初代結野晴明が、己の霊気を使い果たしてまでアダムの過去を見せたのは何のためか。
あぁもちろん、空想具現化と白世界に一本の通り道を作ってくれたことは分かっている。けれど、それだけなら過去まで見せる必要はなかったし、もしかしたら見ているのは俺だけなのかもしれない。
そう考えると、アダムの経験と失敗を知って立ち止まる俺の背中を押すためかも、なんて考えた。
……大切な相棒の決闘に顔を出せなかった挙句、ただ送り出すことしか出来なかった自分が不甲斐なかった。大空洞での決着から半年以上も掛かったせいで、少しだけ声の掛け方を忘れていた。来てくれるか不安なんだ。
アダムの過ち……イヴの封印は他人事じゃない。
────地獄を見た。
遠坂が■んだ。
────地獄を、見た。
イリヤが■んだ。
────地獄を見せられた。
第五次聖杯戦争で知ることのなかった、もう1人の俺の生涯。正義の味方にあるまじき惨敗。
────坂田銀時が生んだ地獄を見た。
魘魅を倒すために、その生涯を捧げた正義の味方。
荒廃していく世界で、銀時の過ちを清算するために戦い、俺の世界に合流した。座でアーチャーに鍛えられる分だけ、投影した剣を交わした数だけ、吐き気を催す地獄を見せられて。第五次聖杯戦争の決着は、序の口でしかないことを思い知らされた。
────そして、真祖の願いを見た。
一歩間違えれば、俺も同じ末路を辿っていた。
孤独に世界を彷徨い、気の迷いを起こしていたかもしれない。そんな未来も何処かにあった。
だから、アダムの過去を見せてもらったことに感謝している。彼らに比べれば、俺はまだまだ無茶ができる。無理が通せる、正義の味方になるなら破綻なんて目もくれずに手を伸ばせ。俺の周りには頼りになるヤツが沢山いるんだから。
声は届いた。銀時に対する処遇に文句を言うのはあとだ。死力を尽くしてこの世界を取り戻す。
「アンタが魔術王に挫けていないことを証明する。
白詛を倒す手段ならある。地球の外に追放した侍が、しっかりと答えを握りしめて待ってるんだ」
胸を押さえて苦しみを堪えるアダムへと呼びかける。この戦場での声援を送り届けるために。
「ここに令呪がある。銀時との契約が続いている令呪だ。今からコイツを使って銀時を呼ぶ」
一歩踏み出した。
足音なんて気にも留めない筈のアダムが、苦しげな胸よりも意識を優先する程度には予感があるらしい。
世界の命運を左右する、最後の選択だ。
「選んでくれ、アダム。殻に閉じこもって焼け死ぬか、俺と銀時を信じて外に飛び出すかを」
「私たち、と言ってほしいな。こちらは人生全賭けで席に着いているのだからね」
横に並び立つ紅い外套の俺。
見た目に馴染んだ腕組みでアダムを見据える。
「正鬼……いや、アダムさん。
あの人は僕らの味方で、アナタの味方です」
「あとが怖いからチャチャっと出しちゃいなさい。銀ちゃんには一緒に謝ってあげるから、さあほら」
新八、神楽が並び立って、万事屋としての誇りと確信をアダムに訴えた。
「見たよ、キミの過去を。だから分かるんだ。自分で人類を死徒に変えるのは、キミが望んでいないって」
「ですから、どうか戻ってきてください。
あなたが愛する人類のために…!」
そして立香とマシュが並び立って、人類を愛しているアダムの手を引き戻そうと叱った。
視線が交差する。
並び立つ6人を、江戸の意思だと信じながら。
同時に、全てを殺さんという暗い使命が浮かぶ。
忌々しく睨む眼差しと、人類を存続させたい想いが火花を散らす。真逆の想いが片方ずつに宿っている。
内側でアダムが魘魅に抗っているんだ。
スニーカーの靴裏が地面に吸い付く感覚すら分かる。それほど緊張している。
鳳仙か来る前の話になるが、ただ令呪を切るだけじゃ銀時は呼べなかった。令呪による命令は三画使おうとも世界の壁を突破できない。それを分かっていたから初代は鳳仙とともに、この状況にまで持ち込んでくれた。
あの眼差しは、アダムが正気を取り戻しつつある。
いまなら地球の権限とやらが緩んでいる証拠だ。
手を掲げる。
最後の侍を探す掌を、そっと握りしめる。
「第七のマスターが命じる。
────────来い、セイバー‼︎‼︎‼︎」
赤い願いを声高らかと世界に轟かせる。
左手の甲、二画のうちの一画が割れた。
どこかで彷徨い続ける先走りがちな大馬鹿野郎へと、迷子のアナウンスを放送した。
▼
衛宮士郎の令呪が一画を解き放つ直前、白世界で。
引き裂かれた魂、出血し過ぎた身体を起こした坂田銀時は、半年ぶりの対話を求めて目前の人間に宣言する。
「新八と、神楽じゃねェと、ケツ拭かせねえ…!」
「────情けない。全部自力でどうにかしようって気はないの」
「け…………出来てりゃ、もう白詛は消えてら」
