fate/SN GO   作:ひとりのリク

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二節 眠る組織

 

 

「こんなところで申し訳ないけど、夜までゆっくり休んでおくれ」

 

謙遜しながら言う日輪にお辞儀をして、2人は案内された客室に目を向けた。

顔程の大きさがある行灯(あんどん)、壁面を装う紅殻(べんがら)が唄えや躍れと瞳に囁いているように錯覚する。

そのうち白粉(おしろい)を塗った遊女が襖を開いたらどうしよう。肺に取り込んだ酸素を鼻から吐き出して、発生しないイベントに心臓が白熱する。

 

「ゆ、ゆっくり出来るかなぁ!?あは、あはは」

「大丈夫ですか、先輩?この部屋の様相を見てから心拍数が150にまで上昇しています。

緊張感のあるものは特に見当たりませんけど…」

「なんで分かるの、いまので肝が冷えたよ」

 

善意で心拍数を心配されることがあるのか。想像を超える気遣いに一気に現実に引き戻された。それに、純粋なマシュに毒を差す行為、あってたまるか。

浮かれていた…のとは違う。ここに案内されるまで、さっきの話をずっと咀嚼し続けて少し眩暈がしていたからだろう。

 

坂田 銀時の身体を乗っ取った敵。

志村 新八と志村 剣の関係性。

堀田 正鬼の暴走状態。

 

謎は深まり、あまりにも高い壁をまざまざと見せつけられている。まだ会議を継続してたら、脳内がニトログリセリンのように揺れただけで爆発しかねない。

 

「日輪さん、夜は何があるのでしょうか。皆さん、表情が少しだけ暗かったように感じました」

 

ちょっと気持ちを落ち着かせようと話題を投げると。

 

「……正鬼さ。あの子が吉原の正門から攻めてくるんだ。

子供たち、お帰りなさい。地球のところにお帰りなさい…って言いながらね」

 

フルスイング、場外ホームラン。

追加で最悪級の話を引きずり出してしまった…!

 

「えっ…と。マスターは昼間に遭遇したと言っていました。吸血鬼らしいと言いますか、昼間の行動が理に適ってないような…」

「ごめんね、博士たちも疑問には思ってるけど、答えは分かんないままさ。

正鬼は決まって夜に来る。そのたびに鳳仙が相手をして、長いと明け方まで戦いっぱなしなんだ。地響きが収まるまで、皆んな遠くから見守ってる」

 

「微妙な空気にしちゃってごめんね。

ご飯を作ってくるから、寛いでて。

………先走る男は早くて嫌われるよ、立香」

 

去り際、日輪に耳元で囁かれて完全に落ち着いた。

 

「日輪さん、去り際になにか言っていましたね。先輩は聞こえましたか?」

「うん、僕たちを応援してくれた」

 

僕の適当な応えに笑顔で頷いてくれた。

気を遣える後輩でとても助かる。

 

「先輩が到着するまでに日輪さんとお話しをしたんです。江戸が荒廃した原因、白詛について」

「金時が言ってたね、白詛って」

「江戸を始めとし、世界中に猛威を奮う殺戮ウイルス。

白詛に犯されて亡くなる人、地球から去る人、そして地球が好きで残った日輪さん達。白詛との向き合い方は沢山ありました。蔓延から半月ほどで地球から繁栄は消え、凡そ5年後に人理焼却が到来。

正鬼の空想具現化によって江戸のみが存続している。

以上がこの世界の大まかな流れとなります」

 

正座をしてまであらたまった理由は察せた。

初期対応のタイミングだ。

 

「……遅い、よね」

「白詛が蔓延する前に十界を召喚しなかったのに、どうして人理焼却が迫ってから動いたのか。

疑問が浮かんで、自分で答えを出してしまったんです」

 

可能性を否定してくれる期待を込めて、マシュは一瞬だけ目を伏せたあとに言う。

 

「魔術王と互角の戦闘が可能なのに、偽物の銀時……偽銀時の木刀1本で貫かれるのは不自然です。

正鬼が特別な理由で弱っていたりしないと」

「例えば………白詛で?」

 

マシュはこくりと首を動かして続ける。

 

