土砂のように似蔵が雪崩れる戦場を、2人の侍が堂々たる進撃で掻き分けて進む。
名前は近藤勲、桂小太郎。押し寄せる似蔵を斬り躱し、懸命に駆ける後ろ姿は似蔵の紅桜に斬ってくれと言わんばかり。後ろを気にしている様子はない。あまりに無防備な背中を見た似蔵は勢いよく飛びかかる、振り翳した紅桜が言うことを効かない、不思議に思う似蔵は斬首されていた。
「近藤ォ‼︎」
「おうッ‼︎」
血風の中から飛び散る殺意。首無し似蔵の身体を貫く刃を、周りの似蔵の陰に隠れてやり過ごす。視界を遮る似蔵を斬り伏せて再び走り出した。
このやり取りは何度目か、似蔵が仕込み爆弾になるタイミングはいつか、十右衛門の気配がまばらで位置が読めない。
「えぐい真似しやがる」
それでいて────
「………………………」
近藤の寝首に迫る刃。怖気から溢した言葉を狩るが如き一閃。似蔵の飽和を利用した不意の一撃。
────戦闘民族、辰羅を彷彿とさせる戦いぶり。
群れを成して敵を殺す、集団戦術を個人技と叫ぶ姿と酷似している。
「桂!?!!」
「気をつけろ。勝ちに拘るタイプと見た、俺たちの想像を越えて殺しにくるぞ。その証拠に…」
紅桜の淵から現れて刃を振るい、似蔵の消失する霊気を目眩しに満々笑みの袈裟斬り。躱されたら似蔵を盾に身を隠して気配遮断、再び趣向を以って攻勢続行。
似たやつは天人にもいた。攘夷戦争の最中、辰羅よりもマイルドに仲間を盾に囮に使う輩はいた。怒りを買う戦法だ、同志で諍い合いは避けられない。
だが似蔵は違う。十右衛門に罵声1つ挙げず、盾や囮への利用を気づいていない。何かの術を使い、似蔵から自身に対する認識を阻害している。
十右衛門に抱く嫌悪感は正しくこれだ。同族が戦闘民族と同術を用いる姿に悲しみ、怒りを抱いている。
迫る似蔵を斬り伏せながら近藤は叫んだ。
「似蔵に怨みがあんのか!」
「なんも?」
「じゃあ生理的に無理?」
「とくには」
「仲間なんじゃないのか」
「違うよ」
「俺たち人間だろ!」
似蔵越しの質疑応答。似蔵には意味の分からないやり取り。近藤の怒号に答ずに襲っている光景も異常の極み。近藤の精神が震えた。
「私たちの関係性なーんだ」
無感情な声が返ってきて、近藤の足が止まる。
致命的な過ちと分かっていても動かなくなった。
辰羅は種族を尊重した果てに行き着いた生存戦略。
十右衛門は感情も種族も度外視。未来を見据えているかすら怪しい、英霊と呼ぶには躊躇う。似蔵を湯水のように使い捨てる姿に惑わされている。
「ダメだ、同じ人間と思いたく…」
近藤勲、静止。
十右衛門を理解しようとする事に思考を割いた、理解が追いつかない、思考を回すために全身の神経が休止、そして静止する。
「なんだい、戦意喪失しちまったのか!情け無い公僕だな。桂、お前の仲間はとんだ腰抜───」
「考えるな!聞くな!分からないままでいい!」
似蔵の嘲笑を吹き飛ばし、近藤へとトドメを刺しにいく十右衛門の刃に待ったを掛ける。漸く対峙した十右衛門、落ち着いた眉が作る広い額が余裕綽々と語っている。実力富豪に対する手札貧乏、差は歴然だ。獅子のように気丈で湖のように穏やかなあの眉を歪めてやらない限り勝機はない、とは経験が囁く。
「なっ俺は寝てたのか!?」
「物思いに耽っていたぞ。貴様の術中なんだろ」
「んふ〜教えない」
