今回から、本編に沿って進んでいきます。
ですので、本編ネタバレを含みます。
先に本編ご視聴をお勧めします。
入学式と布屋さん
春。
桜が宙を舞い、風景をピンクに染める今日。
ついにこの日がやってきた。
浦の星女学院の入学式である。
新品で、まだ着慣れない制服に袖を通し、新たな学校生活の場に足を踏み込む。
在校生たちからしてみれば、また日常が戻って来る。
そんな日である。
そんな景色を、俺は店から見ていた。
「素晴らしい景色だ」
見渡す限りの女子高生たち。
これこそまさに天国といって差し支えないだろう。
これを見るためだけに、開店時間を朝の7時半としている。
準備と同時に、朝この天より与えられし景観を眺める。
そうすることで、1日に必要な活動エネルギーをチャージするのだ。
「お兄さんこんにちはー」
「こんにちはー」
「はい、こんにちは」
中には、うちの前を通る時に挨拶してくれる子もいる。
毎朝こうやって店の前を掃いていたら、顔を覚えてくれた子もいたようで、こうして挨拶してくれる子が出てきたのだ。
「いやー、役得役得」
などとやっていたら
「スクールアイドル!やりませんかー!」
「今流行りの、スクールアイドルでーす!あなたも!あなたも!スクールアイドルやりませんかー!」
という声が聞こえてきた。
学校の外にもいる俺にも聞こえるほどの大声で叫んでいるとは。
※
東京から帰ってきたその日。
千歌ちゃんが唐突に放った一言。
「私、スクールアイドルをやろうと思います!」
「…それはまた、随分ぶっとんだね」
メールでは暑苦しく…ではなく、熱くスクールアイドルについて語っていたが、自分自身がアイドル活動をしようと言うほどだったのか。
「まあ、やってみたらいいんじゃないかい?」
「あれ?それだけ?」
「別に反対する理由もないだろう。やりたいならやるといい。せっかくの高校生活なんだから」
「千歌ちゃんには合わない、とか言うと思ってたよー。ハルくん、スクールアイドル好きだったっけ?」
「俺は女子高生が大好きなんだよ。当然、スクールアイドルもその一環で大好きさ」
「うわあ。見境ないなあ」
「そんなことより!」
机をバンバン叩く千歌ちゃん。
それ商品だって言ってるじゃないか。
何回同じ注意をさせるんだい。
「スクールアイドルって、何から始めればいいのかな!?」
「何ってそりゃ、まずは部活申請をしてだね…」
と、そこで思い出す。
2年前、同じことを言っていた女の子たち。
『これしかありませんわ!』
『一緒にやろう!学校を救おう!』
彼女たちが初めにやったこと。
それは
「…メンバー、集めることじゃないかい?」
「メンバー?」
「そうそう。人数集めないと、申請もできないだろう。何人か集めて、それから生徒会に持っていかないと」
「なるほど…そうだね!」
そう言うと、握った拳を空に掲げた。
「μ'sだって最初は9人じゃなかったみたいだし、1人ずつ集めていかないと!」
「あはは。頑張ってね、千歌ちゃん!」
※
そう言っていたけど、どうやら曜ちゃんも協力しているようだ。
声がここまで聞こえてくる。
部員集めだけ協力しているのか、もしくは正式に部員としての登録もしているのか。
どちらにせよ、千歌ちゃんと何かに熱中したいと言っていたし、喜んで協力しているのだろう。
今の傾向は、とてもいいことだ。
これまで、どんなことにものめり込めなかった千歌ちゃん。
自分には才能がない、やりきれない。
そう感じて途中で投げてしまっていた。
それが、今回は頑張ろうとしている。
やれるだけのことは、最後までやってみるといい。
「…で、ボロボロだったと」
時刻は昼12時半。
今日は入学式だけらしく、学校は午前で終わりだったらしい。
戦果報告ということでウチに来ている、千歌ちゃんと曜ちゃん。
随分落ち込んだ様子で、俺が作ったお蕎麦を食べている。
まあ表情を見れば、何があったかは伝わってくるが。
「メンバーが集まらなかったのもショックだったけど、それ以上に生徒会長だよ!『スクールアイドルなど私は認めませんわ!』だってさ」
「あー…なるほど…」
「生徒会長、アイドルとか嫌いみたいみたい。前も、やりたいって言ってたクラスの子が、会長にばっさり切られてたもん」
「えー!曜ちゃん、知ってたのー!?」
「ごめん!やる気の千歌ちゃん見てたら言い出せなくて!」
「そんなあ〜」
ダイヤちゃんがそう言うのは、ある程度は予想できた。
彼女なりに、千歌ちゃんたちが傷つかないようにしているんだろうが。
不器用。それに尽きる。
「千歌ちゃん、諦める?」
「諦めない!」
気を引き締め直す千歌ちゃん。
それを見て、曜ちゃんも嬉しそうだ。
この様子なら、まだ大丈夫だろう。
「お蕎麦、おかわり!」
「私も!」
「2杯目からは有料だよ」
「「ツケで!」」
「どこで覚えてきたんだい、そんな言葉…」
結局あの後、さらにもう一杯のお蕎麦を食べ、2人は帰って行った。
