枯れた青空、廃れた街道を歩き進む。
生命は闇に隠れ、表立って商売をする者が皆無の城下町。光々の心中を察することができず言葉に迷い、諦めて本題を切り出した。
「光々公、これからのことをお聞かせください」
道満が道中に問うた返答は以下である。
「ふは、急かしいのも仕方ない。吾がそうさせたのだ、せめて毎夜だけは憩いの間を作らねばな。
さて質問であった。江戸焼却を回避したのち、″天体観測所″に連絡し協力を求める。名はなんと言ったか。カタコトは慣れなくてなぁ」
「義議戯アァァァ!」
「おぉそうだ、かるであ!
舌が丸まりそうな発音よ、民は苦労しとるなぁ!」
十界の一人、大男が上げた咆哮に光々が笑って頷く。
馬場 信秋。
忠義の信秋と呼ばれる傭兵。特定の頭を持たず、雇い主を選ばない。雇い主の命令ならば元雇い主すら手にかける。
歴史の書物に残された伝文にろくなことが書かれない、忠義という皮肉を渾名に受けた男。
大鉈を手にする姿を見て疑う余地はない…。
そのはずが、光々の十界招集でそのような男を認めるか疑わしい。なにか裏があると見るべき、と考えながら口を動かす。
「光々公、カルデアについてもお聞きしたいのですか…。順序でいうと、人理焼却を回避しなければならない。その方法とは?」
「至極当然の疑問よ。返答に必要な証拠は、いまここにはない。いや、居ないからこそ根拠と言うが正解か」
光々の伝わりにくい言葉に道満は首を捻る。数秒して、それが十界のことだと分かる。
「十界最後の一席、やつの名は
おっとそれはまた別の話じゃった」
光々の側近、六人衆と呼ばれるうち一人。
彼については多くを知らない。
せいぜい、六人衆最後の一人ということくらいだ。
察するに隠蔽してきたのだろう。
探れば身分や出身、当たり前のことは全て出てくる。だがそれ以外には仕事の良し悪し程度しか掘り下げはできない。そうまでして隠したかったものか…。
「簡潔に申す。正鬼は世界を創り出せる。そこなら人理焼却を避けられる。以上だ」
「…世界、ですか。つまり、この世界とは別の世界に退避すると?」
「うむ!どうやら人理焼却が行われる別世界から、時空の孔を開けて焼却しに来るという。吾らの世界を焼却するというのなら、こちらは新しい世界へ居を構える!」
もはや人のスケールを越えた計画に道満の心臓も一周して冷静に鼓動を刻んでいた。
「初代晴明を越えるインパクトがあるとは」
「人理焼却を回避するのはそれほど問題ではない。
困ったことに、吾らは焼却された世界の鎮火のすべを知らんのだ。ゆえに、かるであに火消しの方法を求める」
「しかし、正鬼殿が居ないのなら、そもそも人理焼却も逃れられないでしょう」
「流石じゃ。問題の原点に戻ってきた。
正鬼はいまも地球の奥深くで眠っておる。眠りながら地球を見守り続け、そして吾ら英霊を地上に遣わした。自らを呼び起こさせるためにな」
「眠っている、ですか?」
「すまぬ、そこの事情は吾も詳しくはない。吾の死後、正鬼が選んだ道じゃ。そこは触れるだけにしておいてくれ」
あり得ない話を交わす。
信じられるはずが無い、疑問だらけの計画。
カルデアという組織の存在。
堀田 正鬼という吸血鬼は眠り続けているという。
正鬼は死者を英霊として呼び遣わせと。
それは正鬼自身を呼ぶために。
「これが吾らの計画よ。
どうじゃ、これで良いかの?」
五百年以上は生きている計算になる。
あり得ない。なぜ眠り続けているのか不明だ。吸血鬼と地球にどれだけの関係性があるというのか。どこまでを信じていいのか。天運に任せるような気持ちになる。
…そもそも、光々公らがいることがあり得ない現実か。
「晴明が託したいまを信じるほか私にできることはありません。その一席、伊達ではないと晴明が保証してくれました」
「おうおう、言ってくれる!だが誇張無し!
期待しててくれ、いまを生きる若者たち!」
脳裏に、晴明と共に銀髪の男の姿が過ぎった。
やつなら、きっと保険もなしに信じるだろう。
───
──
─
「う〜む、うう、ううむ!?」
光々の感心する声が漏れる。
後ろに続く道満、勢巌、信秋、霧、女丈夫も立ち止まってソレを見つめる。
「うわぉ、江戸城すっごい綺麗だね!」
「どこも廃墟というのに、ここだけは建物としての清潔感を保っている。中には人がいるようですが……一人、でしょうね」
皆が視線を向ける先にあるものは江戸城。城門の前で唖然とする英霊たち。先頭に立つ光々は両拳を握り締めて歓喜に浸っていた。
「良き…良き!江戸を守る気概、じつに天晴れ!
いやはや、こんな世になろうとも城を憂うことができようとは、いったいどれほどの器を持っている!見たい、見たいぞ!
