IS<インフィニット・ストラトス> ―偽りの空―   作:和泉

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第二十八話 ジャーナリズム

 薫子さんに目をつけられる、という厄介なことになってしまった翌日。

 いくつか対応策はあるものの実際にどれを実行するかについては決めかねていた。

 

 一番無難なのは傷があって見せたくない、といった言い訳だろうか。女子なら説得力のある理由になると思う。

 ただ問題もあって、一つはどうやって信じさせるか。まさか本当に傷をつける訳にもいかないから、言葉だけで信じてくれればいいけど、駄目なら特殊メイクか何かをする必要がある。

 加えて、この嘘を吐くのはちょっと後ろめたい気がする。間違いなく気まずいことになるからだ。もちろん、人の秘密を探ろうとする薫子さんに対して思うところがない訳ではないけど、僕の場合は本当に知られたらまずい秘密を抱えているだけにどうしても罪悪感を感じてしまう。

 

 しかし、僕は薫子さんを甘く見ていたのかもしれない。そんな罪悪感など吹き飛ぶほどに、彼女は精力的に動いていた……。

 

「で、これが発行前に差し押さえた記事よ」

 

 僕は楯無さんに呼ばれて彼女の部屋にいた。

 どうやら既に記事を書き上げていたようで、それを察知した楯無さんが生徒会命令で差し押さえたらしい。薫子さんは断固拒否したようだけど、部長に予算減額をチラつかせたら部員全員が敵に回ったとのこと。相変わらず手際がいいというか……。

 

「はぁ……昨日の今日で仕事が早いね……でも助かったよ、ありがとう楯無さん」

「ま、私も共犯だしね。それに今回のことはちょっと目に余るし……まぁ、見てごらんなさい」

 

 そう言って、楯無さんは僕に記事の原稿を渡してくれた。

 

「えっと……」

 

 そこには『学園で一二を争う有名人、西園寺紫音の謎に迫る!』という題名で僕が人前で着替えをしなかったり、大浴場を使用しないことについて大げさに書きたてており、その後にいくつかの予想が書かれていた。

 

 ①実はあの胸はパッドである

 

 惜しい! ほぼ正解。オーバーテクノロジーな気がするシリコンパッドだけど。

 

 ②実は男である

 

 正解だよ! ってなんでさ!? いや、確かにそうなんだけどどういう発想でそこに行きつくんだ……いや、織斑君という男性操縦者が現れた以上あり得ないことじゃなくなったんだろうけど。

 

 ③実は生えてない

 

 何が!?

 

 その後も読んでいて頭が痛くなるような内容が続いていた。

 

 そもそも、この学園の新聞部は基本的に事実に基づいた記事を書いており生徒や先生の信頼も得ていた。その中で去年から新コーナーとして定着しているのが薫子さんが担当しているゴシップ記事で、僕のこともここで書かれている。 

 このコーナーだけは暗黙の了解というのか、脚色や捏造を前提として書かれていることが周知されている。その上で面白おかしく記事を書くのが薫子さんだ。

 つまり、薫子さんも本気でやってる訳でなく読んでいる人も信じる人はまずいないといった代物だ。だからといって許容できることではなく、困ったことに真実も紛れ込んでしまっていた。

 

「はぁ……なんでこんなことに」

「まぁ、ここに実は男でしたなんて書かれたってことは、それだけあり得ないことだって認識されてるってのがせめてもの救いね」

「喜ぶべきか悲しむべきか……」

 

 さすがに素直に喜ぶ気分にはなれないよね。

 

「ともかく、薫子ちゃんにはお仕置きが必要ね……」

「うん……さすがに今回は度が過ぎてるね。ちょっと引け目があって迷ってたけど、やっぱり傷があるって方向にするよ」

「そうね、気まずいことになるだろうけどいい薬になるでしょ」

「場所は脚の付け根あたりってことにしようと思ってるんだけど」

 

 一番悩んだのは場所だ。お腹あたりにしようと思ったけれど、何かの拍子に見られる可能性もあるし今後の選択肢も限られてしまう。そこで考えたのが太もものあたりだ。

 そもそもこの辺りは、見られた場合男であることが見破られる可能性があるから常に隠している部分だ。僕が普段着ているISスーツも、当然ながら一般的なレオタードのようなものではなく、セパレート型となっていて下はスパッツのような形だ。おかげで太ももあたりは隠れていたから今回の言い訳の信憑性も増す。

