さて、ギルドの前でのじゃれ合いの後、俺達は宿に戻っていた。
「それじゃあミカゲ君、また夕食の時に」
「じゃな~」
部屋の前に着くと、別の部屋に泊まっているグランさんやギャノンさんと別れ、俺とアドリアは自分達の部屋へと入った。
「ただいま~………………って、あれ?」
部屋に入ると、其所には誰も居なかった。
「おかしいですね、ゾーイが先に帰っている筈なのですが……………」
空っぽの部屋を見回しながら、アドリアがそう言った。
「ふむ………取り敢えず、ラリーに聞いてみるか。彼奴がゾーイの行き先を知ってるかどうかは分からんが」
俺はベッドに腰掛けると、僚機念話を使ってラリーに聞く事にした。
《なあ、ラリー。ちょっと良いか?》
《相棒じゃないか。どうしたの?》
通信を入れると、ラリーが直ぐ様応じてくれた。
休憩中だったのかな………?
《先に戻った筈のゾーイが居ないんだけどさ……………お前、彼奴が何処行ったのか知らねぇか?》
《ああ、ゾーイ?彼女なら、そっちに向かったよ》
《………………?どういう意味だ?》
ラリーが言っている意味が分からず、俺は聞き返す。
《実は、さっきゾーイから相談を受けてね………………黒雲を殲滅した山岳地帯を覚えているかい?彼処でちょっと話をしてたのさ》
ラリーはそう言った。
それにしても、"相談"か………………やっぱり、俺には言いにくい事だったのかな…………?
まあ、ラリーも相談しやすい奴だが……………やはり俺にしてもらえないとなると、複雑な気分になる。
《………………と言う訳で相棒、後は頼んだ》
《……え?》
いきなりそう言われ、俺は目を丸くする。
《すまん、ラリー。途中から聞いてなかった》
《おいおい…………》
ラリーの苦笑混じりの声が聞こえた。
《えっと………まあ、あれだよ》
そう前置きしてから、ラリーは言った。
《ゾーイが帰ってきたら、多分『話がある』とか言われるだろうから、ちゃんと話を聞いてあげて。良いね?》
《お、おう………》
何とも言えない気分になりながら、俺は頷いた。
《んじゃ、そう言う事で》
そう言って、ラリーは通信を切った。
「……………………」
通信を切られた俺は、ラリーに言われた事を考えていた。
「(あの時のラリーの台詞からすると………………もしかしてゾーイの奴、先にラリーに相談して何かのアドバイスを貰ってから、俺に言うつもりだったのか…………?)」
俺はそのように予想した。
そんな回りくどい事なんかしないで、直接言ってくれれば良いと思わなくもないが、取り敢えず、ゾーイが今まで抱えていたのであろう"悩み"を打ち明けてくれると言うのは確かだ。
だが………………
「そもそもゾーイは、何に悩んでたんだ……………?」
俺はそう呟いた。
俺を避けたり、首を突っ込もうとした事にぶちギレるぐらいだ、相当なものだと見て間違いない。
だが、ゾーイを其処まで追い詰める"悩み"と言うのは、一体何なのだろうか……………?
「あの………ミカゲ様?」
俺が悩んでいると、アドリアが話し掛けてきた。
「お、おう。どうした?」
「いえ、その……………結局、ゾーイは何処に?」
「ああ、それがな…………」
そう言って、俺はラリーに言われた事を話した。
「……………まあ、こう言う感じで、帰ってきたらゾーイは、先ず俺の所に来るって訳なんだ」
「そうですか……………何はともあれ、今回でゾーイがミカゲ様を避けていた理由が分かると言う事ですね」
「ああ、そうだ」
そう言うアドリアに頷き、俺達はゾーイが帰ってくるのを待つのだった。
「ただいま帰りました」
ラリーとの通信を終えてから数十分後、ゾーイが帰ってきた。
「よお、お帰り」
「お帰りなさい、ゾーイ」
部屋に入ってきたゾーイに、俺とアドリアはそう言う。
それに返事を返してから、ゾーイは、ベッドに腰掛けている俺の元に歩み寄ってきた。
恐らく、例の話を持ち掛けるつもりなのだろうな。
「ミカゲ様、少し良いですか?」
やっぱり、思った通りだ。
「おう、何だ?」
ラリーから話は聞いているが、態と知らないフリをして聞き返す。
「夕食後、少しお時間をいただきたいのですが、よろしいでしょうか?お話ししたい事があるのです」
やはりゾーイは、ラリーが言った通りの言葉を投げ掛けてきた。
無論、断る理由は無いし、寧ろ、今までゾーイを苦しめ続けてきた"悩み"の正体を知るチャンスなのだから、コレをみすみす逃す訳にはいかない。
「ああ、良いぜ」
俺は、是の答えだけを返した。
