つまりここから初です。
既に時刻は午後六時を回り、'支度の早い家ではすでに夕飯を家族で囲っている時間、俺達は『特別教室』と呼ばれる所まで束さんとみっちゃん先生に案内されていた。
「しかし、さっきの痴話喧嘩は凄まじかったなぁ、いつもあんな状態なの? 一夏君?」
先程の修羅場のことを言っているのだろう。みっちゃん先生は不思議そうに聞いてくる。
「そうです……ね。まぁ……大体そんな感じ……です」
俺は歯切れ悪くそう答える。それもそうだろう。今ここで『いつも、こんな感じだね。いやぁー、モテる男はつらいね、ははは!』なんてことを言ってしまえば修羅場がまた再来する。そもそも、俺は言える度胸がなければ事実もない。そんなことをさらりと言ってしまえる人間がいたとしたら、そいつは相当の遊び人だろう。言い淀むのはある意味当然だ。
「そうかー、いつも続くのか、苦労してるね。まさに女難の相がフルスペだね」
「正直、こんなフルスペはいらないですけどね。本音を言えば、俺は静かに暮らしたいですよ」
「なるほど、静かにとは具体的にどのように?」
「そうですね、普通に授業受けて、友達と騒いだりですかね?」
「……あー、うん、なるほどねー、理解したよ。これは手こずるわ」
みっちゃん先生は一人納得したような顔付きになり、シャルとラウラに視線を向ける。その視線に対しシャルとラウラはため息をつくと大きく頷いた。ため息の成分を推測するとしたら恐らく諦め、呆れ、悲しみ、6;3;1の割合だろう。
「まったく、これじゃ箒ちゃんも大変だよ、うん」
ふいに会話に参加した束さんもそんなことを言い出す。
「何故、ここで箒の名前が出てくるんですか?」
「さすが、いっくんっ。さすがは鈍感王! いやー、束さんは憎い! その性格が憎いよー!
」
そういうと束さんは脇をつついてくる。何度やられてもうざい。この人のコミュニケーションは人をおちょくることから始まるのだろうか? それともボケることから始まるのだろうか? 理解に苦しむ。……いや、理解は出来ない。理解出来たとしたらそれは束道(馬鹿の王道)を歩んでいる証拠だ。後には引き返せない。
「前回のキング・オブ・バカの仕返しのつもりですか? 束さん?」
「そうだね、仕返しだよ。いいねっ、胸がすっきりとするね!。まあ、私の胸はむしろ豊満なのだけど!」
束さんはある胸を強調し、余分な一言を発した。この一言は世界の女性の何割かを敵に回し、さらにIS学園の鈴……いや、あるお方を局地的に激怒させることだろう。世界を既に敵に回しているというのにこのうえさらに増やそうとするとは。さすがは……
「ドMですね」
「何がっ!?」
「いや、すみません。本音がこぼれました」
「私はいっくんの心の中が覗きたいよ……」
束さんは若干落ち込むように言った。
「束さんならそんなモノが作れるんじゃないですか?」
「ま、まぁね、作れると言えば……作れるかな、うん。よゆーだね、うん、よゆー」
明らかに嘘が混っていると思われる言葉で束さんは言う。
「こらこら、見栄を張るな、見栄を」
ここですかさずみっちゃん先生のツッコミが飛ぶ。
「いやいや、何を言ってるんのですか、みーちゃん? 私は何だって作r」
「……束」
束さんの見栄にみっちゃん先生の有無を言わさぬ念押しが入る。
「すみません、作れません」
束さんは念押しに折れ、正直に言った。
「何故、そんなくだらない嘘をいうんですか、束さん?」
「いやー、だってさ、世間的に私って天才じゃん? 大天才じゃん? 大大天才じゃん? そんな私に作れないものがあるなんて思われたくないじゃん?」
妙に天才を強調して言ってくる。そんなに天才だということを褒めて欲しいのだろうか? だとしたら喜んで欲しい。貴方はまず間違いなく天災だ。
「天災か天才じゃないことはまず置いとくとして、本当に作れないんですか? IS何ていうトンデモ兵器を作っておいて」
これは本当に疑問である。あれが作れてこちらが作れない。そんなことがあるのだろうか? 作れないにしても近いモノは作れてもおかしくないと思うのだが。
