ストライク・ザ・ブラッド―真祖の守護者―   作:光と闇

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密会天使と不穏な影

「………監視ですか?」

 

 レイが目を瞬かせながら訊き返す。青髪少女は、ええ、とにこやかな笑顔で答えた。

 

「〝――〟様は真祖(かれら)にとって危険な存在だからですわ」

 

「私が危険………?あ………そうですね。真祖(かれら)にとって〝――〟は脅威の存在でしたね」

 

「そうですわ。たしかに天使としての力を失っていても〝――〟様は十分お強いですけれど、真祖(かれら)にとっては他愛のない子供のようなものですわね」

 

「うぐ………」

 

 青髪少女が淡々と告げる容赦ない言葉がレイの胸を深々と抉る。まあ、真祖(かれら)に今の自分が勝てるとは思えないが。

 

「〝――〟様にもしものことがあっては、〝――〟が表に出てきて大惨事になりかねませんわ!………(わたくし)としては後者よりも〝――〟様の身の方が心配ですけれど」

 

「そうですね………無理はしないように心がけます。ふふ、ありがとうございます、〝――〟」

 

 自分の心配をしてくれる青髪少女に優しい笑みを浮かべながらお礼を言う。青髪少女は照れ臭そうに頬を掻く。

 

「………ところで〝――〟。他の子達の様子はどうですか?」

 

「他の子達かしら?そうですわね………〝――〟は第一真祖(ロストウォーロード)の監視を、〝――〟は第三真祖(ケイオスブライド)の監視を続けておりますわ」

 

「そうですか。それで、第二真祖(フォーゲイザー)様の監視はどうするつもりですか、〝――〟?」

 

「も、勿論両方頑張りますわよ!………〝――〟様優先で♪」

 

「……………〝――〟?主なる神の命は『絶対』ですよ?」

 

「う………わかりましたわ。第二真祖(フォーゲイザー)の監視優先で、〝――〟様の監視もこなしてみせますわ」

 

 拗ねたように唇を尖らせて言う青髪少女。そんな大きな子供に苦笑いを浮かべるレイ。

 しかし、直ぐに調子を戻した青髪少女は、突如右手を前に突き出して―――一振りの長剣を虚空より出現させた。

 

「え?」

 

「〝――〟様。私が四六時中ご一緒できない代わりに、護身用としてこの剣をお渡ししておきますわ」

 

 そう言って青髪少女は、たった今、顕現させた長剣をレイに渡した。

 それは黄金の柄を持つ両刃の片手剣。フランスのある叙事詩に登場する、()の英雄が手にしていた聖剣によく似ていた。

 

「………〝――〟、この聖剣は」

 

「うふふ、〝――〟様の想像通りの代物ですわ」

 

「………どうして〝――〟が?」

 

「それは―――内緒ですわ」

 

 悪戯っぽく笑う青髪少女。レイはムッと納得いかないような表情で青髪少女を見る。

 そんなレイを、青髪少女はニヤリと笑って見つめ返し、

 

「〝――〟様は、そんなに私の秘密が知りたいのかしら?」

 

「………へ?」

 

 青髪少女の意味深な発言にきょとんとするレイ。青髪少女はレイの顎を持ち上げてクスリと笑い、

 

「私の秘密が知りたいのならば………〝――〟様のその愛らしい唇を奪ってもよろしいのなら、教えて差し上げてもいいんですのよ?」

 

「ふぇ!?」

 

 とんでもない発言をした青髪少女に、レイは堪らず悲鳴を上げた。そして、みるみるうちに頬を紅潮させていく。

 その愛らしい悲鳴を聞いた青髪少女は、まあ!と興奮気味に声を上げる。

 

「『ふぇ!?』って言いましたわね、『ふぇ!?』って!あぁ、いいですわねぇ………かつての凛々しいお姿の〝――〟様も素敵でしたけれども、こういう一面もありですわね………なんだか新鮮で」

 

「………あの、〝――〟?できればそろそろ離して欲しいのですが」

 

「え?『抱き締めて欲しいです』!?まぁまぁ、なんて積極的かつ大胆なんですの!勿論、私の胸はいつでも〝――〟様を受け入れる準備万端ですわよ!」

 

「そんなこと一言も口にしてませんよ!?あと、然り気無く私を引き寄せて抱き締めようとしないでください!」

 

 レイが指摘すると、青髪少女は唇を尖らせて渋々離れた。

 

「〝――〟様に拒まれてしまいましたし、私はこの辺で失礼させてもらいますわ」

 

「え?いえ、別に〝――〟を拒んでるわけではないんですが………!」

 

