太陽が照りつける江戸城、アダムの寝室を駆け抜ける七人の侍。
生まれた星、世界の違う者たちが手を取り合い、この星の未来を取り戻すために、この星の頂点に最後の戦いに臨む。
動き出す直前に考えていたのは、人類始祖アダムの現状だった。
空想具現化『銀の大地』を照らす太陽と思っていたものは、アダムの魔眼『夜を統べる王』だと判明した。魔眼による照射で地上を照らし、照らされたものをもう片方の『人類を読み解く魔眼』で俺たちの思考を覗き、全てを見通していた。
それは人類を保管するためであり、人類を存続させる星の触覚としての役目としての行動だ。過ぎたことにどうこう言うつもりはない。重要なのは、アダムが魘魅を探し続けていたこと。そして見つかっていないこと。この行動には単純な答えが用意されていて、俺たちはそれを目撃もしている。
鳳仙との戦いがひと段落し、正鬼の説得に移った直後。“烙陽の外殻を突き破り、青い光線が正鬼の心臓を貫いた”ことで、真祖正鬼は魔王アダムへと強制的に変身させられた。
あの光線も地球の保護回路の一種だろう。鳳仙が手を下す前に俺たちは止めていた。本来なら働くはずのないものだ。初代の予想は的中、魘魅は本来入る余地のない正鬼の何処かに隠れ潜み、正鬼に居るはずのない魘魅探しをさせていた。
その意図は…まだ分からない。だが魔眼を共有している可能性が大きい以上、この星を滅ぼすためだけに生きているのは確かだ。
その魔眼も、今は鳳仙の宝具によって封じられている。宙空でその存在をありありと示し続ける擬似太陽は、日光に弱いアダムには効果抜群。魔眼に留まらず、魔王となってから着込んだ外皮…鎧の性能、そしてアダム本体を大きく弱体化しているようだ。
「────────っ」
そう、見た目で予想しているだけ。
実際どこまで性能が落ちているのかは、攻撃しなければ確かめようがない。迂闊に接近すれば、鳳仙に致命傷を与えた排熱攻撃が繰り出されるかもしれず。いかに性能が落ちていようとも、アダムの暴走が落ち着きつつあろうとも。魘魅が仕掛けられるかを判別出来ない以上、近づくのは避けたい。どれだけ性能が落ちようと、あの排熱は空想具現化を毎晩焼却してきたものだ。近距離の敵を丸焼きにすることくらいは………。
「真名模倣」
「は………!?」
逡巡の躊躇いを横切ったのは、最強の剣の投影を意味する詠唱で。右手に黄金の剣を握りしめた大馬鹿は、俺と同じく現状を把握しているにも関わらず飛び掛かった。
同様のことを危惧していたマシュと銀時があとに続き、即座に排熱行動への準備に備えているが、剣先が届いてヤツが死ぬ方が早い。だが、俺が弓を番えて確かめようとしていた危険性は、猛勇なひと振りが全て斬り払っていた。
「もう少し躊躇えばいいのに」
「此方を見たのが失敗だな。
焼却するなら目もくれずにやるだろう?」
アーチャーは鎧の性能をアダムの視認で判断し、一番槍を買って出たと言う。逡巡の間に相手の瞳孔から目を離した自分が恥ずかしくなる。
聖剣を右手で握るように受け止めたアダムは、そのまま引き寄せてアーチャーを仕留めようと目を見開く。近距離でなら魔眼の眼圧が発動する意の行動は、真横からの木刀と大盾の横殴りに阻まれる。
「────っ!?」
「人類始祖アダムへのダメージを確認!」
「どーしたよ、その鎧。もう歳じゃねえの」
衝撃のことなど考えもしなかった反応だ。木刀と大盾が殴った場所に視線を向ければ、風化したコンクリートのように表層が欠け落ちている。
それだけじゃない。聖剣を受け止めた右手のひらにも、一直線に走る斬撃の跡がある。あと少し力を込めれば皮膚に届くだろう、ともすれば胸元で青い光を灯すアレだって砕けるはずだ。暫定、魘魅のコアに相当する、魔王を縛る後付けの激情を。
「…………バカな」
「バカはお前だっ」
「目を離すとかまだ余裕そうねッ」
2人と入れ違いで交差する衝撃。決して油断した隙を見逃さない、立ち止まる者に厳しい侍たちが喝の一撃を振り下ろした。
「これも、防げない…!?」
何度目の驚愕か。アダムはこの場で最も己を傷付ける可能性が低いとみていた2人、新八と神楽によって欠けてしまった鎧を見て漸く事態の重さを受け止める。だが、受け止めた頃には返す刀がニ、三と。反対側からは回り込んだ銀時による猛撃で五、六の衝撃を浴びていた。
士郎が危惧していた排熱行動が使えないことは周知の通り。だが、他の機能については確かめていなかったアダムは、次に出力しようとした重力操作さえも不発に終わったことで、本来のスタイルが誤りだったことを知る。
「『手のひらの地球』が対策された……晴明め」
魔王は座して敵を迎え撃つ。
人類始祖アダムの戦闘体勢はこれに尽きた。
