バキリ、と空間が割れた。
違う時間を見せていた風景が奥に仕舞われる。映画館のスクリーンが崩れ落ちるように消えて、上映後の点灯とともに意識は現実へと戻っていた。
「しょ………初代イイイイ!?!?」
燃え上がる焔を纏って現れた望外の助っ人に絶叫したのは新八だ。そして、場にいる全員の代弁だった。
幻覚の類いであろう技から復帰して直ぐの絶叫は、どこか職人魂めいたものを感じる。おかげで混乱は最小限に抑えられた。
「嬉しい反応ありがとう、新八くん。無事に戻ってきてくれて安心だ、光々公にどやされずに済む!
いま見てもらったのは裏事情。君たちがレイシフトするまでの前日譚の一部始終さ」
記憶にある扇子姿ではなく、しっかりと五体満足なのは太陽の下だからだと既に理解していた。そういう宝具を保有しているようで、それらの説明の手間を省くためにも先ほどの回顧を頭に叩き込んだらしい。
初代の仕業だろう。記憶を叩きつけられたアダムは頭を抑えながら呻いている。
赤い鎧も心なしか溶け始めていた。
ともすれば味方であることは喜ばしい。
これまでは吉原の奥深くに隠れて、正鬼と魘魅への対策に尽力していたのだ。勝手に記憶を注ぎ込まれるくらいのこと、説明の手間を省いてくれて感謝しかなかった。
「あの、1ついいですか。ニコラさんのレイシフトだけが半年前だったというのは、意図的なものと?」
「うん。君たちの座標は半年後にずらした。暴走する正鬼によって全滅する事態を避けるためだ」
「そんな事が可能なのでしょうか?
レイシフト先は既に決められています。覆せるような簡単なものではないはずです!」
「座標は変えられないから、到達時間を遅らせたんだ。世界を越えられるたま殿のおかげさ」
なにやらショックを受けているマシュ。
レイシフトは良く分かっていないが、時代を行き交う超未来の技術に割り込まれるのが反則的な行為だというのは分かる。そんなことが出来るのはたまさんくらいだと、そっと慰めておく。
「衛宮士郎殿」
「はっ、はい!」
予想外に声をかけられて返事が上擦った。
殿なんて付けられる立場じゃないのに。
炎の陣に佇む初代は振り向いて、ついに燃え始めた扇子を開く。五芒星が赤く浮かび上がり、何かの準備を進めながら、力強く宣言した。
「戦いは終盤だ。未来は君の手にかかっている」
少しだけ気になる視線に、1度頷いて返す。
何か引っかかるが、聞く前に初代はアダムに向き直ってしまった。意識を戻さなければ、いま体調を戻してきたアダムに殺されるからだ。
その姿は不恰好な雪像のよう。
いまにも崩せそうなのに、環境のせいで眠ることを許されない人型のソレ。苦悶の顔を取り除くには、太陽の下から逃れるか、太陽を消すかしかない。
「ちまちまと英霊を当てがったのも、鳳仙に手を貸したのも、吾の眼を欺き怨敵に知恵を入れたこれまでの全て、君の仕業だったか」
「私を見てご覧。何が見えるかな? 見えてないだろう。アダムの魔眼は太陽を見ることは出来ない」
アダムの言葉には取り合わず、初代は溶け始めた雪像を忌々しく見据える。
足元に滲み出るウィルスを見下すように。浄化するために、身体を焚く焔を更に強めた。
「何のために犠牲を黙殺し、自我に爪を立ててきたと思う。真祖の魔眼を使ってこそこそ覗き見してやがるオメーの目を欺くためだよ」
「き、さま────」
その呪詛は何に対するものか。
いや、誰の言葉なのだろうか。
疑問を重ねる間に、初代の纏う焔は魔力を迸らせてアダムを取り囲む。江戸の民の怒りを代弁するように。
「アダムに潜んだ星崩し…魘魅。闇天丸から晴天を取り戻すが如く、結野 晴明の法術が鬼の業を糺す」
『娘の笑顔を見るために』
『人類最後など関係ない。彼だから私は身を粉にして戦うのだ』
焔の向こうに、そんな言葉が聞こえた。
伍丸の願い、ニコラの信頼、続くように様々な英霊たちの、召喚されては散った想いが音となって蘇る。
「夜半を明かす導きの
大往生の帰り道たる
詠唱が始まると、両の手に焔が集う。
扇子が砕け、五芒星が宙を舞い、一本の鏃を形成した。
初代の法衣が弾ける。アダムを見れば、見開いた魔眼が宝具の展開を阻止せんと開眼し、太陽に全力で抗ってみせた。然し、そこまで。針のように尖らせて霊気を射抜くつもりだったのだろうが、圧縮された殺意は初代の法衣……恐らくは防御宝具……に叩き落とされたのだ。
理りへの必死の対抗は、初代の宝具の命中が敗北に繋がることを示唆している。
「見せてあげよう。人類始祖アダムが歩んできた歴史……人間誕生の一部分を。
そして思い出せ、戻ってこい正鬼…‼︎」
その鏃は呪いを過去の蓄積物と見立て、溜め込んだ歳月の記録を引き出す簡易過去視。
真祖たる身体に蓄積された原初の細胞から、過去に遡ることを可能にする魔眼の強制上映。
元を辿って原因を救命し、その場で祓って憂いを浄化する反則のカウンターと言っても過言ではなく。
「
闇をも祓う術の執拗な性格を利用する、初代結野晴明の秘奥義が炸裂した。
上映が始まる。
短く簡潔な、アダムの過去を覗こう。
▼
始めに地球に立った。
生命が芽吹く瞬間に立ち会った。
正確には、落ちた。ソラから落ちてきた。
