我は張遼!   作:賽の目

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三話 居酒屋と猫耳フード その二

あの後、元に戻った星と暫くの間談笑を続けていると、からんからんと店の扉が開く軽快な音が聞こえた。こんな朝っぱらから酒盛りに来たのかと人の事を言えないような事を思いながらも心の内はきっと先程の少女だろうという答えを出していた。

 

そして扉の方向を向くとやはり案の定先程の少女である。この店を出て行く前は幾分か赤かった顔もだいぶマシになっており、幼い顔ながらもなんとなく凄腕の文官というイメージを脳内に浮かばせる姿であった。しかし、もしかしたら武官かもしれない、という考えは捨てる事はできない。彼女のような小さな身体でブンブンと大剣を振り回すような子だっているのだ。実際にその様子を間近で見てきたので断言できる。それに、なにせ趙雲と張遼が女性になっているんだからな。この世界で見た目は全く当てにならないのだ。

 

「おう、さっきぶりやな」

「……ああ、あんた、さっきの。悪かったわね、取り乱して。もう落ち着いたわ」

「いや、うちの方こそすまんかった。悪気はなかってん」

「もう気にしてないわ、私の方も騒がしくして悪いとは思っているもの。これでおあいこよ。店主も悪かったわね。迷惑料払わせてちょうだい」

 

俺と彼女はお互いに謝り返す。大人な対応で俺の事を快く許してくれた彼女は、本当に気にしてないのか、それともただ単に開き直ったのか。なんにせよお互いに蟠りが出来ないで良かった。この世界は一応三国志の部類の世界だ。色々な意味で敵はなるべくなら作りたくはない。

 

この先に起こる歴史的な出来事はだいたい把握してはいるが、必ずしも同じように動くわけではないだろう。俺という異例もあるし。だから実はこの少女がすごく偉い、もしくは後々すごい人物になる、なんて事もあり得るのだ。世の中何が起こるかわからない。

 

「ならええわ。うちも気にせんようする。あ、隣座りぃや」

 

彼女が座りやすいように隣の椅子を引いた。

 

「あら、悪いわね」

「おう。それと、詫びと言っちゃあれやけど、今行きたいとことかあるんやったら、用心棒で雇われてもええで。もっち二人合わせて無料や! どうせ行く宛もあらへんし、国内やったら何処でもええよ」

「……何故私まで入ってるのか疑問だが……まあ、いい」

 

星がジト目で此方を睨み付けるのをガン無視していると、諦めたのか溜息をついてやれやれと口にした。

 

「ふん、悪いけど別にどこの誰とも知れない奴になんか頼まないわよ」

「なんと! 我等の名を知らないと仰るか!」

「そういう意味ちゃうやろ。……あー、うちは張遼、字を文遠。幷州生まれの風来坊や」

「そして私は流離いの美少女武人。 “常山の昇り龍” こと、趙子龍。そこの痴女とは違い、紛う事なき正統派美少女だという事は覚えておいて欲しい」

「殺すぞ」

 

殺意が芽生えたので、とりあえず俺は無防備な脇の下を思いっきり抓った。星の言う痴女というのは俺の格好を言っているのだ。この服装、動きやすいのは良いところなのだが、確かに星の言う通り、少し痴女っぽい。肌の露出が凄いのだ。腹も出してるから偶に冷えてお腹が痛くなるし。それにこの服、きっと防御力0だ。寧ろ肌晒してる分マイナスになるかもしれない。しかしこれ以外の服着て街を歩くと、無性に今の服に着替えたくなってしまうので結局この服に落ち着くのだ。

 

「いたっ、いたたたた!」

 

涙目になっていたので手を離すと、恨めしげに此方を睨んできた。その様子に俺は得意げに鼻を鳴らす。

 

「地味に痛いやろ?」

「……くっ、陰湿な……っ!」

「えっ? もう一回?」

「言っておらん!」

 

しばらく言い合っていると、俺たちの自己紹介から固まっていた彼女がポツリと口にした。

 

