これは、エリージュ王国宰相、グリーツの命令を受け、ブルームとドロワットが率いる騎士団が、神影の遺体を回収するためにルージュへ向かった後の出来事である。
「クククッ……………コレで、あの忌々しき成り損ない勇者の話を聞く事も無くなるだろうな。頭痛の種が消えて清々した」
ブルーム達を送り出した後、グリーツは自室で下卑た笑みを浮かべてそう言った。
その暗い笑みは、神影が出ていった時にF組男子達が見せていたものや、はたまた王都の混乱に乗じて神影を殺した慎也や功達が浮かべていたものに匹敵する程おぞましいものだった。
「(あの成り損ない勇者は、クルゼレイ皇国と繋がりを持っていたからな……………死体を民衆の前に晒し、我が国を裏切ろうとした者として燃やせば、ガルムの信用は瞬く間に失墜し、未だあの成り損ない勇者に信頼を寄せておる勇者の女共も、あの者共よりも私の言う事を聞くだろう。そうすれば、私の計画も再開出来ると言う事だな…………)」
内心そう呟き、グリーツは目的を達成した自分の姿を思い浮かべる。
魔人族や他の亜人族、加えて、自らの野望を邪魔する他国を滅ぼして魔鉱山の権益を独占した自分の姿を。
そして、独占した魔鉱山より発掘される魔鉱石の力で、この世界よりも下位の世界を征服する自分の姿を……………
「宰相、よろしいですか?」
「……………ん?」
其処で突然、ドアがノックされた。
「何だ?」
「王妃様が、至急部屋に来るようにと」
ドアをノックした衛兵の言葉に、グリーツは一瞬面食らう。
「王妃様が……………?分かった、直ぐに向かう」
そう言うと、グリーツは部屋を出て、ある一室に向かった。
ドアの前に立ち、ノックをする。
「王妃様、グリーツ・ボーアンです」
「入りなさい」
その返事を受け、グリーツはドアを開けて部屋へと足を踏み入れる。
其所にはロングヘアの金髪を持ち、赤いドレスに身を包んだ美女が立っていた。
エリージュ王国王妃、ロクサーヌ・フォン・エルダントだ。
「突然すみません、ボーアン」
「いえ、お気になさらず……………して、どのようなご用件でしょう?」
「それなのですが……………」
ロクサーヌが言うと、彼女の侍女が大きな箱をグリーツの前に置き、蓋を開ける。
その中には、夥しい数の手紙があった。
「……………またですか」
「ええ………しかも、今回はクルゼレイ皇国や、周辺国からの抗議文も混じっているとか」
ロクサーヌがそう言った。
「ふぅむ………」
そう小さく唸り、グリーツは手紙の中の1通を手に取って封を開け、中身を取り出して目を通す。
その手紙には、"恩人を殺すような者を勇者として召喚した"国の上層部への不信感などが綴られていた。
さらに他の手紙には、自分達の都合で呼び出しておきながら、神影に対して"勇者"の称号を持たず、ステータスが低いと言う理由で不遇な扱いをした事への抗議の言葉が綴られている。
それから何通もの手紙に目を通すと、国の上層部や勇者、騎士・魔術師団への不評が、最早書き殴りとも言えるような字体で綴られていた。
「……………………」
一通り読んだグリーツの表情が、不快げに歪む。
自分の障害になるものは全て排除するつもりであるグリーツは、これ等の手紙を処分する事を伝えた。
それから話題は変わり、先日の戦いで壊滅状態になった王都の復興の進み具合や勇者達の事になった。
「……………それで、王都の復興の方は?」
「今のところ、瓦礫の撤去で手一杯な状態です。何分、人手が足りていなくて……………勇者の方々の協力も得ているのですが、それだと今度は、彼等への非難で作業が止まってしまいますし……………」
グリーツはそう答えた。
「それに、仮に瓦礫の撤去が終わったとしても、今度は資材の方で問題が…………」
グリーツがそう言うと、今度はロクサーヌが口を開いた。
「……………この国の建物の資材は、多くを他の町や村に頼っているんですよね?」
「その通りです。以前から他の町にも協力を要請しているのですが、殆んどが拒否していまして…………」
グリーツはそう言った。
王都での出来事が、国中どころか外国にも広がっている中、神影やラリーを不遇な目に遭わせた挙げ句、神影を殺した勇者を召喚した国の王都を進んで助けようとする者など、1人も居ないだろう。
「(今日は、あの成り損ない勇者の遺体の回収のついでに、ルージュの住人達にも協力を要請するように言ってあるが……………)」
グリーツは内心そう呟いた。
その時、何処からか物凄い音が響き、王宮が軽く揺れた。
「きゃっ!?」
「ッ!王妃様!」
突然の出来事に驚いて倒れそうになるロクサーヌを、侍女が慌てて支えた。
「お母様!無事ですか!?」
其処へ、エリージュ王国第1王女であるユミールが駆け込んできた。
「こ、これはユミール様…………」
突然のユミールの来訪に、グリーツがまたもや面食らう。
「わ、私は……大丈夫よ…………」
侍女に支えられたロクサーヌが、ゆっくりと態勢を整えながらそう言った。
「ボーアンは…………大丈夫そうね………」
「ええ、何とか」
グリーツがそう答えた時だった。
「も、申し上げます!」
1人の衛兵が駆け込んできた。
「先程、謁見の間に檻らしきものが落下してきました!」
『『"檻"?』』
衛兵の言葉に、4人の台詞が重なる。
