星空に動きを与える流星。
人々の視線を夜空に仕向ける呼び水のような役目を地上で果たしているのは、2人の人斬りだった。
2人とも無敵ではない。
施しの英雄カルナの魔力放出だけで死ぬ。
2人とも隙はある。
人道無限富田 勢巌の返し燕巌は防げない。
だが────
「お前に足りないもん、分かるか」
「貴様に足りないものが分かるか」
今の2人には神剣聖を越える才覚がある。
既に身体中に染み込んだ殺気が溜まっている。
同じ2つの武器を携えた剣士が研磨を始めた。高みは在るだけ登り、
死徒に鉄屑へと昇華された総司然り。
英霊に大地へと召集された総悟然り。
生まれた世界育った環境、総じて差はなし。
其々が己に見合った研鑽を積み重ね、数々の屍を築き多くの同胞を亡くしてきた。汗水血涙、流れては潤い時には擦れて、人類の歴史に名を連ねる組織の骨組みとして生きている。
では、2人の生じる差とは何か。
英霊か擬似英霊か?
否、総悟は身体能力を凌駕する。
宝具の有無?
否、総悟はソレを勝敗の分かれ目とは認めない。
仁鉄による改造ありき?
否、総司は偽りの己などとは思ってもいない!
「悪を喰った数だ」
「悪を斬った数だ」
人斬りの見解、分岐す。
総悟は獲物を狩る殺人鬼のツラを堪らず溢して。
総司は凄絶な信念を正義に捧げる者として。
解釈の相違を押し付けあう殺し合いは密度を増す。
「俺達をおと」「りにしてんじ」「ゃねえぞ‼︎」
江戸城の敷地を縦横無尽に駆ける人斬りに怒号を飛ばす人斬りがいる。岡田似蔵だ、彼らは2人の殺意に乗った速度に追いつくことは出来ず、2人が横切る頃には通過上の似蔵は斬り尽くされていた。
総司が敵を足止めして似蔵たちで斬り殺す。仁鉄が想定していた作戦は1秒も実行されず、似蔵の群れは人外人斬りの盾や目眩し、障害物として利用されていた。
似蔵が周る。似蔵を廻す。似蔵で回る。
総悟の剣は思わぬところで慎重だ、斬りざまの加減に注視して木目を見定めるように肌を注視、良く斬り易い場所を定めた。
総司の剣は見たらば分かる神速だ、斬撃の殆どを総悟に向けつつ似蔵を障害物として改造、人斬り極まれり濁流の如しに進む。
「居るほうが悪い」
どちらの弁かボソリ、どちらの弁でもある感想。
冷たい鉄屑の山々が氷山のように表情が固まる。
言葉通りだ、戦場に待った無し、死ねば無意味。
増殖しようが仕留めなければ価値が無い、似蔵たちは与えられた役目をまだ果たせていない。2人の罵倒に挟めば刻まれる、それだけの存在。
「殺せ!」「どっちも?」「そうだ、殺しに制限はかかってないだろ」「どう殺す?」「居合いだ!」「数で押せ!」「死ぬまで全員で斬りかかれ!」
烏合の咆哮が迫る。
膨れ上がる殺意を見ながら総悟は、
「テメェの守りたいモンは見えてっか?」
総司の剣に対する疑念を投げかけた。
「そんなもの当然に────」
無い。
有るが、無いと自覚している。
総悟の問いに思考を巡らせれば、己が伽藍堂だと自覚させられる。身体は鉄で、心は仁鉄が鍛った。
誠の旗を背にする自分が居ながら、志しを同じにする別世界の隊士に殺人の刃を振るっている。身体と心が別々の人間のようで吐き気を催す。
『俺が‼︎ 新撰組だ‼︎』
言い訳は出来ない。仁鉄に鍛たれながら、仁鉄を吐き捨てた漢がいた。
極光を浴びても倒れず、騎士王を降した背中を思い出す。彼に比べれば自分の不調など言うに及ばず。
「私を錯覚させるに事足りる」
総悟のなかに宿る総司へと向け、一直線に駆けるのは縮地の業。掃除から力を託された総悟の裏を突く模造刀総司の敏捷は、死徒仁鉄による病弱スキルの超弱体化がもたらした副産物。
病弱スキルは起爆のタイミング不明の弱点だった。その憂いが取り払われ、心に余裕を齎した…競り合いの決着を焦らずに研鑽に励める…ことで剣技の質が増していく。
深く、闇い内側に火花散る。切磋する証の汗が飛び、総司の剣筋は
「ソイツぁ負けを認めたようなもんだろ」
「っ!?」
成長を見定め、総司の戦術を識る総悟が総司を点で捉えた。飛躍した縮地は初手で防げるものではない。総悟が予測し、先回りでもしなければ……!
