ストライク・ザ・ブラッド―真祖の守護者―   作:光と闇

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歓迎会は中止

 古城と雪菜は近場のホームセンターで、彼女の日用品を揃えることにした。が、雪菜にとって初めての場所だったらしく、陳列された商品達に警戒していた。

 スポーツ用品のゴルフクラブを(メイス)だとか。

 車とか洗うときに使う高圧洗浄器を火炎放射器だとか。

 仕舞いにはただの洗剤を、酸性の薬剤と塩素系の薬剤を混ぜて毒ガスを発生させる為に使うだとか、とんでもないことを言い出してきたりした。

 ………獅子王機関、頼むから馬鹿な事を雪菜に教えないでくれ。いや、教えんな!

 そんな感じで雪菜が必要な物を買い揃え、古城の体力は完全に消耗し尽くした。

 そんな古城はふと、レイの顔が浮かんだ。きっと彼女なら、疲れ果てた古城を気遣い、『お疲れ様なのですよ、主様』と優しく労ってくれたことだろう。

 レイは過保護気味ではあるが、なんだかんだ言って彼女は古城の癒やしであり、心休まる存在なのだ。

 そう考えると、レイを置いてきたのは失敗だったな、と肩を落とす古城。雪菜との衝突を回避させることを考えていたばかりに、自分の心配をすっかり忘れていたようだ。

 はぁ、と溜め息を吐く古城。だが、買い物を随分と楽しそうな表情でする雪菜を眺めて、まあいいか、と思う古城だった。

 

 その帰り道。古城と雪菜が買い物袋を手にぶら下げながらモノレール乗り場に辿り着くと、

 

「―――古城?」

 

 古城の良く知る声が聞こえた。

 

「え?」

 

 名前を呼ばれて古城が反射的に顔を上げると、目の前に華やかな容姿の女子高生・藍羽浅葱がいた。

 

「あれ、浅葱?どうしてここに?おまえん()ってこっちじゃないよな?」

 

「うん。バイトの帰りだから………こないだ頼まれた世界史のレポートを、古城の家まで持ってってあげようと思ってたんだけど………その子、誰?」

 

 古城の疑問に浅葱は何故か警戒したような態度で答えると、彼の隣にいる雪菜に視線を向けて訊いてきた。

 

「ああ、姫柊か。えーと、今度うちの中等部に入ってくる予定の転校生」

 

 古城が雪菜を紹介し、彼女もぺこりと頭を下げる。浅葱は雪菜をじっと見つめて更に質問した。

 

「どうしてその中等部の転校生と、古城が一緒にいるわけ?」

 

「いやそれは―――!そ………そう、姫柊は凪沙のクラスメイトなんだよ」

 

「凪沙ちゃんの?」

 

「ああ。なんか転校の手続きにきたときに、凪沙と知り合ったみたいで」

 

「………それで古城は、凪沙ちゃんにその子を紹介してもらったってこと?」

 

「まあ、そうかな」

 

 浅葱の問いを適当に受け流す古城。そんな古城と浅葱のやり取りを聞いていた雪菜は、何かに気づいてハッとした表情を浮かべた。

 

「綺麗な子だよねー」

 

「だよな」

 

 浅葱に同意する古城。が、ピキッと頬を引き攣らせた彼女を見て、少し慌てて言葉を付け足した。

 

「………って、凪沙も言ってた」

 

「ふーん。そっか」

 

 浅葱は作り物めいた笑顔を浮かべたまま古城から離れ、ボソッと呟いた。

 

「………レイちゃんも一緒にいたなら、許せたんだけどね」

 

「え?」

 

「ううん、なんでもない。電車来たから、あたし帰るね」

 

 浅葱が誤魔化してそう言うと、丁度彼女が乗る方のモノレールが到着した。

 それに乗ろうとした浅葱を古城が慌てて呼び止める。

 

「あれ?世界史のレポートを見せてくれるんじゃなかったのか?」

 

「うん。そのつもりだったんだけど、どっかに忘れてきちゃったみたい」

 

 静かな怒気を孕んだ笑顔で言ってくる浅葱。瞳は、明日、学校できっちり説明してもらうわよ、という無言のメッセージを伝えてくる。

 

「え?おい、浅葱?」

 

「バイバイ」

 

 困惑する古城の目の前で車両の扉が閉まる。浅葱は何故か古城を無視して雪菜にだけ愛想良く手を振り去っていった。

 

「なんだ、あいつ」

 

 古城が首を傾げて呟くと、雪菜は責任を感じているような表情で、

 

「すみません、先輩。わたしのせいで、なにか誤解されてしまったかも………」

 