「ああ、何故かこの子はそう言ったモノが作れないんだ、不思議なことにね」
みっちゃん先生は束さんの変わりにそう言った。そしてその言葉の次にものすごく説得力のある一言を発した。
「もし作れていたとしたらこいつのこの性格は生まれないでしょ?」
ああ、納得だ。すごく説得力がある。説得力というよりは既に一周回って確定的に近い。
「なんかすっごい失礼な言葉が聞こえたんですけど、みーちゃん……。 というか、いっくん!? 天才か天災って何!? なんか片方、自然現象になってない!?」
「だが事実でしょ?」
「事実ですね」
「いっくんまでひどいっ、完全にアウェイ! この場に味方はいないのですか!?」
束さんはそう叫ぶとふと目が合ったのか、シャルとラウラに視線を送った。
「そこの金髪ちゃん、そして銀髪ちゃん! 二人は私の味方だよね!?」
突然、束さんがシャルとラウラに話を振る。
「えと……あの」
シャルは突然の話の振りについていけないのか、それとも束さんの発言に否定的なのか言葉を濁す。
「……味方ではないな」
ラウラに至っては多少考える素振りはしたのだが、結局はバッサリと切ってしまった。
「あぅ、束さんは孤独ですよ。まさに、孤立無援っ!」
束さんはやはりオーバーリアクションで反応する。しかし、相変わらず気持ちが悪い。あの束さんが俺と千冬姉、そして箒以外と会話をしている。慣れるには時間が掛かりそうだ。
「あ、そういえば忘れてたよ」
いきなり素に戻り、束さんは一言言うと、シャルとラウラに歩きながら向き直り笑顔で言った。
「なんか二人とも私の扱いに戸惑うのは解るけど、いいんだよ、普通にしてくれて」
そんなことを言った。
「い、いいんですか?」
シャルは戸惑いながらも答える。
「いや、いいのだよ。普通にしてもらわないと空気が楽しくならないからねっ」
束さんはそんならしくないことを言う。
「銀髪ちゃんもいいかな?」
「……わかった」
ラウラも戸惑うように言葉を返す。当たり前だ。
「で、どうしたの、いっくん? なんか不思議そうな顔して」
鋭い。
「いや、相変わらず気持ちが悪いな、と」
「ひどいなー、いっくん……。だから朝も言ったでしょ、私は一応一般常識ならあるよって」
「その一般常識が一番引っかかるんですけどね」
「ひどっ」
そう言うと束さんは空中にのの字を書き始めた。落ち込んでいる、というのは顔を見れば解るのだが、空中でのの字を書くという行為は端から見れば奇行だ。一種の魔術的な行為を疑ってしまう。
「さて、着いたよ」
みっちゃん先生はそう言うと、一つの教室の前で立ち止まる。
「ここですか、俺たちの本当の担当教室って」
俺は一言そう漏らす。
「そうだよ、この教室」
みっちゃん先生は答える。
「なんだか俺たちがさっきまでいた教室とは全然違いますね」
一見すればこの教室は普通に見える。しかし、この教室だけが孤立していた。辺りには部屋という部屋はない。そしてこころなしかドア等が頑丈に作られている感じがした。
「まあ、特別だからね」
意味深な一言。
「じゃあ、中入ろっか」
そうみっちゃん先生が皆を促すと引き戸を開け、中へと入る。
引き戸を開け入った先は、外見の重厚感とは違い普通の教室だった。机があり、ホワイトボードがある。
そして花瓶。特別な教室だとは思えないくらい一般的な教室だった。
「特別というよりは普通ですね」
「中身はね」
再び、意味深にみっちゃん先生は発言する。
その直後、俺の腹に物理的な衝撃が走る。
「ぐおっ!」
思わず、呻き衝撃の先に目線を泳がす。
「先生! 新しい先生! わあー、嬉しいな~」
目線の先には幼い少女が俺の体に抱きついている。
「すみません、この子は誰ですか?」
「誰ってこの教室の子だよ」
そういうと先程抱きついてきた少女は俺から離れ自己紹介を始める。
「すみません、なんかはしゃいじゃって……私、名前はオリヴィアって言います。よろしくね、先生っ」
