藤丸立香が銀の大地にレイシフトした時、太陽が赤く点滅した。鮮血に彩られた空の下、たった1人の侵入者を報せるための警報だと解釈した。
然し、事実は半分しか当たっていない。立香のもとに降り立ったアーサー王と伍丸弐號が戦闘を繰り広げている間に、隠された物語が存在していたのだ。
その真相は────
「………そう。ハズレを引いちゃったか」
悪態を吐いて、空から地面を砕いて降り立った真祖に歯噛みする神楽にあったことには、誰も気づかず。
伍丸や土方と立香のレイシフトに備えていた神楽。一世一代の合流作戦は、レイシフト場所を三点までにしか絞れなかったために、各々が三手に別れて待機するというもの。不安定な世界で三点に候補を絞れただけでも暁光で、すぐ近くに吉原の小門を設置して逃げる準備を整えた。そこまでは順調の筈だった。
「アンタ、ほんっと好き勝手にやってくれるわね。
世界を守ろうって話は何処にいったっての?」
自身が担当するのは正鬼の出現率が最も低く、最も江戸城から遠いところ。英霊召喚の単発ガチャ1回目で星5サーヴァントを引き当てる、そんな低い見積もりのところを引き当ててしまった。
江戸城から真っ直ぐに飛んできた正鬼に、恨みの限り罵倒する。もう数秒後に死ぬと分かっているから遠慮はしなかった。一番近い土方でさえ3キロメートル彼方だ、吉原を中継しても30秒はかかる。間に合うはずもなかった。
だから、積もりに積もった不安を。坂田銀時が目の前で別人に成り果てた絶望をぶつけんとする。
「───やあ、お初だね。体調どう?」
「……は?」
最後の抵抗をしようと大傘を構えたところに、正鬼は首を傾けながら問いかける。
奇妙な雰囲気だった。
初めましてと言うわりに、体調を気にかける語尾には気軽さが突出している。
殺戮に明け暮れていた正鬼が、誰かに声を掛けるなんて話は聞いたことがない。
「…喋れたのね」
「君たちに肖ったから此処がある。顔を合わせずに暴れるのは、地球の意じゃないから。
初めましてだね、君に会うのを待ち侘びていた」
正鬼の差し出した手がいよいよ混乱を生む。
神楽ではない誰かと勘違いをしている口振りに思える。冗談を交える余裕など無いのに。
「なに言ってるのアンタ。ちょっとだけど顔は合わせたでしょ。世界が変わる前だけど、確かに死にかけのアンタを見たわ。思い返してみなさい」
「初めて会うよ? 地球の記録にはない、異郷の子」
「? そりゃ、天人だけど」
「……? 君はカルデアのマスターでしょ」
認識の齟齬。
隠された矛盾に気づいたのは。
「あ……れ。待っ、まって。
私、あの時、どうやってアンタから逃げたの」
唐突に神楽の意識は瓦解し、力任せに洗脳から解放されてしまう。
「あ、あ、!ちがっ、ぎんちゃん…そう、」
己の過ちを受け止めきれず、精神への負荷が限界を越えて蹲る。彼女は天人、偽りの人類を被せられたものを見る正鬼は、闇に触れたとも知らずに首を傾げた。
「確信はないけれど、もしや隠れ蓑なのかい?
