骸の孔の底から響き渡る咆哮。
黄泉路と現世に掛ける橋として呼吸する鉄屑、岡田似蔵の怪しい刃が木造建造物を好き勝手に破壊していた。
「ぢぃぃぃぃぃぃ! 巫山戯やがって!!」
「ははっ、どうした。クソガキ1人も捕まえられないんだ! 神速の太刀がビビって損したぜ!」
豪快な真祖建造物破壊の原因は、右に左に時には壁を駆け回る流浪の少年によるもの。泥まみれで汚く幼くて弱いだけの…いや、それと銀色の魂を持つだけだった、ただの獲物に散々煽られているせいだ。
似蔵の太刀が衰えている訳では決してない。
紅桜の戦闘経験値が獲物……晴太のものを蓄えていないということもある。だが、それを抜きにしても似蔵が遅れをとり、晴太に一太刀も浴びせられないのは異常な光景だった。
「いいのかよ!人員追加しなくて!!」
「散弾銃が効き過ぎるんだよ。どーして別の俺の痛覚が俺にきやがる! それも人数分っ!!」
「出来ないだろ、お前は。侍の誇りなんて無いもんな、もう紅桜に捨てられたんじゃないのか!」
「答えろクソガキァ!」
大笑いもする。自分を優位に立たせる為の黄泉路を、たった一丁の散弾銃怖さに自分で塞いでいるんだ。これが冗句じゃないならなんだろう、教訓だろうか。
「ふっ! おりゃっっっ!!」
「ぐっ!? っこいつ───」
横を通り抜けざまの晴太の抜刀が紅桜を叩く。その衝撃に似蔵は一歩後退りして、一回り小柄な少年の動作に苦渋を飲まされる。
「なんだその脚捌き! なんだこの膂力!?
剣の才能がないお前にどうして!何をしてきた!?」
疑問を怒号に乗せて獲物を凝視した直後、その理由を漸く見つけた。なぜ気づかなかったのか、答えは目の前にあったというのに。
「その刀ァ……ヤツの、白夜叉の!!!」
「今さらだ!!」
盲目とはいえ、その匂い、その輝きに気づけなかった。銀色の輝きを恨み、惨殺するために蘇った理由を見失うはずがないのに。
似蔵は分からない、無意識のうちに銀色の魂から目を逸らしていたことに。坂田 銀時という恐怖が似蔵の防衛本能を働かせたことを。
(本当だ。この刀、師匠の宝具…。似蔵の動きを鈍らせてくれてる!)
似蔵を襲っている恐怖は晴太の持つ『人を護る刀』の効果ではない。勝手に似蔵が銀時を感じ、紅桜もまた敗北の恐怖を思い出して独りで自滅しているに過ぎなかった。
それを見越して渡したアーチャーに賞賛を。
「うおおお───────!!!」
剣直伝の九玖龍閃が弱腰の似蔵に直撃し、似蔵を粉砕する。
それでも鉄屑の骸は踏みとどまる。威力が足りない、いくら絶技を覚えようとも、どれほど宝具で人智を越えようとも、所詮は人間。死徒の生み出した鉄屑をぶち抜くことは不可能。
「オ、オオ────!!」
全身から流血しながら凄みを増した似蔵は、紅桜の戦闘経験を活かした進化を遂げる。晴太というイレギュラーに対応し、似蔵の驕りを喰らい、更なる高みを目指すために。その途中で、
「紅桜に頼り過ぎだドブカス」
「〜〜〜〜!!!」
進化に気を囚われた似蔵へと
死体を確認しようと近づいて、嫌な気配に迷わず飛び退く。眼前を横切った紅桜が嗤っていた。
似蔵は深々と受けた刀傷をさすりながら、亡者のように起き上がる。流血が無い。
「────!」
「驚いた顔をしたねェ。どうして殺しきれなかったのか、確かに手応え感じたのに!って魂が言ってる」
「……………隠してやがった」
「ヒヒッ正解。自分で思い至るなんて偉いよ坊や。賢くなきゃ強くなれないもんねェ?」
さっきまでオイラに弱腰になっていた似蔵も模造刀。それが砕けた。じゃあコイツは? 考えるまでもなく本物、生きている似蔵。
いや、でも銀さんとの戦いで死んだはず…。
「あの偽物の材料は辻斬りの矜持だろ」
「気づいてたか。仁鉄は記憶してやがったのさ、白夜叉に負けて死んでいった岡田似蔵の魂を!
