「先生っ! 遊ぼ? ねえ、遊ぼっ!」
そう園児達に言われ、俺は遊具のある運動場まで連行される。
自己紹介をしたのはつい3分程前、いきなり束さんにIS幼稚園に連れてこられたのはそれよりも約10分前。合計約13分間の出来事だった。その13分程の間に説明もなしに、いきなりエプロンに着せ変えられ園児達のいる部屋へと誘導された。もちろんシャルやラウラもそうである。
「わかった! 遊ぶっ、遊ぶから手だけ放してくれ、頼む!」
園児達に引かれる俺の姿を例えるとするならば、それは崖から落ちそうになった人間そのものだ。身長差で言えば二倍以上は離れている。その身長差で斜線状に手を引かれればおのずとそうなると……思う。正直、全寮制の学園生活を普通に送っていれば子供に手を引かれるという事自体そうそうないのであくまでも予想だ。
「わかった!」
園児達は話したこと解ってくれたのか、そう言うと皆して一斉に手を離した。
「え? うわっ!」
手を放された瞬間、俺は前のめるように倒れこんだ。園児達に伸し掛ってないか一瞬心配になり、受身を極限まで取らずにいたら、園児達は俺が倒れ込むのを予想していたのか、全員俺から離れていた。そのせいで受身は取れず、頭から床に激突することになった。
「ぐぁっ」
口が反射的に痛みの声を発する。
「一夏先生が倒れたぞ~!」
そして一人の園児が叫ぶ。まるで木こりのようだ。
「よし、じゃあ皆で縄跳び持ってきてガリヴァーごっこしようぜ!」
続いてもう一人の園児が続くように言う。
「なんで、ガリヴァーわかるんだよ……」
俺は痛みを堪えるように、小さくそう呟いた。
あまりにも園児達の扱いが大変だったのでシャルとラウラがどうなっているのか心配になり、そちらの方に目を向けた。そうすると、
「先生、髪きれー」
「先生、花壇に行こうよ~。私たちが育てたお花があるの」
と、周りを囲まれてるシャルの姿があった。しかし、シャルはそういった園児達の言葉を一言ずつ受け止めながら喋る。
「うん、ありがとう。じゃあ、皆のお花見に行こっかっ」
シャルは笑顔でそう言うと、皆で外へと移動しようとした。ある程度まで園児達と遠くまで行くと、多少困った感じの顔でこちらを向いた。声は聞こえなかったが、その時シャルが「がんばって」と口を開いた気がした。
「……」
相手にする子供のジャンルが違くないか? とか思ったがそれは恐らくシャルの仁徳のなせる技だ。俺では無理だろう。……とはいえ先生始めて恐らく数分しか経っていない状態で園児の特性から性格まで見抜いて対応しろなど、シャルにしか出来ないことだと思うのだが……。
しかし、俺は気を取り戻すかのようにラウラの方へと視線を向ける。だが、さっきまであったと思われるラウラの姿はどこにもなかった。どこに行ったのか気になり、おもむろに外へと目を向けるとそこには、ジャングルジムの頂で腕を組みながら仁王立ちしているラウラの姿があった。その姿はさながらガキ大将、いや……獅子だ。千尋の谷に我が子を突き落とした獅子そのものだ。なるほど、ラウラは自分なりのやり方で先生をやろうとしているのか、と尊敬しかけたが、その俺との考えとは裏腹に、園児達はというと、ラウラを追うかのようにジャングルジムを攻略していた。よく見ると、ラウラが「ここまで上がってこい」と言っているような様だった。だがラウラ……いや高校生と違い、園児はまだ身体が未発達であり、中々スムーズには登れていない。そのせいか園児達の表情は険しい。そんな園児達を見下ろしつつ、ラウラの表情はどこか誇らしげであり優越感に浸っている。
「あいつはあいつで何をしているんだ……」
期待をした分、呆れるように呟くと、俺はそろそろ立ち上がろうと腕に力を入れる。しかし腕は動かない。
「あれ? 動かないぞ」
そう言うと園児が俺に言う。
「一夏先生、なんかシャルロット先生とラウラ先生見てたみたいだから、その隙に結んじゃった」
悪魔とも天使とも取れる笑みで園児は喋りかける。しかしなんだというのだろうか? 園児達にからかわれたり、手足を縛られるといった事をされても怒りといった感情は不思議と湧いてこない。これが子供が持つ特有の能力か何かだとしたら、世界は平和になるんじゃないか、そんなことを思ったりもした。……一応、俺がMの人だとか、そういうことではないことだけは弁解しておくが。
「お前ら……」
しかし、いつまでもやられっぱなしというわけにもいかないので俺は言葉を貯め、怒るように園児達に言う。
「いい加減にしろー!」
一言、言い放つと園児達はまるで蜘蛛の子を散らすように逃げて行く。
「うわー、一夏先生が怒ったぞー」
「さっき、シャルロット先生とラウラ先生の方見てたって俺達が言ったから気にしてるんだぜ!」
「だとしたら……気が小さいな」
「ははっ……哀れ」
と、後半だけは妙に子供っぽくない言葉を発している。何て余分な言葉なのだろう。しかし、言われた言葉が言葉なので、少し全力で追いかけてやろうと今度は足に力を入れる。足さえ動けばあいつらを追うことが出来る。しかし、さっきと同じパターンだよ、とトリックスターがいたとしたら思わず言ってしまうだろうと予想を出来るように、両足も縛られていた。
「なるほど……ガリヴァーとはよく言ったものだな」
