源外曰く、浄化槽。
銀の大地から弾かれた者たちが投獄される世界。
白世界と名付けた、銀時が隔離された監獄の入り口が目前に現れた。
「さぁ、選んで。この襖の向こうに彼はいる。
坂田銀時に手を差し伸べてこの世界を見放すか。
たった1人の犠牲で全世界を存続させるのかを」
それは選択肢なのか。
初めに思ったことは言葉にしなかった。
代わりに周囲を見渡す。
松明に灯る黒い炎が部屋を照らしている。
澱んだ雰囲気を燃料にするから黒いのだ。
きっと、この世界を示唆している。江戸城には正鬼の想いを反映した造りが点在している。アレもその1つだ、異様な炎は滞在者を監視の目を緩めない。
黒い炎に照らされた真祖を、俺は最強種という存在として見れなかった。
「────────」
恐ろしい。
純白が恐ろしい。
場にそぐわない純白が恐ろしい。
白いドレス。
汚れのない白いドレス。
研いだ刀とも似つかない白いドレス。
咲き乱れる花。
髪を彩る四季彩の花々。
誰が見ても分かる、あれなるは善だ。
矛盾している。
矛盾だ、何度も繰り返し確信する。
銀時を解放する手段を持ち出すのは可笑しい。
違和感には気づいた。次は…。
ここで必要なのは戦う意思ではない。
衛宮 士郎の想いをぶつけて、真祖を説得する諍いだ。
「俺は銀時のために此処に来た」
「この襖を開ければ坂田 銀時に会えるよ」
……ここは生死の境目だ。
左手の令呪が反応した。この向こうには坂田 銀時がいると、薄く光って教えてくれる。
同時に、拒絶しているように見える。赤い光から銀時の意思が伝わってくる。手遅れだ、見ないでと。
「俺は……正義の味方になりたい」
「衛宮士郎。君の思う正義を見せて」
必死の訴えを胸に添えて、真祖の眼差しを受け止めた。
緊張しているけど言葉は出てくる。
真祖を前にして怯えずにいるのは、俺が無謀だからか? それとも、既に神経が麻痺したか。いいや。
銀時を捨てる正鬼を
「アンタは何がしたい?」
銀時を殺し続けて白詛耐性を獲得するなら、俺たちに会わせようなんて考えはしない。
衛宮士郎に正義の味方としての行動を求めるだけなら、ただ問うだけでいい。
そもそも、正鬼は人間の思考を読めると聞く。聞かれた時点でこの問いに答えている。答えるまでもない、だから真意を問い返した。
「終わらせてあげるんだ。坂田銀時の戦いを。
人類を、地球を、終焉に導く無実の殺人者を。
その身を最後の犠牲にして、彼の想いを地球は引き受ける。坂田銀時の罪を地球も償うんだ」
到底、人間が真似できることじゃない。
人間から血を搾り取り、病を克服し、人類の繁栄を以って罪人を赦す。銀時の抱く罪悪感に応えて、真祖の方針は確定したのだ。
贖罪の機会をお前は奪えるのか、と問われた。そうとしか聞こえない。正鬼はこの星のやり方で銀時の罪を許そうと言っている。
「そいつは違う。銀時の罪はアンタでも贖えない」
「………」
無言で魔眼を見開いた。こっちは怯まないぞ。
「銀時だって被害者だ。本人がなんと言おうが俺が無実を証明する。そのために来た」
「私たちだけではない。城の外を見てみろ。この星を守らんと立ち上がり、銀時を取り戻すために全ての人間が戦っている。
彼らを信じずに人外に堕とすのか」
アーチャーも同じ想いだ。
俺と、そして正鬼とも。
「俺たちは魔術王に負けちゃいない。そうだろ!」