久方ぶりの言葉を、悲しき不死の鬼を救うための提案に充てた正鬼は、銀時の返事に殺意で反発した。
「っ……冗談言える立場か」
ここでは全てが守られる。
その者の命、名誉、願い、何万人とやってきてどれ程の矛盾が起きようと、本人の意志に反しようとも、未来を見続ける限り消えることはない。消すことは出来ない。
嘘の吐けない美しき白世界で、正鬼は銀時を睨みつける。その眼差しに、なぜお前が真っ先に消えないんだという憎悪を込めて。
「ジョーダンどころか、愚痴りてェくらい、だ。……アイツらに、顔向けできやしねぇ。
お前こそ、俺で憂さ晴らして、ずいぶん暇じゃねーの。………もう投げ出したのか」
「そんな訳あるか。お前が諦めないから、その血を馴染ませて、その呪いに適応しているだけだ」
正鬼が士郎たちに話した人類災星計画、その一端には銀時が持つ白詛に耐性を付けることが含まれていた。先程までの銀時に対する虐殺こそまさにそれであるが、此処にいる正鬼は作業を中断した。
理由は明白。
無駄、なのだ。
半年かけて確認した。
血を撒き散らして、浴びて。
幾ら時間を掛けても、馴染む筈がない。
だって、坂田銀時の霊気には、もう……。
「────これしか方法がない。
人類を存続するには、これしか……!」
銀時から見れば無意味なことだと認めた、それだけの嘆きにしか聞こえない。だが、敢えて神の視点から指摘すれば、士郎たちに説明していた正鬼との見解に食い違いがある。
『殺し続けて、彼の血肉を少しずつ取り込んでいる。接種し過ぎたら焼却して調整しながら、徐々に耐性がついてきたよ』
じきに耐性を獲得する。そう聞こえる弁だが、ここにいる正鬼は同意しない。銀時は白詛こそ持てども、人中に白詛…蠱毒の源があるわけではなく。圧倒的に濃度が足りず、既に元凶を斃した彼から得られる効き目など、たかが知れているのだ。
じゃあ、なぜあちらの正鬼は耐性が付きつつあるなどと嘘を言うのか。こちらの正鬼はその真実に気づいた、気づいてしまった。正鬼が魔王に堕ちたことで、全てを理解してしまったから、この虐殺の無意味さに立ち尽くすしか…いや、坂田銀時に自滅してもらうしか道がなくなったから。
魘魅が、正鬼に幻覚を見せている。
だから、もう全てが手遅れじゃないか。
「誰が、言ったんだ」
「………?」
立ち止まった愚者に、立ち上がった馬鹿が声をかける。
「こんなやり方しかないって、なんで言い切れる?」
「………私だよ。この星の頂点が、出した結論だぞ」
「うそだな。自分でも、間違ってるって思ってんだろ。じゃなきゃ、そんなツラする訳ねェ」
感情を吐露しない人間の顔に皺が寄る。
散々殺されてきた相手に、真っ直ぐな瞳を向けられることが信じられない。頷けばすぐさま手を差し出さんとする気概を肌で感じて、常識的な相手ではないと今更ながら思った。
そこで正鬼は声を潜めた。
なぜ自分は敵と会話している? 全てを知ったような眼差しに、一歩退いたのはなぜ。
「────何処まで分かってるんだ」
恨み辛みを売りはした。だが、内側を見せることなどしてはいない。商品棚にすら並べなかった名前を見透かされた気がして、恐る恐ると問いかけてしまう。
「聞こえてたんだよ」
ぶっきらぼうに、不可抗力だと取り繕った言葉で全てを識る。
ここの正鬼が血肉を浴びて銀時を知ったように。
馴染ませてきた血が、呪いが、逆に坂田銀時にも内側を覗かせることになっていた。
令呪で結んだ主従関係とは似ても似つかない記憶の望遠。半年間、止むことのなかった咆哮が、一声ごとに正鬼を想っていることは疑う余地もない。
『諦めてよ』
『地球を助けて』
『家族が死ぬよ?』
『仲間が苦しんでる』
『死んだ魂も蘇ったよ』
『星崩しが見つからない』
訴えを聞いていた。
助けてほしいと言っていた。
半年間の一方的な殺意は、半年間溜め込んだ依頼として銀時の胸のなかに刻まれていた。
「お前が好きな世界を壊しちまったら、この世界を壊しに来た魘魅と一緒じゃねぇか。
人類災星計画? 笑わせんな。自分の願いひん曲げて、地獄に適応させるのが最善だなんて俺ぁ嫌だね。
鉄錆の臭いに怯えて生きてくより、くっせぇゲロぶち撒けながらアイツらと酒酌み交わして死んでやらあ」
銀髪の侍は真っ直ぐに正鬼を見て。
間違えた人間が誰1人としていないことを語っていた。
いいや、1つだけ。
間違えるとしたら、これから現実にフタする大馬鹿野郎だけだと。立ち止まる人間だけは許さないと、這いずってでも進めと訴える。
「君のような大馬鹿者はこの世界に2人いないよ」
「俺みてぇなヤツぁ未来永劫、生まれねぇから」
それは、チャンスはここだけだと厳かに。
最後の侍が名乗りを上げた。
「俺は万事屋。どんな依頼でも解決する何でも屋の坂田 銀時。魘魅なんざに負けねェ。
俺を……いいや、人間を信じろ!!
