空を見上げた。
見上げて陽で目を焼くと心が騒めく。騒めいた心で止まりかけの臓腑を動かして、再び一歩前進した。
「っ────!………………は」
隊士と剣を交える時を、
隊士が屍と成り果てて、戦場が終結して、万人が果てて、尚も陽は変わらずに地上を照らし続けてきた。
サーヴァントとして現界した時から、空を見上げても隊士たちの顔が思い浮かばない。愛するべき者たちを、築き上げてきた歴史を、最後には守れなかった日々を。
空に違和感があった。陽を眩しいとは思えなかった。
「────み、…………とめ…ん」
再び空を見上げた。
見上げて陽で目は覚めて心が騒めく。騒めいた心が霊気を動かして、世界を取り戻せと叫んで止まない。
村田 仁鉄に霊気を変換されてから、見上げる空が真っ赤に見える。不愉快極まりない空だ。
こんな空があっていい筈がない。あれは、そう、
「────────ち………」
言葉を溢した。
泣いている。空はずっと哭いている。
望まない世界だと空は鳴き続けている。
どうすれば正せる。俺以外に誰が…。
江戸の治安を守るのは、その義務を背負うべきは…。
「────しん、…………み」
魂に染みついた言葉。この真名を示す在り方。
限界を越えて、魔力の底も尽きた。空に変換されていく想いを、歯を食いしばって見届ける肩が浮上する。
「あぁやって別れたけど、やっぱり送る。文句があるなら引っぺがしてくれ」
「………は」
ずるずる。つま先が地面をなぞる。
生前なら怠け者だと罵倒したが、存外の心地良さだ。
「せ………い……った…。………」
「かーちゃんの居場所を守ってくれてありがと」
宝具の効果は途切れた。
だが、それでも構わない。
せめて、気晴らしに。意識を繋ぎ止めるため、声を届けてもらう。
「────」
「似蔵に殺されかけた。瀕死のとこをアーチャーに助けてもらった」
「……」
「源外庵のブラウン管テレビの中に逃げ込んで治療さ。宝具で傷はすぐ治ったけど、帰るにもオイラは足手纏いだ。アーチャーに頼み込んで、そっから半年ずっと修行の毎日だった」
「ーーー」
「座擬きって言ってた。カメラのお兄さんとだけ。
色々なサーヴァントにしごかれたよ。上手かったのは伊東さん、意味不な英雄王、頭でっかちは剣だ」
文字化できない言葉を吐いて、呼吸の間から晴太が言葉を聞き取り言葉を返す。
半年間の思い出を振り返るように。感謝の意を示すために。そして、己を奮い立たせて…
「…? まだ吉原の入り口だぞ」
「行け」
最後の別れを惜しまないように。
もう役目は終わりだ。
ここからは、血塗れの男よりも適任がいる。
「ここまで1人で頑張ったよ。少しは休みな」
「…………やつらのところに」
吉原の入り口で待っていた日輪に告げた。
一度立ち止まり、振り返る素振りで視線を促す。
「男ってのは格好付けすぎさ。
あの人たちもアンタと同じだよ」
なにか言っているが、もう聴覚はない。
口元の動きを横目に確認し、ゆっくりと歩き始める。
寒い。消滅を拒み続ける代償は痛覚で支払われる。
熱い。痛みから解放されたい身体が血管を壊す。
静か。忙しない絡繰が消えている。伍丸め…。
遠い。戦を最後まで見届けるのは無理だ。
近い。この想いを継いだ男に託すまで。
進め。止まれば殺す。だから死ぬな。
斬れ。未来を阻む者は叩き斬れ!