「人々に感染する不治の殺戮ウイルス。それは表向きで……本質は地球を殺すためのウイルスだった。

そう考えるとしっくりくるんです。白詛蔓延を防げなかったこと、光々公だけを召喚したこと、そして木刀に貫かれたことも」

 

閃きとかいう話じゃない。

僕たちには始めから大量の情報が手元にあった。銀時が届けてくれた。マシュのように人を尊び、生命を敬う娘にはきっと分かるんだ。僕たちに悪意を研ぐ者の正体の概要を。

 

光々公だけを召喚した理由が、白詛によって弱っていたから…なんて。いま聞いただけでも頷ける。光々公が十界を召喚する前に、何者かに討たれたら自力で召喚しなければいけない。召喚のための召喚とは、なんて二度手間だろう。

 

「ですが、白詛は江戸から消えています。資料に当てはまるウイルスが見当たらないという、伍丸さんの結論を日輪さんから聞きました」

「それだと、正鬼は白詛をどうにかして排除出来たことになるよ。話の流れ的にしっくりとは……」

 

机上の空論にしても噛み合わない。

そう思えた点と点の間に電流が走る。

魔術王が倒せなくても、白詛なら弱らせられる吸血鬼。その身体を貫けた偽銀時の正体は………。

 

「白詛と銀時には関係があるかも…?」

 

僕は銀時が本当に死んでいるのかを知らない。

いよいよ勝ち目が無くなる。

下手をすれば僕たち、白詛に感染していてもおかしくはない。

 

「もし偽銀時と思っていたものが”本物”だったら?

銀時の中に潜んでいた魔神柱が目醒めただけかも…」

 

マシュの仮説は前提が間違っていた。

この世界はいわゆるパラレルワールド。カルデアが存在せず、レオナルド・ダ・ヴィンチが産まれず、天人と呼ばれる宇宙人が降り立ったIF。

ただ…僕が銀時から見せてもらった記憶。偽銀時の嗤い方は…レフに似ている気がして。

 

「全員には話せないよね…。

せめてドクターたちと通信が繋がれば違うのに」

 

否定したいのに、なにが起きるか分からない世界で正論を話すことを避けてしまった。

言葉を濁せばマシュは勘違いする。肯定だと捉えたら余計な重荷になるだけだ。………それでも、嘘は吐けない。嘘は悪いことじゃ無いけれど、不確定事項に嘘未満の言葉は合わない。

マシュも、銀時たちの世界も蔑ろにするから。

 

「………足音だ、誰だろ」

 

気晴らしにちょっと覗いてみよう。

そっと襖を開けて左右を見る…。

 

「土方さんだ」

「あの方が鬼の副長と恐れられる……!

先輩を助けてくださったお礼も兼ねて、挨拶してきます」

 

空気を変えたいのはマシュも同様で、なにも言わずに偽銀時の話は一旦終わることに。

 

「僕も付き添うよ。新撰組の屯所を作ってるかも」

 

吉原を屯所呼ばわりして鳳仙に退場させられているんだ。きっと吉原のどこかに屯所を作っているはず。

もし屯所があったら、隊士の方々が揃っていたりするんだろうか。

気になる。顔合わせもできるし、あの新撰組の人たちに会えるんだ、一石二鳥とはまさにこのこと。

 

廊下を曲がると襖の前に立つ彼を見つけた。

 

「土方さん!」

「なんだ、お前だったか。それに隣は…」

「初めまして。私はマシュ・キリエライト。クラスはシールダー、先輩のサーヴァントをやらせてもらってます!」

「自慢の後輩です!」

「バーサーカー、土方 歳三だ。その歳で挨拶に来るとは良い人間と出会ってきたな。その精神(はた)、忘れるなよ」

 

割り振られたクラスに似つかわしくない、青雲のような微笑みに「はい!」と2人して澄んだ返事をする。

 

「お前ら休憩中だろ、ゆっくりしとけ。

俺は見舞いに来ただけだ、暇なら後で構ってやる」

「お見舞いって新撰組の人たちになにかあったんですか」

「ま、そんなところだ。地上はあの調子だからな」

「もしお邪魔でなければ私たちもご一緒させてください。静かにしていますので」

「……見られて困るもんじゃねえ。

正鬼に挑むなら、むしろ見ておいたほうが良いか」

 

ゆっくりと襖に手を掛けて、真夜中の家から立ち去るように開けた。

 