意識を取り戻した近藤が斬りかかるも、十右衛門は微笑のように静かに背景に沈んでしまう。
「義賊って話だったろ! なんで詐欺師みたいなこと出来んだよ! 義賊ってのは表の顔か!?」
「伝聞によると、十右衛門は戦いの真っ只中で疑念をぶつけて敵の脚を封じたと云う。
やつの問いかけに対して考えたな? どうなった」
「どうって……答えを考えてたら戦意が無くなって、手足に力が入らなくなったぞ」
「恐らくは言霊だ。考えれば考えるほどドツボに嵌る。ヤツとの会話は厳禁、直感で動け!」
「無茶振りすぎるって!」
「難しいことじゃないさ」
どうして!と叫ぶ雰囲気に対して、ぽつり。
「斬り捨てて進む。それだけの
爆ぜる直前の似蔵を蹴り飛ばし、十右衛門の策略を事も無げと宣言する。
「……!そうだな、追いかけっこで俺に勝てるヤツはいるもんか。ヤツの尻尾掴むのが先か、俺たちが術中に嵌るのが先か、根気比べといこうぜ」
「ストーカーの意地を見せてやれ」
「ストーカーじゃないゴリラだ、桂」
「ヅラでいい、ゴリラ」
お互いの鼓舞は終わり、益々勢いを増す。いかに策を練ろうとも、立ちはだかる似蔵の群れを押し退けないことには十右衛門に対処は出来ない。
考えることがある。
さっきまで発動しなかったのは何故か。
看過した気配遮断が復活する理由は。
仁鉄はどこに消えた。
「考える暇なんてあるのかい」
思案に浸りたい桂だったが、状況は以前最悪。身体を動かして、悪辣な辻斬りを警戒し続ける必要がある。
「知能の低い会話くっちゃべって煽ってんのか!」
「俺達が何者か忘れてないだろうなァ!!!」
「何者でもない。お前は唯の亡霊だ」
積み重なる骸。
許すものか。似蔵は吼える。
自分たちを好き放題に使い捨てる十右衛門に対する怒り、かつての仇敵は眼中に無いと言わんばかりに自分たちを遇らっている。
「紅桜の真価、忘れたのかい?」
膨れ上がる殺意。
ここで殺す。死ぬまで何度でも。
遂にか。とは桂の感想。
注目したのは紅桜、無機物に有るまじき脈動。
「お、おい桂あれって!」
「紅桜の本性だ」
怒りが偽りの似蔵を叩き起こした。辺りの似蔵が所持する紅桜が呼応し、屈辱に燃える主人の魂を喰らい咆哮代わりの進化を遂げていた。
みるみるうちに仕上がる剣の山。大きさはバラバラ、長いもので3メートルはあろう呪いの刀。死を恐れず、殺意に任せた生命の消費が地獄絵図を生み出す。
「ヒッヒャヒアアアア!」「どうしたぁ?」
「消沈した訳ないだろう」「殺す。殺す…」
紅桜は肥大し、似蔵を取り込み、食って吸収してへばりつき、一振りで勝負が着く肉体を作り上げた。
2人にとっては最悪の進化だ。彼らが一斉に、周りの被害を…自分ごと居合斬ってしまえば勝つ図式を完成させてしまったのだから。
(十右衛門は来ない。あのバーサーカーとの共闘を避ける慎重さだ、こいつらの影で伺ってると見た)
気がかりな暗殺者も、探知能力が極小の反応しか示さない。動く気がないことを意味する。
「無駄口が多いな。震えを誤魔化しているんだろ」
「そう見えたかい? こっちは見えてるモンが多くてねぇ、興奮して独り言が増えちまうのさ」
「喋れるのか気色悪い。化け物の格好するならウガーとか言ってなさい、バーサーカーみたいに」
「化け物? 生前の紅桜のアレならもう越えたさ!