………白世界に浸せば分かる。さあ」
「───────家紋、どこだっけ」
「っ!? あの天人か!!!」
たっぷりと1秒、裡に収まらない疑問を吐き出す。震撼、正鬼の方針が変更した。招待状を破り捨てて、鉤爪に殺意が宿る。探す必要のない落とし物の自問を、怨敵の記憶に繋がった影響だと見抜いたからだ。
「神楽様!!」
魔の手は神楽を切り裂けなかった。
千載一遇の機会を取り逃がしたのは、2人の間に割って入った人物が特別な力を使ったせいだ。
「早く立ってください。
吉原の前です、早く! 逃げて!」
倒錯する神楽の肩を揺らし、必死に語りかけるのは物々しい頭部を携えたスーツ姿の人間。場違いな出立ちのスーツマンこそ映画泥棒、たま。伍丸博士に情報提供をしに来たところを偶然にも通りかかり今に至り、任務度外視の接触を余儀なくされた。
罠だと考えるよりも先に飛び出したのは、神楽が本物だったからで。予兆もなく神楽の大傘が轟音を鳴らした時に、魂の異変を察知してしまった。
「そん、な────」
粉砕されたカラクリを見ながら、噴き出した深淵に悲鳴を上げたのは果たして誰なのか。
「…ちがう、わたしは。あぁ…!」
映画泥棒のことなど眼中にない。
振りかざした大傘も、自らを殺めるためのものであって。決して、誓って、映画泥棒を壊そうという意図はなかった。散乱するパーツは、替えの利くパーツなのに、たまの魂はもう、どこにも……。
「君は…!」
続けざまに悲劇は起きた。
時間を飛んで地上を移動したとはいえ、正鬼にとっては十秒で追いつける距離だ。
「手緩いぞ、真祖」
そんなものが隙に繋がる相手じゃない。
先手とは常に悪意の手中にあり、より悪辣な者にこそ微笑むものだ。見ている己が見られていることに気づいていない時点で、魔眼に裏切られることは必然。
「なっ…魔眼が────」
思い出した時には手遅れ。
魘魅が一瞥しただけで、正鬼は思考を放棄した。忘れろという地球からの命令に抗う術はない。
「堕としはしない。
「あ……あっ、おまえ…オマエ、悪いのはぜんぶ……星崩しが、ああぁっガーーーーーーー……」
悲鳴は直ぐに萎んだ。
正鬼が奥底へと沈んでいく。
伸ばした手は、誰も掴めない。
太陽が藤丸立香を一瞥したように思われた現象は、魘魅が真祖正鬼の神楽に対する認識を上書きした時に起きた激痛であり、上書き中の真祖正鬼の意識を立香に無理やり向ける指示への
「よくも…。オマエッ、絶対に───」
「夜兎の娘。血塗られた業に魅入られた哀れな兎よ。意識を奪いはしない。我が呪いを忘れたまま、今まで通りに地下を練り歩くのだ。異郷の地を終わらせる、最後の針として」
絶叫も意味はない。
自殺が出来ないのは白夜叉と同じ。
自覚のない裏切りが物語の闇を深める。
「……使えぬガラクタか。映像を書き換えてやろう。死徒仁鉄が貴様を葬ったように、な」
消し炭に火が灯る。
終わりを迎えた終末の針が秒針を生み落とす。
遺された届け物に細工を行い、行く末に更なる暗雲を張り巡らせる。
この世界で最も安全な器の中から、この世界で最も危険な鬼…白夜叉を蹂躙するために。
「────ぁ? ………そうだ、異郷の子。
天文台とのパスを固定するために、銀の大地に保存しなくちゃ」
意識が戻った正鬼には闇が映らない。
幾らか出力の落ちた魔眼にも気づくことが出来ないまま、藤丸立香の位置を確認すると、最低限の礼儀を通すために地を蹴るのだった。
▼
世界に染みた闇が浮かび上がる。
宿主の魂を蝕み喰んで、止めていた成長を促進する。星から星へと這いずる最悪の、星崩しを完遂するための独自の進化を遂げていく。
