ストライク・ザ・ブラッド―真祖の守護者―   作:光と闇

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真夜中の闘い 前編

 時刻は深夜に近い夜。絃神島東地区(アイランド・イースト)の倉庫街。ほとんど無人の工業地区に白いワンピースを着た白髪少女・レイがいた。

 古城に別れを告げてから適当にぶらついていたレイだったが、強大な魔力を感じ取ってこの倉庫街に来ている。

 強大な魔力とはいえ、真祖には程遠く、長老(ワイズマン)貴族(ノーブルズ)ともいかない〝旧き世代〟の吸血鬼だが。

 その〝旧き世代〟は眷獣をまだ召喚していない。が、レイには吸血鬼が魔力を発しただけでその位置を把握出来るのだ。

 そして、

 

「………?〝旧き世代〟と対峙してるのは―――人間(ヒト)人形(ホムンクルス)!?」

 

 魔力を発している〝旧き世代〟の下へ辿り着いたレイが見たのは、彼と対峙していたのが吸血鬼(どうほう)ではなく、人間と人工生命体(ホムンクルス)だった。

 人間の方は大柄な男だが、人工生命体(ホムンクルス)の方は小柄な少女だ。男は歴戦を潜り抜けた猛者に思えるが、少女の力では〝旧き世代〟どころか吸血鬼にさえ勝てそうな雰囲気はない。

 故にレイは動いた。〝旧き世代〟から彼らを護る為に。既に主を失っていた彼女に最早迷いなどない。

 

「―――そこまでなのですよ!」

 

 そう言ってレイが彼らの間に飛び込んで両手を広げた。

 

「ぬ!?何故、このようなところに民間人が………!?」

 

 レイの乱入に驚く大柄な男。彼の隣にいる無感情な人形も驚いているのか瞳を見開いていた。

 一方、〝旧き世代〟の吸血鬼は落ち着いた物腰でレイを真正面から見つめ言ってきた。

 

「私は民間人に危害を加えるつもりはない。大人しく退()くならば見逃そう。それにお嬢さん、貴女は勘違いしている」

 

「………勘違いですか?」

 

「ええ。私が彼らを襲っているのではなく、彼らが私に喧嘩を売ってきた。故に私はそれに応えようとしているだけだ」

 

 上品な背広(スーツ)に身を包んだ〝旧き世代〟の長身の男はそう言った。

 レイは目を瞬かせると、振り返って大柄な男に訊いた。

 

「………そうなのですか?」

 

「ええ、その魔族の言う通りですよお嬢さん。故に我らの戦いの邪魔はしないでいただきたい」

 

 そう言って大柄な男は鋭い視線でレイを睨む。

 レイは、そうですか、と納得する。が、ふと彼の恰好が気になってじっと眺めた。

 金髪を軍人のように短く刈った、身長二メートル近い外国人。四十前後の年齢とは思えないガッチリとした体格の男。

 聖職者のような法衣を纏い、その下には金属製の鎧―――軍の重装歩兵部隊が使用する装甲強化服。そして、彼の右手には金属製の巨大な刃を備えた重そうな戦斧・半月斧(バルディッシュ)

 ………()()()のような法衣?まさか、彼の正体って―――!

 レイがハッとして大柄な男の正体に気づくと、彼に近づき訊いた。

 

「失礼ですが………貴方様はもしかして―――西欧教会の者ですか?」

 

「む?はい、そうですが………それが何か?」

 

 法衣の男が怪訝な表情でレイを見下ろす。

 まさかこの娘、教会の関係者か?それにしては幼すぎるし見かけない顔だが。

 法衣の男がレイを観察していると、彼女はふいに背を向けて告げた。

 

「なら、貴方様方は下がってください。〝旧き世代〟は僕がお相手しますのです」

 

「む?貴女が、ですか?」

 

「はいなのです」

 

 レイは首だけを動かして法衣の男を見返し、頷く。

 この娘、我々の獲物を横取りする気か!?それはさせない。あの魔族の魔力は我々にとって重要な餌なのだから。

 一方、〝旧き世代〟の男はフッと笑い、

 

「その選択は感心しないな。貴女のようなお子様が、この私に勝てるとでも?」

 

「はいなのです。むしろ貴方()()()に負ける気はしないのですよ」

 

 レイが余裕の笑みで返すと、〝旧き世代〟の男は眉をピクリと上げて彼女を睨みつけた。

 