 

「ん、それなら今まで着てるISスーツとの整合性ともとれるわね。それでいきましょうか。で、どこまでやるかだけど……私としてはとことんやってお仕置きした方がいいと思うんだけど?」

 

 なにやら楯無さんがいい笑顔になっている……こうなったときの彼女は止められない。

 

「はぁ、やり過ぎない程度にお願いします」

「ふふ、了解よ。あとはまかせなさいな」

 

 あぁ、本当にいい笑顔だ。なんだか目的がすり替わってる気がする。

 こうして、違う不安が湧き上がるものの彼女に任せることになったんだけど……

 

「ちょ、ちょっと楯無さん!?」

 

 僕は今、以前着ることのなかった束さんから貰った水着を着ている。当然女性物だ。

 パレオを巻かなくてもパッと見ではわからないけど、さすがによく見るとちょっと不自然になってしまう。 

 最悪水着を着ることになった場合はパレオは外さずに行動するつもりだった。

 

 それはさておき、いま楯無さんは僕の前で屈んでいる。そして僕の腰や太ももをペタペタ撫でまわしている。

 

「ほんとに細いわねぇ。さすがにサポーターのせいでちょっと不自然さはあるけど、そう思って見なければなんとかなりそうね」

「さすがに恥ずかしいんだけど……」

 

 見た目はビキニだけど、その下は胸で使われているものと同じ素材のサポーターで覆われている。要はISスーツと同じようにスパッツ型に近いんだけど、肌のように見える形になっている。

 それでもやっぱり恥ずかしいものは恥ずかしい。そもそも、女性物の水着を当たり前のように着ているあたりもう僕はだめかもしれない。

 

 そもそも何で着ているのかというと……。

 

「さて、もともと下地があるからこの肌部分を加工して傷に見えるようにしましょうか。水着部分は別々になってるみたいだし、代わりに下着を着れば普段着でも大丈夫でしょ?」

 

 と、いうことらしい。あれ? でもこれって……。

 

「ねぇ、だったら別に着なくてもよかったんじゃ?」

「……実際に着た状態で調整するのも大事なのよ」

「ちょっと、僕の目を見て話してよ!?」

 

 どうやら面白半分らしい、はぁ。

 

「ところで、普段はISスーツ着てるからいいとして着てなかったときはどうしていたの? 女性物の下着そのままつけてたの?」

「いや、トランクス穿いてたけど……」

「……さすがにそれはどうかと思うのだけど」

 

 確かに迂闊だったかもしれないけど僕が女性物の下着そのままつけてたらそれこそ変質者じゃないか! 譲れない一線があるよ、僕でも。もう何歩か踏み切っている気がしなくもないけど気のせいさ!

 

「まぁ、今後何があるかわからないからスーツかサポーターは必ずつけておきなさい。今話題のお姉さまがトランク穿いているなんて知れたらそれこそ大騒ぎよ……一部喜ぶ子はいるかもしれないけれど」

「そ、そうだね。気をつけます」

 

 うん、ISスーツを必ず常時着用しよう。

 

「さて、終わったわよ」

 

 そう言われて見てみると、僕の太ももには火傷の痕のようなものが広がっていた。やけにリアルで不快感すら感じてしまう。

 

「なんでこんなにリアルなの?」

「あら、暗部ともなればこれくらいのメイクは日常茶飯事よ。当主とはいえ、一通りはできるようになってるわ」

 

 何故楯無さんがこんな技術を持っているのか不思議になって聞いてみたらそんな答えが返ってきた。なるほど、理に適っている。てっきり面白半分や悪戯目的で覚えたのかとおもってた、ごめんなさい。

 

「あ、なんか失礼なこと考えてるわね? 確かに変装したりして抜け出したり悪戯したりしてるけど」

「はぁ、してるんだ」

 

 やっぱり楯無さんは楯無さんだった。心の中とはいえ謝って損したかも。

 

 

 

「ちょ、ちょっとなになに? 記事を差し押さえただけじゃなくてこの仕打ち、どういうことなの?」

 

 その後楯無さんは生徒会室へと薫子さんを呼び出し、楯無さんの部屋へと今度は三人で向かった。薫子さんは特に悪びれる様子もなく少し不機嫌そうに抗議をする。

 