「誠の旗は不滅だ」
託す。新撰組の旗をここに。
「あぁ、任された」
握る。新撰組の意志が引き継がれる。
江戸の治安を守るのは、その義務を背負うべきは…。そう、真選組。同じ志しを持つ者に他ならない。
鬼の副長に新撰組の証を羽織らせて、残滓も残さずに還っていく。隊士の顔を覚えている者に、志し半ばで倒れた馬鹿野郎の想いを引き継ぐ。
即ち宝具、
新撰組の隊長が保有する宝具。隊長ごとに特色のある新撰組隊士が召喚されるこれは、瀕死の土方が隊士たちを維持できるわけもない。隊士召喚の魔力消費すら出来ない土方が選んだ方法は、類似する同志を触媒にすること。真選組の類似類名の隊士に霊気を充てる無茶振りだ。解決する問題は2つある。
人間と英霊。
大きな隔たりを解決したのは擬似サーヴァントというカルデアの技術。
マシュ・キリエライトを見た土方は、今際の際を彷徨うなかで思い出し、困難な適合を完成させる。
そして、銀の大地に保管されている魂の返還。
擬似サーヴァントの技術を応用したものは、あくまでも人間が英霊と渡り合うための強化に過ぎない。
問題は魂。正鬼の空想具現化、銀の大地に保管されている全人類の魂には吉原で眠っている真選組のものも含まれている。擬似サーヴァントとなろうとも、類似類名の魂があろうとも、本人がいなければ身体が動くことはない。魂の転換は魂を管理する正鬼が許さないからだ。
真祖の寝床から真選組の魂を盗み出す。不可能だ、土方は実現した。
正鬼…真祖が作った例外…仁鉄の刀だから?
そうだ。副次的理由だ。
死徒の原理をも食らう自我こそが!本命!
この奇跡を果たしたのだ!
「テメェら40秒で支度しろ。出来ねえヤツは切腹だ」
空を見上げた。
見上げて太陽を仰ぐと心が落ち着く。落ち着いた心で止まりかけた足を動かして、誠の旗が掲げられて。戦場はこうして巡っていく。
「ちゃんと後ろを見てくださいよ土方さん。
全員、もう準備はバッチリでさぁ」
ここに、不滅の誠は立てられる。
死徒に一矢報いた漢が立ち去る。
「ご覧の通りだ、土方殿。起きたらすぐにでも暴れたがるバカの集まりさ。一緒だろ」
時代の幕が再び上がる。
責任を持つべき漢たちの咆哮によって。
「新撰組/真選組、出撃だ‼︎」
土方 歳三の遺言が世界を繋いだ。
一条の架け橋となって、世界の危機を救う。
一助となる、最凶の旗とともに。
▼
「…? まだ吉原の入り口だぞ」
「行け」
目的地の前に到着した。吉原の門を潜り、階段を降りた先で土方は歩き始める。短い言葉は江戸城を指しているようで、まるで違った。意図の読めない背中を見つめようとして、彼の先に待つ人影に視線が移る。
吉原の来場者を出迎える最後の花魁。
華の偽りなき眼に射抜かれて、立ち去ることを忘れて踵を返すことしか出来ない。
「かーちゃん心配したよ。友達のとこ遊び行くなら連絡の1つよこしなさい。挨拶もしない恥ずかしい母親になっちゃうじゃないか」
「ごめん。もう行くよ」
半年間。母と子、2人が離れ離れとなった二度目の時間。最初の邂逅と同じように、といかないのは晴太の覚悟があるせい。
似蔵の襲撃、傷つけられた百華、そして……。仇を討つための武者修行はまだ終わっていない。ここからが本番なんだ、気を緩めまいと立ち去ろうとして。
「月詠、アンタのこと心配してた。銀さんのことよりだよ? だから言っておいたさね、どんだけアンタをみくびってんのって」
「…………オイラ」
「前を向きなさい。前だと思った方に行きなさい」
笑って、力強く後ろ向きの背中を叩く言葉。
心配と叱責の言葉を退けて、緊張に強張る晴太へと「背中がガラ空き」母の喝を入れる。
「信じてたよ。帰ってきてくれるって。信じてるよ、アンタならやり遂げるって」
「───お風呂、入りたい」
「準備しとくよ。あったかいご飯は皆んなとね。それと、お布団は母ちゃん付きさ」
「……恥ずかしいんだけど」
「まだ甘えておくれよ」
溢れた言葉は弱音か、いいや。
子供が母に見せる、成長してちょっとだけ捻くれた一生こない反抗期手前の甘え。
失った時間を取り戻す数行の日常だ。
「いってらっしゃい」
「うん。行ってきます」
行ってきます、当たり前の挨拶を交わす。
それは、ただいまの挨拶を交わすための、言葉の指切りげんまん。
ほぐれた肩で勇み、晴太は大きくなった姿を背にして走り出した。