今回は果南ちゃんとルビィちゃんとのお話です。
『ゴオオオオオオオオオオオオ!ガタガタガタガ!』
凄まじい風音、鳴り響く扉の揺れる音。
景色一面を染め上げる雨粒たちに、傘を差すことすら許さない暴風。
朝頃はまだ落ち着いていた天気も、時間が経つにつれてその本領を発揮し始めた。
昼前の現在、外を歩くのは危ない状態となっている。
今日の天気は台風。
日本に住む以上、これもまた避けられぬ自然の攻撃。
躱すことなど到底できないので、我々人類はそれに対して身を守ることのみを考える。
なんてことはない当たり前のこと。
うちもシャッターを閉めているし、窓は雨戸も閉めている。
こういう日にお客さんがくることもないので、本日は臨時休業である。
「おー…またすごい風だね」
「音すごいねー」
「ちょ、ちょっと怖いです…」
「これはまだ帰れそうにないね」
「そうだねえ」
「す、すいません、雨宿りに使っちゃって…」
「いやいや、そんなことは気にしなくていいから」
臨時休業でありながら、店にはお客さんが二人。
本日うちにやってきているのはルビィちゃんと果南ちゃん。
目的は…というより理由は雨宿りである。
なんでまたこの二人がわざわざうちに雨宿りに来ているのか。
本日、朝の7時頃に県全域に暴風警報が発令された。
これが出ると、基本的に学校は休みとなる。
もちろん浦の星女学院とて例外ではなく、早々に今日の授業は無しとされた。
しかしながら、この連絡というのは直接生徒に伝わるということはない。
要するに、朝の天気予報を自分で見て確認するのが通例である。
それでも不安なら学校に電話して聞く。
そういうものなのだ。
ここまでは特に引っかかることはない。
俺が通っていた高校もそうだったしね。
さて、じゃあなんでルビィちゃんと果南ちゃんがうちに来ているか、だが…。
「外、これだけ雨も風もあるのによく学校があると思ったね」
「仕方ないでしょ、朝はまだマシだったし、天気予報見忘れたんだから」
「昨日の時点で、台風がかなり接近してるって話だったと思うんだけどね」
「そうだったっけ?」
「そうなんだよ」
「えっと、その、私も天気予報見忘れちゃって…」
「ダイヤちゃんから、『ルビィは寝坊が多いから天気予報を見る余裕がないのですわ』って聞いたことがあるよ」
「ピギャ!?ち、違うんです!ちゃ、ちゃんと昨日の夜は天気も確認したんです!だからちゃんと傘も忘れないように用意して…」
「ああ、うん。教科書とかもビニール袋に入ってたもんね。ちゃんと防水仕様にしたんだね」
「そ、そうなんです!…でも…」
「案の定寝坊して、肝心の天気予報を見る余裕がなかった…と」
「…はい」
そういうわけである。
二人とも学校が休みになっていることに気付かずに登校。
学校に人がいないことに気付いて、ようやく休みになっていることを知ったわけだ。
ちなみに、ルビィちゃんがダイヤちゃんに止められなかった理由は、単にダイヤちゃんがルビィちゃんの外出に気づかなかったことらしい。
家が広すぎて、人が出て行くのもすぐにはわからないんだね。
「いやー、帰ろうとしたら雨も風もすごいことになっててね。バスも止まっちゃってたんだもん」
「ルビィも同じです…」
「一応学校に確認に行ってよかったよ」
長い付き合いの彼女たちが、来なくていい日に学校に来てしまうというのはこれが初めてではない。
以前にも何度かあったのだ。
だから、今回ももしかしたらと思い念のため高校の方に様子を見に来たのだ。
そして、帰る手段を無くした二人を見つけたというわけである。
「まさか二人もいるとは思わなかったけどね」
「さすがハルだよねー。ありがたやありがたや」
「感謝してくれるのは嬉しいけどね。もうちょっと天気予報くらい見ることをお勧めするよ」
ちなみに、二人ともお迎えを呼ぶのは残念ながらできないらしい。
どちらも、ご両親はお出かけもしくはお仕事の関係で外に出てしまっているのだ。
果南ちゃんのとこはダイビングショップなので、こういう日は本業は不可能。
しかし、機材等に関してはこういう日でもやらなきゃいけないことは多いんだそうだ。
そういうわけで、お迎えの体制が整うまでうちで待機しているというわけである。
「俺の車が使えればよかったんだけどね」
「車検?っていうのに出してるんだっけ?」
「そうだね。もちろん代車は借りてはいるんだけど…慣れない車でこの天候は少し怖いからなあ」
「大丈夫ですよ。その、は、ハルさんと一緒にいるのも私、好きですから…」
「そうかいそうかい。嬉しいことを言ってくれるね」