「縮地を見たことがあるな?」
「人斬りの考えそうなこった。俺が分からねえと思ったんなら、今までで一番弱いぜ、お前」
一瞬の早業に其々の違い。
悪の捉え方、斬ると喰う、酷い差だ。
2人とも互いを否定したくて剣戟が苛烈さを増す。
剣の腕は五分五分。模造刀である総司が張り合うことを驚けば良いのか、生身に英霊の宝具を借り受けた総悟の実力を讃えれば済むのか。
両者はそれを良しとはせず。認めはしよう、だが満足など一生来ない、来ては止まる。人斬りに終わりなどはない、それだけが存在価値だ。
お互いが違いを理解して、勝機に手を伸ばしたのは総司であった。
「…………なんでィ、そりゃ」
視界を横切る似蔵に紛れて身を隠す。
総悟を前にして? 似蔵が入り乱れているから?
あり得ない。まだ満足に地面を蹴ってすらいなかったのに、消息を断つように紛れられる筈が無いだろう。
(これも縮地か)
総悟の目を欺く超絶歩法。借り受けた羽織りから危険信号が総悟の脳みそを揺らす。
自分は使えない。身体を叩き起こし、地力で英霊と戦えるまでに身体能力を向上させるところまでが羽織りの恩恵だ。これは真選組全員に言えることで、総悟含めてスキルを引き出すには至れなかった。
総悟の意識が一段と落ち着く。戦えている時点で贅沢、以降の傷は全て己の責任。宝具、スキル常時封印?上等、元より必殺技なんて無い、ハンデにもならない。
似蔵を斬り伏せながら、ひと呼吸。
側頭部、脇、背後に足先、隙を与えて待つ。
「────────?」
呼吸音を探って、何も感じない。
近くに総司がいると確信があるのに。
直後、総悟が生者すぎることを見抜いての一手だと思い知る。
(………呼吸音がない)
死んだように眠る、とは文学で用いられる比喩。
総司は人として存在しながら、微かな呼吸も無用の境地へと至っている。想像が難しい場所だ、呼吸要らずの生命体など総悟は知らない。無機物と言う他にないが、一言で片付けるには正史への殺意が高すぎる。まだ物言わぬ無機物のほうが扱いはマシと思えた。
(悪を斬った、なんて。よく言えたもんだ)
意識ある道具。指示通りに動く駒。
総司の…いや、模造刀は仁鉄の都合の良い手足。元があるから強い性能を引き出し易く、内側を弄ればご覧の通り、沖田総司を学習した何かの完成。
成る程、そこを加味しての隠密なら総司のほうが一枚だけ上手だと褒められる。
(俺たちを舐めすぎだろ、それは)
知った範囲だけで呼吸が消えている。それだけじゃない筈だ、人間のあるべき姿が欠けているのは。喜怒哀楽、五感、記憶、何かをおざなりにして人斬りを模している。そうじゃない、元から備わっていないのは違う。意図したものなら尚更だ。
真選組を否定された。
人斬りにあるまじき怒気が漏れる。
総悟も、羽織りを与えた総司も、仁鉄の仕事を居場所を微笑う行為と受け取った。
「──────────────」
気配を辿れなくなった総悟は、直ぐさま剣士の呼吸を追うことにした。
呼吸が無いことに気づかなかったのは恐らく、借り受けた羽織りの主を僅かに意識していたせいだ。
新しく、己を鍛える。
不出来な悪を斬るために。
より速く、呼吸を揃える。
沖田総司に合ったリズムを整えて。
総悟の両脚は大地を捩じ伏せ、大袈裟な勢いで似蔵の合間を突っ切った。
「? 斬られてない…」「取られても…ない」
「何がしたいんだ、人斬り」
突飛な行動だった。似蔵にとっては謎の前進に見えただろう。この速さのまま斬れば、半径10メートルの似蔵は死んでいたのだから。然し、似蔵の疑問は疑問ですらない。総悟は斬るつもりなどはなからなかったのだ。
後ろを振り返る。無傷の似蔵たちは悠々と紅桜を携えて向かってくる。背後に迫る死にも気づかずに。
「ばァか、後ろ」
「あ?」「あっ」「ちょ─どぁ──!?」
指を差した方向を見る似蔵、警戒して総司から目を離さない似蔵、現れた人斬りを目撃した似蔵、その一切の胸に穴が空いて絶命した。
「っ…まじかよ」
総司でも思わず驚嘆を漏らしてしまった。