「誤解?」

 

 何故か悄然としている雪菜を古城は不思議そうに見返すと、ああ、と納得して、

 

「いや、ないない。誤解とか。あいつはただの友達だから」

 

「ただの友達………ですか」

 

「まあ腐れ縁というか、男友達みたいなもんかな」

 

「先輩………」

 

 あっけらかんと答える古城を、何故か雪菜は責めるような眼差しで見上げて、

 

「なんだ?」

 

「いえ、なんでもありません」

 

 鈍感過ぎる古城に、雪菜は呆れたように深々と溜め息を吐いた。

 

 

 

 

 時刻は夕方。古城と雪菜がマンションに帰り着くと、

 

「―――あれ、古城君たちも今帰り?遅かったね」

 

 古城達がマンションのエントランスを潜ると、エレベーターのドアを開けたまま、制服姿の女子中学生・暁凪沙が彼らに声をかけ、早く早く、と手招きしてきた。

 

「凪沙か。なんだ、その荷物?」

 

 エレベーターに乗り込んだ古城は、妹の姿を見て眉を寄せた。部活の荷物を詰めたスポーツバッグ。これは凪沙がチアリーディング部員だから驚く必要はない。

 問題は彼女の左手に提げられている、大量の食材を詰め込んだ買い物袋だ。大量の肉や刺身など普段口にしない高級食材達ばかりだ。

 

「なにって、歓迎会だよ。転校生ちゃんの」

 

「歓迎会?」

 

「そだよ。だって引っ越してきたばっかりで、今日はご飯の支度なんてできないでしょ」

 

「まあ、そういやそうか………って、ん?凪沙、おまえ、姫柊が隣に引っ越して―――あ、いや、なんでもない。レイが知ってたんだし、おまえが知らないわけねえよな」

 

 レイの言葉を思い出して納得する古城。凪沙も、もちろんだよ、と頷く。

 一方、雪菜は凪沙に遠慮がちに質問した。

 

「あの………でも、いいんですか、歓迎会なんて」

 

「いいのいいの。お肉ももう買っちゃったし。あたしと古城君だけじゃ食べきれないよ」

 

 本当はレイちゃんにも手伝って欲しいくらいあるんだけどね、と凪沙が人懐こい表情で言うと、古城も、たしかに、と苦笑する。

 レイは今のところ古城の血以外を口にするつもりがないらしい。凪沙の手料理は旨いんだけどな、と食べないレイを残念に思っている古城。

 ………意外と古城が命令すれば食べてくれたりするのかな?余りレイをそういう風に扱いたくないが、この際は仕方がないなと割り切る。

 ちなみに、暁家は両親が四年前に離婚したせいで、レイが来る前までは三人家族だった。しかも市内の企業で研究主任を勤めている母親は、仕事の都合で週に一、二回しか自宅に戻らない。

 だが、会いに行けばいつでも会えるから寂しいと思うことはないし、レイが来たことで賑やかな日々を過ごしているので尚更寂しくなどない。

 とはいえ、レイ抜きで凪沙が抱えているお徳用特選牛肉一・五キログラムは食べきれるとは思えないが。

 

「ありがとうございます。では、お言葉に甘えます」

 

 雪菜が少し考えてそう言うと、凪沙は嬉しそうに笑って、

 

「よかった。じゃあ、荷物を置いたらうちに来てね。あ、寄せ鍋だけど大丈夫?雪菜ちゃん、食べられないものとかないかなあ。やっぱり真夏に冷房をガンガンに効かせて食べるお鍋は、贅沢な感じがしていいよねえ。そうそう、味噌味と醤油味はどっちがいいかな。おダシはね、いちおうカツオとコンブと鶏ガラとホタテを使うつもりなんだけど、今日はカニも用意してあるからやっぱりお醤油仕立てかなあ。カニはオホーツクの毛ガニだよ。ちょうど今が旬―――」

 

「その辺にしとけ、凪沙。姫柊が固まってる」

 

 早口で捲し立てる妹の頭頂部を軽く叩いて黙らせる古城。あ痛、と涙目になった凪沙が恨みがましく古城を見た。

 雪菜は圧倒されたような表情を浮かべながらも凪沙に訊いた。

 

「あの、わたしも手伝いましょうか?鍋物の下ごしらえくらいなら………」

 

「いやいや。雪菜ちゃんは今日はお客様だからね。のんびりくつろいでてよ。遠くからやってきたばかりで、疲れたでしょ。それに凪沙のお手伝いさんならレイちゃんがいるから平気だよ。ほら、古城君も雪菜ちゃんをもてなして」

 

