「……………それじゃあラリー、コレ頼むな」
此処は、ルージュの宿にある一室。
其所では神影が、ある袋をラリーに渡していた。
「了解だよ、相棒」
ラリーはそう言って、神影に渡された袋を収納腕輪にしまう。
「それにしても相棒、ゾーイ達への婚約指輪なんて何時の間に手に入れたんだい?」
「大分前からだよ。ついでに言うと、後2つ追加されるからな」
「"2つ"?」
ラリーが怪訝そうな表情で首を傾げる。
「そう。エミリアと俺のだ」
「ちょっと待って。なんで相棒のも?」
「だってコレ、婚約指輪だが連絡用の指輪でもあるんだぜ?相手が持ってても、俺が持ってなきゃ意味ねぇだろ」
「……………ああ、確かに」
納得したのか、ラリーは頷いた。
「コレで、君の腕輪に入ってるのは………」
「服とポーション。それから売らなかった幾つかの武器だ。まあ、この溜めに溜め込んだポーションも、今夜で粗方消えちまうと思うがな」
そう言って、神影は苦笑を浮かべる。
「それよか用も済んだし、さっさと行こうぜ」
「うん」
そう言って、ラリーは神影の肩に手を添えて転移魔法を使おうとする。
「ラリー、念のために1つ、言っておきたい事があるんだ」
「……………?」
ラリーがチラリと視線を向けると、神影がいつになく真面目な表情を浮かべていた。
「縁起でもない事だが、俺にもしもの事があったら、その時は………………ガルム隊を頼むぜ」
「……………ッ!」
魔法が発動する寸前、ラリーは何も言わずに頷いた。
「すまん、待たせたな」
ラリーと共にギルド前に転移した神影は、待たせていた残りのガルム隊メンバーと奏にそう言った。
「さて…………それじゃあ行くか」
神影がそう言うと、ラリー達が機体を展開する。
「それにしても相棒、本当に良いのかい?僕達は後から参加なんて」
「ああ、そっちの方が色々やりやすいからな。僚機念話で合図出すから、お前等はその時に突入してくれ」
「…………分かった」
ラリーが頷くと、神影は満足したような笑みを浮かべ、ブラックホークを展開する。
既にメインローターとテールローターが回っており、完全に装着された瞬間に突風が巻き起こる。
「ああ、そうだ白銀。乗る前にコレ持っとけ」
そう言うと、神影は自分の収納腕輪を奏に投げ渡した。
「その中にはポーションが大量に入ってる。向こうに着いたらあるだけ使え」
「え、ええ…………ありがとう」
受け取った奏は礼を言い、コンテナに乗り込む。
それを見た神影は、一旦ギルドの方に目を向けた。
その視線の先には、心配そうな眼差しで神影を見る冒険者達の姿があった。
特にソブリナ達アルディアの3人やエスリアは、死地に赴く恋人に向けるような視線を送っている。
「………………」
そんな彼女等に、神影は何も言わずに敬礼した後、ラリーの方を向いた。
「ラリー!やってくれ!!」
その指示を受けたラリーは頷き、神影に向けて両手を突き出した。
「"転送"!」
ラリーがそう叫んだ瞬間、コンテナに奏を乗せ、強風を撒き散らしていた神影が跡形も無く消えた。
「さてと……………」
それを確認したラリーは、後ろに控えているゾーイ達に振り向く。
「全員、ガルム2に続いて離陸しろ!相棒からの連絡が入るまで上空待機だ!」
『『『了解!』』』
そうして、神影を除いた7人が其々のエンジンを噴かし、轟音と共に離陸した。
その頃、王都前では相変わらず、勇者と騎士団一行VS魔人族と魔物軍団による戦いが繰り広げられていた。
F組勇者でもトップクラスの実力を持ち、尚且つ接近戦に長けている奏が居ない状態で数時間も戦う事になり、勇者勢はボロボロになっていた。
実際、騎士団員や男子生徒の半分近く、はたまた女子生徒の多くが、度重なる魔物やゲルブ、セレーネの攻撃によってボロボロになり、後方で回復師達から回復魔法を掛けてもらったり、その辺に転がされたりしている。
この時まで、一体何れだけの魔物を倒してきたのか、数えるだけでも億劫になる。
周辺には、何十もの魔物の死体が転がっており、彼等の戦いの長さが窺えた。
「ホラホラ、未だ沢山居るわよ~?」
一体何れだけの魔物を使役しているのか、続々とけしかけてくるセレーネとゲルブ。
「はぁ……はぁ………クソッ、一体何れだけの魔物を使役しているんだ、彼奴等は………!」
聖剣を杖代わりにして立ち、正義は向かってくる魔物達を忌々しげに睨み付けた。
「この俺、ゲルブの事も忘れないでくれよなぁ!」
そう言って、全く疲れた様子を見せないゲルブがハイテンションで向かってくる。