魔眼、地球からのバックアップを以てすれば、指を振るうだけで遠方の敵を押し潰し、瞬きのみで山を平野に変えられる。自然災害を操り、自然を味方につけて、地球の物理を弄ることを許された規格外の存在。
鎧…『手のひらの地球』は物理法則を捻じ曲げる際に起きる暴威から守るためのものであり、凡ゆる法則を寄せ付けない防御壁だ。地球のエネルギーを集束して編み上げたソレは、太陽の光でさえ遮断する。鎧を崩す事態?地球ある限り壊れることはない接続防御に、そんなものは起こり得ない。
「っくそ、合理的すぎやしないか、初代は!」
「死人をこうも利用するとはな。ここに居れば殴り飛ばしちまうところだッ!!!」
ならば、悔しさに任せた乱雑な俺たちの一太刀で鎧が傷付くことは間違っている。……どこか?
鎧を着込んだ中身に原因がある。
アダムが『手のひらの地球』と口から溢したソレは鎧の名前だろう。文字通り、予想通りに縮小した地球と見ていい。誰が地球を割ることが出来ようか? そんな者がいれば最上位として設定された鎧に矛盾が生まれる。
故に最強の鎧であり、絶対ではなくなった。
「良いんじゃねぇの、あるもん全部使うのは。人理焼却だろうと、魘魅だろうと使えるんなら、なッ‼︎」
入れ違いで叩き込まれた木刀が顔面に直撃し、大きく後退しながら、銀時の言葉に漸く原因を知った。アダム自身が弱体化しているせいだ。
最強の鎧を着るには、着る者も最強でなくては。アダムがその重量に耐えられなければ、
人理焼却式…銀の大地を蝕んでいた。
白詛…………焼き払ったが、内側の傷は癒えない。
擬似太陽……魔眼に大打撃。
「吾が、見落としていた……?」
不完全な中身に合わせた不完全な鎧。
そこに加わる最後の要素が坂田銀時だ。
銀時には不名誉ながら『吸血鬼殺し』としての逸話が現存している。銀時を操った何者かによる吸血鬼殺しは、木刀洞爺湖に絶大な泥を塗っただけに留まらず、銀時に吸血鬼特攻を付与していた。
反映されているのは保有スキル『銀色の魂』だ。銀時が認める者に付与されるこのスキルが『手のひらの地球』を切り崩す力を与えていた。
元より、魔王と化したアダムを倒すには、銀時が必要不可欠なんだ。
初代は最初から魔王になると…堕とされると見越していた。だから銀時の逸話ありきの策を立てるしかなかった。そんな策でしか戦えないことに俺/アーチャーは腹を立てている……!!
「ご───ふ──」
体勢が崩れたところを畳み掛ける。
大盾が、大傘が、竹刀に木刀、聖剣に刀と絶え間のない追撃が鎧を切り崩し、未来を取り戻したいと願う想いを得物に乗せる。
鎧に信頼を置きすぎたアダムは、既に膝を着いていることを認識するのに数秒を要した。
見た目的に、無敵だった鎧は三割程度欠けた。
勢いのままに仕掛けたが、想像以上にアダムの動きが鈍い。このままなら鎧を剥がして、太陽の下でさらに弱体化させられるだろう。その時があのコアを叩き割るチャンスだ。
というのに、銀時は言葉を投げつける。
「人類を存続するとかで奔走して、テメェの持ち物の調整怠ってましたじゃ済まないぜ。
このまま魔術王にリベンジなんざしてみろ、どうなってた。取り残されたイヴをまた独りにするのか」
「…………………………」
やめておけば良いのに、敢えて相手を煽っている。
思考の鈍化を、その身を襲う理不尽を言い訳に挫けかけのアダムを蔑む。
半年間、あの世界のどこかで粘った銀時が手を差し伸べるものか。アダムの暴虐に意味があったように、銀時が立ち向かうことに無意味なことはない。挫けることを許さず、その使命に向き合う者に背かず、そして、絶対に見離さない。
そこを読み解けないほど、アダムは腐っていないと信じている。
「──────言われずとも」
恐らくアダムは人類の存続、地球の運営に特化している。戦術のあれこれについては手元にはなく、引き出しを開けて準備する手間が必要なのではないだろうか。
銀時のやっていること、やろうとしていることへの理解力が高い。だが、実戦で自分が扱うには、使い方を知らないから熟考を要する、と。
だが、厄介なことに。銀時の煽りはそういった段階をすっ飛ばして扱える魔法が掛かっている。
「受け止めてみせろ、人類代表」
ばかりと確かな殺意を持って、手のひらの地球が脈動を再開した。約一分間、殴られ続けたアダムの重荷が、その任を全うせんと蒸気を噴出しながら変容していく。
隆起した外皮、溶岩の如く内側に収縮された光熱、そして外に漏れ出始めた熱気。その前兆に身震いしたのは、細胞がアレに溶かされるかとを恐れたせいで。
「後ろに退がって!」
「────!」
立香の声に身体が弾かれるように全員が飛び退いた。駆け込んだ先はマシュの大盾の後ろ。詠唱を開始している。ブリテンの正面、白亜の城が展開される…!