 レイが慌てて手を振り否定する。それに、え?と驚いたような表情で青髪少女は見つめてきて、

 

「………それは本当ですの?」

 

「はい、本当ですよ」

 

「本当の本当にですの?」

 

「本当の本当にですよ」

 

「本当に、私と愛を語らってくださいますの!?」

 

「もちろ―――ってそれは違いますよ!?」

 

 頷きかけたギリギリのところでハッとおかしな点に気がつき、慌てて否定するレイ。

 青髪少女は、惜しかったですわ、と非常に残念そうな表情で呟き、

 

「仕方がありませんわね。本当は〝――〟様の唇を奪えればよかったのですけれど………今回は頬で我慢しますわ」

 

「え?頬は確定なんですか!?」

 

「うふふ、そうですわ!カ・ク・テ・イですの!」

 

 楽しげな表情でレイに迫る青髪少女。右頬をレイに向けながら。

 レイは暫く逡巡したが、まあ頬くらいなら、と青髪少女の両肩に手を乗せると、背伸びして―――

 

「………ん」

 

 ―――青髪少女の右頬に口づけした。その瞬間、青髪少女はとても嬉しそうな笑みを浮かべていた。

 

「………〝――〟様の愛、今度こそ戴きましたわ♪」

 

「ふふ、仕方のない子ですね、〝――〟は」

 

 苦笑しながら青髪少女を見つめるレイ。喜んでくれたのなら別に構わないけど。

 青髪少女は満足したような表情を浮かべると、レイにニコリと微笑み、

 

「それでは〝――〟様。私はこれで失礼致しますわ」

 

「はい。わざわざ遠いところから来て頂きありがとうございました。道中はお気をつけてくださいね、〝――〟」

 

「うふふ、第二真祖(フォーゲイザー)の下へ転移すれば一瞬ですので心配はご無用ですわよ〝――〟様」

 

「あ………そうでしたね。転移出来ないのは私だけですね」

 

 私としたことが、と恥ずかしそうに頬を掻くレイ。そう、天使の権能が使えなくなっているのはレイだけなのだ。

 ………完全に使えなくなった、というわけでもない。凪沙の恐怖や古城の焦りなどを落ち着かせた()()()()()は使えた。

 今のところ、自分が出来ない天使の権能は―――転移や翼、そして神気くらいだろう。

 

「うふふ、そうですわね。私や他の子達は〝――〟様のような状態ではありませんので、主なる神に与えられた天使の権能はどれも使えますわ」

 

「………ということは、天使の中で最も弱いのは、私になりますね」

 

「そうなりますわね。かつて最強の天使だった〝――〟様は、今は最弱の天使………けど安心してくださいまし。私が魔族魔獣悪魔などの全ての『魔』から〝――〟様を御守り致しますわ」

 

「〝――〟………!」

 

「御守り致しますから、〝――〟様、是非私の(もの)に」

 

「な・り・ま・せ・ん!」

 

「むぅ………〝――〟様のいけずぅ!」

 

 唇を尖らせて拗ねる青髪少女。まったく、油断も隙もないですね、この百合天使は、とレイは溜め息を吐く。

 

「………ふふ、聖剣、ありがとうございます、〝――〟。大切に使わせていただきますね」

 

「うふふ、どういたしましてですわ」

 

 微笑み合う天使達。それから、青髪少女は会釈して、

 

「それでは〝――〟様。ご武運をお祈り致しますわ」

 

「ありがとうございます。またお会いしましょう、〝――〟」

 

 勿論ですわ、と青髪少女はニコリと微笑むと、虚空に溶け込むようにして姿を消―――

 

「―――あ、あと最後にお一つ。〝――〟様に忠告がありますの」

 

「………え?忠告、ですか?」

 

 青髪少女の言葉に、表情を硬くするレイ。そして、青髪少女は、聖母に神の子の誕生を『お告げ』した時のように、レイに忠告(よげん)した。

 

 

「今日の昼過ぎに、殱教師様の手によって―――()が殺されますわ」

 

 

「―――――ぇ?」

 

 天使の残酷な忠告(よげん)に、レイの全身は氷のように冷たくなっていく感覚がした。

 

 

 

 

 その頃、古城と雪菜は学校に向かう道中で昨夜の件について話し合っていた。

 

「………昨夜は、ずいぶん派手にやらかしましたね。被害総額は五百億円だそうです」

 

「う………」

 

「先輩は不老不死の吸血鬼ですから、五百年くらいかければ弁償できるかもしれませんね。それでも毎年一億円ずつ返済しなきゃなりませんけど。利子はいくらくらいになるんでしょうね」

 