「テメェ……………調子に乗ってんじゃねぇぞッ!!」
航が飛び出し、ゲルブに真っ正面から立ち向かう。
だが、夜まで続いているこの戦闘は、彼等を肉体的も精神的も、著しく疲労させていた。
そんな状態でマトモに勝てる訳が無く……………
「そらよぉ!」
ゲルブの豪腕が、航の胸倉に直撃した。
「…………ッ!ぐはぁ!」
肺の中にある酸素を一気に吐き出した航は、そのまま胸に手を当てられ、背中から地面に叩きつけられる。
あまりの勢いに、航は地面にめり込んで苦痛の声を上げる。
「わ、航…………ぐぁっ!?」
そんな親友に気を取られた正義は、向かってきた一体のサイクロプスの強烈な体当たりを喰らって弾き飛ばされる。
コレが殴る蹴るではなかっただけ、未だマシだろう。
「このッ…………倒してもキリが無いわ!」
他の場所では、"剣士"の
彼女の視線の先には、数十体のゴブリンやコボルトが、雑魚キャラとして認識されている魔物とは思えない勢いで向かってくる。
このままでは、彼女が容赦無いリンチに晒されるのは避けられないだろう。
「涼子、離れて!」
そんな時、沙紀が声を張り上げる。
「風よ。此処に刃となりて、彼の者を斬り伏せよ…………"風斬"!」
沙紀が詠唱を終えると、彼女の周りを渦巻いていた風がブーメラン状の刃になり、ゴブリンやコボルトの群れに真っ直ぐ向かっていく。
「ッ!」
涼子が飛び上がって回避すると、その刃がゴブリンやコボルトの上半身を斬り飛ばした。
「ふぅ…………ありがとう、沙紀!」
着地した涼子が、沙紀に礼を言う。
それに沙紀が一瞬微笑んだ、次の瞬間……………
「ッ!沙紀、避けて!」
涼子が叫ぶが、時既に遅し。
何処からか伸びてきた緑色の触手が、沙紀の横腹を貫いた。
「ッ!ああぁぁあああっ!!?」
突然襲い掛かってきた激痛に、沙紀が悲鳴を上げる。
そんな彼女の事など気にも留めず、触手は引き抜かれ、其所から血が流れ出る。
「沙紀!」
蹲る親友に、涼子は駆け寄る。
「酷い傷……………ッ!」
重傷を負った親友を治療したい涼子だが、続々と襲ってくる触手がそれを邪魔する。
「花岡さん!」
其処へ彼女の悲鳴を聞き付けたのか、桜花が駆け寄ってきた。
「雪倉さん、沙紀をお願い!さっきの触手で横腹貫かれてるの!触手は私が何とかするから!」
「分かりました!」
桜花が早速、痛みで涙を浮かべる沙紀への治療に取り掛かる。
その間も容赦無く触手が襲い掛かってくるが、涼子が斬り伏せる。
「一体、何処から来てるのよ…………この触手は……………ッ!」
忌々しげに呟きながら、涼子は剣を振るう。
「(こんな時、古代が居てくれたら……………ッ!)」
リーアの一件や時々耳にした噂で神影の強さを知っている涼子は、此処に神影が居ないと言う状況を心底恨んだ。
「良し…………治療、終わりました!」
桜花から、沙紀が回復したと言う報告が飛ぶ。
チラリと横目を向けると、横腹の傷が消えた沙紀が、痛々しさを残しながらも笑みを浮かべていた。
先程の流血からして、恐らく直ぐ復帰する事は不可能だろうが、それでも友人が回復した事は変わらない。
「うん、ありがとう!」
涼子が礼を言うと、桜花は他の魔物達の駆逐を始めようとする。
残り少ない魔力で魔法を放ち、魔物を次々吹っ飛ばしていく。
だが………………
「ヤッホー、中々頑張ってるわねぇ」
「ッ!?」
其処へ突然、セレーネが現れる。
直ぐ様飛び退いた桜花は、他の魔物と同じように魔法で吹き飛ばそうとする。
「こ、来ないで!わ、我が身に……「遅いわよ」………ッ!?」
だが、桜花が詠唱を始めた時には、セレーネの妖艶な姿が目の前にあった。
ふと視線を落とすと、彼女の握り拳が見える。
コレで、桜花の腹を殴るつもりなのは分かりきっていた。
そして、セレーネの拳が振るわれそうになった時……………
「桜花ちゃんから離れろぉぉぉぉおおおおおッ!!」
奏がルージュへ救援を呼びに行ってから数時間、ぶっ通しで戦っていたとは思えないような気迫で沙那が肉薄し、セレーネに回し蹴りを仕掛ける。
天職が"回復師"であるため、基本的に後方に回っている沙那だが、決して肉弾戦が出来ないと言う訳ではない。
だが、それでも不馴れであるため、彼女の攻撃を見切るのは、セレーネにとっては赤子の手を捻るようなものだった。
「中々の気迫ね。でも、こんなのじゃ……………逆にやられるわよ?」
「なッ!?」
セレーネの言葉は正しかった。
何と彼女は、沙那の脚を易々と掴んで持ち上げたのだ。
