これは、神影達ガルム隊がエリージュ王国を出て、隣国クルゼレイ皇国へ入った頃のF組の面々の様子である。
此処は、エリージュ王国にある迷宮の1つであり、エリージュ王国に召喚されたF組の訓練の場所になっている、『アスモ迷宮』。
その迷宮を歩くパーティーが居た。
御劔正義と、その親友である、スラリとした体に引き締まった筋肉を持つ男子生徒ーー斉藤 航(さいとう わたる)ーー、そして、天野沙那と白銀奏、雪倉桜花で構成されたパーティーと、謹慎を解かれて訓練に復帰した、富永功率いる5人組のパーティーだ。
この10人の少年少女は、F組の中でもレベルは高い方に分類されているため、訓練では20階層で帰還する事になっているこの迷宮の、更なる探索が許可されたのだ。
「…………」
迷宮内を歩いている間、沙那はずっと機嫌が悪かった。
その理由は、彼女は元々、この探索に乗り気ではなかったからだ。
彼女としては、出ていった神影を逸早く見つけ出し、F組に戻るように説得をすると同時に、桜花と共に自らの想いを伝えたかったのだ。
だが、彼女は『神影を男子からの嫌がらせから守る』と言う名目で訓練に励んでおり、その結果、レベルは女性陣の中では最高の65にまで上がり、さらに天職が回復師であるため、今回の探索での重要な回復要員として、御劔のパーティーに組み込まれたのだ。
因みに桜花の場合、レベルは62で、天職は聖女。
奏の場合、レベルは64で、天職は魔法剣士だ。
「もう直ぐ50階層か、早いものだな………」
パーティーの先頭を歩く正義が、染々言った。
彼等は今、第49階層を歩いているのだ。
「この世界に召喚されて1ヶ月。その間に俺等、結構強くなったんじゃねぇか?」
正義に続いて歩く航が言う。
「そうだな、宰相さんも期待してくれてるし、こうやって俺達だけで、迷宮に潜れると言う事は、騎士団の人達からも期待されていると言う事でもあるからな。何としても、此処を攻略出来るぐらいに強くなって、魔王を討伐しないと………」
そう言って、正義が魔王討伐に向けて、静かに意気込む。
「でもよ、お前ってレベルも70になってるんだし、魔族の4人や5人ぐらいなら、お前だけで軽く捻れるんじゃねぇのか?」
「………確かにそうかもしれない。でも、最終的に倒すのは、魔族と言っても魔王だ。其処らの魔族とは比べ物にならないだろう」
「そりゃ言えてるな」
そう言って、航が快活に笑う。
「神影君、今頃何してるのかな………?」
彼等が話している後ろでは、沙那がそう呟いていた。
「このエリージュ王国の何処かに居る、とは思うんだけど………如何せん見つからないからね………」
「もしかしたら、この国を出たと言うのも……あるのではないでしょうか………?」
沙那の呟きに答えた奏に続けて、桜花がそんな事を呟いた。
実際はそうなのだが、彼女等は、神影が未だエリージュ王国の何処かに居ると信じている。
そのため、沙那は首を横に振って否定した。
「そんな事無いよ。神影君は、絶対この国の何処かに居る。絶対、居るもん………」
そう言って、神影がエリージュ王国を出た可能性を、頑なに否定する沙那。
桜花が言った事は、もう、この国で神影を探しても意味は無いと言うのを意味している。
エリージュ王国内を捜索する事も渋った宰相だ。コレを他国に行って行うとなれば、拒否されかねない。
つまり、桜花が言った事を認めると、もう神影に会う事は叶わないと言うのを認める事になってしまうのだ。
だから彼女は、桜花が言った事を頑なに認めようとしないのだ。
「…………」
その頃、正義のパーティーの後ろに続いて歩いている富永一味のパーティーでは、リーダーの功が、濁った目で沙那の後ろ姿を見ていた。
ここ最近、功は何とかして信頼を取り戻そうと、沙那や桜花、奏にしきりに話し掛けていたのだが、全く相手にされていないのだ。
異世界に召喚されて間も無い頃は、神影の魔力や魔耐が非常に低いのを知っていながら、自分含む5人で寄って集って、神影に魔法を喰らわせていたのだから、彼に想いを寄せる沙那や桜花、そして、恋情とまではならずとも、少なくとも神影を信頼している奏からすれば、彼等の行動は、それ程までに許せないものだったのだ。
「………?おい、功。どうした?」
「………えっ、何が?」
そんな時、富永一味の1人である上田 祐二(うえだ ゆうじ)に話し掛けられ、功はハッとして振り向く。
「いや、何かボーッとしてたから声掛けたんだが………大丈夫か?」
「あ、ああ。もう直ぐ50階層なんだと思うと、嬉しくてさ」
功は、そんな柄にもない事を言って誤魔化す。
「確かに、もう50階層なんだよな」
祐二がそう言うと、他の3人も同調した。
「そう思うと、俺等って結構強くなったって実感出来るよな!」
「それに引き換え居残り組って、城で訓練したり、古代を探したりしてるんだろ?」
「国の事放り出して出ていくような腰抜けに、構う必要なんて無いだろうにな~」
そう言って、彼等は居残り組も含めて神影を蔑む。
自分達で排除しておきながら、滅茶苦茶な言い草だ。
「まあ、そう言うなって。俺等みたいなのが特別なんだよ」
彼等を纏めるかのように、功がそう言う。
このように言っている彼等に、神影がレベル90を超えていると知らせたら、どうなるだろうか?