地獄から引っ張り出して紅桜に埋め込み、憎悪に根を生やして紅桜を量産したのさ。
感情の起伏が桜の木を育て、紅桜が咲く。鍛冶屋が呆れるだろ、アイツの鍛つ刀はだから面白いんだ」
「────────っ」
だから生身だ。
そう言いたげな似蔵に身の毛がよだつ。
…ここで立ち止まるな。
「俺をここまで変えたキッカケだぞ。よく分かる、腹の傷がずっとお前を消化してきたんだ」
「おや、魂が震えたね。俺を怖れた」
強がりを一瞬で看破されて、魂を冷ます汗が滲み出る。
視力を失った似蔵の本来の観察力なんだ。コイツは偽物とは違う。コイツを斬れば終わる…!
師匠の宝具のおかげで刀を抜く速度は同じ、近接に持ち込んで叩き斬るまでだ。
「来るかい。気をつけなよ」
先に駆け出したのは、少しでもヤツに勢いをつける距離を与えないため。思惑は上手くいき、不気味な似蔵の間合いに踏み込んだ時、速度は勢いづいた分だけ有利となった。
居合いだけじゃなく連続技で逃げ道を奪い、確実に息の根を止める。迫真の瞬間、絶技を上回る速さの居合いに捩じ伏せられていた。
「なんで────────」
視界に映る景色が回転する。
身体から飛び出る血液が白旗を振っていた。
「喰ったのが毒だとは思わなかったのが青いね。
ダメだよ、自分で言ったじゃないか、鉄屑ってさ」
晴太は理解した。
紅桜が更なる進化を遂げたことを。
人の感情……恐怖心を喰らい、似蔵を人から更に遠ざけた。アレこそが仁鉄の真の狙いなんだ。
(ごめん、
ここまでして、半年間の修行だけでは、泥まみれの少年の想いが似蔵に届くことはなかった。
▼
江戸城の何処其処の間に佇む西洋の騎士なんて、見ただけで警戒必須だ。
だがここだけの話、ほんの一瞬、油断も隙も見せずに、その
黄金の剣を構える騎士は、伝説に聞くアーサー王を模した刀だ。似て非なるのに、どの模造刀とも違って彼女だけは映えている。本物のように見えて、どこか違う。模造刀なら投影出来る黄金の剣は、どこか本物で。
アレだけは投影出来ないと確信して、あんまりな現実に浮ついた心は霧散していた。
「っ────」
身体に纏わりつく圧倒的な風格を押し退けんと、投影した“人を護る刀”を握りしめて駆け出す。
初手、躱されることは死に等しい。振りかざした刃が宙空を斬れば、すかさずアーサー王の反撃によって未熟者は真剣による指南を受けてしまう。
俺が最初に注意すべきは間合いに入ること。刃を交えることも出来なければ、戦闘は蹂躙へと早変わりだ。
「先ずっ」
アーサー王の間合いの一歩外で踏み込み、王への謁見を済ます。漸く剣を構えたことで、少しは衛宮士郎の強さを認めたことを意味して────
「不味っ…」
振り下ろした刃が宙空を斬っていた。
大振りすぎたことを自覚していたのに修正が効かなかった。向こうは一歩横に動いただけ、力量差は一目瞭然だ。
軌道修正を諦めて振り下ろし、そのまま刃を返そうとするがアーサー王には読めていたこと。トンと肩を左手で押されてバランスを崩してしまい、無防備な背中を晒した。
小手先でも敵わず、地面に転がる未熟者に黄金の剣が手本のように振り下ろされる。
「力みすぎだ。次は貴様の頭蓋を射抜く」
射出2発。振り下ろした剣の軌道を変えて、アーチャーの射撃を迎撃していた。ここで矢を起爆させなかったのが最後の情け感があって腹立つ、くそったれ。
俺の動きを読んでの立ち回りだ、今ので
「っ分かってる!!」
起き上がり、既に狙撃手へと意識を向けている敵を見る。斬りかかっても置いていかれる。普通なら追いつけない地力の差だが、それを補うための刀だ。
「なっ!?」
驚嘆はアーサー王のもの。魔力放出による初動全開の走りを、ただの人間が横から妨害、急ブレーキを掛けてアーチャーへの接近を阻止する。生身の人間がタンクローリーに突っ込むと言っても過言じゃない、そんな評価が覆されて漏れたものだ。
“人を護る刀”
誰かを護りたい者に所有資格が与えられる、銀時の宝具。任意のステータス2つのランクを1ランク分上げる、スキル『侍の第六感』を付与する効果、そして『銀の絆』に紐付けた宝具の取り出しがある。
効果上昇量は
「や───アアア‼︎‼︎」
横薙ぎに刃を突っ込んで勢いを逸らし、宝具の助けありきでギリギリ持ち堪えた。両腕の骨は軋んでいて、鉄を殴った時の音が聞こえる。
だが、折れない。折れていない。折れるもんか。
俺が握っている刀を信じろ。
魔力放出でブーストしたアーサー王の進路上に飛び込んだんだ。これで済んで良かったと思え!