「この世界に生きる人間たちを」

 

廊下に満ちる魔力電灯の白い光が流れ込んでいく。

それでも目が中の光度に慣れず、最初はマシュと2人で目を細めて覗いた。数秒と経って、廊下に漏れてくる部屋の中の呻きに気づく。1人や2人の声ではない。もっと多い…50を越える苦しげな寝言だけで満ちた場所。

 

「………なぜ」

 

軽快にその部屋に踏み込んだことは間違いだと気づいた。

大広間を埋め尽くす数の人。三人を除いて意識がある者は居らず。大多数の人間が布団のなかで小さなうめき声を上げている。立香たちに見えないなにかと闘っている姿は、あまりにも無情で……切迫していた。

 

「生きてる……いや、生かされている?」

「どうだろうな。伍丸のやつでも解析出来なかった。

こいつらはこの世界の治安維持組織、真を選ぶと書いて真選組だそうだ。俺たち新撰組と同じ読みとは、面白い」

 

真選組。銀時から送られた資料のなかにあった名前だ。協力の候補に挙がっていた彼らも……。

彼の言葉には頷くことも出来ない。現実を受け止めるので精一杯だ。

茶髪の美青年も、黒毛の男性も直ぐに起き上がりそうなほど力強く眠っている。それなのに休んでいない。休むことに抗って、守ることを諦めない人の顔だ。こんな矛盾した寝顔は見たことがない、

 

「すごく苦しそうにして……」

「伍丸の予想じゃ、魂が身体から離れかけているそうだ」

「明晰夢とか、幽体離脱という意味ですか?」

「それもあり得るらしい。目覚めるための魂が半分ほど抜けてしまったと。俺にはオカルト臭い話にしか聞こえん。要はやる気が足りねぇんだ」

「やる気の問題かは怪しいところですが、確かになにか臭いますね………」

「先輩」

「どうしたの、マシュ」

「臭いのは恐らく…これが原因です」

 

マシュは頬を引きつらせながら隊士たちの敷布団をめくった。

すると、部屋に侵攻を開始する酸いた異臭。身動きの取れない隊士たちを重石に使った、この臭いの正体。日本人なら誰もが辿り着ける答えだ。

 

即ち────。

 

「これ沢庵だー!?」

「おう、そこまで喜ぶと嬉しいじゃねえか」

 

この人、なんで照れてるの。

 

「ちょっ!病人使ってなに沢庵量産してんすか!?」

「そりゃあ魂を定着させてやろうと思ってな」

「定着するどころか逝きかけてません!?」

「そうか?俺にはこう見えるぜ」

 

『新撰組の沢庵、うますぎんだろ!』

 

「見えるかアアア!!」

「いいや!見える!!とくに俺と立場も異名も同じ”土方 十四郎”には食への執着を感じるぜ。1つだけの強い拘りを持ってやがる。きっと沢庵だ」

「重石にされて苦しんでるようにしか見えません。だから鳳仙さんに追い出されるんですよ!?」

「あ、十四郎さんがうわ言を!もしかして、目覚める前兆かもしれません!」

「マ、マヨネーズ…」

「マヨネーズって言っています!きっと栄養が足りないから本能が求めているのかも!

私、日輪さんにマヨネーズを借りてきます!」

「ちょ、マシュ!?取りに行かなくていいよ!?

この人ちょっとくらいマヨ禁した方が健康にいいから!」

 

お見舞いに来た自分たちが追い討ちをかけているようで気が引けるんだけど。そんな声もマシュには届かない。隣では土方が「マヨより沢庵食え」と十四郎さんの口に一本丸ごと沢庵を突っ込んだ。

ヤクザのお見舞いの仕方じゃないかな、これ。

隣で眠る栗髪の青年は心なしか気が晴れている。

 

「寝顔に寝相、寝言で聞いた想い。知れば知るほど近藤さんや沖田に似てやがる。寝ていても仲間のために反応してやれる、良い旗を掲げてやがるよ」

「………土方さん」

 

騒がしさのなかに吹いた遠い過去。

別世界の同胞たちと交わす酒がなく惜しむその横顔を見て。本当はお見舞いじゃなく、早く言葉を交わしたいんだと知る。

だから吉原を屯所と呼び、彼らの場所を作ろうとしていたんじゃないか。奇妙な行動を取っても、この人は新撰組を……仲間が好きなんだ。

 