「薫子ちゃん、さすがに今回の記事は看過できないわ。これは生徒会というより個人的にね。あなたの今までの記事は誰も傷つけることはなかったから問題なしとしてたけど、今回ばかりはそうはいかないわ」

「……それは紫音ちゃんにやっぱり何かしら秘密があるってこと?」

 

 楯無さんが珍しく……といったら失礼かもだけど、真面目な様子で薫子さんに話しかける。そこから何かしら察したのか、薫子さんもそれに応じながらチラリとこちらを窺う。

 

「そうですね、私としても出来れば話したくない類のものなので……。とはいえ、このままだと薫子さんも納得できないでしょうからこうして来て頂きました。ここなら他の方に聞かれたり見られたりする心配もありませんので」

 

 僕が一通り話すと、薫子さんは複雑そうな顔になっている。僕の抱える秘密に対して興味があるし、それを教えてもらえることに対して嬉しい反面、僕らの口ぶりからそれが厄介なものであることを察したようだ。

 

「……わかったわ。ここで見聞きしたことは口外しない。もちろん、犯罪の類の場合には約束できないわよ」

 

 その薫子さんの言に僕は思わず苦笑してしまう。今から話すことは偽りの理由だけど、本当の僕の秘密は犯罪と言われても仕方ない部分がある。

 

「えぇ、それはご安心ください。私がみなさんと着替えられなかったり、お風呂に入れないのは……傷があるからなんです」

「なっ!?」

 

 そう言いながら、僕はスカートを捲し上げる。こんなことを考えている場合じゃないんだけど、なんだかこの行為がイヤらしい感じがする。僕の方を見て絶句している薫子さんの後ろでは楯無さんがニヤニヤしている。静かに取り出した扇子には『扇情的』と書かれている。大きなお世話だよ!

 

「ご、ごめんなさい! 私、まさかそんな理由があったんて知らなくて……」

 

 楯無さんに気を取られていたけど気づけば薫子さんは青ざめたような顔になっている。すぐにハッとしたように僕に謝ってきた。

 

「いえ、こちらこそ黙っていてごめんなさい。傷があるなんて言い出すのも気が引けますし、逆に皆さんに見せても気を遣わせてしまうので……」

「ううん、そんなこと当然よ。まさか紫音ちゃんがそんなこと抱えていたなんて思いもよらなくて……だっていつも明るくて笑顔で、微塵もそんなことを感じさせなくて……。でも、紫音ちゃんだって事故に巻き込まれたり、大変だったんだよね。そんなことにも気付かないで……うぅ、私は……」

 

 よっぽど傷痕が衝撃的だったのか、そのまま彼女は泣き出してしまった。ここまでショックを受けるとは思っていなかったから、僕も少し後ろめたい気になってしまう。とはいえ、このままでは彼女も遅かれ早かれ誰かを傷つけることになってたかもしれないから、いい機会かもしれない。

 

「その様子だと心配ないだろうけど、もしこれを口外するようなら私としては黙っていられないんだけど?」「い、言えるわけないじゃん! う、私はそれを面白半分で記事にしようとしちゃったのよね……ってかたっちゃんは知ってたんだ?」

「同室だったしね。ま、薫子ちゃんも最近は暴走気味だったから丁度よかったんじゃない? あなたの記事はウケもいいんだから、人に迷惑のかかる捏造や興味本位の取材はほどほどにしておきなさい」

 

 その後ひとしきり泣いて落ち着いた薫子さんは、もう一度僕に謝ると部屋を出て行った。その際に僕が気にしていない旨を伝えるといつもの笑顔に戻っていた。

 

「ふぅ、ありがとう、楯無さん」

「いいえ、実は薫子ちゃんのインタビューに対する苦情が生徒会にいくつか来ちゃってたからね。いい口実にさせてもらったわ。ま、彼女なら実力はあるんだしいい新聞記者になるでしょ」

「え~、ダシにされたのか僕は」

 

 本当に心配してくれて手を回してくれたのはわかるけど、そう言われたままなのも癪なのでいじけた素振りをしてみる。

 

「ふふ、そんなにいじけないの。そのくらいのつもりでいたほうが罪悪感も湧かないでしょ」

「ん、そうだね。ありがとう」

 

 本当にこの人はよく見ているな、と思う。おどけて見せていても、彼女の言動の一つ一つに意味があって考えてのことなんだってわかる。

 ……もっとも、本当にただ純粋に遊んでるだけのこともあるんだけどね。

 