「はいは〜い」
江戸城を指差し指示すると、歌舞伎姿の女丈夫、十右衛門はたちまち姿を消した。
「
「うむ、良く知っているじゃないか。やはり後世にも名は知れているか!あの大泥棒だ」
石川 十右衛門。
江戸時代初期の義賊。
弱き者の味方として、農民らに知恵と技を教え、各々で身を守る術を与えた。当時は盗賊や妖怪が多数出没したと言われ、農民らは金銭より自衛力を求めたことが発端という。百人を超す忍術使いを輩出し、人道を外れた者がいなかった。
その正体で解っていることは少ない。名前は偽名、顔が複数あり、生涯捕まることなく悪者から金品を盗む、華麗な美女ということくらいだ。
「はは…流石に驚きはしませぬ…」
当時の忍者たちが尊敬したとされる最強のクノイチ。大物に間違いないのだが、道満はその道に熱意がない。これが物好きなら発狂者だった。
なにより、これまでの登場人物がことあるごとに驚愕の天井を突き抜けたのが原因。
話を置くように、道満は江戸城の住人について触れる。
「ところで光々公、ここを住処としている奴は少々厄介者でございます…。ご期待通りの人物ではありません…」
「ほう、ここまでで一番の疲れた顔をしておるな、道満。ふむ、過去になにやら、してやられたか!」
「ご、ご明察……」
ニヤリと笑う顔が万事屋と重なり、道満は懐かしさで言葉を続けた。
「ですが、悪くはない気分です。江戸城にいる彼女然り、その周囲然り。行動するたびに他人を巻き込んで、くだらない理由で誰かを助ける。そんな連中なのですよ、いまの江戸にいる者らは」
「ほう…。おぬしもか」
目を見張った視線、そして漏れた言葉に道満の眉が上がる。
事前に聞いていたかのような口振り。江戸に生きる侍に向けられた興味に触れようと口を開く。
「いや〜、若いっていっても地球の女の範疇越えてるよね。え、もしかしてゴリラ星人ですか〜?」
すると、呑気な声が遠くから聞こえてきた。
先ほどの十右衛門の声に続いて、地面が割れる轟音が発生。明らかに彼女と遭遇し、最悪の展開になっていることが想像できてしまう。
「おぉ、凄い音じゃな」
「やはり、あの怪力娘め…」
江戸城を潜り、正面へ歩くこと数分。
爆心地が数度変わったとき、冷ややかな声が道満たちの耳に届く。
「なによ分厚化粧女。あんた変な感じだから幽霊かと思ったけど、性格が最悪なだけみたいね」
「あれ〜、こっちは褒めたのに罵倒されちゃいました。ゴリラって尊敬したんですよ?人外評価おめでとう!」
「そう」
城壁の一角で対峙する女性が二人。
にこりと笑い両腕を手の後ろに置く十右衛門。
片や彼女に青筋を立てて傘を振り上げる女性。幼さは微塵もなく成長しきった身体をする万事屋、神楽。
「あ・り・が・とォォ!」
振り下ろした傘が十右衛門の周辺の地面を砕く。
さらりと避けた十右衛門は迫り上がる地表を駆け、神楽の豪快な振り回しを足だけで躱し続ける。
十右衛門の口調と言葉は挑発以外のなにものでもない。しかし、光々は「あれ本心で褒めとるぞ」と笑いながら言う。悪意のない悪意が神楽を刺激したのは言うまでもなく。
「お?光々〜、連れてきた〜」
「うむ、苦労をかけるな。そんでもって一旦落ち着こうか?これじゃあ話せることも耳が聞いてくれんぞ」
光々が釘を刺すと十右衛門は気怠げに返答をして。
「う〜い」
落ち着く、という指示を落ち着かせる、と解釈。
迫り来る神楽の傘を、稲妻の如き裏蹴りで弾き飛ばした。
「なっ!?」
「ほら、落ち着いて〜って光々が言った」
軸足を入れ替えて、次は前蹴りに移行する。
廻る一回転目で行われる二度の動作、加えて傘を限界まで引き寄せて放った電撃の蹴り。さらに英霊という立場による身体能力とくれば、たかが生者の超人が敵うはずがない。
「っ、づ!!??」
それでも、視線は確かに蹴りの軌道を目視する。
防御に移ろうと脳が伝令を出したとき、十右衛門の前蹴りが神楽の脇腹を直撃。宙をひっくり返りながら後方へと弾き飛んでいく。
「お〜っ、私の体術を目で追った。生前より疾いはずなんだけどね〜?…さては忍びの長か!」
「驚いた、驚いた!十右衛門の蹴りを追えるとは!やはり、いつの時代も真に強いのは女子だなぁ!