「……張遼?」

「待て、何故そこだけ反応するのだ」

 

彼女は星の言葉を無視し、俺の名前を呟き続ける。確かにかっこいい名前ではあるが、そんなに気に入ったのだろうか。

 

「張遼……張遼……あ、あー! も、もしかしてあんたが “武神” 張遼!?」

「ぐっ……よりによってそっちかい……」

 

彼女は俺の性と字から名を導き出し、正体を見破った。そう、俺にも星の ”常山の昇り竜” のような通り名が既に存在しているのだ。

 

 

 

──武神

 

 

 

物騒な通り名だと幾度も思った。

 

まだ武神だと謳われていることを知らなかった俺が街を歩いていると、皆が俺が通るそばで武神だ武神だと言うものだから呂布でもいるのかと怖がりながら走り去った忌々しい記憶を思い出す。

 

……ええ、そりゃあ怖いですとも!

 

武神が俺の事を言っていることに気付いた時は呂布がいるのでは無いのかとちょっと安心したのもいい思い出だ。

 

武神の由来としては、星と会う前までは実力試しと路銀稼ぎを兼ねて賊をとことん狩って狩って狩りまくってたから多分その事が色々と伝わってるんだろう。というかそれしかない。それに賊の中で俺と一合でも張りあえる奴が一人もいなかったから半強制的な無双状態が発生したというのもある。

 

だが、誰がその事を伝えたのかというのが疑問に残る。いや、俺が傷を負わずに全滅させたと報告したのが原因か。もちろん最初はデタラメ言うなとかふざけるなとか散々言われた。イラってきた俺が獲った賊の頭領の頭を投げつけると皆途端に黙ったのは少しスッキリした。ここで村人に頭領の顔が知られていなかったらどうなっていたのだろうか、

 

 

「……それ、何処で聞いたん?」

「色んな所で言われているわよ。冷酷無残で残酷非道、そしてオマケに嗜虐嗜好。一部では一人だけの百鬼夜行なんて言われているらしいわ」

「ぶふッ」

 

今笑った星は後でマジ泣かす。

 

「嘘やろ!? うち結構人当たり良いほうやと思ったんやけど……」

「あんたを怖がった他の賊がそんな情報流したんじゃない? それか思い当たる事はないのかしら?」

「……な、無いわ!」

「今の間は何よ」

 

多分狩りを行っている最中ネタに走りすぎた所為だろう。どんなネタかは言うつもり無いが。

 

「ま、まあ改めて、うちは張遼。字を文遠や。んでこっちが相棒の趙雲」

「誤魔化したな……。まあ、相棒とは言われたが実力が伴っていない未熟者ではあるが。……紹介に預かった通り、私の名は趙雲、字を子龍だ。よろしく頼む」

「……片方は『武神』と謳われる張遼、そしてもう片方は『常山の昇り竜』趙雲ってわけ……」

「なんだ、私の事も知っていたのか」

 

少し嬉しそうな星。しかし、なんだかむず痒い気持ちだ。武神なんて言われると俺の努力が認められてる気がして嬉しいとも思うし、俺には似合わないと恥ずかしい気持ちもある。それに俺は “武神” という通り名を一度も名乗った事がない。

 

「……しかし、武神なんて通り名は今初めて聞いたのだが。……霞、何故隠していたのだ?」

「別に隠しとった訳やない。ただ積極的に名乗ろうとは思わんかっただけや。恥ずかしいし」

「いや、霞はその通り名に恥じぬ武を持っている。強ち間違いではないと思うが?」

「……そう?」

「うむ」

 

流石に自分で武神だなんて紹介をするのは小恥ずかしい物があったが、星も同意してくれるなら利用してみるのもいいと思った。

 

今度使おう、我武神張遼也。

 

今なら春秋戦国時代の趙で三大天にでもなれる気がする! 我武神龐煖也! あ、違った張遼也!