 僕はもう一度お礼を言って、今日のところは部屋に戻ることにした。

 その途中、予期せず鈴さんと鉢合わせをした。気のせいか、どこか気まずそうに見える。まさか薫子さんが話すとは思えないから、その件ではないと思うんだけど……。

 

「あ~、紫音さん。さっき昨日の……えっと確か黛先輩? にすれ違ったんだけど、様子がおかしかったのよ。もしかして昨日の件?」

「えぇ、彼女には話したの」

 

 なるほど、話した訳ではないけど薫子さんの様子を見て察したようだ。部屋を出る前は笑顔を見せてくれていたけど、やっぱりそうそう切り替えられるものではなかったらしい。とはいえ、昨日の件を知っているのは彼女と鈴さんだけだから問題になることはなさそうだ。

 

「そっかぁ、あの先輩の様子だとあまり人に話せることじゃないのね。もちろん私には……」

「えぇ、ごめんなさい。彼女にも話すつもりはなかったのだけれど、事が大きくなりそうだったから。鈴ちゃんにも……今はごめんなさい」

「ん、いいわ。気にしないで、でもいつか話していいと思ったら話してね」

 

 もう少し探ってくるかと思ったけど、予想に反して彼女の反応はあっさりしたものだった。

 

「あ、そのかわりといってはなんだけど部屋に行ってもいいかしら?」

「え? えっと……」

 

 彼女からの突然の提案に言葉が詰まる。特に予定はないから、彼女と話す分には問題ないのだけれど……部屋には恐らく簪さんがいる。整備室にいる可能性もあるけど、いつものパターンだとこの時間は部屋で作業をしていることが多い。

 

「あ、もしかしてルームメイトがいる? あたしは別にいても構わないんだけれど……」

 

 さて、どうしたものか。あまり僕が彼女と不仲だと思われるのも困るけど、そもそも簪さんがどういう反応をするか。今のところクラスでも友達らしい友達ができていないし、孤立している状況だ。やっぱり人見知りが激しいのがネックだし、そもそも自分の作業に没頭するあまり周りを避けている傾向にあるのが原因だろう。

 なら、鈴さんの持ち前のアグレッシブさは彼女にもいい方向に働くかもしれない。それは、僕としても簪さんとの関係を改善するきっかけになる。

 

 そんな打算的なことを考えながら、僕は彼女を部屋に招待することを決める。

 

「えぇ、恐らくルームメイトがいると思うけれど、鈴ちゃんが構わないならいらっしゃい。ただ、ちょっと人見知りが激しい子だから……。私もまだ打ち解けられていないのよ」

「ふ~ん、どんな子なのかしら。まぁ、行けばわかるわね。じゃ、行きましょ!」

 

 行けば僕らの微妙な空気はすぐにバレるだろうから先に話しておくことにした。あとは流れと鈴さんに期待しよう……もちろん僕も改善の努力はするけど。

 ところで鈴さんも何か話したいことがあるのかな、また織斑君絡みだろうけど面倒なことじゃなければいいな。

 

 若干失礼なことを考えつつもすぐに僕の部屋の前にたどり着く。

 

「少し待っていてちょうだい、一応ルームメイトにも許可をとるから」

「ん、わかった」

 

 部屋の前で鈴さんを待たせて、先に部屋に入って簪さんに確認をとることにする。さすがに本気で嫌がった場合は無理やりという訳にはいかない。

 

「ただいま戻りました。あの……更識さん、いきなりで申し訳ないのですが部屋にお客さんをお入れしてもいいでしょうか?」

 

 予想通り、簪さんは部屋でディスプレイと睨めっこしていたので恐る恐る声をかける。

 ちなみに口調に関しては基本的に今まで通りだ。鈴さんと二人きりの場合は慣れる意味も含めて砕けて話すのは続けようと思う。でも、普段から使い分けるのも大変だしあの口調を使う場面は限られるだろうな、自分でも違和感あるし。

 ……あぁ、僕のことをお姉さまって呼ぶ子たちにはあの口調が喜ばれるんだろうか。うん、やっぱりなるべく普段の口調にしよう。まぁ、もしお願いされたら断りきる自信がないんだけど……。

 