「調子を取り戻してそれなら…」
アーサー王が鍔迫り合いに目を見張ったのは相手が未熟な魔術師だからで、礼装の補助性能に対してではない。もう一度、魔力放出を使えば吹き飛ばすことは容易である。
ここでの誤りは、この刀を礼装と勘違いしたこと。そしてもう1つ。
「上出来だ。死ぬなよ」
後ろの狙撃手が俺の安否など気に留めていないところだ。
投影した矢を構えたアーチャーは、こっちの背後に向かって躊躇なく矢を放った。
「味方ごとッ……!!」
魔力放出を脚に叩き込んで横っ飛び、暴風が距離を作った。目の前に生身の人間が立っていては肉片になりかねない勢い。アーサー王はそのつもりで魔力放出の出力を必要以上に上げて、前衛の処理と狙撃手への威嚇を目的とした。
「そこっ!!」
だが、魔力放出で消えるわけでも、矢に貫かれるでもなく、無傷で砂塵を掻き分けて追い縋る。
前へ。必要以上に前傾姿勢に、行き過ぎたが勢いを付けて、意識が沈んでいくように刀を振り降ろした。
「───────!?」
宙空一回転、魔力放出による遠心で躱された。
絶対に当たる。手応えある一振りは、アーサー王の身体技能の高さに阻まれ、そして二回転目で体勢を整えてきやがった。巫山戯るなと悪態を吐きながら迎え撃つ。
剣と刀の正面衝突。魔力放出による加速と加重、剣元来の耐久値に投影魔術産の刀が何度も耐えられる筈もなく。
刀を叩きつけた一瞬で刀身は限界に達し、上からの衝撃に否応なしに身体が地面に不時着する。
「ガッ!?!」
刀は放り出された衝撃で砕け散り、粒子となった。全力で剣を避けた勢いを殺せずに、地面を転がりながら臓器が悲鳴を上げているのが分かる。
無防備な姿を晒した、かの騎士が斬り伏せることなど容易い未熟者の真上を、豪速の物体が横切った。
「オア──ヴっ!?」
アーサー王の苦悶の声が身体の痛みを押しどけて飛び起きる。後退していた彼女の鎧に幾つものヒビが入り、後方の襖には四散した鏃の跡。壁や柱は傷1つないのは真祖がコーティングでもしているせいだろう。
アーチャーがアーサー王に矢を当てたことを意味し、アーサー王が俺たちの想定を下回ることを証左した。
「思っていたよりも」
「…?」
「仁鉄は確かに死徒らしく人の命をこき使っている。作品の完成に執着する男だ」
「…何が言いたい」
「アーサー王の物語を仁鉄は掴めなかった。伝説の騎士だろうと、剣聖の礎らしい」
「彼の精神は人から逸脱している。あの在り方は魔術師に近しい貪欲さだ。英霊を兵器として見ていたのは、此処では彼くらいだろう」
「マスターなんだろう。庇わないのか」
「人道からは外れていない。どちらの意見も間違いだとは思わない」
「自分自身を誇りに思っていないんだ。貴様は贋作でもない、せいぜい路傍を象徴する石ころさ。
取り返しがつかないことに見て見ぬふりをした」
「……この身は影法師。正史、空想、いずれにせよ、人理を衛るために戦う。主人が正しく在れば、人類が生きながらえるのなら、この剣の誇りは消えない」
それが答え。
仁鉄の、たった1つの過ち。
不可侵の黄金に、人を刀に変えることを許容させた。それだけで贋作者の我慢は限界を迎えた。
「自分を唾棄するのは構わないと?
それこそ原典の面汚しだ。彼女の信念は自分自身にすら易々と曲げられるものか────」
駆け出したアーチャーは弓を手放した。
屋内でもアーチャーの弓術は劣るところを知らないが、彼の主力の宝具である『偽・螺旋剣Ⅱ』と『赤原猟犬』は広大な面積を必要とする。ここでは本職でアーサー王を仕留めることは難しい。
代わりに投影したのは夫婦剣。
第五次聖杯戦争を通して見てきたアーチャーの相棒は、その投影によって1つの合図を意味していた。
アーサー王との勝負は短期決戦。あの絶技を使うと分かり、同時にこっちも接近する。
「ム…」
豪速で彼方へと投げ出された二対の剣を見て、アーサー王はアーチャーの意図を逡巡した。
投擲ならばなぜ真っ直ぐ狙わないのか。形状と回転する形からブーメランの役目を果たすことは理解した。ならば、ガラ空きの両手で迫る狙撃手はなにを考えている。
そう思い空の両手を見れば、そこには投擲した筈の夫婦剣が存在していた。投擲した夫婦剣も宙空を周っている、じゃあ何故?