死徒に堕とせば、本当に魔王になってしまう。
立ち戻れるのは、ここまで。
正鬼は魔術王に負けた。それでも人類は続いている。この未来を絶やすなんて出来るものか。
「………そうだね」
希望の兆しが見えた。
未来の繋ぎ方を、希望を見出せた。
「人類を途絶えさせない。
君たちは進化して歴史を紡ぎ続けてよ」
───気のせい、だったのか。
いま見えた力強い眼差しは何処へと消えた。
「…そう、だよ。正史へと繋げ、死徒化した人類総出で魔術王のもとに乗り込むの。
彼の計画を破綻させて、一切の憂いを断つんだ」
「やはり間違っている」
アーチャーの眼光が光る。
守るだの手放せだのと言いながら、自ら闘争へと歩んでいる。地球を運営する立場であり、魔王としての衝動にも逆立てられる矛盾した存在が正鬼だ。それなのに自覚がなく銀時を殺し、復讐の足掛かりにする魂胆へと叱責の眼差しを向けていた。
「人類という枠組みで人類史を括ったな。違うぞ、それは光々が
汗水を流して民と農作に勤しみ、活弁を以って国を動かしてきた将軍の苦楽が欠けている」
「しのごの言っても燃えたらお終い。光々を…過去を守るのは当然のことだよ」
「君の展望には、誰か1人のために身を削り、江戸の民を笑わせていた男がいない。顔と名前を付けた、聞き齧りの
吸血鬼の価値観に堕ちてはいないかね」
正鬼が守ろうとしているものは人類の魂ではない、人類史だ。この世界を存続させるための人類災星計画は、これこそが正鬼の最大の解釈違いだと指摘する。
「人類史が絶えたなら人でなし。言の葉を紡ごうと、殺されてたら価値はない」
真祖……いいや、魔王たる所以はここにあった。
穏やかな言葉など選びもしない。
これは魔術王に対する殺意だ。
とうの昔に正鬼は怒りを爆発させている。
例え信念があり正論であろうと、正鬼に匹敵する実力を見せなければ意見は戯言に終わる。
正論の次に必要な戦闘力こそ火種であり、正鬼が重んじる人類存続への評価点なのだ。
「新しい人類史を止めてみてよ」
説得の段階は過ぎて、一段飛びに失敗へ。
座での源外とのやり取りを思い出す。
『奴さん、魔術王に怒り心頭だ。カルデアにパスを繋げて浮上しようとしてやがる。恐らく江戸は2016年…
『正鬼が準備してるのは時間軸を合わせる作業ってことか』
『ご名答。地球を運営する人類始祖だ、規模が違うな。どうして必死こいてるかは、言わずもがな』
『復讐心をほぐさなきゃ江戸の街は特異点としてカルデアに観測され続ける』
『俺たちの言葉が届いたら?』
『未知だな。戦うか、引くかは全く読めん。まぁ、魔王の意味がそのままなら話し合いなんて成立しないだろう。出来るってことは何とかなるだろ』
予想は外れてしまった。
怒りだ。本能だ。最優先事項だけで動いてはいなかった。対話までは出来たけど、背負っているものが文字通り違う。こっちは人理修復初心者で、立香たちでないと正鬼の判断材料には加味されにくい。
(ダメだ、説得力に欠ける…!)
命を連れ戻そうとするたびに引き離される。
暴論に対する暴挙だけは準備できなかった。
こっちは机上で答えを探っているのに、向こうは野っ原でも綱引きを挑んできやがる。
会話が通じるから、接触の仕方さえ間違えなければ説得も出来る。その見立ては想定自体がダメだったのか? こっちは力比べで勝てる道理が無い。ひと睨みで死ぬんだ、この結末しか残されていないのか……?