 なんで俺だけなんだよ!?と内心で叫ぶ古城。それを口にしないのは、文句を言える立場ではないからだ。

 

「………もしかして、もう昨日のことは報告したのか?獅子王機関だかなんかの上司に?」

 

 古城は雪菜の顔を恐る恐る見つめて訊く。雪菜は薄く溜め息を吐き、

 

「もちろん報告しました。レイさんを取り戻すからといっても、あれはやりすぎです」

 

「う、そうだよな………あれはやりすぎだよな」

 

 古城は深く反省する。が、ハッと嫌な予感がして雪菜を見つめ、

 

「………まさか、姫柊と()り合うことになったりするのか?」

 

「それは獅子王機関からの返答次第ですね。先輩やレイさんが危険な存在と判断されてしまったら、その時は、わたしは二人を抹殺しなければなりません」

 

「はぁ!?なんで俺だけじゃなくてレイまで抹殺対象になってるんだよ!あいつは関係ないだろ!」

 

 古城が雪菜を睨みつけて叫ぶ。しかし、雪菜は古城を睨み返し、

 

「レイさんは先輩と同じ第四真祖の能力を自在に使えるんですよ?関係ないわけないじゃないですか」

 

「ぐ………」

 

「それに、昨夜のあの爆発事件は先輩とレイさんが引き起こしたんですよ?危険度は先輩の眷獣と同じと見てもおかしくありません。それでも彼女は安全だと言いきれるんですか?」

 

「それは………!」

 

 雪菜の尤もな意見に、反論できずに歯噛みする古城。

 そんな彼を、雪菜は、大丈夫ですよ、励まして、

 

「まだそうとは決まってわけではありませんから。それにわたしだって、先輩やレイさんを討ちたくありません」

 

「………え?」

 

「だって、先輩とレイさんは危険な存在ですが………悪い吸血鬼と天使(ひとたち)には見えませんから」

 

「―――っ、姫柊………!」

 

 微笑んで言ってくる雪菜。古城は彼女のその言葉だけで救われたような気がした。

 だからなのだろうか、古城も雪菜の為に、何かしてやれることはないか、と考えるようになったのは。

 

「ありがとうな、姫柊。俺たちのことを想ってくれて」

 

「ふふ、先輩こそ、あのときはありがとうございました」

 

「ん?なにがだ?」

 

「………先輩、言ってくれましたよね。わたしに、死なれちゃ困る、って」

 

「………ああ。たしかに言ってたな。それがどうしたんだ姫柊?」

 

 古城が問うと、何故か雪菜は頬を赤らめて、嬉し恥ずかしそうに頭を掻きながら答えてきた。

 

「先輩に、死なれちゃ困る、って言われてわたし、とても嬉しかったです。その………ありがとうございました」

 

「お、おう」

 

 素直にお礼を言ってくる雪菜に、古城は照れ臭そうに頬を掻く。

 ………けど、姫柊のその愛らしい表情が見れるなら、言った甲斐があるな。

 古城はフッと笑い、それから覚悟を決めたような瞳で雪菜を見つめ、

 

「………なあ、姫柊。一つ、わがまま言っていいか?」

 

「え?なんですか、先輩?」

 

 雪菜はきょとんとした表情で古城を見つめ返す。古城は頷き、言った。

 

「もし、獅子王機関が俺やレイを抹殺しろって言ってきたらさ、その時抹殺するのは―――俺だけにしてくれねえか?」

 

 え?と雪菜は目を瞬かせる。それは一体どういう意味だろうか。

 古城は雪菜の疑問にこう答えた。

 

「レイは俺と違って第四真祖の能力を自在に使えるだろ?」

 

「………そうですね。これまででわたしが知る限り、レイさんは四種類の能力を使用していました」

 

 雪菜のいう四種類。それは、銀水晶・漆黒・黄金の魔力と、今朝彼女が話してくれた〝霧化〟の四種類のことだ。

 古城は、ああ、と頷いて続ける。

 

「それに比べて俺は………眷獣を一体もまともに制御できない駄目吸血鬼だ。危険性ならあいつより断然高い」

 

「え?制御できないんですか………?」

 

「ああ。あいつらは、俺のことを宿主だと思ってないんだよ。昨夜、あの獅子の眷獣を使えたのは、姫柊とレイを救いたいって想いが、眷獣(あいつ)にもあったからなんだ」

 

 そう。古城が〝獅子の黄金(レグルス・アウルム)〟を従えたのは、雪菜とレイを救いたい想いが一致したからだ。今はもう、古城が召喚できる眷獣ではなくなっている。

 そうなんですね、と雪菜は納得する。ということは、昨夜の眷獣は完全に制御出来てなくて、半ば暴走していたのではないか。

 

