「――というわけで今回は,普通の学園らしく職場体験をしてもらうこととなった」
朝のSHRが始まり、千冬姉が開口一番に口に出したのはそんなセリフだった。
「職場体験かー」
俺こと織班一夏がそう独り言のように呟くと、後ろの席から不満が聞こえてきた。
「納得できませんわっ」
席を立ちそう言ってきた声の主はセシリアである。ここ二ヶ月くらいの生活で知った彼女の生活からすれば、学園で生活していればある程度は予想ができる一声だった。しかしそれは彼女セシリア・オルコットが決してわかりやすい性格だとか、ちょろいだとか、高飛車なお嬢様ってあんなんだよねーというその手のゲームをやってる者ならば、一発でわかる性格という名のキャラ設定だとかそんなのではない。あれは彼女なりの個性でありアイデンティティなのだ。だから問題はないのだ。
「何が納得出来ないんだ、オルコット?」
千冬姉はある程度予想が出来るのか、口調がいつも以上にそっけなく感じる。そんなことは気付かない様子でセシリアが言い放つ。
「何故ISについて学ぶように祖国から送り出されてきた私がこのような――」
「黙れ、小娘」
そう千冬姉がピシャリと遮断。
「いいか、オルコット? IS学園と言ってもISばかり扱うのが学校というものでもないんだ。そこまではわかるな?」
そう言い終わると、それまでとはうってかわってやんわりと言う。妙に呆れた感じの表情が気になる。
「つまりだ、オルコット……例え職場体験がこの学園にきてもおかしくはないということなんだ」
……ん? いつも毅然と自分の意見を放つ姉は、何処か違和感のある物言いになっていた。簡単に言えばまるで自分以外の誰かに言えと言われたみたいだ。そしてさらにわかり易く言うなら、あのウサ耳の頭のイカれた(自己規制)人と話している時のような、そんな歯切れの悪さだ。
「つまりだな――」
そう、言葉を言い終わる前に教室の扉が勢いよく開かれ、
「束さん万を持してとーうじょうッ!」
と、馬鹿が飛び出してくる。いや馬鹿じゃない馬鹿と天才紙一重とか言うが天才の方だ……と思う。じゃなきゃ説明がつかない。篠ノ之束が馬鹿だったら俺達は大馬鹿になる。
「そのことについては私が説明してあげるよ、ちーちゃん」
そう言うとクラス中の娘が説明を求める阿鼻叫喚の図の中、束さんは話をし始めた。
「つまりだよ、いつもいつもISの操縦技術だとか順位を競うだとかそういうことばかりするのは、少し高校生らしくないかなー、なんて最近思ったわけですよ」
では何故この学園が出来たっ! とクラス中が全力でツッコミを入れたくなる中、さらに続けられた。
「そういうことなので皆さんっ!殺しあいをs――」
「調子に乗るな、束!」
と話が途中で切られ、それとほぼ同時にスパコーンと聞こえる効果音がクラス中を覆った。
「痛いなーちーちゃん、折角私が『なんかちーちゃんの話途中で切っちゃったけど、ツッコミもこないし、これはきっとちーちゃんが私の奇行を許してくれたという事でいいんだよねっ? よっしゃ燃えてきたっ』って内心すごい興奮していたって、いうのにただそのクラス名簿で顔を叩くだけのチャージ時間だったなんてひどい裏切りだよっ、万死に値するっ」
意味の解らない自己解釈をしていた束さんに対して、千冬姉は続けて言う。
「奇行? そんなものいつものことだろうが、まあしかしお前が不満を現わにするのならば、そうかわかったよ束。すまなかったな」
千冬は一人納得すると何度か呟き、
「これからお前が私の前で馬鹿をすれば容赦なく貯め無しの一撃必殺を見舞ってやろう」
「それはひどいよっ」
「そうか? 嫌なら思いつきで行動するのはやめることだ」
千冬がそう言って宥めると、落ち着いたと判断したのかクラスの生徒が一人千冬姉におどおどとした様子で質問をした。
「あ……あの織班先生? そちらにおらっしゃるのはあの世界的に有名な例のあのお方ですよね?」
そう質問された千冬姉は半ば嘆息するような面持ちで口を開いた。
「ああ……その通りだ。 こいつは篠ノ之束、世界的指名手配犯だ。そしてこの謎の行事を言い出し実行しようとしているのもこの篠ノ之束だ」
「やっほーっ! どうも世界的大天才篠ノ之束でーす。別に仲良くしなくていいけど、話だけは聞いて帰ってねっ」
そう言うと束さんは今回やることになった職場体験をいきなり真面目に説明しだした。千冬姉はというとすでに諦めたという様子で宙を仰いでいる。その様子を漢字一文字で表すとしたら『哀れ』そんな感じだ。
「さて、今回の職場体験なんだけど、実はこのIS学園という高校以外にもIS幼稚園というものがあってね、そこでいわゆる保母さんというものをやって貰おうと考えていますっ」
と、職場体験の内容が徐々に解っていく中、束さんはさらに言葉を続ける。
「ちなみにさっき私が全員やるような感じで言ったけど、実際に体験してもらうのはいっくんとそこの銀髪ちゃんと金髪ちゃんです。はい、皆さん拍手っぱちぱちー」
そう言うとクラス全体が虚をつかれる中、金髪ちゃんことシャルロット・デュノアと銀髪ちゃんことラウラ・ボーデヴィッヒが頭の上に?マークと!マークが同時に出そうな勢いで驚いていた。……もちろん俺もである。