「うゅ…そういう意味ではないんですけど…」
「お?」
顔を赤くしていたかと思えば、若干苦笑い気味になるルビィちゃん。
「慣れた車ならこの天気でも運転できるの?」
「かなり低速になるけどね」
「あ、じゃあ原付バイクで送ってくれてもいいよ?楽しそうだし」
「二人乗りは道路交通法違反だよ。というか、仮に乗れてもこの天気で乗る気なのかい君は」
「わ、私は振り落とされそうです…」
「後ろから支えてあげるよー」
「しかも三人乗りを想定してたのか。言うまでもないけど却下だよ」
自殺行為もいいとこである。
「まあ、お迎えが来るまで大人しくしてておくれ。夕方頃にはルビィちゃんのお母さんが来れるみたいだからね」
「「はーい」」
※
「…暇だね」
「お昼ご飯食べていきなりそれかい」
「やることは確かにないですけどね」
正午過ぎくらい。
相も変わらず外からは風の音と雨の音が鳴り響いている中、うちにあった食材で適当にお昼ご飯を済ませた俺たち。
食事を済ませた直後くらいに、果南ちゃんがぼやいたのが先ほどの一言である。
確かにやることはあんまりないんだけどね。
「んー…なんかやることないの?」
「残念だけどね。今日は仕事もできないからねえ」
「仕事ないのはいつもじゃないの?」
「はっはっは。痛いところをつくね」
傷つくじゃないか。
「あ、えっと…は、ハルさん、がんばルビィ!」
「ありがとうねルビィちゃん。その優しさが胸に染みるよ」
歳下の女の子に同情される時点で、なんだか逆に哀れな気もしなくはないけど。
「まあそれはともかくとしてさー。こうなんか、ちょっとくらい何か…」
果南ちゃんがそこまで言った時だ。
『バチン!』
そんな音と共に、視界が一瞬で黒に染まった。
何事かと照明を見ると、先ほどまで部屋を照らしていたはずの光が消えていることに気付いた。
「…停電…かな?」
「あ、あわわわ…ま、真っ暗です」
「昼間だけど…雨戸閉めてると暗いねー」
「とりあえず二人とも危ないからあまり動かないようにね」
「あ、ブレーカー見てくるね」
「は、ハルさん?果南さん?ど、どこですかあ〜」
「二人とも俺の話聞いてる?」
スマホを灯にしてブレーカーを見にいく果南ちゃん。
あわあわ言いながらフラフラしているルビィちゃん。
どちらも俺の言う通りにする気はないらしい。
とりあえずこの状態でルビィちゃんを放っておくのも忍びないので、まずはそちらに向かうことにした。
果南ちゃんと同じくスマホを灯にしてルビィちゃんの方に歩く。
近づくと、今にも泣きそうな顔でこちらを見ているのが分かった。
「は、ハルさあん…」
「ほら、大丈夫だから。そんな不安そうな顔しなくていいよ」
「うう…く、暗いのはダメなんです…」
「普段からこの町は夜相当暗いと思うんだけどね」
「きゅ、急に暗くなるのはダメなんです…」
「そうかいそうかい。俺はここにいるし、余計なこともしないから安心してくれ」
「は、はい…」
そう言いながら手を握ってくるルビィちゃん。
目一杯に涙を滲ませて手を握ってくるその様子は、余裕のなさをこれでもかというくらい見せつけてくれる。
小動物さながらのその様子。
つい庇護欲が掻き立てられる。
「これもまた、ルビィちゃんの魅力の一つだね」
「な、なんの話ですか?」
「なんでもないよ。ルビィちゃんは可愛いなって思っただけさ」
そう言いながら、握られていない方の手をルビィちゃんの頭に乗せる。
いい高さである。
「うゆ…な、なんでこんなタイミングで言うんですか…」
それからほんの数分して、ブレーカーを見に行っていた果南ちゃんが戻ってきた。
「ハルー。残念だけどこれ、台風のせいで停電したっぽいよー」
「あー…やっぱりそうかい。ブレーカーが落ちるほど電気使ってなかったしね」
となると、復旧はいつになるか分からないな。
幸い、電気が必要になることは今のところないし、気温も暑すぎるわけではないからエアコンも不要。
こちらからやれることも特にないので、大人しく復旧を待つことにしようじゃないか。
「ハル、普段と変わらないね」
「逆に君が少し楽しそうなのはなんでだい」
「なんでって…昼間なのに真っ暗だと、なんかテンション上がるでしょ?」
「そ、そうですか…?」
「果南ちゃんはそうなんだってさ」
「す、すごいです…」
「いや、ルビィは逆に怖がりすぎでしょ」
「うう…だ、だって…」
先ほどまで暇だと嘆いていた果南ちゃんはこの状況にご満悦らしい。
暗くなっただけで、何か変わったというわけではないんだけどね。
「念のため懐中電灯を出そうか」
「あ、私がとるよ。どこにあるの?」