答えは単純明快、『認めない』の一択である。
「…………ッ!アンタ達ねぇ!!」
最早、今までの清楚な雰囲気などかなぐり捨てて振り返り、功達を睨み付ける沙那。
鬼の形相を浮かべる沙那に、功達はぎょっとして立ち止まる。
「アンタ達が神影君に酷い事をしたんでしょうが!それで神影君が『腰抜け』!?ふざけないでよ!アンタ達に、神影君の何が分かるって言うのよ!?」
ズカズカと歩みを進めて、功に掴み掛かろうとする沙那。
急に怒鳴った沙那に驚いて、先頭を歩いていた正義と航が何事かと振り向く。
「ちょ、沙那!?止めなさい!」
豹変した沙那に驚きながら、奏が羽交い締めにする。
「放してよ奏!コイツ等、神影君を!」
そう叫び、沙那は功達を視線だけで殺さんとばかりに睨み付ける。
「気持ちは分かるけど、迷宮でやっては駄目よ!落ち着きなさい!」
沙那と奏による攻防が繰り広げられている間に、正義と航が功達に歩み寄った。
「富永達も、あまり沙那を刺激しないでくれるか?古代に関する話題には、かなり敏感になっているんだ」
「それに『自分達は特別だ』とか言ってやがるが、メインで戦ってるの誰だと思ってんだ?ええ?言ってみろよ」
『『『………………』』』
F組の男子ではトップである2人に凄まれて、5人は縮こまる。
結局、その場は奏が何とか話を終わらせた事で凌いだが、正義のパーティーと功のパーティーでは、終始ギスギスした雰囲気が流れていた。
その後、2パーティーでの連携は最悪だったものの、それなりに高いレベルによるゴリ押しで50階層でのボスを倒した一行は、夕方に、エリージュ王国へと戻ってきた。
一旦、各自の部屋に戻ってシャワーを浴び、服を着替えてから、一行は食堂へとやって来た。
「あっ!皆お帰り~!」
天野達に気づいた女子生徒の1人が、パタパタと近づいてくる。
「神崎(かんざき)さん、ただいま」
それに気づいた沙那が、軽く微笑んで返した。
「ダンジョン攻略、お疲れ様~。頑張った君には頭ナデナデをプレゼントなので~す」
矢鱈と間延びした言い方をする少女ーー神崎 陽菜乃(かんざき ひなの)ーーは、沙那の頭を撫でようとするのだが、身長が足りないらしく、撫でようにも撫でられない状態だった。
「あははは………頭ナデナデは、背が伸びてからね」
そう言って、逆に陽菜乃の頭を撫でる沙那。
「うぅ~………もっと大きくなるも~ん」
なんて拗ねたように言いながらも、顔は気持ち良さそうにしている陽菜乃。
この言葉に説得力があるか否かは言うまでもないだろう。
そして、陽菜乃を伴って席に着く3人。
「それで?迷宮は何処まで行ったの?」
「もう攻略しちゃった?」
城に残って訓練をしていた女子生徒達が、沙那達に質問の雨を浴びせる。
「え、えっとぉ………」
四方八方から質問攻めにされ、沙那は対応に困る。
「皆?天野さん達は迷宮攻略で疲れてるんだから、あんまり困らせないの」
其処へ、セミロングの黒髪にヘアピンを付けた少女ーー相生 暁葉(あいおい あきは)ーーが口を挟み、沙那達を質問攻めにする女子生徒達を諌める。
「た、確かに、そうだね」
「天野さん、ゴメンね」
暁葉に諌められた女子生徒達は、すまなさそうに言った。
「ううん、気にしないで。また今度話すから」
そんな彼女等に、沙那は微笑んで返した。
「ありがとね、相生さん」
質問攻めから解放された奏は、暁葉に礼を言った。
「良いの良いの。3人共、迷宮攻略頑張ってたんでしょ?だから、こういう時ぐらいは羽を伸ばそうよ」
手をヒラヒラ振りながら、暁葉はそう言った。
迷宮攻略での肉体的疲労や、沙那と桜花についての精神的疲労で、内心参っていた奏からすれば、暁葉の気遣いはありがたいものだった。