「そういう思いつきだけで適当なことを言うな。俺は自分の部屋で宿題の残りを―――の前にレイの様子を見に行かないとだな」

 

 古城がそういうと凪沙が、え?と驚いた表情で兄を見つめて、

 

「古城君、レイちゃんとなにかあったの!?まさか、喧嘩でもしちゃった?」

 

「いや、喧嘩ってわけじゃ―――」

 

「はい。先輩はレイさんに酷いことを言って彼女を泣かせました」

 

「は?ちょっ、姫柊!?」

 

 雪菜の言葉にギョッと目を剥く古城。凪沙は怒りに満ちた表情で古城を睨み、

 

「古城君、最低だよ!なんでレイちゃんに酷いこと言って泣かせたの!?あの子が古城君のことをどれだけ大事に想って尽くしてくれてたかわかってるの!?あの子が古城君を傷つけたことなんてなかったのに、なんで古城君は平気であの子を傷つけられるの!?」

 

「ち、違う!聞いてくれ凪沙!これは誤解なんだ!俺は、あいつを傷つけるつもりなんてなかった!」

 

「なにが違うっていうの!?あの子を傷つけておいてそれが誤解?冗談言わないで!今、あの子がどんな思いをしているのか考えたことある!?きっとすごく悲しんでるよ。もしかしたら部屋の隅で小さくなって震えてるかもしれない!」

 

「な、凪沙?」

 

 異常なほどに取り乱す妹に、古城は唖然とした表情で見つめる。まるで凪沙が別の何かに取り憑かれているようにも思えた。

 凪沙は、こうしちゃいられない、と自宅へ駆け足で向かいながら、

 

「凪沙が行って仲を取り持つから、ちゃんとレイちゃんと仲直りするんだよ古城君!」

 

「お、おう」

 

 そんな妹に古城は面食らいながらも頷く。だが、直ぐに雪菜を睨み、文句を言ってやろうと思ったが、

 

「姫柊ぃ?」

 

「なんですか先輩?べつにわたしは間違ったことは教えてませんよ?あのときのレイさん、泣きそうでしたから」

 

「う………ま、まあそうなんだけどさ」

 

 雪菜の尤もな意見に古城は言い返せずに苦笑いを浮かべる。

 そんな感じで二人が暁家に足を踏み入れたその時―――バタンッ!と誰かが勢い良く倒れたような音がした。

 

「………っ!先輩!」

 

「あ、ああ。凪沙の部屋からだな―――!」

 

 その音を聞いて妹が倒れたことを悟り、急いで妹の部屋へ駆け込む古城達。

 扉を乱暴に開けると其処には、床に倒れている凪沙の姿があった。

 

「な、凪沙!?いったいなにがあったんだ!?」

 

 倒れている妹へと駆け寄る古城。凪沙はそんな兄を見て、弱々しく口を開き、

 

「ど、どうしよう古城君。レイちゃんが………いなくなっちゃう」

 

「は?」

 

 それはどういう意味だ?と質問しようとした古城だが、余りのショックで凪沙は気絶してしまった。

 

「な、凪沙!?おい、しっかりしろ!」

 

 そんな凪沙を見た古城は必死になって呼びかけるが、彼女からの返事はない。

 くそ、と顔を歪める古城。そんな彼の視界にふと、レイと凪沙が共有しているベッドの上に、丁寧に畳まれた服と、その上に置かれた麦わら帽子が映った。

 その畳まれた服が何なのか、古城には分かってしまった。恐らくレイが今朝着ていたはずの、花柄のワンピースに違いない。ならば現在着ているレイの服は、純白の無地のワンピース。即ち、レイが着ていた本来の服だった。

 嘘だろ、とショックを受ける彼の下へ、雪菜が一枚の紙を持って駆け寄ってきて、

 

「せ、先輩………これ」

 

「ん?姫柊、なんだその紙切れ―――は!?」

 

 古城は雪菜から手渡された紙切れに目を通して、愕然とする。

 その紙切れは、レイが書き置きしたもので、内容はこう書かれていた。

 

 

『―――親愛なる古城様と凪沙様へ。

 今まで僕の事を本当の家族のように大切にしてくださり、ありがとうございました。

 本当に突然ですが、僕はこの家を去ろうと思います。いきなりでお別れの挨拶もなしに去ろうとする身勝手な僕をどうかお許しください。

 だからこんな僕なんか直ぐに忘れて幸せに暮らしてください。どうか、僕を捜さないでください。それが僕の望みなのです。

 最後に、短い間でしたがとても楽しかったのです。神に造られし人形たる私の身には過ぎる沢山の幸せをありがとうございました。

 お二人に永劫の幸あれ―――名も無き天使・レイより』

 