分かりきった事を態々訊ねるのは、野暮ってモンだからな。
それから俺達は、夕食までの時間は一言も喋らず過ごした。
その間、ずっとアドリアが気まずそうにしていたので心が痛んだが、我慢してもらうしかなかった。
それから気まずい沈黙の後、夕食の時間になったので、俺達は部屋を出てラリー達と合流し、食堂へと来ていた。
ガルム隊メンバー全員が一纏めで座れるような席を取り、其所に腰を下ろす。
それから其々の食べたいものを注文し、それらが到着するのを待っていた。
「あら、ガルムの皆お揃いで」
すると、聞き慣れた声が耳に飛び込んできた。
振り向くと、其所には我が恋人であるソブリナ達アルディアの3人が立っていた。
「よお。お前等も夕食か?」
「ええ、そうよ」
俺の質問に、エリスが頷いた。
そんなこんなで3人が相席する事になり、合計11人と言う、そこそこの人数の団体になった。
「ねえ、ミカゲ。夕食の後は暇かしら?」
食事中、ソブリナがそんな事を聞いてきた。
「ん?何かあるのか?」
「いえ、別にそう言う訳じゃないけど……………」
俺の質問に、何やら歯切れの悪い様子を見せるソブリナ。
すると、ニコルが口を開いた。
「久々に………ミカゲと、夜のデート………したい、から……………」
「成る程ね」
俺はそう返した。
「それで、どう?何か予定はある?」
「ああ」
そう訊ねてきたエリスに、俺は頷いた。
「実は、この後ゾーイと出掛ける約束をしててな。今日するのは無理そうだ」
「そう………残念ね…………」
ソブリナがそう言った。
「すまん、また今度な」
俺はそう言うと、チラッとゾーイに視線を向ける。
「………………」
元々頼んだ量が少なかったものあってか、既に食べ終えて俺を待っているようなので、俺は急いで残りを掻き込んだ。
「それじゃあ、俺等はお先に………」
そう言って、空になった皿を乗せたトレイを持って立ち上がり、ラリーと視線を交わしてから返却口へと足を進めると、同じく立ち上がったゾーイがついてきた。
そして、2人でトレイを返して食堂を後にすると、そのまま宿を出る。
「さて……………それじゃあ何処で話す?」
先に宿を出た俺は、後ろに居るゾーイに訊ねた。
悩みを打ち明けると言うのは、言葉だけ見れば簡単だろうが、実際にするのは非常に難しい事。
それを他人に見られる、はたまた他人に聞こえるような場所でやるのは嫌だろう。
たとえ、その人達と言うのが、付き合いの長いガルム隊メンバーや、ルージュの住人達であっても。
「そうですね………………では、以前にミカゲ様とラリー様が討伐した盗賊団"黒雲"が根城にしていたと言う山岳地帯は如何でしょう?彼処なら、誰も来ませんので」
ゾーイはそう言った。
俺はそれを受け入れ、お馴染みのF-15Cを展開すると、ゾーイと共に、例の山岳地帯へと向かった。
神影とゾーイが食堂から出ていくのを、ラリー達は黙って見送っていた。
「ゾーイ………やっぱり何かおかしかったわね」
2人の姿が見えなくなると、ソブリナがそう言った。
「ええ、ミカゲが言った通りだったわ」
「何時もの、甘えた感じ………しなかった………」
ソブリナの呟きに、エリスとニコルが頷く。
未だゾーイに避けられていた頃の神影から相談を受けていたのもあって、かなり気にしているようだ。
それはラリー以外のガルム隊メンバーも同じで、様子のおかしいゾーイに首を傾げている。
「ねえ、ラリー。結局ゾーイは、何に悩んでいたの?」
エメルが訊ねると、他のメンバーもラリーに顔を向けた。
「(こう言うのはペラペラ喋らない方が良いと思うけど………………まあ、良いよね。黙り続けて変な蟠りが出来るよりマシだ)」
内心そう呟き、ラリーは1人頷いてエメル達に顔を向けた。
「実はね……………」
ラリーはそう言って、ゾーイから相談された事を話した。
その話の内容を、エメル達は黙って聞いていた。
「………………まあ、こう言う訳なんだ」
そう言って、ラリーは話を終えた。
「成る程、それでゾーイはミカゲを避けていたのね」
エメルが納得したように頷いた。
「でも、それ………ミカゲさんなら、笑って許してくれるだろうから、避ける必要なんて無かったんじゃ……………?」
「だな。オレもリーアの意見に賛成だぜ。ミカゲは、そんな理由でゾーイを嫌いになる奴じゃねぇからな」
おずおず口を開いたリーアに、ギャノンが賛同した。
「まあ、確かにそうなんだけど……………」
そう言って少しの間を空けてから、ラリーは再び口を開いた。