円形の刃傷というだけでこれまでの常識が覆る。
ただのひと刺しではなかった。突き技を極めた果てのものかを追求するには、言葉を交わす機会がない。
「躱したな……この絶技を」
遂に立ち止まった人斬りは、回避不能を自負する絶技をタイミングだけ見破った異常事態に嫌悪感を隠さない。説明を求めても総悟に答えるつもりはない、というよりは自身もよく分かっていないのだ。
今のは羽織りが教えてくれたから躱せた。沖田総司の羽織り抜きにタイミングを図ることは不可能と判断する。なにせ、技を見たうえで見切れなかった。
次元が違う、英霊と生身の差が浮き彫りになったのだ。幸いにも向こうは気づいていない。打開策を練るため、羽織りを握りしめて説明を求めた。
…当然だが言葉は帰ってこない。代わりに、脳に降ってきた1つの情報。“無明三段突き”、総司を象徴する絶技の内容を総悟に公開した。
「成る程。当たらなきゃ良いわけだ」
無明三段突き。
全く同時に放たれる三度の平突き、と。
諸々の話は聞き流した、真似できない。それでも最後の言葉は耳に残っている。羽織りはこう付け加えた。
『私の絶技は回避の余地なし』。防御不能ではなく、避けさせないと言い切った。
「これでも難易度1つ緩いのかよ。上等」
「次は仕留める」
果たしてどちらへと言い放った啖呵か。総悟の嬉々っぷりからは判別がつかない。
お互いが誇りを胸に、最後の局面へと移行した。
目の前にいた総司は再び似蔵の影に消えた。深く注視していた総悟の目を欺くのだ、その無機物っぷりも絶技と言える。
(似蔵ごと俺を貫くつもりだろ)
総悟の予想は総司にとって二番煎じだが、確実に絶技を決めるのには有効だから浮かんだ。
さっきの回避は紙一重の時間差。絶技の理論を知ろうとも、絶技の使い手ならば当てようは無数にあり、その条件はここに整っている。使わない手はない。
問題はタイミング。外されては敵わない、待ち構えても後手となる。故に総司は、常に退がりながら似蔵を躱しつつ、総司を迎え撃つ方針を選び。
「退がりたいなら手伝ってやる」
「テメッ─────」
その一歩目、目下に現れた総司の裏を突く行動に遅れをとった。
剣の閃きは総悟の後方を突き、刃で受け止めた総悟の重心が後ろへと傾く。そこに続けて二、三と早業が閃き、総司の刃を掻い潜る胴への裏蹴りが絶技の合図となった。
「────ッ!?」
総司は跳んだ。偽りを知らぬ身を羨むように。
総悟は慄いた。跳躍に巻き込む発想が無かった。
一歩、音越え。
巻き込まれた総悟に追走の一刀。空間を跳躍する直前の剣戟を受け止めるものの、威力は流しきれない。肩を切り裂かれ、血飛沫を置いてけぼりにした時には総司は消えていた。
総悟の焦り。跳躍はこんな使い方があるのかと心に吐いた悪態を羽織りが否定する。
これは沖田総司の絶技を真似た別物。ひと跳びごとに最高速度を出し続けては腱が切れてしまう。加速中なのか、そんな疑問は直ぐに忘れた。
二歩、無間。
この跳躍は決着の地に続いている。最後の跳躍だ、あっという間の理不尽が直ぐに終わる。
沖田 総司にだけ見えている跳躍の世界。
総悟は吹き飛ばされながらも構えを取る。
反撃の糸口は、たった1つしか思い浮かばない。
三歩、絶刀。
総悟の反撃が決行される。右脚を地面に突き刺す勢いで踏み締めて、刀も地面に突き立てて慣性に刃向かう。歯軋りで脳が震える、右脚の骨は主人の無茶振りに怒り浸透だ、後先考えろ引き返せと防衛機能を働かせて、人斬りの血がなにバカ言ってると訴えを斬り捨てた。
「無明────!?」
「ラア″ア″ッッ‼︎‼︎」
人間離れした
在るべき場所に居ない人斬り。たった一歩分のずれ、一歩前に踏み込んだ黒い笑み。
「模造刀なんざで人斬りが斬れっかよ」
平突きが繰り出される直前に駆け上がる一振り。総司の身体を斜めに奔る血飛沫が、人斬り比べの終わりを告げる。
「────三段突き、破れたり」
縮地へのカウンターなんていう大した事ではない。跳躍の軌道にいる総司へと迫り、思うように技を出させなかった。人斬りの天性が総司を…仁鉄の理想を上回っただけのこと。
