徳川光々の死に際、平原に寝転がりながら見た晴天には、無限の
未来を担い、先導していく者たちを見たからこそ目視できる幻のようなものだ。三代目将軍として過ごした功績を、天上への旅すがら余興として地球が見せてくれるんだと言っていた。
『これが澄んだ空。外の世界だ』
大樹を下から見上げている気分だった。
吾が見ている世界から根は育ち、広く、深く知識を集め、やがて地平線の向こうまで根は伸びる。こうして古今東西の知恵が集結し、一本の大樹を支える土台となる。根が逞しければ樹も強くなり、その活気はやがて笑顔を実らせる。
『正鬼、どうだ未来は。将軍という大地に根ざす樹は、強き国であるためにと皆が上を向くことで、ああも逞しく育つんだ』
『未来に向かって生きてきたけど…。地球の方針が間違いじゃないと実感できるのは初めてだね』
傍らで共に空を見上げる彼の言葉が嬉しく、感嘆の吐息が漏れる。
『
『ここまで魅せられたら疑わない。光々、君の人生に寄り添えたのに……全然足りないよ。
売り捌く金より、友と語り合う銀…っていうのは、このこと?』
『うむ。風情と情勢を慮れ、さすれば上手くいくさ。その想いが人に生きる証拠。死を理解したからこそ、この場所に至ったのだ』
『地球は、心の穴を埋めるために繁栄を選んだ。君のおかげでここまで来れた。
………光々は違うよね。孤独感なんて感じなかった。どうして未来に尽くせるの。
『死ぬことの不安を掻き消すため、だなぁ。
子孫が民草を愛おしみ、江戸の町を愛しいと思えたなら。吾の想いが朽ちることはない。
正鬼の気持ちも合わされば、二度と孤独にすることはあるまいよ。江戸とともに生きれよう』
胸を張る光々。輝かしい笑顔を見て強く頷くと、彼はゆっくりと横になる。最期は平原で過ごしたい、そう言った光々を遠くに連れ出して、最後のひと時を独り占めすることに今更だけど良心が痛みそうだ。独りを嫌ったというのに、孤独から救ってくれた光々を2人きりで逝かせる贅沢を選ぶあたりが吸血鬼なのだろう。
『確かに見届けたよ、光々の言う…銀色を』
三代目征夷大将軍 徳川 光々の最期を見届けた家臣、堀田 正鬼。
またの名前を人類始祖アダム。
寛永の大飢饉を起こして諌められ、人間の暮らしと感情を学ぶために人間の名を騙った吸血鬼。
吸血衝動を克服して、もう一度…いや何度でも、取り残してしまったイヴの手を取るために、光々へと誓いを立てた。
───
──
─
「……思い出したよ、銀色の輝き。
君の想いは、確かに引き継がれていた」
仰向けのまま、胸に刻まれた傷を撫でる。血が滲むことはなく、戦う気力も湧かない。内側のエネルギーが枯渇した証拠だ。
空想具現化の維持に充てるために、エネルギーの供給先を転換するしかなくなったようだ。
そして、アダムの右目から赤い破片が力無く床に落ちる。血痕のように散らばるソレは、魘魅のコアだ。
「吾の負け、だよ」
「ンなもん決めてもしょーがねえよ。鉄錆になんのがお断りだって話だ。
どーだい気分は。魔王化も解けて、魔眼に巣食ったコアも壊れた。俺たちのこと、もう見えんだろ」
一同を見渡す。彼らは、この荒廃してしまった世界を知ってもなお、希望を失うことはなかった。
復讐なんて考えもしていない。改めてアダムは、人類災星計画が誤っていたことを受け入れる。
長い時間を暴論で突き進んだ星の触覚に反論し、見事にまんまと切り返された。人類の意見を尊重し、方向転換が決定した。銀時の未来図に差し替えだ。
「…もう、疑わない。この眼で見なくても、君たちが未来を取り戻してくれるって分かったよ」
「や、やった……!」
「あぁ、これで元通りだ」
地球の決定が覆る瞬間を聞き届けて、誰もが歓喜に震えていた。人類総死徒化は回避されて、坂田銀時が仕掛けた一世一代の賭けは漸く動き出す。
くらりと頭が揺れる。固有結界の維持が限界だ、踏ん張ることも許されずに剣製を手放していた。
「だから、我が子たち────」
そう思った直後に、アダムの声が途絶える。
左眼の魔眼は閉じ、指先はカタカタと震えて、心臓が躍動した。剣製を手放したことを、後悔した。
「────どう足掻こうと、この星が滅びる運命にあることは変わらぬ」
「………え」
深淵が浮上する。
薄汚い幕を垂らす。舞台を穢すことしか出来ない黒幕。慟哭を挙げながら。この世界で初めて、最悪の姿の片鱗を現す。
アダムの滝のような髪に紫怨を流して。
右目を中心に正体を曝す。最底辺の怨敵。
「魘魅、テメェ……!」
「こ、コアが復活してる!?」
その瞳には、右目に宿る毒々しい赤色のコア。
壊した筈のコアが復活しているのか?