 

 ぐしゃり、とその書き置きの紙切れを握り潰す古城。ふざけやがって!と怒りに満ちた表情で歯を噛み締める。

 

「なんであいつは、俺や凪沙のもとから去ろうとすんだよ!俺はレイを追い出した覚えはねえのに!」

 

「先輩………」

 

 そんな古城を悲し気な瞳で見つめる雪菜。だが、ハッとしてあの時のレイの言葉を雪菜は思い出し、彼女が去ってしまった原因を推測し始めた。

 

「そういえば、先輩。レイさんが先輩に質問した内容を覚えてますか?」

 

「え?レイの質問?」

 

「はい。レイさんは先輩にこう質問したはずです。『僕はいらないか?』と」

 

「―――っ!まさか、あいつ………!」

 

 古城もハッと気づいたように顔を上げて雪菜を見る。雪菜が、はい、と頷いて、

 

「レイさんは恐らく、先輩の返事を勘違いしてしまったんだと思います。だから彼女は、先輩に必要とされていない存在だと思い込んで、この家から去ろうとしたんです」

 

「ああ。あの勘違いの大バカ野郎!見つけたら絶対に連れ帰ってやる!嫌なんて言わせるかよ!」

 

 絶叫に似たような声を上げる古城に、雪菜はクスッと小さく笑った。なんだかんだ言って、やっぱり古城はレイのことが大切なのだと。

 そして、そんな彼が本気で心配してくれるほどの存在であるレイに、雪菜は嫉妬の感情を芽生えさせ始めていた。

 古城は、それにしても、と怒りの感情を消して苦笑いをすると、握り潰した紙切れを開いて、

 

「あいつは天使のような優しい子だな、と思っていたが………まさか本物だったとはな。ときどき、あいつが口にする〝神〟っていうのは、自身を造った聖書とかいうのに記された〝神様〟への忠誠心だったんだな」

 

「そうですね………」

 

 古城の言葉に同意する雪菜。だが、引っ掛かる点が彼女にはあった。それは―――レイが第四真祖の眷獣らしき能力を使えると使えるということだ。

 仮にレイが天使ならば、第四真祖の魔力を行使出来るのは不可解である。それに天使達にとって魔族は天敵のはず。

 なのにレイは魔族にして神に呪われた〝負〟の生命力の塊である吸血鬼を、真祖である古城を殺そうとするどころか、傷つけることもせず、逆に彼を慕い守護しようとしている。全くもって理解出来ない行為だ。

 やはりレイという人形の少女は雪菜にとっては〝未知〟なる存在。天使であるはずの彼女が、天使らしからぬ行為に走り、魔族の、吸血鬼の能力を行使出来る謎多き者。

 雪菜は改めてレイのことを詳しく知る必要があると思った。そして彼女を知ることで、古城がどうして第四真祖になったのかということも分かるかもしれないのだから。

 

「悪いな、姫柊。せっかくの歓迎会が台無しになっちまって」

 

「え?いえ、わたしは特に気にしてませんよ。けど、」

 

 雪菜は気絶している凪沙を見て表情を暗くする。凪沙は雪菜の歓迎会をするんだと張り切っていたのだ。それが潰されてしまって一番悲しい思いをしているのは彼女なのだと雪菜は理解しているからなのだろう。

 古城は、そうだな、と頷き、

 

「姫柊、悪いが凪沙のこと、頼んだ」

 

「え?先輩?」

 

「俺はレイを捜して連れ帰ってくるから、それまで凪沙のそばにいてやってほしい」

 

「……………」

 

 古城のお願いを雪菜は暫し無言で考え込んだ。たしかに今の状態の凪沙を一人にするのは駄目だ。だけど、古城のお願いを引き受けてしまうと彼の監視を怠ってしまうことになる。

 どうすればいい?と雪菜は葛藤し―――

 

「わかりました。妹さんのことはわたしに任せてください。その代わり」

 

「ああ。レイの誤解を解いてちゃんと連れ帰ってくる。だから凪沙のこと、頼んだぜ、姫柊」

 

「はい。お気をつけて、先輩」

 

 雪菜の言葉に、おう、と古城は返事して家を飛び出した。

 もうじき夜を迎えようとする絃神市を、古城は駆け抜ける。レイという名前を付けられた小さな天使を捜しに。




次回、バトルメインです。

旧き世代VSレイ、アスタルテ戦。

古城(と後から雪菜)VSアスタルテ、レイ戦

レイは実は元天使。が、天使の力は失っており現状は使えません。詳しくはおのおの本編にて説明していきます。

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