「生命には、表と裏が存在する」
星を掌握し、真祖を手中に収めても、ただ1人だけ星崩しに抗う男がいた。死んで退場した侍は、死後も戦場へと身を投じ、過去を変えて未来を取り戻そうとしている。
かつて国の為に戦った英雄が、この国を滅ぼした罪を裏返そうという。その計画は確かに実現出来る。最後の侍には、星崩しを覆す手段が握られていた。
「何方にも成る。何方でも構わない。生命活動の過程で、絶え間なく変わる螺旋の硬貨。
生きたいと願う想いに呼応して、取り戻したという喜びを養分として、心中の蠱毒は開花するのだ」
己が生きる道を模索し、星を壊す命題を成し遂げるために、最後の侍が思い描いた結末に苗を植えた。
星の触覚を倒し、仲間のもとへと帰還せしめたとき。大切な者が散るサマを見せて、魂ごと崩落させる。
「宝具展開───」
これが星崩しの存在意義を賭した、逆転の一手。
神楽を利用した、史上最底辺の勝算。
よく考えたものだ。
アダムの魔眼が天人に通じないことを逆手に取って、初代の考察に違和感を持たせずに潜伏してみせた。
星砕きで貫けば神楽は死ぬ。坂田銀時はそんな手段を選べない。
過去に戻る手段を潰したことで、貴様が神楽に寄生する前に戻ることも叶わない。
人理焼却が成されたことで、攘夷戦争に戻ることも出来ず、英霊として昇華されたナノマシンは魂に寄生できてしまって摘出は困難ときた。
トドメの宝具は宿主を爆発粉砕し、柔らかくなった真祖を吹き飛ばす。付着した血肉が今度こそ星の触覚を取り込み、空想具現化が解除されるまで地球を貪り尽くすことだろう。
『いいえ。アナタの計画は最初から間違っている』
「───────なぜ」
だが、終末の針は知らない。
『坂田銀時という男の悪運を。銀色の魂に引き寄せられる、並び立つ侍たちの覚悟を埒外にしている。
ステータス画面に反映されないものに対策を打てないようでは、彼らを殺しても計画は成功しない』
世界の奥底に……。聖杯の中に潜み続けてきた自身のことを知る勝者が此処に居ることを。
▼
裏切る者 神楽。
この名前が脳裏で読み上げられた瞬間、全ての情報が一気に脳みそに叩き込まれた。
情報の共有は完了した。覚悟は決まっていた。僕はこの城に入る時、あんなに勇気を貰っていたんだ。
「先輩?」
「信じて、マシュ」
手を出した先を見て、マシュが不穏な雰囲気を察知して小声で呼び掛けてくる。一言で想いを告げれば、あとのことに令呪なんて要らない。
視界の隅っこでは、士郎が詠唱を呟いていた。同時に動き出した僕たちは、同じような仕込みをされていたらしい。天才たちの共演、お膳立てに乗っからない手はなかった。
「宝具展開────」
魂の専門家が指し示した地点の一秒手前で、終末の針が息を吹き返す。事前に話を聞いていなければ、神楽の独り言だと思っていたに違いない真名解放の初動に身の毛が弥立ちかけた。
全ての戦いが終わったと思うのには充分な間があった。安堵に浸らせて、気を抜いて、刹那の隙を狙う。魘魅の狡猾さは、腹立たしいほどに合理的だ。
きっと、その思考回路が伍丸とマッチした。天才が、人類の脅威を見抜けた理由だ。だから、ここまでだ。
「────────────」
右手を構え終える。指先は神楽の背後、未来を望むこの一手の命中率は100%。
この手は畏れ多くも女神の進行を阻み、未来を左右する局面で大金星の獲得に貢献してきた。強敵に苦汁を飲ませてきた、カルデア印の魔弾の名を高らかに。
「────ガンド!」