「ゾーイは、相棒に話した時の反応が怖くて、言う勇気が持てなかったんだってさ………………僕が、自分の正体を相棒に打ち明けた時みたいにね」
「…………ああ、そう言えばラリーって、魔神とヒューマン族のハーフだったのよね。初めて聞いた時には何の冗談かと思ったわ」
エリスがそう言うと、ラリーは苦笑を浮かべた。
「だから僕としても、ゾーイの気持ちは分からなくもない。僕も言うのは怖かったからね。でも、それで逃げたら駄目なんだ。何時かは、言わなければならない時が来るからね」
そう言って、ラリーは話を締め括った。
「まあ、こんな感じだね。後は相棒が上手くやってくれる事を祈りながら、2人の帰りを待とうよ」
ラリーの言葉に、全員が頷いた。
それから一行は、冷めてしまった残りを平らげると、其々の部屋へと戻り、2人が帰ってくるまで思い思いに過ごすのだった。
さてさて、ゾーイと共にルージュを後にした俺は、黒雲が根城にしていた山岳地帯の上空に来ていた。
「さて……………ゾーイ、この辺りで降りようぜ」
「はい」
直ぐ隣を飛んでいるゾーイにそう言って、俺達は高度を下げていく。
そして着陸すると、機体を解除した。
「此処に来るのも久し振りだな…………」
辺りを見回しながら、俺はそう呟いた。
シルヴィアさんからの依頼で黒雲を殲滅し、助け出した人達を其々の村に送り届けてからは、此処に降り立った事は1度も無い。
そのため俺は、少なくとも1年間は此処に来ていない事になる。
その間に、この山岳地帯も変わっていた。
ラリーの
俺は自然云々の話には詳しくないので、1年でこんなに変わるのが普通なのかは分からないが、その辺りは"異世界だから"の一言で片付けるとしよう。
本題はそれじゃないからな。
俺は草の絨毯の上に腰を下ろし、ゾーイに俺の真正面に座るよう促す。
ゾーイはおずおず腰を下ろした。
「………………」
正座しているゾーイは、視線をキョロキョロとさ迷わせる。
そして、一度俺と目が合えば………………
「………ッ!」
体を強張らせ、視線を逸らしてしまう。
「(やれやれ、避けたり普通に喋ったり目線逸らしたり、コイツも中々分からねぇ奴だなぁ……………)」
内心そう呟き、俺は肩を竦める。
「此処ってさ。お前が言ったように、本当に人来ねぇよな。大事な話をするにはうってつけの場所だ」
「え、ええ………そう、ですね…………」
俺が呟くと、歯切れの悪い返事を返してくる。
「…………なあ、ゾーイ。そろそろ話してくれねぇか?」
「…………………」
俺はそう言うが、ゾーイは俯いて黙り込んでいる。
「お前、何かしらの悩みを抱えてたんだろ?お前が俺を避けていたのも、今もこうして微妙な反応をするのも、それが原因だと考えてるが………………俺の予想は、間違ってるか?」
そう問い掛けると、ゾーイは首を横に振った。
「それなら、此処で全部ぶちまけてくれよ。ずっと微妙な関係が続くのはお前も嫌だろうし、俺だって耐えられねぇんだから」
それに今回は、ゾーイの方から話を持ち掛けてきたのだから、此処で逃げるのは絶対許さない。
その意思を含めて、俺はゾーイを見つめる。
「……ぁ………うぅ……」
ゾーイは顔を俯けながらも、何とか言葉を捻り出そうとしているが、小さく声を発するだけだ。
恐らく、自分の悩みを言ったら俺がどんな反応をするのかを予想して、躊躇っているんだろうな。
「ホラよ」
「ふぁっ!?」
俺はゾーイの頬に両手を添え、顔を上げさせた。
「ゾーイ」
そして俺は、彼女の名を呼ぶ。
「どうして?」
ゾーイが言いやすくなるよう、優しげな言葉で理由を話すように促す。
その後も暫く沈黙していたゾーイだが、やがて、ポツリポツリと口を開いた。
「合わせる顔が、無いのです…………」
「え?」
ゾーイの言葉に、俺は腕を下ろし、思わず間の抜けた声を発してしまう。
そんな俺の反応を無視して、ゾーイの話は続いた。
「私が、あの魔人族からの攻撃を受けそうになったばかりに………貴方を、あのような目に遭わせ…………酷い、傷を……………」
ゾーイはそう言って、両手を俺の頬に添えた。
「それに私は………心配して、声を………掛けてくださった、貴方に…………あんな、心にもない事を………」
言葉が出るにつれて、ゾーイの声が震える。
「私には……貴方の、お傍に居る資格など、無いのに………でも、でも…………………ッ!」
固く瞑ったゾーイの両目から、涙が溢れる。
「それでも、私は………離れたくなくて………………一緒に、居たくて……………」