「は、はい。それで、その檻らしきものを調査したところ、異世界人ミカゲ・コダイの遺体の回収に向かわれていたブルーム様やドロワット様達が、無惨な姿で発見されました!」
「何だと!?」
グリーツが声を張り上げた。
「ボーアン!"ミカゲ・コダイの遺体の回収"とはどういう事ですか!?そのような事、私は聞いていませんよ!」
「そ、それは…………」
ロクサーヌに問い詰められ、グリーツは言葉を詰まらせる。
『自分の邪魔になるから処分しようとした』などと馬鹿正直に言える訳が無い。
「兎に角、直ぐ謁見の間に向かいます。案内しなさい!」
「はっ!」
そうして駆け出した衛兵を先頭に、ロクサーヌ、ユミール、グリーツの3人は、部屋に侍女を残して謁見の間へと向かった。
「こ、コレは…………」
「こんなの……惨すぎる………」
「……………」
謁見の間に到着し、既に集まっていた魔術師団によって、檻が崩れた事によって出来た砂の山から引っ張り出されているブルーム達を目の当たりにして、グリーツとロクサーヌは小さく声を漏らした。
全員が腕や足を吹き飛ばされており、着ていた服も、最早服としての機能を果たしていない。
おまけに、顔も無惨な姿になっていた。
ユミールは、あまりにショッキングな光景を目の当たりにして言葉を失っており、口を両手で覆い、顔を青ざめさせていた。
上を見上げると、天井に大きな穴が開いていた。
「一体、誰がこんな事を……………」
続々と引っ張り出される騎士達を見ながら、ロクサーヌはそう呟いた。
「王妃様、グリーツ閣下」
其処へ、1人の魔術師が近寄ってきた。
「騎士の1人の胸ポケットから、このようなものが………」
そう言って、その魔術師は小さな紙切れを差し出す。
それを受け取り、内容に目を通したロクサーヌはユミールと同じように顔を青ざめさせた。
その紙切れには、こう書かれてあった。
『次にふざけた事をするなら、今度は貴様等に死を告げに行く』
「な、何だコレは……………!?」
その文章を読んだグリーツは、驚きのあまりに目を見開いた。
そして、もう1度その文章に目を通し、騎士達を無惨な姿へと変え、このような手紙を寄越す人物を予想する。
そして、その人物は直ぐに浮かんだ。
「(もしや、ラリー・トヴァルカインか……………?あの者なら、ミカゲ・コダイが死んだ事への報復として、向かわせた騎士達を攻撃する事も、十分に有り得る)」
グリーツは、そのように予想を立てた。
「(しかしそれだと、どのようにしてこの者達をこんな姿にしたのかが問題になる。見る限り、あの飛行能力を持った魔道具擬きは使っていないようだ。あれに頼りっきりの没落魔術師が、生身で勝てるとは到底思えん……………)」
内心そう呟いていた時、ロクサーヌが、グリーツの肩を叩いた。
「ボーアン?ボーアン!」
「ッ!?はっ、何でしょうか王妃様?」
我に返ったグリーツは、ロクサーヌの方を振り向いた。
「『何でしょうか』ではありません。先程聞きそびれましたが、ミカゲ・コダイの遺体を回収するために騎士達を向かわせたとは、どういう事なのですか?説明しなさい」
強い口調で、ロクサーヌは命令した。
気づけば、ユミールもグリーツを睨んでいる。
「そ、それは…………」
グリーツは、またもや言葉を詰まらせた。
神影が出ていき、挙げ句慎也達に殺された事に清々しているグリーツとは違い、2人は、神影やラリーに不遇な扱いをした事について悔いているのだ。
そんな2人を前に、自分の野望を正直に言う訳にはいかなかった。
「か、彼は勇者ではありませんが、王都で召喚した者。であれば、王都で丁重に埋葬すべきかと、思いまして……………」
完全に苦し紛れの言い訳だった。
「成る程……………ならば何故、彼の遺体を回収しに向かった騎士達が、あれ程までに惨い姿で送り返されるのですか?幾ら我が国の勇者の方々や騎士達が恨まれているとしても、流石にあのような事まではされない筈です。彼等をやったのが、ガルムの者だとしても」
「……………………」
言葉を失うグリーツ。
そんな彼を見て、ロクサーヌは溜め息をつき、魔術師団に治療を受けているブルーム達に目を向けた。
「……………まあ、我が国の兵達は、皆プライドが高いですから、相手の顰蹙を買うような事を言った可能性も捨てきれません。この話は、彼等の回復を待ち、ある程度の問題が片付いてからにします……………そしてボーアン」
「…………はい」
「彼等から話を聞き、ある程度の問題が片付くまでの間、貴方に謹慎処分を下すと共に、政治干渉の権利を全て剥奪します。文句はありませんね?」
「……………はい」
グリーツはそう言うと、ロクサーヌからの命令を受けた衛兵に連れられて、自室へと戻っていった。
「……………………」
「お母様…………」
その背中を見送るロクサーヌに、ユミールは不安そうな眼差しを向ける。
「………大丈夫よ、ユミール………大丈夫だから……………」
ロクサーヌはそう言って、彼女の持つ豊満な胸に、愛する娘の顔を埋めた。
夫の安否も分からず、王都は瓦礫の山。さらに勇者や騎士団、魔術師団が迫害される立場となり、国内の町や村、周辺国からも、抗議文が殺到…………………最早、"踏んだり蹴ったり"と言う言葉では片付けられないような状況に、この王都は立たされていた。
「………下手をしたら……………帝国の力を、借りる必要がありそうね………」
娘を抱き締めて明後日の方向を向きながら、ロクサーヌはそう呟くのであった。