「………先輩の言う通り、レイさんの危険性は、先輩に比べたら極めて低いと思います」

 

「だろ?だから―――」

 

「先輩」

 

 古城の言葉を遮って、雪菜が口を挟んだ。

 

「レイさんを庇う理由は、それだけじゃないですね?」

 

「………わかるのか?」

 

「はい。わたしは先輩の監視役ですから」

 

 雪菜がそう答えると、いや、監視役は関係ねえだろ、と密かに心の中で突っ込む古城。

 だが、雪菜が自分の想いを理解してくれるような気がして、彼は真の理由を告げた。

 

「………なんていうかな。もし、レイが死んだら―――アヴローラのやつが悲しむと思うんだ」

 

「アヴローラ………というのは、もしかして先輩が前に言ってた先代の第四真祖のことですか?」

 

「ああ。それに凪沙だって、レイが死んだなんて知ったら、絶対に悲しむ」

 

「凪沙さんが悲しむから、ですか。それなら先輩も同じじゃないですか。なのに、どうして自分はいい、みたいなことが言えるんですか?」

 

 雪菜の尤もな発言に、古城は、そうだな、と頷く。それから、古城は雪菜を優しげに見つめて、

 

「………俺もよくわからねえけど、なんだろうな。()()()()()、殺されてもいい、って思えるんだよ」

 

「え?………せ、先輩?それって―――」

 

 古城の意味深な発言に、雪菜の頬がみるみるうちに真っ赤になっていく。

 古城も、わけもわからず恥ずかしくなって頬を赤らめる。俺は一体なにをいってるんだ、と。

 これじゃあまるで、自分が雪菜のことを―――

 

「………っ!?」

 

 古城と雪菜は、不意に間近に禍々しい力を感じて振り向く。するとそこには、見知らぬ人影があった。

 背格好はレイの一回り高い、黒のフードを目深に被った者だ。

 雪菜は怪訝な表情で、黒フードを睨み、

 

「あなたは、何者ですか?」

 

「……………」

 

 雪菜が何者かと問う。だが黒フードは何も答えない。代わりに黒フードは口を開き、

 

 

「―――あの娘に、手を出すな」

 

 

 黒フードは、少年のような声音で言ってくる。どうやら性別は男のようだ。

 黒フードの少年の放つ禍々しい力に警戒しながら、古城も彼を睨み、

 

「あんたのいう娘ってのは、レイのことをいってるのか?」

 

「あの娘はレイ、という名ではないが………そうだ」

 

 黒フードの少年は肯定する。それを聞いて雪菜が驚いたような表情で彼を見つめ、

 

「え?あなたはレイさんの本名を知っているんですか!?」

 

「………フン。人間の小娘に教えてやる義理はない」

 

 雪菜の質問を一蹴する黒フードの少年。どういうわけか、彼は『人間』に冷たいようだ。

 黒フードの少年は雪菜から、古城に視線を向けて、

 

「安心しろ、真祖の小僧。あの娘と一緒に貴様も我々が守ってやる。―――『暁』の子よ」

 

「は?」

 

 黒フードの少年の意味深な発言に、間の抜けた声を洩らす古城。

 一方、雪菜は〝暁の子〟というキーワードに驚愕していた。

〝暁の子〟といえば、西欧教会でいう堕天使ルシファーの異名ではなかったか。

 それを暁先輩に向けて言うこの少年は、一体何者なんですか!?

 雪菜が一層警戒して黒フードの少年を睨みつける。彼は、フン、と鼻を鳴らすと、最後に雪菜へ忠告した。

 

「そこの小娘。獅子王機関(虫けらども)に伝えておけ。第四真祖(こぞう)天使(むすめ)に手を出せば―――〝―――(われわれ)〟が容赦しない………とな」

 

「―――――っ!?」

 

 黒フードの少年の凄まじい殺気とドス黒い魔力に当てられて、思わず怯みそうになる雪菜。

 そんな彼女を一瞥した黒フードの少年は、虚空に溶け込むように姿を消していった。

 その禍々しい少年が消えても、古城と雪菜は暫しその場に立ち尽くしていたのだった。




青髪少女の正体………恐らくバレましたね。

〝――〟の中に入るのは単純に天使名の最初二文字だったりします。
真祖が四人なので、監視役の天使も四人。
レイの正体は、最強の天使。
レイ達の主なる神は生or死?

流石に最後に登場した黒フードの少年の正体は誰にも分からないはず………〝―――〟の三文字はバレてるかもですが。

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