処女作なので温かく見守っていただけると嬉しいです。
猫は嫌いだ。
幼い頃、1匹の猫を飼っていた。名前はポチ。
猫に対して犬の愛称をつけてやる矛盾が、当時の僕には妙に面白く、何度も何度もポチと呼んだ。
そのたびに猫は滑らかな体毛を逆立てて、威嚇するように鳴いていた。しかし、幼い僕はそんなこともお構いなしに、不機嫌なその猫のことを撫でたり、餌をやったりして可愛がった。
猫も始めのうちは機嫌悪そうな態度をとっているのだが、徐々に態度をやわらげ、暫くすると猫もやれやれといった風体で、僕の遊びに付き合ってくれた。なんだかんだいって、この猫も僕と遊ぶのが吝かではないのだろう。そう思うと、ますます嬉しくなり、猫とたくさんの楽しい日々を送った。
しかし、そんな日々が終わるのは唐突だった。
ある日、ポチが家からいなくなったのだ。たびたび家からいなくなることはあった。けれど、いつも餌の時間には帰ってきていたので、その日も僕はポチの餌を用意して帰ってくるのを待っていた。
だが、ポチが帰ってくることはなかった。次の日も、次の日も、そのまた次の日も。いくら待てどもポチは帰ってこない。
一人寂しく待ち続けているのを見かねて、爺さんが僕に声をかけた。
――猫は気まぐれな生き物なんだ。きっともう家には帰ってこんじゃろう。
半ばそうではないかと思っていた疑念に、爺さんの言葉で現実を突きつけられて。僕の両の目からは涙が溢れた。
こんな思いをするくらいなら、僕はもう猫なんて飼ったりはしない。
だから、僕は猫が嫌いだ。
◇ ◇ ◇
「――くん、風祭くん」
自分を呼ぶ声がして、ふと目を開く。
綺麗な青空には大きな入道雲が浮かんでいて、うららかな春の陽気さを感じさせる。柔らかな風が頬を撫で、視界に映る女の子の髪が靡く。
「やぁ、支取じゃないか。どうしたんだいこんな屋上へ、今はまだ授業の時間帯だろう?」
支取蒼那。われらが駒王学園の生徒会長である彼女は、容姿端麗・頭脳明晰と非の打ちどころのない人間である。学園内に彼女のファンも数多く存在し、男女問わずの人気者だ。
そんな彼女は眉間に手を当てて、深い溜息を吐いた。
「……その言葉、そっくりそのままお返しします。授業を休んで、こんなところで何をしているんですか」
「なにって、見ての通り日向ぼっこさ。こんなに天気がいいのに真面目に授業を受けるなんておかしいと思わないかい?」
「学生の本分に難癖をつけている貴方の頭の方がおかしいです」
きっぱりと断言する彼女に、僕は苦笑いを浮かべる。
彼女はいつもそうだ。僕が授業を抜け出すたびに、僕を探し出しては連れ戻す。生徒会長としての責任感の強さ故か、はたまた生来の真面目な性分故か。何にせよ彼女のそういったところは、僕は嫌いではなかった。
「いいですか、風祭ユウ。貴方は学業が苦手なわけでもないのですから、ちゃんと授業に出席してください。このままでは出席日数が足りなくて留年しますよ」
「心配してくれてありがとう。でも大丈夫だよ、出席日数はきちんと把握してるから」
「……計画犯でしたか。いいから戻りますよ」
支取の額に青筋が浮かび始めたのを見て、僕は仕方なく立ち上がった。彼女と話すのは面白いが、長ったらしい説教は勘弁願いたい。
重い腰をようやく上げて、教室に戻ろうとしたその時。
僕たちがいる屋上に一条の風が吹き抜けた。
風はあたりの砂埃を舞い上げるとともに、支取のスカートをもめくりあげた。
なんというか――黒だった。
「……見ましたか」
慌ててスカートを手で押さえて、こちらを睨んでくる支取。
普段、冷静沈着な彼女が取り乱している様子に、僕の中でほのかな嗜虐心が芽生える。にやりと口角を上げて、僕は答えた。
「支取には白がいいんじゃないかな。生徒の模範であるべき君が黒っていうのはちょっと……刺激的すぎると思うよ」
「っ!!?」
顔を真っ赤に染めて、目の前に迫る生徒会長。
屋上に頬を叩く小気味よい音が響くのも、僕の頬に真っ赤なもみじの跡がついたのも、因果応報・自業自得であろう。
僕の名前は風祭ユウ。
嗚呼、今日も空が青い。