距離は10メートル。神楽であれば、魔弾の射出を察知して躱すことも容易い。然し、宝具の展開真っ只中、妨害など考えもしていない魘魅が気づいた時には、緩やかな呪いは目標の企みに鎖を縛りつけていた。
「がッ、ああああああああ!?!?!?!?」
着弾、神楽の背中から風船の破裂に似た音が上がり、一同の注目を集める。そこには、あと一秒で生命活動を本格化しようと神楽から漏れ出た、黒く闇いなにかが天に向かって膨れ上がっていた。
「か、神楽ちゃんの身体から得体の知れないものが溢れ出てきてる!?」
「こいつが魘魅だ。離れていろ」
伍丸に魔術礼装を渡したとき、戦闘面でのアップデートだけを施したわけではなかった。
ナノマシンウィルス特攻。指差した相手を呪う特製を、白詛を魔力源として変換し、魘魅を指差し続けることで呪いを連鎖させる。執念の魔弾へと昇華させて、溜め込んだ白詛の量だけ拘束力が跳ね上がっていく。体調を崩すに相応しい魔弾だ。
「頼んだよ、士郎────」
こうして、決着への架け橋が次へと引き継がれる。
本来、締めを括るべき者たちへ。
「
────あぁ、キッチリ決めてくる。
一画を残した拳に叩き込んだ設計図が閃き、秋水から引き抜かれた刃の如く現実に異物が現れる。
その歪な短刀は、最初の決着へと至るために欠かせない契約破棄の得物。これ単体では神楽へと突き刺そうとも効果の無い宝具。
英霊となった魘魅は、魂という不可侵への寄生を獲得した。これを物理的に引っ剥がすことは不可能で、凡ゆる浄化や魔術の干渉を嘲笑う。だが、例外は既に示された通り。魂の解析、無機物への保存と抽出に至れるほどの専門家であれば、魂に溶け込んだ魘魅に触れられる。
魔改造されたガンドの効果は魘魅の拘束だけに非ず。蠱毒を解析し、ナノマシンウィルスに付着させることで、カテゴリ不明の蠱毒を魔術へと落とし込むのだ。
「はあ───!」
神楽の心臓に向けて突き刺した。
魔術へと引き摺り込まれた人類の脅威は、契約破棄の魔の手に落ちていく。
止めどなく神楽から溢れる鬼の呪い。
白夜叉を喰らい、人類始祖を堕として溜め込んだ負債が、余すことなく天下へと凝縮される。
「なぜっ!! この呪いが!!! 貴様らが到達し得ないソラの災いを、ナゼッッッ────」
魘魅の疑問、それは魔術に分類されない己が反則級の宝具を、どうやって見抜いたというのか、だった。
前提から語ろう。たまの情報提供のなかに、このことは記されていなかった。たまも銀時も、アーチャーですら考えていない事態だ。第五次聖杯戦争での契約破棄が通ったのは、銀時の宝具…銀色の絆によって魘魅を引き繋いでいたから実現したものだった。
『よく考えたものだ。あぁ、本当に、星を殺すために何重にも対策を重ねたことは賞賛に値する』
敗者の意識に流れ込む言葉。
幻聴ではない。魔弾に込められた、魂の専門家が発する勝利宣言である。
想定だ。想定した数が違う。
魔術という可能性を信じ、疑い続けた伍丸だからこそ、無数の可能性を追い求めた。文字通り、無数だ。何が起きようとも魘魅を滅するために、有り得ないと思える突飛なことをも想定して、魘魅の退路を断つためのデータ全てを魔術礼装にインストールした。
『だが足りないな。貴様の星を滅ぼしたいという命題は、娘を想う私の親心に負けたのだ。
芙蓉の無念、とくと味わって逝け』
「キッ────」
先に短剣を刺してはダメだった。
魔眼の回復に専念されても手遅れだった。
もっと遠回りをされたら、命運は違った。
だが、それも全ては伍丸の読みが上回った。
コンピューター同士による頭脳戦は、人類の勝利で幕を閉じる。
「魘魅。お前の居場所を看破できねぇのは既に知ってんだよ。俺が、俺に教えてくれた」
