脳の奥で肉が捩れる音を拾った。
死徒の呪いに抵抗する代償だ、ただの人間には堪える。
「オ、オオ……うおおおおおおお!」
ズッと味気ない音を立てて、三本目の
次は天蓋の更に向こう側、仁鉄の魂に亀裂が入る音が聞こえてきた。感覚的にしか分からないが、超抜能力に横槍を入れられている。あと二本も抜けば、父上が仕留めてくれる。
そうじゃないと、僕はまた父上を見送ることになる。
むざむざ仁鉄に身体を乗っ取られた情けない人間が、これ以上身内から血を流させてたまるものか。
「情け無い」
「痛っ────!?」
鉛のように重い身体に響く、よく通る怒り。
決死の覚悟を責める一撃が脳天に落ちてきた。
昔、頭上によく落とされたものと同じ痛み。
昔、ひたすら怖かった叱責の一発。
昔、それは遠い昔の優しい拳。
「ち、父上……!!」
振り向けば、ここに来る筈のない侍が、昔と何も変わらない姿で拳を握っていた。
「刀を抜くのに心が乱れている。
それじゃあ辻斬りと何も変わらん」
「……っ…………でも……………」
言葉が出ない。
父上は全てを見抜いていた。
父上のほうがこの先の戦いで必要なことを承知のうえで、僕に行けという。
最後の最後、重大な責任を果たすのは仲間の役目だと厳かに語る。
「いいか、侍が刀を抜く時はな。誰かを守るための覚悟を決めるためだ。お前の見てきた背中を思い出せ」
見てきた、背中。
侍未満だった僕を突き放すことなく、侍の魂の赴くままに生き様を教えてくれて、強さたるは何かを教えてくれる。
それなのに侍とは真逆の痴態を晒し、堕落した生活に染まった大馬鹿野郎。
……そんな侍が前にいてくれたからこそ、僕は千年という歳月を自我を忘れずにいられたんだ。
「大きくなったな、新八。今のお前なら、この刀を振れる」
今度は、手のひらで暖かく撫でてくれる。
そして、手渡してくれたもの。それは鞘から抜かれた一本の刀だ。
「これは……父上の…」
霊気、そのもの。
鉄患いで鍛えられた、仁鉄との因縁を断つ刃。
「呪いは引きずるんじゃない。断ち切るもんだ。
終わらせてやってくれ、仁鉄の妄執を。
俺に見せてくれ、成長した息子の一振りを」
暖かい柄を握りしめる。
反対に、父上の身体が冷えていく。
まるで完成した刀のように、鞘に収まっていく。
あとは見守っていると眼差しで宣言し、朝日の向こうへと立ち去っていった。じつに父上らしい背中だ、侍の……憧れの人と同じ、偉大な魂だ。
「父上、僕はどうしても銀さんを取り戻したい。
何もできずに見ているのは耐えられない」
天蓋を見上げる。
道場のもっと上、遥か上空を覆う、死徒の鎖を見る。
届くだろうか、なんて心配は要らない。アレは高くに在るだけの概念。侍の一振り、想いを込めた刃であれば届く。
「僕は、はっきりと見えています。貴方の背中も、侍の誇りも、魂に収めた自分自身の剣も────!」
届かずとも、届かせてみせる。
何度も何度も、この剣を振り続けて。千年の鍛錬だ、千年の呪いに耐え切った僕なら出来る。僕を拘束した呪いが僕の自信となって、死徒に一矢報いる力となるんだ。
「天堂無心流奥義……剣‼︎」
正眼の構えから、一振り。
それは現実世界の志村剣と全くの同時、全く同じ形で振り抜かれた。
即ち、剣聖の────!