醜態も今の紅桜は学習した。同じ轍は踏まない!」
肥えた殺意が一切に紅桜を掲げる。振り下ろせば辺り一面を砕き、桂と近藤はおろか真選組は一網打尽。形勢逆転の最高に頭の悪い作戦を、桂は涼しげな顔を変えずに右手を見せる。そこに握られている遠隔装置の赤ボタンを押すと、一斉に似蔵が爆発した。
乱戦の最中、斬り損ねた似蔵へと設置していた源外特製小型爆弾が似蔵たちを吹き飛ばし、醜悪な化け物が塵に消える。
「何度越えようと打ち砕く。
侍に同じ手は通じない、覚えておけ」
「クソ……桂アアアアア!!」
その宣言は、似蔵越しに刃を向ける十右衛門へ。
斬って進み、不意を躱しては似蔵を斬る。
彼らは技量で本物に劣る。今更遅れを取る桂ではなく、近藤は尚更立ち止まる筈もない。
悲しいかな。偽物の似蔵では、仁鉄が鍛った紅桜を与えられようとも、2度と桂を仕留めることは叶わない。
「下手くそ。もっと囲え囲えー!」
十右衛門は桜の木による似蔵の製造を打ち切り、そのリソースをスキルの再現に充てていた。
似蔵ではせいぜい囮と、スキルの発動条件を満たす程度にしかならない。だが、それも。
「解ったぞ、十右衛門の気配遮断。視界を遮蔽物で遮るだけでリセットされている」
「アサシンの? どうりで!」
桂の観察力が看破した。見抜いたが仕掛け時と、懐から取り出したのは時限爆弾。既に起動しているもの、そうでないものを周囲の似蔵に投げつけていく。
(ありま。見破るのがお早い)
時限爆弾が爆発、似蔵たちが消し飛び、身を潜めていた十右衛門が炙り出される。後ろには似蔵が何人もいる、隠れ場所を潰すには似蔵が多すぎる。
十右衛門は桂の狙いが読めた。後ろへの退避を誘っている。左右には似蔵が1人もいないのを見てそう確信した。2人と真正面からやり合うか、似蔵に隠れて包囲を狭めるか。
「ヤツが隠れるぞ!」
「大丈夫だ、それよりも走れ!」
飛び退いた。後ろへ退避する際に小細工を仕掛けているのは明白だが、2人と戦うには桂が邪魔すぎた。故に退避した、その先にいる似蔵の背中には時限爆弾が設置してある。
「これかっ!!?!!」
起爆、周囲の似蔵が再び消し飛んで、隠れ蓑となる似蔵が辺りから居なくなった。補充の似蔵が駆け寄るまでの数秒、十右衛門は野晒しとなる。
(宝具もない俺たちと十右衛門では英霊の格が違う。
真面に斬り合う性格でもない。ならば────)
近藤は感心した。桂がここまで先を読んで敵を追い詰めたことに、と言うのもあるが。十右衛門の言霊…原理はよく分からないが…に影響されず、ここまで思考を巡らせたことに。
「オオオッ────!」
膝を着いた十右衛門が顔を上げる。
咄嗟に手持ちの短刀を振り上げてきたが構わず振り下ろし、剣撃を受け止めきれずに肩口への侵入を果たした。
拮抗する刀と短刀2本。肩口に入り込んだ刀身を沈ませることは出来ず、恐ろしい膂力に止められてしまう。
戻されはしないが押し込めずに焦りはじめる近藤は、とにかく刀を深く沈めていくことに尽力する。そうすれば十右衛門を逃がすことはない。後ろに続いて走っている桂がトドメを刺してくれる。
だが、あまりにも遅い。
そもそも、走る音が聞こえない。
「どうしたっ桂早く来てくれ…」
「桂は来ないよ」
嫌な予感を言語化したのは似蔵だった。
それだけの時間、桂は何もしていなかったことになる。そんなバカなことはない。
似蔵の抜刀が近藤を狙う。近藤に選ぶ余地はなく、十右衛門を蹴り飛ばして後ろに下がった。似蔵の居合い斬りを躱した次の瞬間、十右衛門を見失ったことに気づく。ヤツの狙いは十中八九、後ろの桂だ。
「桂! そっち行った────ぞ…」
「………っ────」
気づいた時には手遅れだった。
桂も十右衛門の術中に嵌っていた。
そのせいで動けずにいたのだ。
「俺に構うなッ……」
頭を抑えながら目覚めた桂の背後に義賊あり。
振り向きざまの刃を捌いて、返しの一刀を見舞う。
「ぐぁ────!?」
「ヅラッ!!!!」
鮮血が舞う。桂の右肩から血飛沫が上がる。更なる追撃を狙う十右衛門だったが、寸前で近藤の刀が割り込んだ。
距離を取る十右衛門、周囲には再び似蔵が群れはじめて、状況は劣悪を極めてしまった。
「掴みやすい。釣りやすい。摘まれちまう」
「……なんだそりゃ」
「3つの詰み。私の教訓さ。そんなんだから天人なんかに負けるんだよ、恥晒しども。
江戸を宇宙に明け渡したテメェらにァ情け無用さ」
ここにきて初めて見せた殺意。
攘夷戦争を糾弾する憤怒の眼差しは、抗う者と守る者、2つの組織を葬らんと駆け出した。
▼
大山が神殿の柱を抱えて疾るのを目前で見た人斬りは皆死んだ、大地が割れんばかりの咆哮に付き纏う猟犬は無傷なのに、人斬り似蔵の群れだけが死んでは増えてまた死んだ、病を患った病弱な猟犬志村もまた人斬りの群れの死を加速させた。
大山の如し大英雄が大地を揺らして一分、大樹の如き胴体に横線が走ると災害の引き目を知らしめる、技量は元よりなく、力任せで無双を成すのが大英雄であり剣の狙い目となった。
「死んだよな。変だ…納得しねェ」
大山が分裂して鳴動終えた、剣の台詞は勘違い甚しいものだ、狂気の大英雄を堂々と斬り伏せられる者は数少ないというのに手応えを感じていない、強者たる驕り?病に頭がやられたか?