次は、どうだろう。
いよいよ以って白日の元に曝された終末の針。
夥しい呪符を身に纏い、菅笠から覗く赤黒い瞳が呪いをところ構わず吐き散らしている。宇宙の公害にも等しい、生命を蹂躙する天人。
「こ、こいつ! この毒々しい天人が…」
「白詛の原因で、銀さんと神楽ちゃんに寄生していた、この国をメチャクチャにしたヤツの全貌…!」
星崩し、魘魅。
残すコアは、ただ1つ。
「テメェ、神楽使ってたまを殺ったな。たまが魔眼の監視下で易々と姿を見せるわけねぇ。行方知らずの新八が姿を見せたくらいで警戒なく近づくかよ」
銀時の指摘に、困惑気味の一同、目の色が変わる。彼が殺意を向ける相手など稀だ。疑う余地もなく、何かを仕掛ける卑怯で姑息な存在だと理解する。漏れなく武器を構えて、初動を見逃さない。
逃走という選択は、アーチャーによって叩き潰される。固有結界の詠唱に入り、隔離する準備は万端だ。アダムが許可を下ろしているため、世界から修正が入ることもない。
果たして、ボロボロの霊気で何処まで魘魅は逃げられるだろう。最強の侍たちを前にして。
「………………」
星崩しは、自らの定めのためならば、どんな状況下からでも生命を挫かなければならない。
逃げることを命題にして、どうして星を崩落することができようか。
「蠱毒はもう要らぬ。魔術王の残した肉を取り込み、忌み名で世界を飲み干してくれるわ」
燐、なんて音を弾きながら、呪いに呪われる宿業を手放した。
代わりに現界するのは、天高く聳える黒い肉塊。終末の針を乗り換えてでも星を呪わんとする種族らしい、土壇場での後出し絶望。
星崩しは臆面もなく敵の植えた苗を貪り、自らの力として確立して温めておいたらしい。
「こいつ……神楽の中に潜んでたの!?」
「ふん。これが坂田銀時の遺体の正体か」
「────」
アーチャーの冷徹な分析に殺意が込み上げる。だが、正しいだろう。銀時の死体に乗り移った魔神柱ごと取り込んで、大事に育てていた。でなければ、年単位を必要とする魘魅のナノマシンウィルスは成長が間に合わない。
聳える肉の名は魔神柱。個体名は大事か?
こんな粗末なセリフを吐く人類の脅威に、名前なんて付けるほど暇じゃない。
「アダム。こいつで最後なんだな」
「うん。わざわざ大きくなってくれた、一塊りの脅威を倒せば魔術王との関係も終われる」
真正面から真っ白な眼差しを受け止めて、続いて追いついた侍の後ろ姿を見て、そして横たわる神楽を介抱する新八に声をかける。
「神楽は…」
「大丈夫、生きてる!」
咳き込みながら意識が戻るのを確認して、拳を握る。やっと、銀時との約束を果たせるんだと。
「……そうか。なら安心した」
安堵する様子に目を見開く一同。
いや、俺とアーチャー、アダム以外の面々か。俺らに共通していることは1つだけ。坂田銀時の宝具を知っていて、そいつが今から全てを解決するってことだ。
余裕の態度をどう受け取ったのか。
魔眼を失った大量の眼を忙しなく動かして、江戸城を吸収しながら肉塊を濁流の如く吐き出した。
きっと特異点で見てきたであろう脅威に身構える立香とマシュ。あの一撃、目算だけでも聖剣を抜くに値する破壊力がある。白亜の城で対抗しようとするところを、片手で制した。
「焼却式────」
一柱で英霊数綺分の戦闘力を有する魔神柱が、己を捨ててまで星崩しを完遂しようという覚悟を以って繰り出す。成る程、回避すら許さない広範囲の濁流に抗うのなら宝具が必要だろう。ただし、それは並みの英霊の話だけど。
「ここを通りたいなら、俺を倒してけよ」
