此処は魔族大陸。
名前の通り、其所には主にロイクのような魔人族や、他の魔族が暮らしている。
ゴブリンやオークと言った、普段なら魔物として認識されているものや、吸血鬼。女性の上半身と蛇の下半身を持つラミア、際どい衣装に身を包み、妖艶な雰囲気を絶えず発しているサキュバス、その男性バージョンで呼べるインキュバス、非常に大きな体格を持つオーガなどが住んでいる。
そんな魔族大陸の中心部とも呼べる町に、魔王が暮らす城は存在する。
その城にある、だだっ広い謁見の間に、2人の男が居た。
その内の1人は、クルゼレイ皇国の王都で神影達に接触した、陽気な魔人族の青年、ロイクで、もう1人は、長めの黒髪に2本の角、赤い瞳を持ち、玉座に深々と座って、跪くロイクを見据えている。
彼こそが、魔王、グラディス・ヘルシングだ。
「それでロイクよ、人間大陸で暫く暮らした感想は?」
何処と無く若さを感じさせつつ、威厳ある声でグラディスは言う。
「はっ。自分はクルゼレイ皇国の王都で生活しましたが、やはり、今でも我々魔人族や、他の亜人族に対して友好的な姿勢を取っている国であるだけあって、町の者は皆、自分とも友好的に接してくれます。ただ………」
そう言って、ロイクは言い淀むような表情を見せる。
「…………?"ただ、"何だ?申してみよ」
そんなロイクに疑問を覚え、グラディスは訊ねる。
「過去に1度、エリージュ王国に行った事があるのですが………其所は完全な人間主義国で、我々のような"人外"に対して、非常に排他的な姿勢を取っていまして…………」
そうしてロイクは、神影やラリーに話したように、人間の姿になってエリージュ王国へ行った時の事を話した。
「………などと、ふざけた事を言う者も居りました」
「そうか…………」
そう言って、グラディスは手で目を覆った。
「恐らく、国のトップが我々を悪く言うような事を、その騎士に吹き込んだのだろうな………やれやれ、この戦争を起こしたのは、何処の誰だと思っているのやら………」
呆れたとばかりに首を横に振りながら、グラディスはそう呟いた。
「それに、エリージュ王国は数ヵ月前、異世界より30人以上の少年少女を召喚しております。この魔族大陸に攻め込むつもりなのではないかと………」
「ああ。連中はそのつもりで、その召喚に踏み切ったのだろうな」
「自分達の願望のために、異界の者達を呼び出して利用するとは………」
そう言うと、ロイクは悔しそうに歯軋りした。
余程強い怒りを抱いているのか、彼を魔力のオーラが包む。
「ロイクよ、落ち着け。気持ちは分かるが、此処で怒り狂っても意味は無い」
「……はっ、申し訳ありません」
そう言って、ロイクは魔力のオーラを引っ込めた。
「それもそうだが、最近クルゼレイ皇国にやって来たと言う、ヒューマン族の少年達について聞こうじゃないか」
そう言って、グラディスは少し身を乗り出した。
以前にロイクから話を聞いたのもあり、彼は神影達に興味を持っていたのだ。
「確か彼等は、エリージュ王国で冒険者パーティーを結成したのだな?確かリーダーは………」
「ミカゲ・コダイと言う黒髪の少年です。発足当時は彼とラリーの2人だけでしたが、徐々にメンバーを増やし、今は彼を含めて6人の少年少女で構成された冒険者パーティーです。最近、パーティーランクが最高のSSSになったと聞きました」
「ほう、それはそれは」
グラディスは感心したように言った。
「そして、そのパーティーにラリーが居ると、そのように申していたな?」
「はい」
そう答えたロイクだが、其処で1つの疑問を投げ掛けた。
「ところで魔王様。ラリーの事をご存じのようですが、彼とはどのような関係なのですか?」
「…………ああ、そう言えば未だ話していなかったな」
そう言うと、グラディスは咳払いを1つしてから話を始めた。
「ラリーはな、種族間戦争が起こる数ヵ月前に出来た、私の友人の息子なのだよ」
「魔王様の、ご友人の…………?」
「そうだ。良き友だったが、ラリーが騎士・魔術師士官学校に入学してから直ぐ、妻に続いて亡くなったと聞いた」
残念そうに、グラディスは言った。
「私が妻と共に、お忍びでエリージュ王国を訪れた際、道に迷って困っていた時に声を掛けてくれたのが、ラリーの父であるレーヴェでな。奴は中々に話上手で、私達はすっかり、意気投合した」
懐かしむように、グラディスは言った。
「当時のラリーは人懐っこくてな、よく知らぬ私相手でも、平気で懐いてきたものだ。『おじちゃん、おじちゃん』とな」
そう言って、グラディスは柔らかな笑みを浮かべた。
「まあ、残念ながら種族間戦争が始まってからは、全く顔を見せていないからな………恐らく、ラリーは私の事を覚えていないだろう」
意味深な表情を浮かべながらそう言って、グラディスは玉座に深々と凭れ、天井を仰いだ。