「愚かな小娘。この私を舐めたことを―――後悔するがいい!」

 

 そう言って〝旧き世代〟の男は全身から膨大な魔力を放出させ、己が血の中に潜む眷獣を召喚した。

 彼が召喚した眷獣は、巨大なワタリガラスに似た漆黒の妖鳥。

 翼長は余裕で十メートルを超えており、闇を固めたような巨体が姿を現した。

 妖鳥の全身を暴風が包み込んでいる、爆発そのものを象徴している眷獣だった。

 

「ほう………!さすがは〝旧き世代〟の吸血鬼ですね。昨夜の彼とは段違いの魔力です」

 

 法衣の男の口元に笑みが浮かぶ。これほどの魔力があれば、計画に移っても支障はないだろう。一つの問題を除けばだが。

 レイは漆黒の妖鳥を見上げるだけでその場から動こうとしない。

 それを見た〝旧き世代〟の男はフッと嘲るようにレイに言った。

 

「どうした小娘。さっきまでの威勢はどこへいった?」

 

「……………」

 

 しかしレイは答えない。じっと妖鳥の眷獣を見上げたまま身動ぎ一つもしないでいる。

 そんな彼女の様子に〝旧き世代〟は、恐怖で動けないようだな、と思い込み更に笑う。

 

「ふふ、私の力を目の当たりにして動くことさえ出来ないようだな。だが逃しはしない。貴様に舐められたままでは気が収まらないからな。恨むなら、己が力量を見誤った己自身を恨め―――!」

 

 そう叫び〝旧き世代〟の男は両腕を広げる。すると、妖鳥の眷獣はレイを威嚇するように両翼を大きく広げて突風を巻き起こす。

 だが彼の攻撃はまだ始まってすらいない。ただ翼を広げただけで、レイ達を吹き飛ばしかねない突風が巻き起こっただけなのだ。

 それから直ぐに妖鳥の眷獣の巨体が溶岩に似た琥珀色(アンバー)に輝くと、大きな口を開けて巨大な火球を吐き出した。

 

「む、まずい!アスタルテ!」

 

命令受諾(アクセプト)―――」

 

 法衣の男の命令に従い、藍色の髪に薄い水色の瞳、膝丈までのケープコートで身体を覆っている小柄な少女・アスタルテが抑揚のない人工的な声で応え、右手を上げた。

 防御結界でも張ろうとしたのだろう。だがその必要はなかった。何故なら妖鳥の眷獣が吐いた火球はレイには当たらず―――逆に〝旧き世代〟の男に直撃して彼の方が吹き飛ばされたからだ。

 

「………ガハッ!?」

 

 自身の眷獣の攻撃をまともに受けた〝旧き世代〟の男は、凄まじい爆発に巻き込まれて吹き飛び、倉庫の壁に叩きつけられた。

 全身血塗れになった〝旧き世代〟の男は、ズルズルと背中を壁に擦り付けながら地面へと崩れ落ちる。

 妖鳥の眷獣は、宿主たる〝旧き世代〟の男が重傷を負ったことにより実体化を保てず消滅した。

 その光景に法衣の男は驚愕し瞳を見開いた。一瞬、レイが何をしたのか理解出来なかった。が、彼女の眼前に展開されている光のようなものを見て理解した。

 レイの正面に浮き上がっていたのは、宝石のような美しい煌めき。彼女を護るように突如出現した白く透き通った宝石の壁は、金剛石(ダイヤモンド)のような輝きを放っている。

 これはまさか、魔力を反射した!?相手の眷獣の攻撃をそのまま返したというのか………!

 そしてレイ自身からも金剛石(ダイヤモンド)のように輝く魔力が迸っている。彼女から放出されている魔力は〝旧き世代〟とは比べ物にならないほど桁外れなものだった。

 それこそ貴族(ノーブルズ)と同等もしくはそれ以上の―――もしやこの娘が噂の第四真祖なるものか?………いや、それはないな、と否定する。

 何故なら、レイは吸血鬼とは思えないからだ。彼女には吸血鬼特有の巨大な牙や紅い瞳、そして何より眷獣を召喚出来ていないのが吸血鬼ではないことを教えてくれている。

 ならば、どうして彼女は真祖に匹敵するほどの魔力を有しているのか。とても興味深い内容だ、と法衣の男は笑う。

 一方、レイは〝旧き世代〟の男が動かなくなっているのを確認すると、魔力を消して法衣の男と人工生命体(ホムンクルス)の少女の方へ向き直る。

 