逆さに吊るされた沙那はスカートを押さえようとするが、それによって両手が塞がり、攻撃を防げなくなると言うミスを犯してしまう。
「それじゃ、はい」
何ともないように言うと、セレーネは掴んでいた手を離して沙那を落とした……………かと思うと、
「シュート」
何ともないように言って回し蹴りを喰らわせ、沙那を蹴り飛ばしたのだ。
何メートルも吹っ飛ばされた沙那は地面に打ち付けられ、数メートル程地面を滑り、やがて止まる。
大ダメージを受け、もう動けなくなるかと思われたが、地面に打ち付けられる際に受け身でも取っていたのか、震えながらも立ち上がろうとしている。
「ッ!沙那さん!」
親友の名を呼び、彼女に駆け寄ろうとする桜花。
だがセレーネは、それを見逃す程甘くはない。
「貴方も、お仲間の所へ行ってらっしゃい」
そう言って、桜花にも強烈な回し蹴りを喰らわせる。
「がはっ……………!」
その衝撃は体の内部にも渡り、桜花は体を仰け反らせながら、酸素と共に血を吐き、沙那が飛ばされた方向へと蹴飛ばされる。
「うっ……………!?桜花ちゃん!?」
ヨロヨロと立ち上がった沙那は、飛んでくる桜花を視界に捉え、ダメージを受けた体に鞭を打って、その覚束無い足取りで駆け出し、地面に叩きつけられる寸前で桜花を受け止め、勢い良く両膝を地面に打ち付ける。
その際、『グキッ!』と、沙那の腕や脚から嫌な音が鳴る。
「あがぁぁあああっ!!?」
骨でも折れたのか、今まで以上の激痛に、沙那は少女らしからぬ苦悶の声を張り上げる。
「さ、沙那……さ…………ゴホッゴホッ!」
自分を受け止めてくれた親友の名を呼ぼうとする桜花だが、セレーネに蹴られた衝撃で体の内部も傷ついており、まるで、ルージュに到着した時の奏のように、咳き込んだ拍子に血を吐く。
そして、そんな2人に追い討ちを掛けるが如く、一体のミノタウロスがぬうっと姿を表した。
「ぶるぉぉぉぉおおおおおおッ!!」
牛とは思えないような雄叫びを上げるミノタウロスは、血走った目を2人に向けて、その太い右腕を振りかぶる。
勇者達は殺さないように言われているゲルブやセレーネも、今では戦いに夢中になっており、今起ころうとしている殴殺には気が回らない。
「(そんな…………嫌だよ…………)」
スローモーションで近づいてくる、彼女等を確実にあの世へ送る豪腕に、沙那は内心そう呟く。
ずっと想い続けてきた相手に会えず、此処で魔物に殺される……………そんな最悪な結末を、彼女等は迎えようとしているのだ。
「(助けて……………神影君!)」
目を固く瞑り、この場に居ない想い人に助けを求める沙那。
そして、ミノタウロスの腕が振るわれそうになった、その時だった。
「ぶるぁ……………!?」
雄叫びを上げようとしたミノタウロスの声が、耳をつんざくような爆音によって掻き消される。
そして次の瞬間には、オレンジ色の光の粒が上空から降り注ぎ、ミノタウロスの体に次から次へと叩き込まれる。
ミノタウロスは悲鳴を上げる間も、自分を攻撃してきた者の正体を確認する間も無く上半身を肉片へと変え、2人の前に倒れ伏し、そのまま動かなくなった。
「「えっ…………?」」
変わり果てたミノタウロスの姿に、沙那と桜花の間の抜けた声が重なる。
何時の間にか、他の面々も戦いの手を止めている。
耳をつんざくような爆音は止んでおり、代わりにバタバタと大きな音が継続的に鳴り響いている。
「あれは………一体………………?」
沙那や桜花とは別の場所に居るシロナが呟く。
勇者、騎士団、そしてゲルブやセレーネの視線の先では、巨大な箱が浮かんでいた。
不意に、その箱の側面がスライドし、其所から1人の銀髪少女が姿を表した。
奏だった。
「皆!無事!?」
戦場一帯に響く声で、奏が叫ぶ。
「奏…………!」
声の主を知った沙那の目に、光が宿る。
「………ッ!沙那!桜花!」
上空から2人の姿を確認した奏が、その箱から飛び降りる。
そして着地を決めた奏は、寄り添って蹲る親友2人に駆け寄った。
「奏さん…………」
奏の姿を視界に捉え、桜花が小さく呟いた。
「2人共、遅くなってごめんなさい。ちょっと説得に手間取っちゃったの」
奏がすまなさそうに言った。
「でも、もう大丈夫よ。彼が……………古代君が来てくれたの!」
「「ッ!?」」
驚く2人を他所に、その箱がゆっくりと向きを変える。
そしてゆっくりと姿を表した、黒髪に金色の瞳を持つ男が、戦場にその声を響かせた。
「よう其所でくたばってる勇者共、まだ生きてるか?」