「幻覚。違うな。病とも違う。黄泉帰りだ」
大山が純正であれば手応えは違っていただろう、不意の一撃も許したかもしれない、そう考えれば目の前で起き上がる不死の大英雄…ヘラクレスの復活を目撃出来たのは幸いと言うべきだ。
大山再び流動す、神殿の柱…岩斧を握りて大地を抉る、桜の木から生まれた人斬りを散り散りにして剣の目眩しとした。江戸城の城壁を伝い蹴り駆けて、剣聖と追随する技術に人類史上最強の体躯を以って上回らんと本能震わせる。
「安心したってェと失礼か。無駄なもんぶら下げたままで助かる。そんまんま死ねば!」
大英雄の狂気は戦闘勘を鈍らせる。
志村 剣を相手に欠けてはいけない要素だ。フィジカルを突出させていても、剣の剣技をどうこう出来る域にはない。仁鉄が知らない筈がないと腑に落ちないながらも、剣は大山の如き大英雄を目前に誘い出してから斬り伏せた。
「………っぱカラクリあるよね。
倒し方? 未練タラタラ? 呪いは専門外よ」
3度の死。3度の復活。
戦意の変わらぬ眼、人を食らいかねない口、敵を恐々とさせる鼻、寸分違わぬ大英雄が4度目の敗北へと駆け出した。黄泉帰る理由を知らぬ剣は、臨むなら斬ってやると一刀を撒き散らして違和感を覚える。
「▅▅▅▃▄▄▃▄▅▅▅‼︎‼︎」
「冗談きついぜ…」
刀が弾かれた、これは刀が悲鳴を上げた結果だ、獲物の規模が変わったことを理解した!大山の大木を一本斬るだけで大山を開拓しきった気でいた、猿山の大将という己を報せてくれた、大英雄の名詞とも呼べる宝具の再現によって。
「殺せねえ…死ななくなった。んで効かねェ! 斬るからか? いいや刀が俺を裏切る筈ねェ」
剣の結論、刀を使い熟せていない。
まだ熟慮に隙あり、成長の余地見つけたり。
大英雄の狂気を躱して宙を舞う。抜いた刃が定めた獲物は大山の麓、砂山を両脇から抉る要領で大地を刻む、それだけのこと。
大英雄はその所業を無謀と決めつけた。結果は分かりきっている。江戸城は敷地から堀の水に至るまで真祖特製、たかだか剣聖と張り合うだけの侍が傷を入れるならまだしも、切り分けて地盤沈下させるなど出来る筈もない。
「圧し潰れろァ‼︎」
天地がひっくり返る所業は瞬きの間に起きる、大英雄の本能、外す。地面が割れ隆起するさまを目撃して狂気から覚めかける。それほど真祖特製の地面を斬ることは至難の技なのだが、剣の狙いは至難の技を掛け合わせた先にある。
「親の親に殺してもらぁう!!」
至難の技…大地斬り、掛ける。
至難の技…大地を落とす、題して。
「天堂無心流・
大きく切り分けた地面を起伏させ、閉じ込め、転がし、押し潰す。物量での圧殺、加えることの真祖特性。死ぬなと言うほうが無理難題、事実大英雄は蟻同然に自然の脚に押し潰された。
