インフィニット・ストラトス~職場体験の事情~   作:あるまⅡ

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どうあがいても移転。




夕日も今日という役目を終え、海の底へと消えようとしている午後五時を回る頃、保育士体験学習メンバーはある一室に呼び出されていた。

 メンバーに言うことがあったらしい。それにしても今日という日は非常によく人に呼び出される日だ。これが下駄箱に入っていた一通の可愛らしい手紙に可愛らしい文字で『今日、放課後校舎裏で待っています。てへっ(はぁと)』という手紙(ラブレター)だったのならばどれだけ良かっただろう。

 普段考えないことを考えて軽くトリップしてしまうくらいに話を理解するのには困難を極めた。

 それほどまでに困難を極めた。

 単語は理解していた。

 意味も理解していた。

 しかし、情報の処理が追いついてこない。こんな経験をしたのはいつぶりだろうか……。そう、あれはこのIS学園に採用されるきっかけになったあの事件(アクシデント)以来ではないのだろうか? 意味の解らないまま世界から注目を受け、期待をされる……いや、期待というのは自分で感じる周りからの視線であり、実際は何らかの実験なのだろう。そんな周りからの半強制的な圧力によりIS学園へと入学をさせらた。まるで遠隔操作をされ基盤が狂わされる機械のように、村人Aがいつのまにか無敵の勇者になってしまうような……例えありえたとしても選択されない現実。それが今、俺の前には存在している。出来ることならばこの現実を破壊してしまいたい。今、俺から理性を取ってしまったとしたら、頭の中に浮かんだ言葉を縦横無尽に選択し、叫ぶだろう。それほどまでにこの現実は受け入れがたい……そもそもこの世界で存在するISという兵器はなんなのだろうか。俺が思うにISとは――

「いっくんっ!」

 園内に響き渡る束さんの声。俺は我に還るかのように反応をした。

「何ですか、束さん?」

「何ですか、束さん? じゃないでしょうっ? いっくんっ。私の話が終わった途端に、無言になって難しい顔しちゃって……そんなに私に心配して欲しかった? ねえ、ねえ~」

 と、視線を微妙にずらすようにして、少しだけ艶やかに俺の顔をつつく。……とてつもなくウザイ。  

 しかしこれで真相は解った。どうやら、俺は束さんの話を聞いてすぐに思案に耽ってしまったようだ。無意識の行動というものであろう。

「心配して欲しいわけではないです。ただ、ヒーローアニメや漫画でよく見る正義が悪に染まる……そんな心理状態をリアルタイムで味わっていただけです。すみませんが、白式を黒式辺りにコンバートしてくれませんか?」

 こんなを体験させてくれた束さんには多少はありがとうと言ってもいいのかもしれない。……まあ、絶対に言うことはないし、そもそも望んでいたわけではないので、そんなものは闇に消えるわけだが。ははは。

「意味がわからないよっ、そんなに私がこの幼稚園の園長だって事実を受け入れたくないの?」

「ええ、大分受け入れがたいです。うっかり雪片を部分展開して突き刺してしまうくらいにはきついですね」

「何に!? 何に突き刺すつもりなのっ」

「そうですね、一言で表すとするならば『兎狩り』ですね」

「私だ……それ絶対、私だよ。だっていっくん私見てるもん、雪片が刺さらなくてもすでに視線が突きささってるもの」

 妙にうまいこと言った束さんは地面に腕を着く状態でうなだれる。ネットスラングで言うところのorzである。

「まあ、束さん元気出してくださいよ。貴方が落ち込んでる姿なんて見たくないですよ」

 そう言い、俺は束さんに手を差し述べる。

「……いっくん」

 束さんは顔に光が射したような顔で手を取ろうとした。

「そうですよ、貴方はキング・オブ・バカ、馬鹿の象徴なんですから、もっと何も考えずに笑ってませんと」

 なにせ束さんには笑顔が似合う。それが馬鹿だからなのか、人柄なのかはわからないがとにかく笑顔が似合う。個人的に言わせてもらえば、前者7の後者3の割合だとは思うのだが。