─
──
───
藤丸立香は、煌々とする剣の輝きを見たことがある。
女神ロンゴミニアドの聖槍が抜かれた時と似たものだ。
だが、明確に違うものがある。
あれは魂の輝き。志村剣が歩んできた侍としての生き様、人間として世界が望んだ魂そのもの。
力強き者ではなく、信念に澱みなき者が持つ、魂の剣。
侍の歴史を証明する、想いの結晶だ。
想いの鞘から抜かれた刃ならば、2人の魂を分かつ事も出来る。
「ならば、鍛人の執念をぶつけるまでだ」
全てを理解した仁鉄は、溜ノ間を振り上げる。
それは、生命の本能に理解させる死の報せ。真選組に助けられるまで動けなかった、蛇のひと睨み。
全員、あれの正体が今なら分かる。
死徒化だ。あの刀の錆びを浴びた者は、皆んな等しく死徒化を余儀なくされる。一番下の階梯へと引き摺り込まれて、死者同士で喰らい殺して彷徨う屍へと堕ちる。それが仁鉄の最低最悪の切り札────
「鉃剣・
死徒へと堕ち、妄執の果てに手にした、侍を鍛つ技術の最奥。
集結する死の火花を真っ向から否定する者こそ、彼が憧れた侍だと早くに気づけていたら、この結末も違ったというのに。
「天堂無心流奥義 剣」
この過ちに、決着を。
星の中枢部に届き、なおも止まることのない信念が死の
空が叫ぶ。
焼却よりも先んじる銀の一閃が、ただ一瞬の刻を拓く。
天をも拓く一振りは、たった一人…息子と友の魂を別つために。
「これは……新八がアアアア!?」
「どうだい、倅の一太刀は。良い太刀筋だろ!」
内側から溢れ出る信念がいま、全てを払った。
外側で叫び続けた想いは漸く、鍛人に届いた。
ばたり、その場に倒れたのは仁鉄。
火花は散らなかった。
なにせ、もう、内側には妄執なんてものはない。侍の未来がまだまだ続くことを、弱いと思っていた侍に見せつけられたのだから。
「想いの込もった良い一振りだ。
誰よりも家族守りたいっつう強い意志じゃねえか」
「父上…」
志村 新八は仁鉄の背後に立ちながら、表に戻ってこれた喜びを忘れて、侍らしくなく涙を流している。
なにせ、志村 剣の身体は崩れかけていた。
放っておけば朝も昼も夕方も、変わらず寝ているように思う様子だ。死に際の静かさと知っていても、留めることも出来ない無力さを嘆く資格すら無かった。
「剣の命は
あいつァ俺が連れていく。
せがれ、次は、俺が笑顔で送り出す、番だ」
行けと言う。
成長した姿を見て満足したと、厳かな笑顔が言う。
話したいことが沢山ある。だけど、今じゃない。
「僕は…! ……強く! ………っ。
…ありがとう、ございました。
………行ってきます」
グシャグシャの笑顔で応えて、やるべき事へと向き直る。感謝は流した涙で十分に伝わっている。ここからは息子として、生きる者としての背中を見せて全力を尽くせ。
大きく逞しい背中と入れ違いで、3人が目元を強張らせてやってきた。抱き起そうなんて野暮ったいことはない。彼らは別れを告げる覚悟を持って来た。
「剣………必ず、未来を繋げるから」
「おう」
「剣さんは…! 立派なお父様です…!」
「───おう」
「アンタ、良い父親よ。宇宙最強の父親のいる私が言うんだから、間違いないわ」
「────────負けんなよ」
力不足を呪う若者に、自信を待てと励ます。
3人とも一斉に踵を返し、肩を震わせて、大声で「はい」と叫ぶもんだから笑ってしまう。
彼らを守れて良かった。心の底から喜ばしく誇らしい。冷えた身体に熱が灯る…気がした。
未来を成す者たちが駆けていく。
墓標から見送る側の気分だ。まあ、その感想に間違いはない。ここに残ったのは鉄屑と老いぼれ。役目を果たした瓦礫の山なのだから。
「言ったろ、この病に罹れば人生何も成さぬにはちょうど良いが、事を成すには余りに短いと。
見てみろ、走り去っていく若人を。これが健全な生命の在り方だよなぁ」
嫌味たっぷりだ。
答える気はないらしい。
少し間を空けて、返ってきた音は舌打ち1つ。
「──────チっ。魂だけ分離しやがって。
ふざけすぎじゃねェか、その斬れ味は」
「ほんとう、何で斬れたんだか」
からから笑い、すっとぼける。
正鬼に一度、仁鉄にニ度…いや、前回を合わせて七度の死を経て、仁鉄と倅の境目を探し当てただけのこと。
志村 剣は足掻き苦しんでも、一度目の召喚では死徒に勝てない。その現実を教えたくなくて誤魔化した。
剣の心境を察した仁鉄は、残り少ない意識を掻き集めて疑問を吐く。
「良かったのか。まだ語り合えただろう。何のために戦ったんだ」