残るは人斬りの屍のみ。埃を払うように、周囲に群がる似蔵へと刃を一閃し────
「安心するのは早いよ。ほら」
「……おいおい」
これまで似蔵の首を断っていた刃が止まっている。刃は毀れていない、霊気は疲れてもない、殺すことに躊躇いもない。
「こりゃ堪らん」
剣はヘラクレスの宝具、
仁鉄が再現出来た点は“11回分の残機ストック”と“攻撃に対する耐性の獲得”である。
“ランクB以下の攻撃力無効”を再現出来ないのは、英霊のランク付けを理解する時間がなかったためだ。あと一年もあればランクを理解して、ヘラクレスの再現性にも磨きがかかっただろう。勢巌が保有スキルのランクを下げるような勝手を許さなかった筈だ。
ヘラクレスが得た耐性は、斬撃、真祖由来の無機物の2つ、失ったストックは3つ。残り9つ。
そして恐るべきは、ヘラクレスと同接している桜の木から生まれた似蔵は、ゴッドハンドの耐性を共有しているところだ。大英雄の死が周りを強くする。英雄側ではなく、極悪非道の味方をしているところに世界の公平かつ残虐さが滲み出ていた。
「んなら! これ斬るとどうなんだい」
次に当たりをつけたのは桜の木。
悠然と佇み、戦況を見下ろす血染めの花弁を、そろそろ見納めだと一刀両断し────
「野郎めっ。刀と同じ造りにしやがったな」
弾かれた。桜の木は斬れない。
ヘラクレスと同期している。耐性が付与されている。真っ先に桜の木を斬るべきだったことを察した。
「へまこいたっ…」
志村 剣の宿敵はヘラクレス…
「ンな化けモン鍛っちまって。
おめーよ、俺を何だと思ってやがる…ばかたれ」
現状で打開する技は無い。
刃を鞘に納めて、迫り来る大英雄の骸を見つめながら瞼を閉じた。
───
──
─
「バカなのに風邪引けない?
そんな人間がいるかよ、お前バカだ」
バカな事を言いやがって、呆れた口調で仁鉄は俺を見ている。青年期の頃の記憶だ、青さが抜けてきた顔が懐かしい。なんで今頃、こんな記憶を思い出すのか。
「鼻水の代わりに火花が出らぁ!
俺ぁ忌み子だってジジイ言うんだ。出ていけとうるさいもんだからよ、鍛冶屋にでもなろうと思ってな?」
あぁ、そうだ。治癒の病、鉄患いを発症して間もなかったとき、家族友人誰もが俺を恐れて遠ざけていた。
そりゃそうだ。転けて擦り傷を負わずに火花が出るんだ、怪異だとか呪いだと言われても仕方ないさ。
人間不信になりそうになって、人間不信にはなりたくないから家出した。そんで行き先が江戸一番の変人鍛治屋の息子、仁鉄のところだった。
「どうしてさ。火花なんざ見たくもないだろ。お前さんが嫌いって言ったじゃねえかよ」
「嫌なのは!俺が!皆んなを嫌いになること!