手を伸ばせば銀時に届きそうなのに、ここで…。
正鬼の眼差しに殺意が宿るのを見て。
(終わっ────────)
正義の味方による説得は呆気なく失敗し、命もろとも幕を閉じるのだった。
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赤い殺意がいつまでも届かない。
不思議に思って恐る恐る目を開く。
「………あ、れ」
「まさか…来たのか」
どうしてアーチャーは冷や汗とともに困惑しているのか。視線を前に向けてみれば大英雄の如き巨躯。
視界には、扉が一枚。
華やかな、扉が開く。
「とんだ茶番だ、丸腰で臨むとは。
会話を試みる? それは聞き分けが出来る理性あってのもの。相手を見誤るな」
引き離されていく命綱を握りしめたのは、この世界で数少ない、真祖との綱引きが拮抗する巨星。
「夜王、鳳仙」
最強の英霊、鳳仙の乱入に正鬼が魔王のような重圧ある声で名を呼んだ。嫌悪の声音だ。
浴びるだけで心臓が活動停止してしまう殺気を嘲笑し、鳳仙は何故だかこちらを一瞥する。
「その魂の在り方、忌々しい。
ここにいるのは、数多の武士道を容易く千切ってきた怪物だ。戯言で何が成せると言う」
「なっ────」「ほう……」
聞いたか、ムカついた。こいつ、俺たちじゃなくて、銀時のことを嗤いやがったぞ。
なぜ庇ってくれたんだ、味方ってことでいいのか、なんて疑問は聞ける流れではない。
助けてもらった感謝をも横に置いて、2人とも額の青筋から説法の1つ始めようと前に踏み出した。
「夜王を前に傲慢な態度を崩さぬ痴れ者が3人。
後ろ2人はひと息で潰すところだが…喜べ。彼奴の不敬の前では全てが些事になるわ」
その矢先、今度は鳳仙が槍先よりも鋭い、毒よりも苦しい殺意を正鬼へと投げつけた。
無論、向こうも不調になどならない。首をこてんと転がして鳳仙の怒りに無実を主張するだけだ。
「何のこと?」
「とぼけるな。この半年間、夜王が太陽に手を伸ばし続けた罪は重いぞ。この星の女を寄越すだけで贖えるとは思うまい?」
「うん、太陽のような子供だ。
でも太陽は毎日昇っているでしょ」
「どこにあるというのだ。
まさかとは思うが、
「───────!」
太陽への鳳仙の指摘に、正鬼の青くて変わり映えのない表情が得体の知れない不気味なものになる。その変わりようは明らかに様子がおかしい。宝の在処を吐いたようにも、子供が隠した悪行が露呈したようにも見えて。
説明を求めても答えてくれなさそうな鳳仙だけが、答えを得たと大笑いを噛み殺して。
「足りぬ、足りぬわ。この夜王が傘も差さず、付き人も無しに地球を練り歩けるのが可笑しい。地上に出ずとも分かっていた、お陰で地下の陽だまりを存分に楽しめたぞ」
と付け足して、ついには辛抱効かずに大笑い。
ひとたまりもなく笑う姿は、半年間溜め込んだ笑い声。場違いな大笑いに唖然とする。太陽に関する面白い冗句があったことは分かるが、俺たちには笑いのツボが分からない。
ひとしきり笑い終えた頃に、沈黙していた正鬼が無法者への処罰を決定した。
「そう………。やっぱり……吉原から離れたお前は無価値だ、この場に天人は要らない。
もういい、人類災星計画を押し進める。
勝者のいない戦いを終わらせなきゃなんだ」
地球の決定は人間には抗えない。英霊も抗えない。天人はどうだろう、更に異質な英霊という要素を足せば拮抗するかもしれない。いいや、鳳仙…座で聞き及んだ、最強の天人ならば覆すことだって出来るはずだ。
「勝者がいない? 負け戦? バカバカしい戯言を。
天人に侵略され、別世界の炎に焼却される星に勝利などあろう筈がなかろう」
目の前にいるのは捕食者だ。
人の生き血を啜る吸血鬼、生命体を暴力で従え喰らう戦闘民族。
「夜王の前に這いつくばれ。
貴様に生存競争のイロハから教えてやろう」
頂上決戦が始まる。
銀の大地が発生した日から半年間、毎日のように行われてきた最強と最強の戦いに終止符が打たれる。