「いっくんの――」

 俺が笑顔の定理を考えていると、束さんが反応した。

「ばかぁー!!」

 一喝、声が響き渡る。

「ばかばかばかばかばか、ばかぁー!」

 馬鹿の六連撃である。

「兎はね、寂しいと死んじゃうとか言われてるけどね、あれは心が弱いだけなのっ! ガラスのハートなの! ガラスの十代なの! 丁重に扱わないといけないんだから!」

 そう言う束さんにはうっすらと涙目になっていた。後半はすでに教育であり、混乱していることは言葉と目を見れば簡単にわかった。

「ま、まあ束さん落ち着きましょう」

 提案とも言えることを言う。

「いっくんのばかぁー! とにかく私が園長! 篠ノ之束学園長ー! 異論も認めなければ、酢豚のパイナップルも梨も認めないんだからね! うわぁ~ん!」

 しかし、その提案もあっけなく束さんの力押しの言葉により弾圧された。そしてやはり後半だけは混乱していた。そしてその姿は母親にお菓子を買ってもらうまでにお菓子のゾーンを離れない子供そのものだ。へたりこんで上空に顔を向け泣いている。それにしても酢豚は関係ないのだと思うのだが……。まあ、これがある一名の存在をどうか頭の片隅にでも置いてやってください、お願いします、という遠まわしの言葉なのだとしたら、俺はこの人のことは侮れない。そう思った。

「解りました、解りました! 認めます、認めますから!」

 俺は多少大げさにランゲージしながら言う。

「本当に、認めてくれる?」

 束さんは涙目の状態で少し上目使いでそう聞いてくる。

 女性のそういった仕草というものは絶対的なもので避けられる者はそういないと思う。

「は、はい」

 照れるように言う。……やはり反則だ。

「ねえ、一夏?」

 照れて若干火照っている俺に対し、それを冷ますかのように、妙に冷ややかな声音が耳を吹き抜ける。

「な、なんだ? シャル」

 動揺し、多少震える声で声の主であるシャルに対し、応対をする。

「あれさー、なんでそんなデレデレしてるのかなー? ちょっとわからないかなー」

 そういうシャルの顔は例えるのならば表情と顔が相反する生き物のようになっていた。笑顔なのだがどこか影が差しているようなそんな……般若。この顔を見ていると背筋の汗が止まらない。人間の極限状態ってこんな簡単に味わえるものなんですね。

「これは……アレだ。男としての本能だ。可愛い子がいたらデレなさいという本能だ」

 正直、混乱している。意味の解らないことを口走ってしまった。まさかの極限状態の二段階目。ここまでくるともはや一種の病的症状に近い。

「……可愛い?」

 シャルの目はもはや据わっている。……というより深淵に沈んでいる。表し方として適切かどうか? と問われれば意見が分かれるだろうが、確かに俺は今、感じた。ニュアンスが本当に近い。いや、近すぎる。

「いや……そのだな」

 これは怖い。意味もわからなく怖い。これが修羅場というものだろう。しかし、別にシャルと付き合っているという事実もない状態で、何故こんな状態になっているのか俺でも疑問でしょうがない。

 そしてシャル越しにラウラの視線を感じたのでそちらの方にも目を向ける。

「……むぅ~」

 ラウラはラウラで、こちらを見て唸っている。そして小さく聞こえる『嫁が浮気をした……嫁が浮気をした……』という言葉は一種の呪詛のように部屋に蔓延していた。

「……怖すぎる」

 ゴリ押しという言葉はよくゲームの攻略として聞くが、これが現実におけるゴリ押しというものだろう。

事実のないまま、俺が二股をしたという状況に陥っている。それを遠目で見ている束さんの顔はしたり顔で笑い転げている。まさしくしてやったりといった感じだ。

「はははっ! いっくん面白いっ! その困り顔すっごく良いっ! はは、ざまぁみろー!」

 屈辱的な笑い声が辺りに響く。この兎、捕獲して世界に売ってやろうか。

「それくらいにしなよ、束」

 俺がそんな世界規模の決意をしようとしたところで、束さんの後ろから見慣れない人が現れる。年は20代前半だろうか、長い髪を後ろで束ねている。性別は女だろう。

「一夏君が殺意の表情で見ているよ」

「いいんだよ~だ。今までのお返しだいっ」

 束さんはそう親しそうに応対をする。

 その束さんの反応に、先程まで唸っていたシャルとラウラの動きが一瞬固まる。確かに固まる気持ちも解る。あの束さんが身内以外の人とまともに会話している。それだけで固まるには充分すぎる理由だ。