「
天井を突き破らん勢いで建造された白亜の城。死徒仁鉄の怪力にも屈せず、大英雄の猛撃を止めた堅固な盾が展開に成功した。
アダムを取り巻く熱量がひと息を入れるように凪いだ。それが開始の合図、地面にまで轟く爆発を伴い、手のひらの地球は全方位に向けて噴火した。
「ッッッッ────!?!?!」
江戸城を雪崩れ、頂上を吹き散らかし、寝床を粉砕しながら一切合切を焼却するさまは、噴火の際に巻き起こる火砕流の如く。1秒の間もなく白亜の城に到達し、大自然の脅威が時速200キロメートルに達する速さで突き抜けていく。
遭遇すれば即死の大自然のエネルギーを前に、白亜の城は一切退かない。大盾の少女と背中を支える人類最後のマスター、2人の築き上げた絆の強さが地盤だろう。こんな時でなければ見惚れていた。
最も、この城が顕現する時に悠長な時間などありはしない。なんせ、ここは絶好の仕掛け時だから。
「マシュ!!!」
「意外と大丈夫です…!!」
火砕流が四方に駆け抜けて、江戸城の天井を粉砕して有り余る勢いに白亜の城は屈しなかった。
「行くぞ…!」
無事の言葉を合図に、銀時と左右から駆け出していた。アダムのあの鎧は太陽から身を守る役目を担っている。脱衣したからには無防備だ、大幅な弱体化は避けられない。
無差別爆撃が放たれた直後なら痛みに耐えるのも難しいはず。コアに近づく絶好の機会だ。
「
剣の記憶を手元に。投影したこれを視認した銀時が仰天している。それだけ“先生”とは縁があるらしい。あの人は銀時のために、と俺に稽古を付けてくれたうちの1人で、銀時のことに詳しい人でもあったから。
聞きたいことは終わってから話そう。皆んな積もる話が幾つもある。そのためにも、粉塵の向こうに影を見せるこの星の頂点に刀を振り下ろした。
「貴様の木刀は激痛だけど、君の刀は震撼するね。
この刀の持ち主も吾とは相入れないみたいだ」
「っ……!?」「硬ぇ…!」
粉塵の向こうから伸びてきた掌が、左右から斬りかかった日本の刀を掴んで離さない。容易く崩れていた地上最強の鎧とは様子が一変し、儚く傷つきやすそうな細い腕は触れたことが奇跡と思えるほどで。
「お返しに吾が魅了してやろう。
愛い早とちりで墜ちる姿を見せておくれ」
江戸城の床から新しい風が吹く。
上空に舞う粉塵、鎮火した寝室。
そこに佇んでいたのは、息を呑むほどの絶景。
「え…………!?」
眺めただけでとりこまれる。
鼓動が生命活動を続けるのは、その姿に見惚れるため。心臓に口でも付いてしまえば、本気で言いかねない告白を喉元で押し潰す。
特筆するほど絶世というわけではなく、言葉に出来ないほどの神体ともいかず。ただ、生命は無条件でアダムを好いている。魂が喜ぶ程度の好感度を精神に叩き込まれたことを自覚して、それでも甘んじて受け入れてしまう。
投影した武器が崩壊した。
世界の修正力なんて微塵も受け付けなかったのに、相手に魅入られただけで傷付けることを放棄した。
「────────ぁ」
あぁ、やってしまった。
魔眼だ。世界最高峰の魔眼を目前で見せつけられた。
レジストは…不可能。ヤツの射撃は…目隠しにもならない。銀時も…離れるのは難しそう。
なにか、出来ることはないか。
そもそも、どうして魔眼を。
「………っ!」
城の中がやけに暗い。擬似太陽がある限り天井は防げないのに。……いや、そうか。手のひらの地球だ、あの噴火で地上が火山灰に覆われているんだ。
いとも簡単に裏を突かれてしまった。
ここから打てる一手は………。
「お〜いで。ほら、ね〜んね」