こりゃ十右衛門、吾が落ち着かせたいのはおぬしよ。矛を収めい」
「光々が止めろってさ〜」
光々の言葉に十右衛門は頷き、ひょうひょうと蹴飛ばした神楽のもとへ。砂埃を振り払った神楽は怒り浸透という様子だ。
「こんの…」
「はい、仲直り〜」
反撃しようとする神楽の両手を握ると、十右衛門は笑顔で告げて両手をブンブン縦に振る。
「な、な、ちょ、やめ、腕痛!」
「よし、もう怒ってない」
「やはり変わっとるなぁ十右衛門」
こうして光々一行は神楽との遭遇を果たした。
───
──
─
「好きにすれば?」
ことの説明を聞き終えた神楽の第一声はあっけらかんとしていた。
「元々、ここ私の家じゃないし。友達の縁で綺麗にしてただけよ。誰が赤の他人の世話なんてするもんですか」
「うむ…この娘、照れ隠しが面白いのう」
神楽の言葉、その個性を掴み取れない光々の評価。それを全員がスルーする。
「ふん…。ねぇ、それよりも質問に答えなさい。
アンタたちが言う人理焼却は、白詛の件と関係があるの?」
神楽の問い。
道満の耳には暗に、消えた坂田 銀時が関わっているのかと聞いているようにしか思えなかった。
道満は忽然と消えた銀時が関与している可能性を念頭に置いている。白詛による地球崩壊、人理焼却による人類否定。手段に差はあれど、最終目的になんの違いがあるというのか。
「答えは出ておらんよ」
それを光々は答える。
神楽の疑惑を晴らせる答えは持っていなかった。
「事態の黒幕と対面したわけでも、原因究明をしてもおらんからな。どちらとも言えん、以上が吾の返答だ」
「私はね〜、関係あると睨んで」
「口にしたら事実になるかもしれんじゃろが!」
「は〜い」
神楽も大して期待していなかったようで、踵を翻す。
「分かったわ。とくに異論もクソもないし、さっさと人理焼却片付けて。こっちだってやることあるんだから」
「まかせろ〜」
「神楽、江戸城の件、心から感謝する。友のため長き間、よくぞ江戸を守ってくれた。
今夜から吾らは江戸城に滞在する。なにかなくとも遠慮せず来てくれ、最大の返礼をさせてもらうぞ」
はらりと手を払い、神楽は江戸城をあとにする。
江戸城を見上げて光々は笑う。
「神楽の努めにより予定が繰り上がった。ここは江戸城としての威厳が当時のまま。よって、これより江戸全域の異界化準備に取り掛かる!」
これで間に合う。
人理焼却を回避する段取りが一つ省けたこと。修復の時間分だけ猶予が生まれたことを喜んだ。
「霧、江戸城を中心に門を建設してくれ」
「うん、わかった。とりあえず、沢山だすね。急げば二日はかかると思うけど、いい?いいよね、キチンとやるよ」
「まだ時間はある。しっかりと土台は作ってほしい」
「じゃあ三日!」
「十分じゃ。十右衛門と信秋には警備を命ずる。
江戸全域の異界化の準備を果たしてくれ。吾は夕刻まで出掛ける」
正鬼を呼ぶための準備を霧に指示して光々は城を発つ。
───
──
─
(さて、江戸城については皆にそれっぽく理由は説明できた。
いまは言葉にすることも恐ろしい。誰が、どこで聞いているか判らないからな)
閑散とする江戸城下を歩きながら光々は思考にふける。背後につく勢巌に気をかける暇も惜しんで、独りで黙々と策を練り続けていた。
(正鬼を呼ぶのは晴明に合図を送れば直ぐじゃ。もしくは吾でもできんことはない。
本当の問題は、正鬼の容態が不明だからだ。″正気を失った吸血鬼″であれば吾だけでは対処しきれぬ。こんなにも脆くなった大地では、正鬼の咆哮で消し飛んでしまう)
光々が召喚された意味を正確に授かったわけではない。断片的、端的に換言された文字を読み取って、人理焼却を回避することを光々は理解していた。
その計画が正鬼を呼ぶこと。
だが、十界召喚の時点で正鬼を呼ぶことができなかった。
すでに異変が起きているとしたら。
もしくは…?
(もしくは、正鬼を呼んだ時点で焼却の炎が到達してしまうやもしれん。
白詛なる病は人々を喰らいすぎた。地球の触覚である正鬼が感染を防げない、最悪の相性を持つ病。その災厄に蝕まれた現状が正鬼を呼んだときになにを引き寄せるか未知数よ…。
この病、もしや星を落とすための…?)
十界の席は皆、召喚されて直ぐに事態を察知して行動している。
「念には念を…仕込みを怠るわけにはいかん」
考えすぎだとあとで気を抜けるように光々たちは各々で準備を進めていた。
次回投稿は6/5を予定!
今回登場した十界
馬場 信秋
席:六道・畜生
クラス:バーサーカー
「ギ」しか発せない狂戦士。
肉体に付与される宝具、逸話による主従宝具があり、一定条件下では不死の傭兵と化す。
堀田 正鬼
席:六道・餓鬼
クラス:不明
吸血鬼、夜を総べる王。
石川 十右衛門
席:四聖・声聞
クラス:アサシン
雷雲とも評される戦闘技法は容易に触れられない。
マイペースで可愛いもの、巨乳が好き。自分が貧乳なことは気にしていない。巨乳に顔をうずめて寝るのが趣味。
fgoを知っていますか?
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二部まで知っている
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一部まで知っている
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どういうストーリーかは知っている
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全く知りません
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知らないけど気にせず読む