「……投影魔術」
アーチャーの頬が上がる。ご明察、と。
アーサー王は何故知っているのか。見破れたのか、その理由を理解出来ない。喉をついて出た答えだった、何処で知ったか思い当たらない。言い知れぬ不安が胸中に溜まり、それを吐き出すように、近づく投擲された夫婦剣に力一杯を叩き落とし───
「!?」
一撃で粉砕するつもりだった夫婦剣は、持ち主の決意の固さを示すが如く抗い、再び宙空へと舞い上がる。
渾身の一投だったのだ。軽々しい風切り音からは想像もつかない重量で、費やした魔力量は通常の三倍以上。事前にアーサー王を知っているアドバンテージを活かした意表を尽き、肉薄したアーチャーが背後から右手の剣を振り下ろす。
「っこの」
アーチャーの目が一瞬だけ開いたのは、バランスが崩れた状態から左腕の籠手で身を守ったからだ。
振り下ろした剣は左腕の籠手を粉砕するに留まり、すぐさま次の剣が黄金の騎士を襲う。
左手の剣を溜めて斬りかかり、バランスを整えたアーサー王が迎え撃つ──直前、背後から再び迫る夫婦剣の片割れを察知する。前と後ろ、独りによる挟撃。それが左と右で二対、刹那の剣舞。
この技を初見で躱せる者は英雄といえど数は知れている。これがアーチャーの生み出した絶技。座では勢巌からもゼルレッチ無しでは捌くのは困難というお墨付きを得たソレを。
「自惚れたな、アーチャー」
瞬間最大暴風、魔力放出の全開を乗せた剣を以って、全ての剣戟を撃ち落としてみせた。
「ぐっ!?」
竜巻もかくやという地力の差がある。
あと数回も剣を交えたら、アーチャーは斬り伏せられて俺も後を追うハメになる。
だから間に合って良かった。“剣の記憶”へと持ち替えて、漸くアーサー王の背後に近づけた。
大英雄の技巧、因果律の呪い、身に余る剣戟は裏側で投影している。あとは撃鉄を落とすだけ。
アーチャーの絶技にも最後の一刀が残っている。
不足はない、このまま一切合切を斬る。
「鶴翼三連───────」
「
前方、鶴翼三連の最後の一振り。
後方、大英雄の絶技を模した九つの居合斬り。
どんな暴風だろうと耐えて見せる。先ほどの魔力放出を越える準備を整え、伝説を突破する万全なる必殺。
決死の思い、掛ける2つを吹き飛ばしたのは、
「
────あり得ざる逆転の一手。
纏ってもいない風の鞘、その凶風だった。
「…え………っ、……は…?」
いや、反則だ。それは無い、ある筈がない!
「2本目の…」
「エクスカリバーだと…!?」
アーサー王の胸から飛び出したエクスカリバー。伝説の剣は持ち主を待つように鎮座し、然し一才の弱者を許さないとばかりに台座に近づく不届者を拒絶した。
まだ、それだけなら身体を粉にしつつ斬りつけられた。だが、2つめの反則が起きやがった。
「くっ───そ────────」
崩壊だ。天井が凶風によって雪崩れ落ちてきた。
アーチャーの鏃じゃ傷1つ付かず、微動だにしなかった不落の城内を容易く崩落させる。
凶風に巻き込まれて、運良く崩落から逃れた。立ち上がると傍にアーチャーも退避している。身体は少し避けているが戦いに支障はなし。お互いの絶技が緩和材になってくれたのは幸いだ。
「なんで崩れるんだ!? 俺たちの攻撃なんてちっとも傷つかなかったくせして……」
「死徒の影響だろう。江戸城は吸血鬼に類する属性か、特攻が無ければ傷1つ入らないらしい」
「分かってはいたけど! くそっデタラメだ」
向こうはやろうと思えば俺たちを生き埋めに出来る。やらないだけ。主人の意向じゃない、アーサー王としての誇りが確かに残っている証拠だ。こっちは良い気分じゃない。
悪態を吐いてはいるが、幸運はもう1つある。目の前の崩落で重なった瓦礫壁となり、向こう側にアーサー王の気配があること。ただでさえ狭いと思っていたのに、こっちにアーサー王が居たんじゃ暴風のせいで不利が重なるばかり。
「……あぁ、最悪だ」
そう思ったことを後悔させられた。
この瓦礫は暴風から守ってくれる盾ではない。俺たちを逃がさないための檻だと、アーチャーも察した。
「宝具が解放される」
敗走の合図が瓦礫の隙間から漏れ出した。
聖剣の真髄が解かれるまで、秒読みだ。
“人を護る刀”の効果は他にもありますが、銀時が地球から追放中のため発揮されていません。