雨粒と一緒に。隕石とともに焦土を齎した。
そこで潰える運命だった。大気圏から生身で落ちたんだ、凡ゆる身体機能は焼けて、侵略を拒絶された。
多分、この身は星を喰らう存在だ。それが本能だから実行するだけの獣なのだ。地球の成層圏に燃え果てて、地上に落下したところを処分されるだけの。
「────────」
だが、地球は拒まなかった。治癒をしてあと、好きに生きろと言った。まだ言葉も文明も無い、信号でのやり取りをしていた時代では、この身に宿る侵略という使命感は霧散した。
代わりに、地球を好き勝手に闊歩し始めた。
何百、何千年と経ち、様々な生物が誕生した。草木は大きく育ち、海には深みが増し、小さな生命から進化して恐竜と呼ばれる生命が現れ、1つの文明を築いた。
自然の生存競争を目撃して、疑問に思ったことを地球に問いかける。どうして生命は優劣をつけて、時にはパートナーを選ぶのか。地球は答える、心があるからだと。
ふ〜ん、と返した。お礼を知らなかったから。様々な生命体から目を離すことはなかった。
やがて、隕石に地上の生命が絶滅させられた。暫く待ったが生命は現れない。退屈だと生命の誕生を催促すると、地球は提案してきた。次の生命を設計してみないかと。
それが禁断の果実とも知らずに了承し、何者でもなかった身体には心が宿り、己を基にした生命…人間の設計に取り掛かった。
不老が良い。
この身のように、好き勝手に闊歩する者だ。
完璧が良い。
独りで何でも熟せば困ることはない。
死は不要だ。
設計したのに絶滅したら勿体無い。
あれやこれ、地球にある資源を使って1人の人間を生み出した。
目が覚めた彼女には己が完璧という自覚だけがあり、他は何もなかった。何をしようか考えながら、最初の人間の誕生を心から祝った。
そうこうして十年が経ち、彼女は自立する知識を得た。もう大丈夫だと確信してから、暫く行えていなかった地上の生態系の観察に出かける。そうすることで、この身に宿る衝動は穏やかになってくれるから。
───
──
─
イカレタ。
独りだとイカレタ。
彼女は千年間を独りで生きて、耐えられなかった。
地上を周り終えて戻ってきた時、両腕で身体を抱いて大樹に寄りかかったまま眠りについていた。
中を見て理解した、寂しいという感情が芽生えていたことを。千年の時間が、どれほど寒いものかを伝える表現を持っていないがために、彼女は意識を閉じてしまった。
いまでこそ言語化できるものの、当時にこれほど発達した言葉なんてあるはずもなく。
孤独のなかを彷徨った彼女のことなんて、置いてけぼりにした愚かな設計者が分かるはずもない。
「人は独りじゃダメだ」
心とはそういうものだったんだ。地上に居るだけでは足りない。近くに居なければ意味がなかった。
「人は完璧ではダメだ」
完璧な者は動かない。その必要がない。故に、助けを必要としなかった。出来ないようにしてしまった。
手元には設計図がある。これなら次の人間を直ぐにでも生み出せる。
…………設計図は破棄した。
結論に至る。不老、完璧への拘りを棄てた。
人に死を許した。寿命以外の凡ゆる死を許した。
自殺、他殺、事故死、戦死、病死、えとせとら。
自身の現象に目を向けるのを止める。
目で追うと保たない。背景として眺めていないと心が朽ちる。じゃあ、大きな目で観よう。空に浮かぶ太陽のような、広い場所を見渡せる目がいい。
地球から様々な提案が送られてきた。
なに、永遠? 不死? 無限?
否、否だ。例え数千、数万、もっと多くの文明を築いたとしても。やがて孤立する生命体を生み出せば、孤独に行き当たってしまう。彼女の苦しみを繰り返してしまう。
寿命を設定した。孤独を数で埋めるには、より強くパートナーを求める理由が必要だったから。
心とは、有限だけに耐えられる器なんだ。
この身を基に様々な改良に没頭し、人間の再設計に勤しむなか地球が聞いてきた。彼女はどうするのか。
「…………面倒は見るよ」
地球は喜んでくれた。
珍しい感情に理由を問う。
返答。最初の愛は特別だから、らしい。
「これが終わったら、迎えに行くから」
不出来な人間を地球に渡して、人類が地上に産まれたのを見届けてから幾星霜、殻に閉じこもった彼女に声をかけ続けた。時には触れて彼女の千年間の心を覗き、孤独に寄り添い、発狂した。
この身も耐えられなかった。同じ末路を辿れなかったのは、この星の頂点になっていたせいで。孤独を吐き出すように暴走した事変こそ、寛永の大飢饉なのだ。
光々に救われて、平静を取り戻した地球は、子どもたちとの生活で人の生活を知り、文明を体験して、彼女との接し方を学んだ。
そのお陰で、寝室に戻ってから再び彼女と向き合ってからは、千年経たずに起こすことが出来た。
然し、彼女は今も保管されている。
目を覚ました時、白詛の魔の手が伸びていたのだ。
白詛の手の届かない空間で、あとで話すからと言って、ほんの少しのお手伝いを頼んで、それっきり。
────そうだ。
どうして忘れていた。
人類を死徒に堕とすなんて心無いこと、地球が許可もする訳がないのに。
あぁ、でも手遅れだ。この衝動を自力で抑えるための余力は、もう残されていない。