俺たちは、正鬼もアンタも含めて!
──────必ず未来を取り戻す!」
何度も殺してきた相手に手を差し伸べる。
狂気だ。そうとしか言えない。…そんなこと、自分が言えたことだろうか。
震えている。
彼女が、震えている。
この世界の原初が、怯えている。
────そもそも、なぜ正鬼が2人もいるのか。
そんなこと、考えれば答えは簡単だった。
堀田正鬼が、人類始祖アダムが白世界に厳重に隠している人物など、決まっている。
「いつ分かったの?」
「さあ。俺ぁ女の涙には敏感でね、ツラ隠してても分かるんだよ」
「……アダムのお願いだったけど、やっぱり私じゃ無理だったかあ」
姿が変わっていく。
全ての罰は背負うからと正鬼が貼り付けた偽装は、彼女の涙1つで洗い流されてしまった。
透明に澄んだ水を手で払い、降り注ぐ雨を浴びるように金色の髪を掻き上げて、沈みかけた眼差しに光を戻す。
「私はイヴ。半年前に目覚めた原初人類イヴ」
死に上がりの銀時が2度も目覚めてしまうほど、アダムが生み出した最初の人間…イヴは、人間が求めるものを備えていた。
四季折々の風情に寄り添う顔立ちは、どの国の衣装でさえ自然を背景にすれば人々を虜にもしよう。寒さに凍える吐息に、暑さに手をかざす眼差しに、きっと人類は立ち止まって恋をする。
半年間の密接な関係を持っていたお陰様で、銀時は虜になる手前で踏み止まることが出来た。
「────半年間も殺された相手に、そんな汚くて眩しい手を出せるならさ、もう信じるしかないよ…。
アダムのことを助けて。お願いします」
或いは、イヴのお辞儀に屈して、彼女の後ろから差す光を見逃していたかもしれない。
万事屋として、その願いを聞きそびれるわけにはいかないのだから当然ではあるが。
「俺のケツ拭いたら好きなだけ時間が余るからよ、そん時に文句いいやがれ。それで聞かないバカなら、ありったけの力でぶん殴ってやりゃいいさ」
ニカッと笑いながら歩き始める。
赤くて淡い光に誘われるままに、夕日に浮かび上がる影の上を歩くように。これまで支えてくれた仲間と供に、自分の居場所を取り戻したついでに、依頼を熟せば病み上がりとしては上等だろう。
そんないい加減な心意気で。
「この、光は────」
「さぁ、トュルーエンドがお待ちかねだ」
地球が嫌いな選択肢。
終わり。人間にとっての死。
人理焼却に紛れて叶えようとした願い。
それは…人類を、個人を永続させたい夢物語。
どっちも見たくないから、ずっと人間を見続けたいから選んだ、不完全という
銀の大地を覆う白世界は、もう────
▼
それは、宇宙から降り注ぐ一条の希望。
決して許すことのない存在に与えた、たった一度の贖罪と免罪の光。
真祖が空想具現の裏に封じた銀色の刃は、地図に無い城へと目掛けて早足で駆けつける。
「サーヴァント、セイバー。
白世界の襖を木っ端微塵に吹き飛ばして、士郎たちの前に派手な魔力を撒き散らしながら、いつも引き起こしてきた奇跡のように背中を魅せると。
「────変わんねーな、お前ら」
気のきかないしわくちゃな笑顔で、日常生活に馴染む奇跡たちに手を振ってみせた。
運命の物語が再び軌道へと乗り上げた。
世界の垣根を越えて、反撃の狼煙をここに。