「だから分からねえ。吉原にこいつらが…地上の法を遵守する組織を助けたのか。

なぁ、地下の法である夜王鳳仙さんよ」

「えっ────」

 

自分のなかで合点がいったとき、出入り口に立つ人物に気づく。

 

ひと目見て不思議に思った。

 

夜王鳳仙、この桃源郷吉原の主人にして最凶のサーヴァント。日輪に聞いた話では、神楽と同じ夜兎族という戦闘傭兵部族(あまんと)だと聞いた。

正鬼を迎え討つその実力がマシュに牙を剥いたと知って、ヘラクレスのような巨躯を想像していたけれど。かなり親しみやすそうな雰囲気をしているじゃないか。

 

「助けた?この場所を取るだけの穀潰しどもを、この私がか。働かない怠け者を置く余裕なぞ、この世界にはない」

「俺のことは追い出すくせにか」

 

土方の言葉を聞き終える前に、夜王の体躯が大広間に踏み込んできた。僕の身体を土方は押し飛ばして、夜王の右ストレートを紙一重で躱す。

 

「いま外に出されると死ぬだろうが」

「殺意を込めずに拳を握るとでも思ったか」

 

ガラスの板一枚を挟んだかの如き距離で睨み合う。

容赦なく殴りに行くとか、沢庵のせいだけじゃないだろ…!?

 

(こ、怖ぇーーっ⁉︎本当になにしたんだ土方さん⁉︎)

 

「優先度だ。片付けやすい物があれば手を出して廃棄くらいしよう。自覚くらいはあるだろう」

「なんだ、ただの怪物じゃあないわけか。

()()()()()()()()()

それよりも自分の心配をしとけ、維持はなにかと物入りだろう。しんどくなったら無理せず立香と契約するんだな。はぐれなら可能だろ?」

 

今のやり取り、僕だけが置いていかれた。なんの話だ。くそ、分からない。

あぁもう、夜王は納得してないし!止めないと。

どうする、なんて言えば………よし、こうなりゃなるようになれ!

 

「暴れたら沢庵が溢れちゃうかもですよッ!」

「それはまずいな」

「………」

 

自棄っぱちに放った言葉が夜王の動きも止めた。

そんなに沢庵が嫌なのか…狙い通りというか、なんというか。

夜王は気が済んだのか、襟元を正して踵を返す。すごく助かる。あのまま暴れられたら、僕なんてミンチ確定だ。

 

「小僧」

 

襖を潜るとき、荘厳な瞳が今になって僕の意識を引き寄せる。

 

「マシュは良い女だ。

その身、消えようと支えろ。さもなくば…」

「あっ、鳳仙さん!」

 

続きを聞くよりも先にマシュの声が響く。

夜王は一瞬だけ目を閉じて、静かに息を吸い込む。

 

「……夜に備えておけ」

「?はい、ありがとうございます!」

 

そう言って立ち去ってしまった。

言いたいことは闇の中。土方を襲った理由も言わずとは、寡黙のほうがまだタチが良いのではないだろうか。

 

「土方さん、今のところ大丈夫っていうのは…」

「大人の事情だ。まだ知らなくていい」

 

こっちも話す気がないらしい。

 

「誠を忘れなきゃ、俺たちは永遠に不滅だ」

 

土方の小さな呟きはマシュの足音に隠れてしまう。

満面の期待心でマヨネーズを十四郎の口に注ぎ込むマシュ。カロリーで殺す気の行動にしか見えないが、銀時から送られた資料に書いてあることだと言う。ニコチンとマヨネーズだけが栄養価らしい。

……本当だ、顔色が良くなっている。

 

「そうそう、お前らにこれを渡しに来たんだ」

「これは……I.Cチップみたいですね」

「メイドの残骸が大事に握ってるから拾っといた。

俺の勘だが役に立つはずだ、伍丸か金時に見てもらえ」

 

僕に錠剤程度のI.Cチップを渡して、彼は沢庵の壺を1つ抱えて大広間を出て行った。

このあと、夕餉に沢庵が出てきたのは言うまでもないだろう。

 

 

 

 

 


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