 

「……そろそろいいかしら?」

 

少女は痺れを切らしたのか、俺たちへと催促する。

 

「おお、すまんすまん! 次はあんたの番や」

「……ふぅ、私は性を荀、名を彧、そして字が文若。袁紹のところで文官を務めていたわ」

 

……じゅんいく? ……ジュンイク……荀彧!?

 

思わず箸を落としてしまった俺は悪くない。

 

てか、すげぇビッグネームじゃねーか! 趙雲に続けて荀彧って本当にやばいな。

 

というか分かってはいたけど、やっぱり男ではないんだな。蒼天航路みたいにアイヤーさんって可能性も考慮してはいたが人生そんなに甘くなかった。それに荀彧って曹操に仕える前は袁紹のところにいたんだな。知らなかった。どのタイミングで曹操に仕えるんだっけな。

 

……まあいいや、とりあえず未来の王佐の才である荀彧に会えた事を喜ぼう。

 

「どうかした?」

「いや、なんでもあらへんよ。よろしゅうな、荀彧」

「よろしく頼む、荀彧殿。ところで文官を務めていたとはどういう意味だ?」

 

星が荀彧にそう尋ねる。

 

確かに先程の言い方だと既に辞めたような風にも聞こえる。だが、いくら袁紹に不満を持っても流石に酒の勢いで辞めてくるなんてあるのだろうか。

 

荀彧はバツが悪そうに目をそらす。

 

「……ついさっき辞めてきたのよ」

「マジか」

「……凄まじい御仁だな」

 

この人凄い、酒の勢いで仕事辞めおった。

 

「い、いや、確かに酒の勢いもあったかもしれないけど、辞めた後のことは前々から考えてあったのよ? バカにしないでくれる?」

「じゃあ、この後どうするん?」

「曹操様のところに仕官しに行くわ」

 

なるほど、この時期に曹操のところに行くのか。

 

そういえば黄巾の乱が始まる前には荀彧いたような気がしたな。ということは黄巾の乱はもうそろそろという事だろうか? あまり記憶が定かではない。年代なんて全く気にしてなかったからなぁ。

 

「後任とかどうしたん?」

「袁家は腐っても名家だから文官なんて吐き棄てるほどいるわ。私一人が抜けたところで何ら問題はないわ。それにあんまり仕事任されてなかったし」

 

吐き棄てるほどいるって言い方も結構凄いな。というか荀彧という優秀な人材を見逃すなんて袁家はアホなのだろうか?

 

「ほー、そんで、どうして辞めたん?」

「結構突っ込んでくるわね……まあいいわ。確かに袁紹は名家の出だけど、あんな無能な猿に仕えてちゃ今後始まるであろう戦乱の世を切り抜けることなんて到底不可能だわ」

 

……この子だいぶ怖いよ。

 

「……中々の毒舌をお持ちのようだ。よほど袁紹殿が嫌いと見える。しかし、数ある諸侯の中で何故曹操殿を選ぶのだ? 確かに陳留は見事に治められていると聞いている。確か天の御使いという者が曹操殿の元へ降り立ち、其の者の意見により他には見られない斬新な改革も始めているらしい……ふむ、確かにお主が仕官したいと思う気持ちもわかる気がする」

「なんやそれ……」

 

自分で聞いて自分で納得しやがった。

 

というか天の御使いってなんだろうか。天使か? 天使が降り立ったのか? でも天の御使いって名前、流石にまずくはないだろう。

 

一応この後漢にも帝という天上の存在がいるし。場合によっては某ギャグマンガみたいに『皇帝劉宏怒る』というタイトルの出来事が起こったりするかもしれない。まあ、どうでもいいけど。

 

そこで俺は荀彧の顔が赤く染まっている事に気が付いた。それを星が突っ込む。

 

「ふむ、しかしそれだけが理由ではなさそうだな。顔が赤くなっているぞ?」

「ホンマや、他にもなんかあるんかいな?」

「うっ、あー、えーと、そ、そんなことはあんたらに関係ないでしょ! 突っ込み過ぎなのよ!」

 