芋虫にも例えられるような自分の姿に呆れるように呟いた。実際とは違うだろうが、確かにニュアンスは近い。
これが子供か……これがIS幼稚園かっ! と内心で落ち着きながらも不満を言うと、これは本当に大変そうだな、と何故か人事のように思った。
「これからどうなるんだ? 俺達は」
すでに誰もいなくなった空間に呟くと、今日、千冬姉に詳しい説明で呼び出された事を走馬灯のように思い出した。
俺達が謎のウサミミ天才科学者……もとい篠ノ之束にいきなり職場体験を言い渡された日の放課後、俺達は職員室で職場体験の説明を受けていた。
「よし、三人とも揃っているな」
千冬姉は全員が揃っていることを確認すると、一呼吸をおいてから説明を始めた。
「とりあえず、お前達はあの馬鹿……もとい束に選ばれた3人ということになる」
選ばれたという言葉に若干の疑問があるものの、そんな疑問とは裏腹に話は続けられる。
「場所はIS学園よりそう遠くない施設、IS幼稚園。まあ、最近出来た施設でな、人手が足りないという理由からお前達を一時的な先生として使うことになった」
間髪入れずに話は続けられる。
「とりあえずは……今から行ってもらうことになる。今すぐ自室に戻り準備してこい」
「「「へ?」」」
今、俺達三人の声はシンクロした。
「聞こえなかったのか? すぐに準備してくるんだ。ああ、一応お前たちの単位は期間中だけは自動的に取得できるようにしておいたから感謝しろよ」
「そんなことよりも急すぎるわっ」
俺はそう驚きながらも声を上げるとシャルとラウラもぶんぶんと首を縦に振っていた。
「一夏、確かに急過ぎると思うし、悪いとは思っている。だがなこれが私に出来る唯一の施しなんだ……解ってくれ」
千冬姉は困ったような顔をしながら言う。千冬姉が困った顔をするときは決まってあの人が現れる。だから俺は反射的に身構えた。
その直後、束さんがまたしてもガラガラっと勢い良くドアを開けて入ってきた。
「束さん再び参上ー!」
「あんたは台風かっ!」
俺はすぐさまツッコミを入れた。毎度毎度、なんなんだこのパターンは? 千冬姉が困った顔をする=束さん登場、これは一種の数式なのか? 数学なのか? こんな事を学ぶ学科があったとしたらその学科の生徒皆が、トラブルメーカー(厄介者)という資格を持っているのだろう。俺だったら絶対に学びたくはない。千冬姉はというと、やっぱり来たか……といった表情で呆れていた。思えば千冬姉の言った『施し』とはこういった事なんだ、と理解した。まあ、理解はしたが実行に移せなかったので、今はただただ束さんを恨むしかないが。
「まあまあ、落ち着きなよいっくん、そんな目で見られたら惚れちゃうよ? いっくんもドロドロの姉妹昼ドラは嫌でしょ?」
俺はその言葉にに対して一言、言い返す。
「冗談は存在だけにしてください」
「ちーちゃんー、いっくんがまた虐めるー」
束さんは朝のSHRと同じように千冬姉に飛びつく。
「一夏……」
千冬姉は一呼吸おいてから続きの言葉を発する。
「よくやった」
千冬姉は何処か満足そうな顔していた。その証拠に親指をグッと立てている。やはり友達としてはいいが、こんな人が天才という現実は受け入れたくはなかったのだろう。そう思い、一言返す。
「任せてよ、千冬姉」
何故だかはわからないが、このやり取りが日常化してきていた。
「束さんは、深く傷つきました」
さすがに今日で二回目となると落ち込むのか、束さんはしょげていた。
……だが、今回の束さんは少し違ったらしい。
「でも、束さんは負けません。勝つまでは欲しがりませんよ、ええ、勝つまでは!」
何に勝つつもりなのか? そして一体何が欲しかったのか? そんな一瞬の疑問は束さんだから、という事実だけで説明がつくので、疑問はすぐに空気となり消えた。
「とりあえず、いっくんに金髪ちゃん、銀髪ちゃん行くよ!」
束さんはそういうと俺の手を引き、外に出ようとする。
そうするとシャルやラウラもつられるようにして外に出ようとする。よく見れば後ろで千冬姉が二人の背中を押している。目が語っていた、もうこれ以上私を巻き込むなと。
二人は困惑しながらも前に押し出され廊下へと出される。そうすると廊下の窓の外には近未来的な車が浮いていた。フォルムだけを見ると昔映画で見たゴミをエネルギーに時を超える車に酷似していた。
「束さん、なんですか? あれ」
俺は驚きながらも疑問を口にした。そうすると束さんは一言答えた。
「ああ、デロ○アンだよ」
その一言が言い終わると同時に俺の身体は束さんにより、その車へと身体を投げ出されていた。
シャルとラウラも同じように千冬姉に投げ出されていた。
そして束さん自身は安全に運転席へと飛び乗った。納得いかない。
「さあさあ、皆さん行きますよっ。あの町へ、あの空へ、雄大な大地を駆けましょう!」
そういうとすぐに発進した。
俺達は振り落とされないように車の中に入るので精一杯だった。
そんな状況の中、俺が思った事は何故かたった一つだった。
「大地……駆けてねえじゃん」
そんな無意味なツッコミも虚しく、その車は空中を滑空して行く。
これから向かう場所がとてつもない場所だったとは、あの時の俺達はまだ知らずにいた。