「それで、そっちの訓練の調子はどうなの?」
食事中、奏は暁葉に訊ねた。
「うん、順調だよ。皆それなりにレベルを上げてる。私が知る限り、レベル50未満の人は居ないかな」
「そう………」
居残り組の様子を伝える暁葉に、奏は短く言った。
「そう言えば、何人かは古代君を探しに行ってくれてたのよね?何か聞いてない?」
「…………」
奏が訊ねると、暁葉は顔を伏せた。
「相生さん?」
そんな暁葉を不思議がり、奏は暁葉の肩を軽く叩いた。
「………」
尚も沈黙する暁葉。
そんな彼女の様子に、奏は首を傾げた。
「……後で」
「…………?」
暁葉は、ポツリと口を開く。
「後で、部屋に来てくれる?その時に言うから。それと、誰も連れてこないで。特に、天野さんと雪倉さん、それから先生なら尚更、連れてきたら駄目」
「………分かったわ」
そう答えると、2人は若干重い雰囲気のまま、食事に戻った。
夜10時。F組の面々が各自の部屋に戻って休んでいる頃、奏は暁葉の部屋を訪れていた。
F組の面々に与えられた寝間着は、男子は普通の服だが、女子はネグリジェにカーディガンと言う、思春期男子には、あまりにも刺激の強い格好だった。
だが、今はそのような事を言っている場合ではない。
部屋に通された奏は、窓際の椅子に座る。
暁葉は2人分のお茶を淹れると、1つを奏に出し、もう1つを自分側に置くと、向かいの席に座った。
「「……………」」
それから暫く、部屋の中を静寂が支配し、時計がコチコチ鳴る音が響く。
「………あ、あの」
その空気に耐えかねた奏が話を切り出そうとすると、それを遮るかのように、暁葉が口を開いた。
「古代君ね、この国を出たらしいの」
「…………え?」
あまりにもいきなり過ぎる言葉に、奏は一瞬、言葉を失った。
「出ていった……?古代君が……?」
そう聞き返すと、暁葉は何も言わずに頷いた。
「女子の何人かで、ルージュって町に行ったらしいの。其所、古代君が冒険者登録をした町なんだけどね?その町にあるギルドで聞き込みをしてたら、冒険者の1人にこう言われたんだって」
ーーミカゲ?ああ。彼奴なら数日前に、奴の仲間と一緒にこの国を出ていったよ。何でも、クルゼレイ皇国に行くんだとさーー
「そ、そんな…………」
衝撃の事実に、またしても言葉を失う奏。
「この事、沙那達には?」
「…………」
その問いに、暁葉は首を横に振った。
当然だ、そんなの言える訳が無い。
『貴女達の想い人は既にエリージュ王国を出ているから、これ以上探しても意味は無い』なんて事を2人が知れば、卒倒しかねない。
神影に一番想いを寄せている沙那は、また部屋に閉じ籠っても不思議ではない。
それは、辛うじて堪えていた桜花にも言える事だ。
おまけに、それをシロナが知れば…………
「引き籠りの患者が、一気に増える事になるわね………このままだと、魔王討伐どころじゃなくなってしまうわ」
机に肘をつき、奏は頭を抱えた。
F組の委員長としても、神影が出ていった事に負い目を感じていた彼女からすれば、あまりにも大きい追加ダメージだった。
国内の捜索でも、宰相は渋っていたのだから、それが他国となれば、拒否されかねない。
「取り敢えず、聞き込みをしに行ってくれた子には、その事を沙那達には言わないように伝えてくれるかしら?」
「うん、そう言っておくよ」
奏の頼みに、暁葉は頷いた。
「(それにしても、本当にトンでもない置き土産を残してくれたものね、古代君は…………この他にも出て行くなんて事になるのは、絶対に嫌だからね?対処に追われる私の事も考えなさいよ、この馬鹿………)」
重い足取りで部屋に戻りながら、この場には居ない神影に向かってそう言った奏は、新たに増えた問題に頭を悩ませるのであった。