鍛冶屋になりゃあ火花を好きになって、皆んなも俺を怖がらなくなるはずだろ!」
「ねェよ、テメェの病を治さなきゃだろ」
「……だよなぁ。鍛冶屋の息子に言われちまったら老い先辛くてたまんねえよ」
「俺と変わらねえだろう。オヤジみてェなこと言ってねーで遊んでこい」
お前もな、と言い放った。
あれは暑い夏の日だった。
寺子屋を初めてサボった思い出の1日だ。
─
──
───
話に聞いたことがある。
死ぬ間際に見える過去があると。
息子と娘に看取られた俺には必要なかったものだ、振り返る暇もなく真っ直ぐにあの世に行けた。
それを見たってことは、俺に思い出せと誰かが訴えたんだ。きっと仁鉄を見てられなかったんだろうなぁ。
死ぬのは怖いが、死ねないのも怖い。
だから俺は、大英雄の一撃を受け入れて───
「
自傷行為に近い未来を迎える直前、大振りを硬直させるほどの眩い光が大英雄を呑み込んだ。
「なんだぁ!カミナリ様か!?」
「御託はいい、もいっちょ斬ってみな」
「!? っはあッ‼︎」
訳も分からないまま降ってきた声に従って、全力の居合斬りを大英雄へとお見舞いする。
内濠の隅にまで届く斬撃は、大英雄と似蔵、耐性を得た者たちが薙ぎ払われたことを意味していた。
「俺の刃が通った!なんでだよ!?」
「耐性をリセットしただけさ。人も刀も叩き続けりゃ強張っちまう、夜ひと夜の労働にリラクゼーションは必須!この俺が肩ほぐしに来たわけだ」
星々の下に現れたのは、燦々と輝くネオン街のように感情を逆撫でするすかした顔。桜の木は強情で困るね、なんて笑い、なおも不動の桜の木の逞しさを褒めるキザな漢は、漸く地上に舞い戻った黄金の主人。
「………お前さんは」
「坂田 金時。この物語の真打ち登場ってわけ」
夕方の茶の間を凍りつかせるタイトルを平然と晒し、おかしいと思った人間がおかしくなる、洗脳じみたカリスマ性を持つペテン師。
「さあ〜て。ちょちょいと化け物退治だ!」
空想世界の金さん、ここに緊急参戦。
▼
時を同じくして。
大地に蠢く骸を拠り所とし、愛する故郷を守らんと凶気に手を貸した義賊が怒りを露わにする。
地球外の生命だろうと、江戸の空は江戸のもの。宇宙を翔る馬がいようとも、譲ることは誰あろうと許さない。
いまを生きる者へ、過去の亡霊の怒りが頂点へと達する。これしきの実力で何を守れると言うのか? 英霊と人間、天人と人間、そこに身体能力の差や技術力の差があれば江戸を明け渡してもいいと?
「江戸を宇宙に明け渡したテメェらにァ情け無用さ」
決して、最前線に戦ってきた彼らだけに罪を問うわけではない。政を知る十右衛門は、等しく敗者たちを呪う。
その矛先を、溜められなくなった怒りを解放するために、業深き宝具に手を伸ばした。
四肢から燃えたぎる概念貫通、物理破壊を併せた十右衛門の熱気を前にして、一か八か…敗走確定の一手を取らざるを得ない桂。銀時たちに未来を託そうと決意する瞬間、
「相当に苦戦しているな。よければ手を貸そう」
枯れ木よりも幾分かマシな出立ちの男が、木の葉のように2人の前に現れた。
「な、んで…一般人がここにいる!?」
何処から紛れ込んだのか、その背中は真選組のものでも、攘夷志士のものでもない。されど江戸の関係者とも言えない近代の正装を着こなし、足には見慣れない皮の靴を履いていた。
(こいつ、いつ現れやがった)
(俺たちが気づかないだと?)
とてもではないが戦える雰囲気とは言い難い筈なのに、桂と近藤はその老木のようであり、鬼神とも見間違える男の背中を見守っていた。
十右衛門は異様な雰囲気を感じつつ、底の知れる一般人に最低限の警戒心を向けて尋ねた。
「お前さん、何者? いつから居た?」
「葛木宗一郎、25歳既婚。
穂村原学園で社会科と倫理を担当している」
戦場で2度と聞くことのない軽やかな自己紹介。男は堂々とこの世界には無い学び屋の名を口にした。
聞き慣れない単語に3人の思考が一瞬止まり、そして即座に十右衛門が宝具の解放に踏み切った。
「おい危ない!離れ───」
穏やかで虚無な声に誰もが騙された。
春、新学期へと続く通学路を歩くように、戦場にあるまじき徒歩で向かう彼の後ろには似蔵の姿がない。いつ消えたのか、誰も見当がつかない。
彼が羽虫ではなく毒蛇であること、ただの一般人ではなく亡き骸のように己を律する変人ということを知ったのは、
「聖杯に縁のある、ただの教師だ」
十右衛門の眉間、喉仏、心臓に打ち込まれた必殺三撃を見てからだ。
「は? まじかよ!?」
呆気に囚われる2人。
その研ぎ澄まされた拳に身の毛がよだつ。依然と背中を見せているこの男は、窮地に現れた自分たちの助っ人だと知ったからだ。
「相手を殺す時は位置に気をつけろ。
仕留め損なった瞬間から立場が逆転する」
鬼神の手が加わり、決着へと加速する────!