「………なぜ」
地面に転がり、戦の足音を鎮痛剤にして総司は最期に問う。なぜ跳躍を見切れたのか、と。
「テメェがよく知ってんだろ」
「…霊気を授けたのは私なのか」
簡単な話だった。沖田総司なら答えに辿り着ける筈なのに、彼女は無機物に支配され過ぎた。耳を覚ませば、総悟のなかに宿る者の正体なんて見抜けるのに。
「旗を振れるようになって出直せ」
「…………………」
初めから。
総司が問答で『斬った数』と言った時から、この結論は分かりきっていた。
「こんな、傷……」
痛みはない、苦痛と思えない、赤い血は鉄粉のようなもの。流れても湧き上がるものは無く。土方歳三のように、耐えて進もうと思えない。同胞なら、同じ志しがある筈なのに。
宙空に伸ばした手は何かを掴み、かけて空振る。
最期に敗北を受け入れた鉄屑は、静かに砕けて。
それを見届けた人斬りは佇んで、余韻を絶った。
(右脚やっちまった。刃傷は大丈夫だ。問題は…)
鉄屑がひしめく江戸城の本領は、ここからだ。
「ひひ、おい見ろ。人斬りが脚を負傷してる。1番ダメな美味しいところから血を流しちゃってるよ」
例え天才剣士に勝利しようとも、負傷した侍がいれば、良いところ獲りを狙う無数の鉄屑が黙っているわけもなく。後始末と称した憂さ晴らし……人海戦術による私刑は間もなく決行される。
「数だけ集めた屑鉄なんざ…」
片脚で足りる。片脚だろうと、片腕だろうとも、人斬り似蔵に遅れを取る総悟ではない。だが、似蔵もそれは承知の上での私刑決行だ。
「……こいつぁ」
周りを囲む似蔵の群れは、格上を狩るために進化を始めていた。膨れ上がる身体、紅桜の脈動。確実に葬るための過剰殺意を妖刀に注いで、2メートルを越える怪物の群れが総悟を取り囲む。
進化を終えた似蔵が揃い、穢らわしい鉄粉を撒き散らしながら、総悟へと一斉に鉄塊となった紅桜を叩きつけた。
全方位、逃げ道を塞いでの荒技に狡猾さと狭量っぷりが滲み出ている。
「人斬りだけが真選組ではない」
「ガッ────バカな」
そう評した者が1人、鉄塊の着弾点で人斬り似蔵の執着を吐き捨てる。横柄傲慢な似蔵の紅桜は既に斬り刻まれており、当然だが総悟の身には新しい傷1つありはしない。
「お前……なんで、どうやって」
半死覚悟でいた総悟が目を見開いて、窮地に駆けつけた有り得ない隊士の背中に問いかける。
「伊東 鴨太郎、呼ばれてないから来てやった」
「なんだテメェ邪魔するなァ────!」
アイボリー色の短髪、メガネを掛けた侍は、口上中に横槍を入れる不届き者を居合斬りで片付ける。
伊東 鴨太郎。新撰組の旗に呼応して連鎖召喚された、この特異点で数少ない純正サーヴァント。
助っ人という立ち位置に見えるが、総悟の疑惑は止まらない。
「また局長の座ぁ狙ってやがんのか」
「バカを言え。あの結末でそんなことを宣うバカがいたら、それこそ鉄屑と吐き捨ててしまえ」
「なら何を企んでやがる」
「見ただろう、仁鉄が鍛った刀。あれが世に蔓延ってみろ、僕はまた独りぼっちだ」
疑惑、警戒心が同時に消える。
小心者らしい動機だ。孤独を怯えた果てに手に入れた絆が消えることを、死後も気にするのは伊東らしい。
「土方さんに挨拶しなくていいんですかぃ」
「知るものか。悪運だけは最高値だろう、殺しても死なない。ま、勝手にくたばれば御の字だよ」
「同感。やっと気が合ったじゃねえか。ついでだから一番隊の仕事っぷりを精査してってくだせぇ」
総悟は漸く背中を預ける。伊東の生前、手を組んだ時ですら見せなかった無防備な背中だ。
伊東は漸く背中合わせの重みを知る。生涯孤独、前後は独りで見るものだった世界が変わった。
あぁ、ただ。
自分の墓参りする人間が居なくなることを嘆いたが。この重みを知ってしまえば独白するしかない。
こうして召喚に応じたのは。
そう、ただ。
「君たちは、こんな所で死ぬべきじゃない」
「────ったりめぇだ」
一度だけでも、真選組を守りたかったのだ。