源外たちとの話し合いだと、星砕きでコアを潰せば連鎖的にナノマシンの機能を停止出来るはずだった。
予想は外れてしまい、魘魅は健在だ…!
「一度や二度滅ぼした程度で死ぬと思うな。既にこの星の中枢はナノマシンウィルスが侵している」
「中枢、だと?」
「無限のエネルギーを供給する星の鼓動。龍脈の源泉を我が手に納めた。
地球が生命活動を終わらせるまで、蠱毒は永遠に製造される。人類を滅ぼすために中枢から蝕み、何もなせないまま枯れ果てて消えゆくがいい」
コアが複数あることまでは想定の範囲内だ。
然し、星砕きによる破壊でアダムの…星の中枢にいるナノマシンウィルス…蠱毒を倒せなかった。コアが無限に生み出され続けることは最悪の結果でしかない。
星の中枢に巣食った蠱毒だって? あれは人に寄生して惑星の生き物を分析するものの筈だ。星単位での分析なんて、龍脈に洗い流されるのがオチだろう!?
………まさか。
「お前、サーヴァントなのか」
「左様。魔術王に宿主を殺され、魔神柱なるものに棲家を追われて廃したこの身は、反英雄として現界することで一難を脱した。
正史を模倣した急造の英霊召喚に頼った、愚かな管理者を恨むがいい」
答えは呆気ない。
星崩しという存在は、血塗られた知名度を以って、星の中枢に至る力を手に入れてしまった。
そして、昇華された能力によってヤツは…天人の最悪は…ソラの濁流はまんまと中枢に至ってしまった。
…だが、諦めるにはまだ早い。俺たちの勝利条件は銀時を取り戻すことじゃない。銀時を送り出すこと。それさえ先に果たせれば、万事は解決できるんだ。
「どれだけ奥に逃げようが、アダムを叩き起こして引き摺り出せばいいだけだろ」
「無駄だ。アダムの記憶を弄り倒し、コアを探せないように細工を施している。
星の触覚を乗っ取ったいま、全ての準備は整った。白夜叉、貴様の思惑は敗れるのだ」
「…………」
ちょっと、まってくれ。
そいつはどういう意味だ。
そういう意味じゃないだろうな。
読み合いに負けた、なあ違う、よな。
「恐れ入ったぞ、白夜叉。過去にタイムスリップしてまで、自らを殺そうなどとは」
「どうしてそれを…」
「映画泥棒の製作者、平賀源外から見せてもらった」
「────────────────────ぁ」
完全なる沈黙が場を支配する。
完膚なきまでの詰みが打たれたことを、誰もが直感で理解してしまった。
「…じーさんに何しやがった」
「星崩しの目に留まった者の末路など、言う必要があるか?」
そう言って、魘魅は地面にトンと合図を送る。
足元から出現したのは、ガラクタの山のように積み上がる、スーツを着込んだビデオカメラだった。
……………………たまだ。
魘魅を倒したあと、たまと合流して銀時を過去に送り届ける。それがこの戦いの終わりにして、本来あるべき本筋で、俺たちの目的/勝利条件。彼女無くして、俺たちは、魘魅を…蠱毒を消滅することは出来ない。でないと、銀時は…。
「のこのこと誘い込まれた哀れな時間泥棒も、我が手で葬ってくれた。淡い希望など抱かぬことだ」
「────────」
飛び出した二本の刃。
黙っていることが出来なかった。
俺の剣の記憶と、銀時の星砕きが無防備なナマケ面に突き刺さる。コアは砕け散り、そして生まれ落ちた。