「すみませんが、束さん? そちらのお方はどなたですか? 私、織班一夏は非常に困惑しています」

 俺はある種、無意識の状態で束さんに疑問を投げかける。

「どしたの、いっくん? 言葉遣いが本気でおかしいよ?」

 その質問に若干引く感じで束さんが答える。

「いやいや、だってですよ、束さん? シャルとラウラに人並みの会話をしただけでもある種の奇跡だっていうのに、親しげに誰かと話すだなんて貴方から非常識がなくなるようなものですよっ! 何ですかそれはっ!」

「それは……いいことなんじゃないかな? それより、非常識は訂正願うよっ!」

「訂正はできませんよ。絶対に。」

「言い切ったよっ!」

 まったく、自分のことくらい理解してもらいたいものだ。

「まぁ、話が進まないからそろそろ紹介してくれてもいいんじゃないかな、束?」

 謎の人物はそういうと自身の紹介を促した。

「そうだね。これ以上、自身に不安は覚えたくないからね」

 そう束さんは言うと謎の人物の紹介を始めた。

「この人は私と『同期』の……誰だっけ?」

「ボケるな」

 そういうと束さんの方を向き、頭を軽くこずく。

「あうっ」

「まったく……この娘は」

 その人物はこちらに向き直る。

「とりあえず束に紹介されかかったみーちゃん先生です。言葉の通りにこの施設で先生やらせてもらってます。本名は……あー、嫌いなので気軽にみーちゃん先生、もしくはみっちゃんとよんでください」

 そういう人物。みーちゃん先生は柔和な笑顔をこちらに送る。まさしくシャイニング。恐らくシャルに匹敵するであろうその笑顔は、この仕事のプロという雰囲気を充分に醸し出していた。

「あー、えっと、よろしくお願いします。みっちゃん先生」

 プロの雰囲気というのか、若干かしこまり会釈をする。シャルとラウラを横目で見てみれば二人とも俺とほぼ同じ状態だ。

「いいね! その呼び名も!」

 俺の呼び方が気に入ったのか、何度も小さく『みっちゃん先生』と呟いてうなずいている。その顔は仕草からも推測できるように満足気だ。

 そしてみっちゃん先生は呟くのをやめ、再び口を開いた。

「さて、とりあえずは来て早々、園児達の遊び相手ご苦労様です。やってみてどんな感じだったかな?」

「かなり大変でした。個性というのかそういうのが一人一人爆発しているといった感じで」

 そう爆発していた。園児達もそうだがあの二人もだ。

「そっかぁー。まぁ、初めてじゃあ仕方ないかー。でも早く慣れてね、君達は今日の園児達よりもう少し手ごわい特別教室の娘達の相手をしてもらうから」

「とっ、特別教室……ですか?」

「そっ、特別教室」

 みーちゃん先生はお茶目にもウインクをしながらそう言ってくる。そのウインクに若干ときめきかけた俺だったが、ふと視線を逸らした先には先程の衝撃も緩和されてきたのか、再び般若になりつつあるシャルと呪詛師のように言葉をブツブツと言い続けるラウラの姿があった。

「節操ないよねー、一夏は」

「縛る、嫁を縛る、それしかない、大丈夫。私なら出来る――縛r」

 この時、俺は言わずにはいられなかった。

「あのウサミミに関わるとロクなことがない」

 そう最後に言い残した俺は再びみっちゃん先生の話を聞くまでに、小一時間の時間を消費するのだった。

 理由は聞かないで欲しい。

 貴方に良心というものが残っているのならば。

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