誤魔化したという事は何か疚しい事でもあるのだろうか。流石にそこまでは聞く気になれないが、気になる。まさか曹操に惚れてたりするのか? それはそれで凄いけど。

 

「そんで、どうやって陳留まで行くん?」

 

「……そうね、この後護衛を頼みに行こうと思ってたんだけど丁度いいからあんた達に頼むことにするわ」

「近いうちに出んの?」

「ええ、もちろんよ」

「……個人的には文醜(ぶんしゅう)顔良(がんりょう)の二枚看板とか名将麴義(きくぎ)なんかも見物してみたかったんやけど、まぁええわ」

 

早速俺たちの無料使用券を使うのか。張遼と趙雲を護衛に使うなんて、なんと贅沢な事か。光栄に思うがいい、ふっふっふ。

 

「やけどそんな簡単にうちら信用していいんか? 自分で言っといてなんやけど」

「別にたいして名も売れてない私をどうこうしてもあんた達に利益が無いし、もし私に何かあっても荀家が怒ってあんた達を地の果てまで追いかけるだけよ」

「ふっ、私達はお主を攫って売り飛ばそう、などという腐れ外道の様な事はせぬ。安心して護衛されるがよろしい」

「その通りや。別に荀家に恨みがあるわけでも無いしそんな事はせえへんよ。……後、名も売れてないの前に『まだ』が足りひんのやない?」

 

俺はキメ顔で荀彧にそう言う。

 

「張遼、あんたわかってるじゃない。そうよ、私はこんな所で埋もれてる様な女じゃないわ! 曹操様の所でもっと活躍してやるんだから!」

 

荀彧はやる気に満ち溢れている。

 

可愛いから頑張って欲しいと思う。

 

「ちなみにそのまま文官として続ける気なのか?」

「いや、私は文官としても優秀だけど元々軍師志望なの。曹操様の所では軍師としてもやっていくつもりよ」

「がんばりやー、でもまずは仕官出来るかどうかが肝やな。いつ出発する気なん?」

 

詳しい時間を聞いていなかったのでついでに聞いてみる。

 

「別に今からでも間に合うと思うけど……明日の朝出発にするわ。あんた達も私もお酒飲んじゃってるし」

 

それがいい、車校に通っている頃も指導員に「酒飲んでいいことなんかひとつもない。酒飲んで調子が上がるなんていうのは真っ赤な嘘だ」と散々言われてきたから、こっちでも仕事前は絶対に飲まない様にしている。

 

まあ、こっちは前世と違いアルコール度数なんてたかが知れてるから滅多な事はないとは思うけど。1%でどうやって酔うというのだろうか。

 

「妥当やな。なら荀彧も今から飲み直そうや!」

「確かに。互いをもっと知って親睦を深めようではないか」

「いや、まだ二日酔いが少し残ってるんだけど……」

 

こんな酒で酔うなんてどんだけ飲んだんだろう。もしくは酒に弱いとかかな? でもそれはそれで羨ましい。この身体どんだけ酒飲んでも酔うことがないから酔えるということに少し憧れを感じる。俺が飲んでもせいぜい少し気分が良くなる態度だ。マジで1%じゃ全然酔えないのよ。

 

「やったらうちらの話し相手でええから。うち一人じゃこいつの相手きっついねん」

「ほほう、霞。それはもっと私と話したいという事だな? いやぁ、そこまで思われるとは私も罪な女だ」

「うっさいわぼけ」

「……酷い御人だ」

 

星にはこのくらい言わないと効かないだろう。落ち込んでる様に見えるがこれは演技だ。少しずつ分かる様になってきた。

 

「んー、話し相手くらいだったら構わないわ。別にやることなんてないし」

「よっしゃ! 店主さーん! 酒追加頼むわー!」

「……ちょっと」

「まあまあ、先はまだ長いんや。少しくらい大丈夫やて」

「……それもそうね。なら私も少し貰うわ」

「店主殿、私もメンマ二壺追加で」

「お前は自重せんかい」

 

酒の席はまだまだ続いた。

 

 

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