まるで物語の主人公のようなセリフを吐く侍は、堂々たる正眼から、黄ばんだ木刀を振り上げて。降り注ぐ最後の曲者を退けるために、どこも参考にならない振り下ろしを繰り出した。
ひと振りの曲線に宿るは万感の願い。闇を打ち払う雄叫びが、濁流を止水へと変化させる。
「魔神柱を取り込んだのに、なぜ…!?」
必殺だったものが完封されて、進化して強くなった終末の針が狼狽える。
そもそも、それが誤りだと分かっていない。俺たちはナノマシンウィルスだから手こずっていた。肉眼では見えない、探知は魂を理解してやっと、蠱毒に触れれば終わるし、人類始祖を裏で操っている。
その有耶無耶な存在が故に、星砕きの判定さえ躱していた最悪の霊気を、魘魅を脅威だと思っている。それなのに、魘魅はソレを易々と手放した。
そうなれば、目の前に聳えるのは、自然災害級の攻撃を繰り出すだけの肉柱に過ぎない。
「弄びすぎんだよ。やること成すこと、誰彼でも道具のように扱うお前は、全部浅く薄い。
そんなやつに、この国で好き勝手はもうさせない。俺たちが絶対に根絶す」
その手には、星砕き。
輝きを放つ、魘魅が生み出した宝具。
真祖殺しという汚名を被り、意図しない神秘性を獲得した、ただ頑丈なだけだった木刀が訴える。
自分の在るべき場所へ帰りたいと呻る。
最低ランクにまで落とした性能は、令呪の使用によって一段階の昇格が可能。ランクを上げる毎に脅威は増していき、概念や因果関係にも踏み込めるほどの神位に至る。
無敵性があろうとも、上位の存在になることで次元の壁すら突破しようというのだ。アダムが手の届くところになら、星砕きは主人を連れていけるだろう。
アダムの許諾によって性能の制限は開放され、冬の姫からの魔力供給によってランクはBへと到達した。巧妙に逃走しようと分離する肉片すら追撃し、輪廻にしがみ付くことも許しはしない。
ここに、物語の幕引きを。
血塗られた運命に、風穴を空けろ。
「魔神柱を取り込もうが」
「蠱毒を捨てようが」
「夜兎に寄生しても!」
「この星の子ども達は、お前になんか負けない」
魔神柱に立ち向かう英雄が並び立つ。
この国を愛する者、仲間を大切に想う者、約束を果たしに来た者、未来を望む者。
「過去を消したって」
「私たちが取り戻してみせます」
最前線に立つ者たちが最後の侍を見守る。
江戸城に駆けつけた侍たちは、未来が切り拓かれる瞬間を拳を握って目撃する。
その呪いがどれだけ彼を穢そうと、決して廃れないモノがあった。誰もが持っているモノで、誰にも計り知れないモノ。侍の魂、それがこの国の人間の強さを左右する。なかでも、銀色に濁ったそれは最悪だ。浴びれば誰もが彼の背中を追いかける。濁っているから下手な妨害には屈せず、かといって汚くないせいで人脈は増える一方だ。
此処に駆けつけたのは、そんな魂に心を預け預かった大馬鹿野郎共。
いけ、と
「坂田銀時を敵にした時点で、魘魅」
「テメェは詰んでんだぁぁぁぁ──!!」
まるで聖剣。されど凡具。
因果を断つが為に生まれた洞爺湖『星砕き』のひと振りが、魔術回路を捥がれた魔神柱に
もはや悲鳴は上がらなかった。
彼らが原因を知る由はないが、それは繰り広げた策を悉く打ち破られて、手元に握るものが空気だけになったことに絶句していたが為だ。足元から突き上がってくる銀色の光に呑み込まれても、枯れた唸りしか出てこない自分に抱いた感情はなんなのか。誰か正体を教えてくれと願うも、もう終末の針は砕けて散った。
天に舞い上がり、銀の大地の天辺で火花のように霧散していく魔神柱。ひと時、侍たちは空を見上げて、辺りを包む静けさと勝利の余韻で涙声を誤魔化した。