「…2度も見送ンもんじゃねぇ。1度きりの訣れの意味がなくなっちまう。生者は生者、亡霊は亡霊が見送る。それが人だ」
腹立たしい応えに深く吐息する。
自分が取り逃した侍の存在を再認識して、崩落した身体を仰向けにした。
「────はぁ。やめだやめだ。
刀ぁ鍛ちたくなってくる。鍛っちまったら、握ってほしくなる」
「もう握ってるじゃねぇか。ずっと」
息が詰まったのは、不意打ちで認められたせいだ。
ずっと指摘してこなかった。剣が携えた不細工な刀、古ぼけた鞘のことを。見たくもない見慣れた駄作の存在を。
「はっ。バカお前ェ、そいつは村田仁鉄、最初で最後の駄作だろう。恥ずかしい出来だから、結婚祝いの祝議にと思って送ったってのに、大っぴらに見せつけやがって」
「宝、だからな」
「────っ」
夢見心地の表情を見たのは初めてかもしれなかった。
それは、どちらもが、相手に抱いた感想で。
無邪気に、快活に、熱苦しく騒いできた2人の青春のどこかでも切り取れないもの。侍と鍛人、最も理解ある魂の終点には相応しい微熱だ。
「死徒が斬れんなら上出来、だな………」
視線の先には、死徒はもういなかった。
ひと仕事終えた鍛人が、泥のように眠っていた。
退去が始まる。霊気を託した抜け殻に出来ることと言えば、あとは祈ることだけ。
「
星が崩れゆく。
外殻にヒビの入る音だ。
これで世界を救う条件は整った。
『初めまして。私は、たまと申します。
新八様のお父様、志村剣でお間違いありませんね。
…………いえ、助けていただきたいのは我々なのです。どうか今一度、貴方の友を倒すために手を尽くしてほしい。願わくば、その病いの切っ先で引き篭もり真祖の天蓋に通り道を────』
死ぬ間際、たまに拾われた時の記憶が過ぎる。
彼女はこうやって何人もの英霊に助けを求め、ここまで漕ぎ着けたのだろう。
士郎、小次郎、真選組に、自分でさえも。
侍の魂を以って、見境なく足掻いてきた。
「頼んだぜ。どうか俺たちの江戸を、正しい結末にしてやってくれ。あの銀色の流れ星と共に」
この手で妄執を斬り払えたように、人類の未来を願う者たち全ての想いに報いを。
鉄屑の野原に眠る一本の剣が静かに笑った。
【オマケ】
志村剣のプロフィール
※召喚時のものとする
性別:男性
年齢:9歳
血液型:不明
身長:121cm 体重:28kg
出典:銀魂
属性:秩序・善
好きな物:稽古、家族、侍、刀
嫌いな物:鉄患い、黄泉都市、泣き虫
天敵:-
ステータス
筋力:E 耐久:EX 敏捷:E 魔力:E 幸運:E 宝具:-
クラススキル
対魔力:EX
騎乗:E
保有スキル
鉄患い:EX
志村 剣が幼いころに発症した病。
傷を負うたびに身体から不純物が弾かれ、人として理想の動きへと近づいていく。
病いが発症すると、熱い鉄を打つように甲高い音を響かせる。
傷を負うと、その要因に対して強力な耐性を獲得する。死徒との戦いに破れ死ねば、吸血種に対峙するための耐性が得られる。肉体的にも精神的にも強くなり、並大抵のことでは死ななくなる。生命規模の大きなものと戦うだけ強くなれるのだ。
聖杯戦争の強さ環境に必ず追いつく英霊と言える。
ある種の不死身、ある意味で最強ともいえるが、同時に寿命が削れていった。そして還暦を迎えた時、鉄患いは完治する。このスキル保有者は還暦を迎えるまで霊気の損傷は起こらない。
錆び
村田 仁鉄が付けた渾名。
“鉄患い”をいち早く理解した仁鉄の勧誘を断り、生涯を侍として生きることに徹した。
いかなる要因があろうとも、戦闘において己の道を見失うことはない。凡ゆる精神攻撃に対する抵抗力を持ち、凡ゆる封印に該当する攻撃を自力で開封することが可能。
生涯、己の実力をで明かさなかったことを加味し、本来のランクは無記入となっている。
このスキルにランクが付く場面は限られる。
例えば、仁鉄の勧誘を承諾した世界。この場合、鉄患いは更なる昇華が起こるだろう…。
宝具
天堂無心流奥義 剣:EX
不純物の一切を取り除いた状態……鉄患いを完治したあとに使用可能。
己が霊気を刃に変換し、鉄患いによって弾いてきた不純物を断つ。切れ味は鉄患いの発症によって変化するため、この宝具を使用する場面では大抵のことが実行可能ということになる。
また、身内であれば譲渡も出来る。
もちろん生前は使えない。
これは仁鉄が描いていた剣聖の姿の延長線だ。
Profile1
天堂無心流 恒道館設立者。
子供二人を残して早くに衰弱死した。短命であった生涯を納得のいくものとして受け入れている。