「タンスの上なんだけど…とれるかい?」
「うーん…椅子借りるね」
「気をつけるんだよ」
「はーい」
タンス側にある椅子を足場にして懐中電灯に手を伸ばす果南ちゃん。
よくよく考えると、彼女の制服のスカートが結構短いわけだし、椅子に乗って手を伸ばしている今だと、太ももあたりはわりときわどい露出になってそうだ。
「は、ハルのエッチ…」
「なんで人の考えが読めるんだい」
「か、顔見たらわかるし…」
「こっちは肝心のスカートすら見えないくらい暗いのに、よく表情が見えるね」
「い、一応スマホの光があるし」
「ああ、それもそうだね。いや、それでも人の考えが読めるなんて大したものだよ」
「ハル、わかりやすいし。変態だし。バカだし」
「最後2ついる?」
やりとりをしつつ、果南ちゃんから懐中電灯を受け取る。
点灯することを確認し、先ほどまで灯の代わりになっていた果南ちゃんのスマホも、その役割を終えるのだった。
ボウっと。
さっきまでとはまた違ったタイプの灯が部屋を照らし出す。
三人で会話もなくその灯を眺める。
外から聞こえる騒がしい風の音に対して、俺たちの間にはゆったりとした空気が漂っていた。
気がつくと、先ほどから俺の手を握っているルビィちゃんの力が少し抜けている。
表情も、少しだけ恐怖感が緩和されているように見える。
「ルビィちゃん、ちょっと落ち着いたかい?」
「あ、は、はい。といっても、怖いのは相変わらずなので、できればまだ…」
「ああうん。手は好きなだけ握っててくれ」
「あ、ありがとうございます。…えへへ」
妹みたいとはいえ、彼女も立派な華の女子高生。
こうして手を握っていられるのも、長い付き合いだからこその特権だ。
権利は行使しないと勿体ない。
「…ハル、鼻の下伸びてるよ」
「この状況では否定できないね」
「むー…」
表情がよく見えないが、果南ちゃんから不満に似たオーラを感じる。
なんでだろうか。
なんて思ってた時だった。
ルビィちゃんと繋いでいるのとは逆側の手を果南ちゃんに握られた。
「おや?」
「な、何さ」
「いや、珍しいな…って」
「わ、私だって暗いの怖いから」
「え?いやいや、さっきまであんなに元気に…痛たたたたたたっ!手、手割れるっ」
「余計な詮索しなくていいのっ」
「わ、わかったから力抜いてくれ」
ものすごい力で手を握られた。
痛い。
まだじんじんするよ。
「あ、あはは…ハルさん、大丈夫ですか?」
苦笑いのルビィちゃんに心配される。
果南ちゃんが不満げだった理由が、この子にはわかっているらしい。
そのすぐ後。
3人仲良く手を握りながら和室で腰を下ろした。
地面に置かれた懐中電灯が部屋をぼんやりと照らす。
そこに大した会話はなく、明かりに同じくぼんやりとした空気が流れる。
「…なんだか眠くなってきちゃった」
「うゅ…私もです」
「寝ても大丈夫だよ。適当な時間で起こすからね」
「んー…そうしようかなー」
「毛布でもいるかい?」
「いや、かえって汗かいちゃいそうだからいいよ」
「そうかい」
「私もです」
「了解だよ」
しばらくして、どちらともなく寝息が聞こえてくる。
なんというか、こうして警戒されていないのは男としてどうなんだろうかと思わなくもない。
いや、警戒されるよりはずっといいんだけどね。
万が一に手をだそうものなら、反撃で俺は瀕死になるだろうし。
二人の寝息が聞こえてきてから数分。
やがて、俺にも睡魔がやってきた。
んー…
まあ、少しくらい俺が寝てもいいだろう。
そんなことを思いながら、俺自身も眠りにつくのだった。
夕方。
迎えに来たダイヤちゃんが手をつないで寝てる俺たちを発見。
破廉恥だと言われてお説教をされたのは言うまでもない。
「何か弁明はありまして?」
「…よく入れたね」
「鍵は開いてましたわよ」
「雨戸とシャッターを閉めて、扉の鍵を閉め忘れたのか。我ながらドジだね」
「うふふ。そうですわね。おかげで、ハルさんの破廉恥な行いを取り締まれたのですから、結果オーライですわ」
こめかみに青筋が浮かんでいるダイヤちゃん。
まあ自分の見えないところで、親友と妹が手繋がれて寝てれば怒りたくもなるかな。
それでもお手柔らかにしていただきたいが。
店を襲う台風は去ったけど。
俺を襲う台風は、まだしばらく勢力を振るっていた。
ご視聴ありがとうございました。
台風接近の夜、明日の学校は休みなんじゃないかとわくわくしながら眠り、翌日の元気な太陽見て方を落とす経験をしたことがあるのは、多分筆者だけではないはずです。
それでは何かありましたらお願いします。