 でも、鈴さんに諭された心構えについては忘れないつもりだ。口調云々は結局きっかけや外面的なものにすぎないのだから。

 

 さて、そんな決意と共に久しぶりにまともに彼女に話しかけたのだけれどその反応は酷いものだった。こちらを向いた顔はあからさまに嫌そうな表情をしている。しばらく間があるのはどうしたものか考えているのだろう。

 

「……はぁ、好きにしてください」

 

 そんな表情にめげずにニコニコと笑顔でいたら、彼女も抵抗は無駄だと思ったのかため息とともに許可をくれた。まったく歓迎はされていないのは間違いないけれど。

 

「もう、そんな顔しなくてもいいじゃないですか。ふふ、いい子だから安心してください……鈴ちゃん!」

 

 さっそく、部屋の外で待たせてしまっている鈴さんに声をかける。

 

「お邪魔しまーす。ん、あなたが紫音さんのルームメイトね。初めまして、2組の凰鈴音よ。中国の代表候補生で専用機持ちね」

「……更識簪」

 

 代表候補生と専用機という部分に反応していたのが見て取れた。自分もそうであるというのを告げなかったのは、いまだ完成しない専用機に引け目があるのかはたまた面倒だっただけか。

 

「ん、よろしくね、簪。あたしのことは鈴でいいわ」

「……」

 

 あまりに強引な鈴さんに簪さんも少し引き気味だ。何か言いたそうにこちらを見ているけど敢えてここはスルーする。鈴さんも彼女が人見知りするのを知って、わざと強引に自分からいっているのかもしれない。

 

「ところで更識ってもしかして?」

 

 その鈴さんの言葉に再び簪さんの表情が不機嫌なものになり、黙り込む。僕はすぐに鈴さんに目配せしたら、どうやら彼女も何やら察したらしい。大雑把に見えて、意外と彼女はこのあたりの機微には敏い。

 

「まぁ、どうでもいいわね。あなたが代表の妹だろうが会長の妹だろうが関係ないわけだし」

「えぇ、そうですね」

 

 僕らがそう言うと、今度は驚いたような表情になる。最近気づいたのだけれど彼女は普段は無表情に見えて、実はけっこう表情豊かだったりする。いや、すぐ顔に出るというのが正しいか。楯無さんなんかよろこんでかまいたがるだろうなぁ……ってもしかしてそれも不仲になった原因じゃないのかな? あの人たまに見境がないし。

 

「鈴ちゃんは先に席に座っていてくださいね。お茶の用意をしてきます」

「あ、お構いなくー」

「ふふ、そうはいきません。この部屋の初めてのお客様ですから」

 

 鈴さんには先に座ってもらい、自分は紅茶を淹れることにする。虚さんに淹れ方を教えてもらってから格段においしくなったと思う。とはいえ、彼女にはまだまだ及ばないのだけれど。今までは自分と、たまに簪さんに淹れるくらいだった。その時ばかりは彼女も反応してお礼も言ってくれるので数少ない二人のコミュニケーション手段だったと言える。

 

「お待たせしました」

 

 一応、簪さんの分も考慮して多めに用意して戻ると……既に簪さんが座っていた。何故か本人も呆けている。鈴さんが強引に連れ出して座らせたのだろうか、相変わらずこちらにむけて口をパクパクさせて非難めいた視線を送ってくる。

 

「ふふ、今日はせっかくのお客さんなんで付き合ってください。はい、どうぞ」

「ありがと」

「……」

 

 それでも僕の淹れた紅茶だけは気に入ってくれるのか、目の前にカップを置くと少しだけ表情が和らいだ気がする。

 

「ところで、口調は戻したの?」

「えぇ、鈴ちゃんと二人きりのときはあのままでもいいと思いますが。ただ、口調は変えなくても要は私の気構え次第だとわかりましたので。それに……私のあの話し方が騒動の種になりそうな気がしましたので」

「あ~、もしかしてあのイギリスの代表候補生みたいに紫音さんのことお姉さまって言ってる連中?」

 

 一応は言葉を濁したものの心当たりがあったのかまさに図星をついてきたので、僕は思わず苦笑する。それを肯定ととったようで彼女もそのシチュエーションを想像したらしく顔を顰めた。

 

「昨日もすごい剣幕だったわよ。『お姉さまを侮辱するのですか!』って」

 

 オルコットさーん!? 僕の知らないところで、僕のことで喧嘩するのは止めてほしいんですけど!