「はは、はははは……! 何度壊そうとも、この星のエネルギーを使って我々は蘇る。貴様が手を下すだけ、貴様を想い憂いて怒りをぶつける仲間の数だけ、終末へと足を踏み入れるのだ!!」
それは、コアの製造を加速させることを意味した。
龍脈の源泉、星の生命線を吸い上げて星を破壊する、最大規模の命に刃を突き立てた史上最悪の脅しだ。
「鬼の背負いし業は変えられぬ。貴様は愛する仲間を、愛する国ごと滅ぼして朽ち果てるのだ」
深淵の鬼哭が吹き荒れる。
人類始祖を媒介にして、人類の怨敵は殺戮兵器を空へと射ち放つ。
間もなく消える太陽を覆い、江戸城を呑み込み、間断なく全ての侍を地に落とすだろう。
「そんなっ、ここまで来て……こんなのって」
「士郎…! なにか、何か手は!?」
立香が肩を揺さぶる。
数多の呪符を前にして、世界の修正力によって魔術回路を一時遮断された俺に残された手札は、無かった。
「ぎ、銀さん…! 宝具は!?
すごい必殺技があるんでしょう!!」
「────無理だ。直感で分かる。人間は魘魅に勝てない。そういう壁が完成しちまった」
「に、逃げるわよ。皆んなを連れて…」
「どこにも、逃げ場なんてない」
星砕きを2度も直撃させた銀時も結論を出す。
ヤツを何度倒そうと、アダムが弱るだけ。この星を加速度的に衰退させる研磨行為に他ならない。
青ざめる一同を背に、最前線で見守る。
視界に広がる、一面の蠱毒。
人類を滅ぼす、終末の針が再稼働した。
「見るがいい。地球の中枢から溢れ出す、太陽をも覆う絶望を! 星の終焉をその目に焼き付けて逝け」
落ちる。
現在、本来なら起きる筈だった星崩しの侵略が、人類始祖の沈黙と入れ替わりで。
落ちてくる。
盾も、刃も、固有結界も、全てを喰らい尽くし、蝕んで葬る。ただそれだけの生命活動のために、人類は消費されて歴史から姿を消される。
落ちていく。
目眩がするほど無数の呪符が、黄金の光を浴びて真っ逆さま。
ナイフのような切れ味ある滑空はどこへやら。
「目の当たりにするまでは半信半疑だったが、こりゃ人間がやられちまうのも納得の出来だ」
「な────────にィ」
魘魅は周りを見回して、何処もかしこも同じ状況にあることを視認する。蠱毒が無力化されていく現実に理解が追いつかず、呆然と銀時に視線を送った。
「魘魅。テメェの逃げ場は、この星のどこにもない。人も、始祖も、英霊も、そして
真っ直ぐに敵を射抜く銀色の眼差しに、身体を縛られる感覚に陥る。だが、そんな筈はない。自身は人類始祖という最強の守りに籠っている。金縛りなどあうはずがないと思い込んでいた。
なぜ自分だけが例外だと思い込んでいるのだろうか。
fateと銀魂、2つの作品がクロスした物語において。その思い込みが魘魅の命取りとなるとも知らずに。
「ただ、
声の出所は、魘魅の真横から。
自分の肩を組んでいる男に漸く気づいた時には、全てが手遅れだった。
その男は金髪のストレートヘアー、坂田銀時の逆張りを体現したかのような性格仕草をインプットされた、超合金製完全体坂田銀時弐号機。またの名を。
「さ、────」
「坂田 金時!?」
伍丸弐號やニコラ・テスラ、初代結野晴明から魔改造を施された、対魘魅特攻カラクリ。
天才たちが遺した、魘魅に対する反撃装置である。