「もう大丈夫なのですよ、西欧教会の方と人形(ホムンクルス)さん」

 

「そのようですね―――む?」

 

 頷こうとして、不意に眉を顰める法衣の男。そんな彼をレイが不思議そうに見つめると、

 

「………アスタルテ」

 

命令受諾(アクセプト)執行せよ(エクスキュート)、〝薔薇の指先(ロドダクテュロス)〟」

 

 法衣の男がアスタルテに命じて、その彼女は頷き、人工的な声で告げた。

 すると、彼女のコートを突き破って半透明の巨大な腕が出現した。それは虹色の輝きを放ちながらレイの真横を通過し、

 

「―――ガッ!?」

 

 彼女の背後にいた〝旧き世代〟の男を殴り飛ばした。巨大な腕に殴られた彼は苦悶の声を洩らしながら吹き飛び、別の倉庫の壁に叩きつけられた。

 如何に〝旧き世代〟といえど眷獣の攻撃を二度もまともに喰らってしまえば、最早立ち上がる力も残っていない。彼はそのまま力尽きたように地面に倒れて動かなくなった。

 レイは目を瞬かせながらアスタルテを見つめる。人工生命体(ホムンクルス)が眷獣を?と言いたげな表情で。

 法衣の男は、やれやれ、と呆れたようにレイを見つめた。

 

「あの魔族が最後の力を振り絞って貴女の寝首を掻こうとしていましたので倒しておきました。これであの魔族は暫く動けませんが………油断大敵ですよ、お嬢さん」

 

「え?あ、ありがとうございます」

 

 慌ててお礼を言うレイ。〝旧き世代〟の再生力を侮っていた自分が恥ずかしいのか赤面していた。

 そんな彼女に、まあいいです、と法衣の男は息を吐く。今は彼女に説教するよりも何者なのか訊く方が先だ。瀕死のダメージを負わせた〝旧き世代〟の吸血鬼の再生が完治する前に。

 

「お嬢さん、貴女はいったい何者ですか?私が西欧教会の者だと知って、我々を護ってくださいましたが。それに先ほどの魔力もそうです。真祖と比べても遜色ない魔力を持っているようですが」

 

 法衣の男の質問にレイは、それは、と口を開きかけたが直ぐに閉じて返答を躊躇った。

 自分の正体を話すのは簡単だ。しかし、本当にこの男に打ち明けてよいものなのか?()の新しい主になってくれるのだろうか?

 レイがそんなことを考えながら中々答えられないでいると、

 

 

「―――見つけたぜ、レイッ!」

 

 

 聞き覚えのある声に呼ばれて、え?とレイは振り返る。すると其処には、全身汗まみれで呼吸を乱している男が―――元主・暁古城がいた。

 

 

 

 

 絃神島南地区(アイランド・サウス)。九階建てマンションの七階・七〇四号室、暁家。

 雪菜は気を失っている古城の妹・凪沙をベッドに運んだあと、彼女の様子を心配そうな表情で見つめていた。

 レイの家出を知ってショックを受けて気絶してしまった凪沙は、あれから一向に起きる気配がない。

 雪菜は、凪沙がレイのことを本当の妹のように可愛がっていたことを知っていた。彼女がレイの話をする時はとても楽しそうだった。

 彼女達が出会って一緒に暮らすようになったのは数日と浅いが、凪沙にとってレイは大切な妹のようなものだったのだ。

 それなのにレイは去ってしまった。きっとレイの家出が自分のせいなのだと彼女は思ってしまい、そのことが辛くて悲しくて堪えきれなかったのだろう。

 けどそれは誤解だ。凪沙は何も悪くない。かといって勘違いして出ていったレイが悪いというわけでもない。悪いのは―――暁先輩とわたしだ。

 レイにとって古城は主であり、彼女の拠り所だった。だから彼女にとって、その主である古城に『いらない』と告げられてしまえば、それは『捨てられた』と思うのが自然なのだ。