 

「まぁ、でもわからないでもないけどねぇ。なんていうか紫音さんって頼りになるお姉さんみたいな雰囲気が確かにあるし」

 

 本当はお兄さんだけどね。それを楯無さんに言ったら、僕の性別を知ったうえで見てもやっぱりお姉さんだって言われたけど……うぅ。

 

「簪もよかったわね、実家でも部屋でも頼れる姉がいるようなもんじゃない。羨ましいわよ」

「……羨ましい?」

 

 僕らの話についていけなかったのか、ただ紅茶を飲んでいた簪さんが急に話を振られて戸惑っている。カップの中身が空になっていたのでこの隙におかわりを用意する。

 

「……どうも」

「そ、こんな気が利くし美味しい紅茶淹れてくれるお姉ちゃんだったらあたしも欲しいわよ」

 

 少し気が緩んだのか僕にも素直にお礼を言ってくれる。そんな些細なやり取りでも嬉しい。

 

「それに、実の姉はロシア代表で生徒会長でしょ? 勉強もわからなければ教えてもらえるし、操縦だってそう。恵まれてるわよ?」

「そんなこと……ない。いつも比較されて……だから自分の力で追いつかないと」

 

 簪さんの表情は暗い。やはり楯無さんに対してコンプレックスを抱いているようだ。いや、確かに楯無さんはシスコンだけどそっちの意味ではなく純粋に劣等感という意味で。

 

「何も一人の力だけで追いつく必要はないのではないですか?」

「才能のある人にはわからない」

 

 言葉を挟むべきか迷ったけれど、彼女には伝えたいことはいっぱいあったし受け身になるだけは止めたばかりなので、思っていたことを話すことにする。

 彼女も棘はあるもののしっかりと言葉を返してくれる。このやり取りすら今まではなかったのだから、それだけでも前進だと思えた。

 

「私に才能があるかはさておき、更識さんにそう言って頂けるということは少なからず認めていただけているということですよね? そんな私も一人の力ではなく、楯無さんをはじめとする友人達やそれ以前にここに来る前に出会った人たちがいなければ今の私はありませんよ」

 

 そもそも束さんに出会わなかったら、間違いなく僕は歪んで育ったという確信がある。今も楯無さんや千冬さんに支えられてこの信じられない生活をなんとか過ごしているし、本音さんには癒されたし鈴さんには大事なことを教えてもらった。フォルテさんには……笑いを、じゃなくて笑顔を貰った。

 

「更識さんが自分の専用機の開発に専念しているのは知っていますが、それも一人でやる必要はないのでは? もちろん、今この学園で整備関連を頼める人は限られています。でも、楯無さんに頼むのは無理でも……例えば虚さんは整備科の主席ですよ。私だって諸事情でISの整備開発には詳しかったりしますので、お力になれる部分もあります。更識さんさえ手を伸ばせば……差し出される手はあるはずです。だから、どうか一人で抱え込まないください」

 

 これまでどうしても伝えたかったことを言い切った。何度、無理やりにでも手伝おうと思ったことか。でも、それではなんの解決にもならない。だからこそ、彼女のほうから頼ってほしかった。でも、今までの状況では彼女が頼ってくるわけがない、なら考え方を変えてもらうしかない。

 

 それに対して、簪さんは俯いて黙り込んでしまった。鈴さんもここでは言葉を挟んではこない。

 

「……考えさせてください」

 

 やがて、一言そう言い残して立ち上がった。すぐに背を向けてそのまま立ち去ろうとする。

 僕らも彼女が考えると言った以上、それ以上は何も言えないので黙って見守ることにした。

 

「お茶、ご馳走様でした」

 

 しかし、一瞬立ち止り、振り返りそう言った彼女の表情は、僅かに、ほんの僅かに微笑んでいるように見えた。僕の気のせいかもしれないが、彼女の心境になんらかの変化があったのは確かだろう。

 

 思わず鈴さんと見合わせて、自然と僕らも笑顔になった。

 

 

 




勝手な思い込みですが鈴は一夏が絡まなければ素直でいい子なんだと思います。
紫苑に物怖じせず、なんの含みもなく話しかけられる一年生は彼女と本音くらいでしょうか。

このところストーリーの進みが遅いですが、次話あたりから少しテンポアップします。
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