「え……なんで私とラウラとその……一夏なんですか?」
とシャルが質問をする。それに続くようにラウラと俺も口を開く。
「そうだぞ、何故この三人なんだ?」
「俺も同意見ですよ、束さん」
いつもの五人ならまだ解る。確かに束さん自身と多少の面識があるのはいつものメンバーだからだ。まあ、五人の内一人は二組なので、ここでカウントするのは間違いなのかも知れないが……。
「うん、それについては一応理由があるのだよ」
束さんはそう言うと何故か得意気な顔で話だした。
「まず最初にメンバーが三人なのは定員が三人なので。そしていっくんは当然としてあとの二人が 何故、銀髪ちゃんと金髪ちゃんなのかというとそれは銀髪ちゃんが元軍人でその辺りの指導が上手そうなのだということ。そして金髪ちゃんはうん笑顔がいいよね。園児に人気が出そうだよ」
何故俺が当然なのだろうという疑問はまず置いとくとして、今の言葉の中には束さんらしくない言動が含まれていることに俺は気づく。そのことに対して俺は疑問を投げかける。
「そういえば束さん、何故完全身内贔屓で他人に興味を一切抱かない、まるで一種の中二病患者のような貴方が、自分の妹はさしおいて、貴方の嫌いな他人を推薦するんですか?正直俺は今の貴方が気持ち悪いです」
そうなのだ。この自称、世界が認めた(不本意ながら)大天才篠ノ之束が、他人を上にあげるだなんて非常に気持ちが悪い。何かの前触れなのではないかと勘ぐってしまうほどの驚きなのだ。俺がそのことに対して疑問を言うと、束さんは少し沈んだ感じで答えともいうべきことを言ってきた。
「……いっくん。束さんは悲しいよ、まさか妹の大好きな人にそこまでボロカスに言われるなんて、憔悴という言葉の極みだよ。確かにさ、他人は嫌いさ、大嫌いさ。でも時と場所も考えずに嫌いだとかいう人間は社会的にどうなのさ。私は一応そのへん考えてるんだよ?」
「そうなんですか、正直見直しましたよ束さん、別に社会不適合者というわけではなかったんですね」
「うわーん、いっくんが虐めるよちーちゃーん!」
泣きじゃくり千冬姉に飛びつく。千冬姉はよしよしと子供をあやすように束さんの頭を撫でると俺に対して諭すように言ってきた。
「一夏……さすがに言い過ぎだぞ。正論をいうのは簡単だ。しかしその正論というものは一種の言葉の刃なんだ、凶器なんだよ。だからな一夏? ほどほどに虐めろ」
「わかったよ、千冬姉」
「……なんか二人ともホント姉弟だよね」
束さんはそう呆れたとも放心しているとも受け取れるような表情で一言そう呟いた。
そしてその一時の間を縫うように俺の席の左隅の生徒、篠ノ之束の妹である篠ノ之箒が先程の人選のことに対して席を立ち今更ともいうべきことを言ってきた。
「先程、姉さんが私が一夏を大好きという少し聞き流せない発言をしたのは、まあ置いておきます。蒸し返すのはなんだか自分の首を締めるような気がしますので」
もう自分で言っちゃってるよ! というまたしても起こる篠ノ之の家系特有かとも思われるクラス全体でのツッコミは、皆の胸の内で行われた。
「それより姉さんっ! 何故私がその三人の中にいないのですか! 正直私は裏切られた気分ですよ。いつもは私が必要としていない時は贔屓するくせに、こういう時はこれですよ! なんなんですか!」
「ごめん、箒ちゃん少し戸惑ってるなーというのは理解できたから、少し落ちつこうか」
そう束さんは箒を悟すように言い話を続ける。
「当初はもちろん箒ちゃんをメンバーに入れるつもりだったんだよ?でもね……」
束さんは一度言葉をそこで切ると、沈痛な面持ちで続きを喋りだした。
「どうしても……どうしてもだよ? 箒ちゃんが園児達と笑いあってる姿が想像できなくてね……本当に……」
もう一度言葉を切り今度は悲痛な面持ちで一言言った。
「……ごめんね」
「そう……ですか」
箒は最後にそう言うと放心したという様子で席に着く。
その様子を見ていた千冬姉が事態の収集をつけるべく、質疑応答の有無を確かめようとした。
「で……では他に質問がある者はいるか?」
多少言い淀むように言うと、後ろの席からガタッという音がしたが質問は聞こえてこなかったので、次の瞬間クラスは静寂に包まれた。
「では質問がないようなので、この話はここで切るぞ、そして先程の三名はあとで職員室に来い。詳しい話はもう一度そこでする」
そういうと朝のSHRは終わりを迎えた。
「そういえば織斑先生?」
「なんだ?」
「職場体験なんですけど、私達は本当に何も無いんですか?」
クラスの一人が休み時間の廊下で、千冬に聞いた。
「ああ、ない。出番もここで終了だ」
「……そうなんですか」
「本当に悪いとは思っているが、あの束が決めてしまったことだ。」
そして一息つき、千冬は再び口を開いた。
「……諦めてくれ」
その一言は休み時間の騒がしい廊下を荒野のように変化させた。
「ですね。私達はメインではないですもんね」
そう言った女子生徒の顔は力なく笑い、荒野に希望がないことを悟らせた。