 古城は彼女の主なのにそれに気づけなかった。いや、気づいてやれなかった。彼はもっと彼女の気持ちを理解してあげるべきだったのだ。

 そして、レイの気持ちに気づいていたのに気づかないフリをしてしまった雪菜にも非があった。

 雪菜は本当は、レイの異変に気づいていた。古城に『迷惑』と言われた時の彼女の表情を見た時から。

 そのあとのレイの儚げな表情で紡いだ古城への質問の意味も。

 レイが古城を慕っていたからこそ、彼のちょっとした言葉が彼女を深く傷つけてしまうものだと雪菜は理解していた。

 理解していたはずなのに雪菜は、レイの気持ちを古城に伝えなかった。それを伝えなかったのは、雪菜がレイに嫉妬してしまったせいなのだろう。

 いつからだろうか。最初に古城と出会った時は、ただの監視する、もしくは抹殺すべき危険な存在としか彼を見ていなかった。

 だが、ハンバーガー店の時の、古城から色々話を伺った時のことだったか。雪菜に古城は〝天敵〟でしかないはずの自分を心配して『死なれては困る』と言ってくれたのは。

 雪菜はそんな彼に心配されて、その優しさが嬉しかった。思わず彼にときめいてしまいそうなほどに。

 だから雪菜は、その彼に大事に想われているレイを羨ましく思い、いつの間にか嫉妬し、彼女を邪魔な存在と思ってしまったのかもしれない。

 それ故に、レイが古城の下から去ろうとしているのを止めずに、むしろ彼女が消えたことを内心喜んでしまったのだろう。

 わたしはなんて最低な人間なんだ。レイの方はたしかに自分には冷たく容赦なかったものの『出ていけ』とは一言も口にしていないというのに。

 ………先輩があの子を連れ帰ってきたら、あの子を無視しないで今度はちゃんと向き合おう。それから彼女と仲良くなろう。仮令それを彼女が望もうとしなくても―――

 

 ズンッ!

 

「………え?」

 

 雪菜はハッと顔を上げる。今の揺れは!?それにこの魔力………かなりの大物吸血鬼が暴れている!?

 

「―――っ!?まさか、先輩が巻き込まれてるんじゃ………!」

 

 雪菜は嫌な予感がした。もしかしたら古城がレイを捜している途中で吸血鬼に襲われてしまったのではないか?いや、でも彼を襲う理由が見当たらない。

 何故なら古城の正体を知るものは、少なくとも魔族にいないはずだからだ。

 なら大物吸血鬼が暴れている理由は何?もしかして、実はレイは新しい主を見つけていて、それが今暴れている吸血鬼。その吸血鬼から古城がレイを取り返そうとして戦闘になった………という線はどうか。

 これなら吸血鬼が暴れている理由に説明がつく。だとしたら先輩が危ない!助けにいかなきゃ!

 其処でハッと我に返る。違う。彼に凪沙のことを頼まれたではないか。その彼女をほったらかしにして助けに向かえばきっと彼は怒るだろう。

 けど古城が心配で助けにいきたい想いの方が強い。一体どうすれば―――

 

「―――あの坊やが心配か、獅子王の剣巫よ」

 

「………え?」

 

 不意に冷たく澄んだ声が雪菜の耳に届く。その声の主の方に目を向けると、気絶していたはずの凪沙が目を覚ましていた。

 

「凪沙………さん?」

 

 が、彼女が纏う気配はさっきまでのとは別人のようで、虹彩の開ききった彼女の大きな瞳は凪いだ水面のようになんの感情も写していない。

 雪菜は凪沙のこの状態を知っているような気がした。神憑りか、或いは憑依かもしれないと。

 凪沙の姿をした『何か』はフッと笑って雪菜に告げた。

 

「心配なら()()くがいい。この娘のことなら心配は無用だ。………我が共に在るからな」

 

「我が共に在る………?あなたは、いったい………」

 

 雪菜が彼女に問うが、彼女は何も答えない。代わりに凪沙が纏っていた異様な気配は消え、凪沙の健やかな寝息が聞こえてきた。

 そんな凪沙を見て雪菜は安堵した。しかし、先程の謎の存在が気にかかる。

『我が共に在る』。その意味は一体なんなのか?それに彼女は一体何者なのか?

 だが、それを考えている余裕など今の雪菜にはない。古城の身に危険が及んでいるかもしれないのだから。

 

「先輩………!」

 

 雪菜はギターケースを背負い、急いで吸血鬼が暴れている現場へと向かうのだった。




予告詐欺すみません。思ったより文字数が多くなってしまったので今回はここまでです。

次回 真夜中の闘い 後編

ようやくレイを見つけた古城。だがそんな彼に法衣の男と人工生命体が立ちはだかり………さらには瀕死だったはずの〝旧き世代〟の吸血鬼も再生を終えて乱入してきて、古城はその闘いに巻き込まれる羽目になった。

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