引き込まれる。暴力的な抱擁に抱き込まれて、アダムの見てきた歴史に攫われてしまう。
暴風に曝される。これは、ただの風ではない。歴史に落ちていく者が叩きつけられる世界の修正力。或るはずのない者が過去に現れることを拒絶する、只人に待ち受ける終末の風だ。
これが銀の大地に保管されるということ。
魔眼を通して完全な墓に入る者にしか分からない現象。白詛に蝕まれ、魘魅によって弱体化する真祖の空想具現化に人類を保管する余力があるのかが疑問だったが、謎は解けた。アダムは過去の何処かに人類を隠すことで、白詛から俺たちを守っていたんだ。
ただ、期限は有限。すぐに死徒化するか、人理焼却を解決しなければならなかっただけで。
そして、この保管だけは魘魅にも明け渡さなかった。人類始祖の最後の抵抗なんだ。
「────────────────────────────────く、そ」
剥き出しなのに、コアは目の前なのに、これじゃあ接近は無理だ。こんなの、凌げるはずが……。
「──まだ、とっておき、あん…だろ」
「────────!」
頭に、苦しげな銀時の声が届く。
契約を結んだサーヴァントとの念話…。
とっておき。この場で使える武器…。投影の必要がない、銀時の知る宝具…………!
「おぎ………っ……………おぉっ!!」
ズボンの後ろに手を伸ばして掴んだ宝具は、銀時が俺に残した唯一の救助信号。世界と世界を繋ぐ架け橋となった十手『侠の鎖・侠の情』を魔眼に叩き込む。
「ウぅぅぅぅぅぅッ!?!」
「痛っっつ!?」
眼は想像以上に硬い。つか反動で腕が曲がりそうだ! 人間の膂力で壊すことは難しい、というか壊せるものじゃないけど。
視界いっぱいに満開の絶景が雪のように拡散して散っていく。一か八かでアダムに叩き付けた腕から、現実がこれでもかと溢れ出て、銀色の景色で満たされる。
「────っし、戻ってきた!」
見上げれば曇天に塗り替える火山灰。
深呼吸には城の焦げる臭いが混入し、目の前には同時刻に覚醒した銀色の侍がいる。
人類始祖は大きく距離を置き、目元を手で覆っている。魔眼に蓋くらいは出来たぞ…!
「ちょっと、今の……」
「あんだよ、もしかしてやばかった?」
「…いや、最善だった。褒めてやろう小僧」
「嬉しくないやい。それより、全員無事か」
駆け寄ってきた皆んなの顔を見て問題ないと安堵する。偶然にも魅了は解除出来た。空には相変わらず火山灰が滞留していて、すぐに晴れることは難しい。
「魔眼封じ対策の火山灰らしいが、銀時の宝具で裏を返した。だが、楽観視はできん」
アーチャーの言う通り、アダムの様子が一変した。魔眼を慰めるように当てている手の指と指の隙間から、青い瞳が此方を凝視している。あれはまるで…。
「飢えた獣だ。
頭を使って獲物の狩り方を思案している」
力に任せて蹂躙を敢行していた姿は潜み、魔術王との戦闘時の狡猾で色鮮やかな殺意を携えたものに寄っている。拳の性質を使い分け、敵の行動を封じて倒す攻撃的戦闘体勢は、勝つ兆しが全くといっていいほどに無い。
「大丈夫だよ。最後の一線は越えさせないから」
多くの自信と使命感、そして少しの虚勢と怯え。立香の宣言は耳に心地が良い。隣に立ってくれると落ち着くのは、銀時と似たものを感じる。
「────流石、最後のマスターなだけはある」
強張っていた身体が動く。眼圧も跳ね返した。出方はどうあろうとも、負けることなんて考えるものか。
緊迫する雰囲気を吹き飛ばすように、双剣へと持ち替えたアーチャーが飛び出した。
長い長い旅の、最後の攻防へと移行する。