出ると、結界の穴は瞬く間に塞がった。
「念のために聞くけど、邪魔しようとか考えてないわよね?自分で提案しておきながら」
「ああ、勿論さ。戦闘になったらお前のお仲間に攻撃させてもらうが、少なくともお前は攻撃しないし、道中に罠を仕掛けたりもしない。それに、相方に邪魔もさせない。魔王軍幹部、ゲルブ・コルソンの名において約束するよ」
「……………そう」
短く言うと、奏はルージュへ向けて駆け出した。
「……………まあ、お前の仲間の命までは奪わねぇさ」
誰にも聞こえない声でそう呟くと、ゲルブとセレーネは、互いに顔を見合わせて頷き、結界を解除すると共に魔法陣を展開し、其所から夥しい数の魔物を呼び出した。
「では約束通り、攻撃させてもらうぜ」
そうして、勇者と騎士団一行VS魔人族と魔物の群れの、第2ラウンドが幕を開けた。
「(待っててね、皆……………直ぐ、助けを呼んでくるから!)」
王都前を出発した奏は、残してきた他の面々の事を思いながら、止まる事無くルージュへ向けて走った。
「(お願い、古代君……………助けて…………!)」
出ていってしまった友人に、内心で助けを求めながら。