そして再び抱きついてくる。オリヴィアと名乗る少女は幼くもしっかりとした印象を受ける子だった。肌の色は褐色で、髪肩まで伸びるセミロング。色は白髪で肌の色と相反する幻想的な出で立ちをしていた。
「俺の名前は織班一夏、こちらこそよろしくな」
俺が自己紹介をするとシャルとラウラもオリヴィアに自己紹介を始める。中々良い子だ。特別教室というくらいだからもっと性格などに難がある子が集まっているかと思ったらそうでもない。案外、そこまで大変ではないのかも知れない。まったく、みっちゃん先生は人を緊張させるのが上z……
「新しい先生がいるー!」
直後再び身体に衝撃が走る。
「がぁっ!」
今度は腹ではなく背中だ。
「背中がおっきいなぁー男の先生かな? 珍しいなー」
声の主は幼い少女の声をしている。
「そういう君はこの……教室の子……かな?」
背中に強い衝撃が加わったため、息が吸いずらい。俺は息を整えるようにして口を開いた。そうすると後ろにいた少女が眼前に現れ、オリヴィアと同様に自己紹介を始める。
「そうだよ、アンネって呼んでねっ」
アンネという子は先程のオリヴィアとはうってかわって白い肌に綺麗な長い黒髪をしている。見た目はとても清楚なイメージを抱く。しかし先程の『衝撃』のせいだろうか……清楚というよりは活発という印象の方が強くなった。
俺たちは再び自己紹介をするとみっちゃん先生に向き直る。
「で、みっちゃん先生? この子達が特別教室の子供達ですか。何だか少なくないですか?」
「いや、あともう一人いるはずなんだけどな。どこ行ったのかな?」
みっちゃん先生がそういうと、どうやら見つけたそうだ。
「あー多分あれじゃないかな」
そう言って教室の後の方へ指を指す。その先には山なりに膨らんでいるカーテンと思われる布があった。
「あれですか?」
「多分ね」
みっちゃん先生はそう言うとカーテンの方へ歩きだした。そして繭のようになっているカーテンを持つとこちらまで持ってくる。
「起きて、エイミー」
エイミーと呼ばれる少女は繭のようになっているカーテンからグググッと顔を出すと一言言った。
「おはよう、皆さん。そしておやすみなさい」
再び、エイミーと呼ばれる少女はカーテンで顔をくるませ眠りについてしまった。
「困ったね、無理やり起こそっかな……」
みっちゃん先生は再び起こそうとカーテンに手をやる。
「ダメだよ、みーちゃん。エイミー一度眠ったら起きないもん」
しかし、それはオリヴィアの言葉によって中断される。
「そうだよ、この子ほんとにマイペースだからね」
今度はアンネからも言葉が入る。
「解ったよ、二人とも」
みっちゃん先生は二人にそういうと繭と化しているカーテンを優しく床に置いた。
「じゃあ、布団持ってくるから皆はここにいてね」
そう言い、みっちゃん先生は教室を出る。
そして俺はシャルにぼそっと言う。
「なあシャル、うまくやってけそうかな」
俺が今後どうなるのかシャルに聞くとシャルは笑顔だけど笑ってはいないあの笑顔で言ってきた。
「どうかな? ただ一つだけ解ったことがあるよ……」
一言区切ると、笑顔なのにどす黒いオーラを纏っているシャルは次の言葉を発した。
「どうやらこの教室は危険みたいだね……」
何が危険なのかはまったく理解は出来なかった(したくなかった)。……がシャルが恐ろしいということだけは理解できた。
そのシャルの反応を見ていたラウラは不思議そうに首をかしげる。
「一夏、何故シャルロットはあんなに怖いのだ?」
「それが分かれば苦労しないな……」
俺はうなだれるようにして言う。ラウラは俺の言葉を聞き、さらに首をかしげていた。
「……むぅ、不思議だな」
ラウラが言うと束さんはまとめ的なことを俺たち二人に言ってきた。
「うーん、結構二人とも鈍感なんだね。まあ、いっくんは当たり前だとして」
まったく納得はできない。しかしそれはラウラも同じようで軽く放心状態になっていた。
「一夏だけでなく、私も鈍感……だと」
一部、聞き取りたくないことを言っているのだけが、気になった。