「十数年も会ってなかったが、まさか冒険者をやっていたとはな………」
そう呟いたグラディスは、不意に、視線をロイクに戻した。
「そう言えばロイクよ、エリージュ王国とクルゼレイ皇国の国境線上にある山岳地帯を根城にしている盗賊団が壊滅したと言う噂は聞いたか?」
「え、ええ………確か、ミカゲとラリーによって壊滅させられたと聞きましたが………それが、どうかしましたか?」
ロイクが訊ねると、グラディスは悪戯を思い付いた子供のような笑みを浮かべた。
「その際、その山岳地帯の7割が、謎の爆発によって吹き飛んだと言う話があっただろう?あれ、お前は誰がやったと思う?」
「…………?」
グラディスに聞かれ、ロイクは返答に困る。
「あれをやったのはな…………ラリーなのだよ」
「ええっ!?」
グラディスの言葉に、ロイクは堪らず驚く。
「ら、ラリーがですか!?」
「そうだ。ラリーが、だ」
今度は、我が子を自慢する親のような笑みを浮かべて、グラディスはそう言った。
「そ、それは本当なのですか!?」
「ああ。彼奴の魔力の波動を感じたから、間違いない」
堪らず立ち上がって聞き直すロイクに、グラディスは頷いた。
「し、信じられない…………つまりラリーは、あの年齢で、しかもヒューマン族にして、山岳地帯の7割を吹き飛ばせるような魔法を覚え、それを使うだけの魔力を持っていたと…………?」
「その通りだ」
あっさりと頷くグラディスに、ロイクはへなへなと座り込んでしまった。
「それにロイクよ、先程の言葉には誤りがある」
「あ、誤り……ですか?それは、どういう……?」
「…………」
そう聞かれたグラディスは、暫し沈黙した後、再びロイクに視線を向けた。
「この事を誰にも言わぬと約束するのであれば、教えてやろう」
「…………」
神妙な面持ちで言うグラディス。
そんな彼を見たロイクは、ラリーには、かなり重大な秘密が隠されていると言う事を悟った。
「(コレは、軽い気持ちで答えを出せるようなものではないな………)」
俯いたロイクは内心そう呟き、先程のグラディスのように、暫しの沈黙を作る。
そして考えを纏め、顔を上げてグラディスを視線を向け、頷いた。
「はい」
「そうか………なら、話すとしよう」
そう言ったグラディスの次の言葉を、ロイクは額から汗を流しながら待つ。
「ラリーはな…………純粋なヒューマン族ではないのだ」
「……………え?」
グラディスの言葉に、ロイクは間の抜けた声を漏らす。
「それは、つまり………?」
「うむ。ラリーにはな…………」
そして、その話を聞いたロイクは、謁見の間一帯に響かんばかりの声で驚いたと言う。
「ふぅ………」
ロイクが謁見の間を去った後、グラディスは溜め息をついた。
「あ~、疲れた………やっぱ魔王らしい喋り方って、どうも堅苦しいから嫌なんだよなぁ………つーか、そもそも一人称が『私』って何だよ?元々の一人称は『俺』だっつーの」
気だるげに言って足を組みながら、グラディスはそう言った。
「それにしてもロイクの奴、スッゲー驚いてやがったな。未だ頭がガンガンしてやがる…………前から思ってたが、彼奴驚いた時の声デカすぎなんだよなぁ~………」
そう呟くグラディスからは、先程のような魔王の威厳は微塵も感じられない。
ただ1人の魔族の男としか見えなかった。
「それにしても、ミカゲ・コダイか…………」
グラディスは、ロイクから聞いたSSSランク冒険者パーティーのリーダーの名を呟く。
「確かロイクの奴、『ミカゲは元々、勇者召喚された連中の1人だ』とか言ってたな………それがなんで、冒険者パーティーのリーダーなんぞやってんのかが疑問だが」
そう言って、グラディスは懐から、小さく折り畳まれた1枚の紙を取り出して広げる。
その紙には、ある"絵"が描かれていた。
それは、彼の娘が描いたもので、人間や亜人族、そして魔人族が、仲良く手を繋いでいる光景が描かれていた。
「昔のような関係に戻すためにも、エリージュ王国に召喚された連中に事実を伝えて、この種族間戦争を終わらせる必要がある………そのためには、お前の力が必要になるだろうな………ラリー、ミカゲ・コダイ、そして、ガルムの連中よ」
そう言って、グラディスは念話で、ある魔人族に連絡を入れた。
《ああ、ーーーーか?そうだ。そろそろ、あの作戦を実行に移す…………分かってるとは思うが、殺す事は許さん…………ああ、詳しい内容は、また近い内に知らせる。何時でもやれるようにしておけ》
そうして念話を終え、グラディスは溜め息をついた。
「ミカゲ・コダイ………悪いが、お前のお仲間には、少しばかり恐い思いをしてもらう。その現場に来るのも来ないのも、お前が決めるが良いさ」
この場に居ない神影に謝罪の言葉を呟き、グラディスは再び、溜め息をつくのであった。