よく学び、よく食べ、そして人を愛する。長くはない命と青年時代から悟っていたが故に、常識と効率を備えた性格。物事に前のめりであることを好み、好奇心旺盛だった。
先ずは一歩を踏み出すことを良しとする。
昨日より今日、今日より明日。
全ての己を越えてゆけ。
一歩進めば明日は一歩先を行く。なればその一歩を越え、限界を目指せ。明日の一歩が止まったなら、今の自分が明日の一歩を作り出せ。
Profile2
剣の羽織には六瓢(無病息災の意)が描かれている。妻からの贈り物であるソレを特異点中ずっと着用しているところから、常に妙、新八が強く生きることを願っていることが分かる。
その願いは届いて、しっかりと成長を果たす。
残念ながら、妙は銀の大地に保管されており、新八は仁鉄に乗っ取られた状態での邂逅となった。
Profile 鉄患い
不死の病い。研鑽の祝福。
獲得した傷の深さ、質によって戦闘経験を獲得する。同時に傷に対する耐性も獲得するのは、剣の肉体が変質して人間から遠ざかってしまうせいだ。
なお、一度の生涯では絶対に完全耐性を得られない。
今回の剣は2度目の召喚となっている。前回はアーチャーがいた世界の江戸にて召喚されて、何もかもが間に合わない江戸での戦闘を強いられた。無論、惨敗である。その時、たまが剣を救出、鉄患いを士郎の世界の江戸へと引き継がせた。
先に傷を負ってから耐性を獲得する性質上、敵わない攻撃というものも複数存在する。
その一例は遠野志貴の『直死の魔眼』だ。彼の魔眼は、死の線をなぞって殺すため、鉄患いが治癒の面では意味を成さない。仮に腕が切り落とされれば、落ちた腕が治ることはなくなるが、傷口に対して病いは発症し、死への耐性が付くだろう。
無論、特殊な霊気であるため、普通(例外含む)の聖杯戦争では召喚されない。
Profile 生前の生活
タバコを吸い込んで吐き出すと鉄患いが発症し、口から火花が飛び出す渾身の一発芸、人間線香花火を披露して嫁の気を魅いた。のちにタネを明かしたところ殴られて壁に埋め込まれた。
『2024.11.4』
村田 仁鉄のプロフィールについて。
設定を纏める作業が間に合わないため、11月下旬にここ(110話の後書き)に追加する予定です。
準備が疎かになってしまい申し訳ありません。
あと少しで本当に完結となります。
最後まで書き切って、ここまで読んでくださっている読者の皆さまに報いたい所存です。どうか今暫くお待ちくださいませ。最後までお付き合いいただけたら幸いです。
次回予告の前に、少しだけ補足説明を入れておきます。本編で書けなかったものを置いておきます。また、ここまでで説明よく分からないとか、気になった点があれば、ハーメルン、Xのどちらかで個別メッセージを送るか、感想欄で感想を添えて疑問点を書いてください。答えられるものであれば、ここに補足説明を追加していきます。
【補足説明1】
この世界では『死徒から人間へ』。
人間の進化の歴史は真祖がダミーを後付けし、そのダミーを発見、分析した進化論を学者たちが発表したことになっています。
正鬼も最初は石器時代のようにゴツゴツとした、猿人類よりの容姿でした。様々な改良を重ねた結果、いまの人類へとなったわけです。
【補足説明2】
109話、剣聖のところ。
なんで疑綱を『いぶつな』と読むの?
疑を『いぶ』と読むことはありません。
疑うの類義語、訝しむの『いぶ』から持ってきました。語感だけで決めたので読み方に深い意味はありません。
因みに疑綱は味方としてずっと前に召喚されています。魔王の足止めを引き受けての退場となりました。
【次回予告】
4/4章、最終局面へ。
人類始祖、堀田正鬼の『人類災星計画』を否定するか、受け入れるかを問われた正義の味方。
「違う。アンタは選ばせる余裕なんてない。初めから道は1つしか用意していないんだ」
「それは、あんまりだ。狭すぎる」
衛宮士郎の言葉はどこまで届く。
地球最凶の存在に誰が敵う?
「侵略者。ねぇ、地球を踏み砕いてきた君は、どうして地球の子どもたちを守るの?」
魂で語らい、肉体で叫び、総力を尽くして未来を示せ。さもなくば人類は次の段階へと移行する。
死徒か、侍か。真祖か、総てか。完結篇へと手を伸ばした先で何が待ち受けるだろう。
「戦いは終盤だ。未来は君の手にかかっている」
ラスト・サムライの名は、それでも此処に。
「聖杯の誓約に従い、第七のマスターが命じる。
────────来い……‼︎」
七節『星の銀貨』11.4(月) 集合