「………………」
俺は、ゾーイの話を黙って聞いていた。
つまりゾーイは、魔人族との戦闘中に俺が被弾して撃墜された事や、その回復をする間も無く再出撃して殺された事に自責の念を抱いていたんだろう。
まあ、結果的に生き返ったから良いものの、俺が重傷を負い、さらに殺される原因を作った自分には、俺の傍に居る資格なんて無いと思い込み、俺を避けようとした。
だが同時に、『一緒に居たい』と言う思いもあり、2つの相反する気持ちがぶつかり合っていたんだろう。
それでモヤモヤして、気持ちの整理が出来ていない時に、悩みを聞き出そうとした俺にカッとなって、怒鳴ってしまったと言う事だろうな。
「………申し訳、ありませんでした………ミカゲ様…………」
最後に謝罪の言葉を口にするゾーイ。
「……………1つ、確認したい事があるんだけどな」
俺はそう言って、これまでのゾーイの態度と、先程の話から予想した彼女の心情を語った。
「………………とまあ、こんな感じだと予想しているが、どうだ?」
俺がそう訊ねると、ゾーイは驚いたような表情を浮かべていた。
まるで、『何故分かったのか』と言っているかのように…………
「どうやら、当たりみたいだな」
「……………」
俯いて小さく頷いたゾーイに、俺は溜め息をついた。
気遣ってくれるのはありがたいが、何も其処まで気にしなくても良いのに………
「……………まあ、あれだ。ゾーイ」
俺がそう言うと、ゾーイは顔を上げた。
「俺がお前を嫌いになる事なんて、未来永劫絶対に有り得ねぇよ」
俺はそう言った。
「それに、確かに俺は、お前を庇って被弾した。墜落して地面に叩きつけられて大怪我もしたし、それで回復もせずに出撃して、結果として殺された………………でもな」
そう言って、俺はゾーイの肩に手を置いた。
「俺が被弾したのは、お前のせいじゃない。俺が勝手にやった事なんだ。俺が、お前を守りたいからやった。ただ、それだけの事だ」
「……………………」
「それにお前は『一緒に居る資格なんて無い』とか言ってたが、それは大きな間違いだ。あの程度で見放すなら、お前とアドリアは、最初からガルム隊に居ない」
「ですが、あの時……………」
「だから、その話はもう良いんだって」
尚も食い下がるゾーイに、俺はそう言った。
「お前が無事なら、それで良い。大事な僚機を、愛しい人を守れなくて、何が1番機だ。何が彼氏だッ」
後になるにつれて、語気が強くなる。
そのまま感情任せに怒鳴りそうになるのを何とか堪え、次の言葉を投げ掛ける。
「だからさ……………お前を守って怪我をした事も、後悔してないよ。男の勲章って事にしてくれねぇか?」
「…………………」
そう言うが、ゾーイは中々頷かない。
全く、変なところで強情な奴だな………………まあ、それだけ俺の事を想ってくれてたって訳なんだがな。
取り敢えず、このままお咎め無しじゃ納得しそうにないので、これだけやってもらうとしよう。
「まあ、それでもお前が納得しないってんなら、1つ、罰を受けてもらう」
「…………"罰"、ですか?」
「そうだ」
聞き返してきたゾーイに頷き、俺は罰の内容を言う。
「ラリーや他のガルム隊メンバーと、アルディアの3人、それからアリさん……………少なくともコイツ等に、心配掛けたのを謝っておく事。コレが罰だ。良いな?」
「はい」
漸く納得したのか、ゾーイは頷いた。
「それから………」
そう言って、俺は手招きする。
それを見て首を傾げつつ近づいてきたゾーイを、俺は抱き締めた。
「ッ!?」
いきなり抱き締められた事に驚いたゾーイが慌て出すが、俺はガッチリとホールドして離さない。
そして俺は、俺の胸に顔を埋めているゾーイの後頭部に手を回し、優しく撫でてやる。
すると、ゾーイは一瞬にして大人しくなった。
暫く無言で撫でていた俺は、優しくこう言った。
「俺の事を其処まで想ってくれて、ありがとな」
「………………ッ!うっ…………ひぐっ………うぇ…………」
俺がそう言うと、ゾーイは今まで抑え込んでいたものが決壊したかのように泣き始めた。
「もう悩まなくて良い。こんなにも俺の事を想ってくれるお前が、一緒に居る資格を無くすなんて事は絶対に無い。お前が俺の事を想ってくれてるように、俺もお前の事を想ってるよ」
「ッ!ミカゲ様ぁぁぁ…………!」
遂にゾーイは、声を上げて泣き叫んだ。
俺はゾーイをギュッと抱き締め、泣き止むまで頭を撫で続けた。
そんな俺達を、月と星が見守っていた。