果南ちゃんのとこに持って行くものがあるんだそうだ。
こちらとしても、今日は珍しく予約が立て込んでいるのだ。
気合を入れて仕事に取り組むとしようじゃないか。
※
一通り仕事を終えたのは、5時頃だった。
思いの外早く終えたものの、なんとなく疲れたので外に出ることにした。
こんな程度で疲れていたら、一般企業ではやっていけないぞ。
就職して行った友人によく言われることだ。
この町に支えられているからこそ、自分がやっていけているのは、よく自覚している。
まあ、時間がある分収入は絶望的にないのだが。
若干、センチメンタルな気分に浸りながら海岸を歩いていると、見知った背中を見つけた。
というかあれは…
「千歌ちゃん?おーい…」
とそこまで言った瞬間、弾かれたように千歌ちゃんが走り出した。
どこかに向かっているのかと、少し先を見ると、誰か立っている。
というよりは、そちらも走っているようだ。
その先は…
「…海?え、まじで?」
そんな言葉が、思わず口をつく。
なんとか千歌ちゃんが追いついて、止めに入ったが
『ザッパーン!!』
2人一緒に海に落ちた。
っていやいや、そんな場合じゃない。
「おーい!大丈夫かー?」
そう呼びかけて5秒ほどしてから
「「ぷはあっ」」
2人が顔を出した。
何が何だかわからないが、ひとまずやるべきことをやろう。
「タオル、取ってくるから、早く上がりなさいよー」
「あ、ありがとー!ハルくーん」
「え、あれ?ハルさん?」
水をかきながら、俺に気づく2人。
2人が岸に戻って来る間に、タオルと適当なライター、着火剤を持ってきた。
あまり褒められたことではないが、適当に火を使って暖をとることにする。
「くちゅん!」
可愛らしいくしゃみだこと。
「大丈夫かい?」
「沖縄じゃないんだから、風邪ひくよ〜。海に入りたければ、ダイビング施設行かないと」
「ええ…そうね」
どうやら、何か考えているようだ。
まあ、何も考えずに海に飛び込むわけはないか。
「飛び込んだ理由、聞いてもいいかい?」
「…海の音、聞きたくて」
「海の音?」
そこで、梨子ちゃんは黙ってしまった。
そっから先は、あまり立ち入らない方が良い話題ってことなのか。
ここは、下手な詮索はやめておこう。
と、俺が思った矢先だった。
「…まあ、君が話したくないというのであれば…」
「海中の音ってこと?」
こういう時、千歌ちゃんの図太さは羨ましい。
これには梨子ちゃんも苦笑いだ。
そして、少しだけ、事情を話してくれた。
梨子ちゃんは、ピアノを弾いていて、作曲もできるらしい。
その作曲の中で、海をテーマとしたいんだそうだ。
そのために、『海の音』を聞きたいとのことだ。
会話の中で、梨子ちゃんが東京から来たことに千歌ちゃんは食いついていた。
『海の音』というのが、俺は気になるのだが。
「誰かスクールアイドルは知ってる?」
「スクールアイドル…?」
「うん!東京には有名なグループもいっぱいいるでしょ?」
「…なんの話?」
「…え?」
ほう。
スクールアイドルをご存知ないようだ。
音楽に関わりながらスクールアイドルを知らないということは、よほどピアノ一筋でやってきたんだろう。
千歌ちゃんが、スクールアイドルのことをいろいろ語り始めた。
自分なりの言葉で、必死にその良さを伝えている。
そのまま話しの流れで、直接動画を見せることにしたらしい。
ポケットからケータイを取り出していた。
「千歌ちゃん、制服ごと飛び込んだけど、ケータイは無事だったのかい?」
「え?って、あああー!」
画面は真っ暗なまま動かなかった。
そりゃそうだろうさ。
「どうしよう!?」
「ケータイショップで、とりあえず代用品を借りよう。8時くらいまではやってるだろうしね」
「怒られるかな!?」
「あー…まあ、それは諦めてくれ」
「そんなあ!」
「それより、本題。これでしょ、千歌ちゃんが言ってた動画」
梨子ちゃんの感想は、思ったより普通だというもの。
でも、それは千歌ちゃんの思っていた通りの感想だったようだ。
千歌ちゃんは話す。
自分が、とても普通の人間だったことを。
そうやって、これまで生きてきたことを。
μ'sだって、普通の高校生の集まりだけど。
それはとても輝いていたのだと。
「私も、輝きたいって、そう思ったの!」
千歌ちゃんは、はっきりそう言った。
その後は、千歌ちゃんも梨子ちゃんも自己紹介の時間だった。
学年が同じだということ、そして。
音乃木坂学院高校に通っていたということ。
そういう話を、した。
服が乾いてきて、そろそろ帰ろうとした時、唐突に千歌ちゃんが言った。
「そういえば、ハルくんと梨子ちゃん、知り合いなの?」
「ちょっと前に会ったんだよ。仕事の途中でね」
「そうなの?梨子ちゃん、ハルくんに何もされなかった?」
とてつもないデジャブを感じる。
打ち合わせでもしてるのかい?
「ふふ。大丈夫。とても親切にしてくれたわ」
「逆に何すると思ったんだい」
「セクハラ」
「これは、俺が訴えてもいいパターンではないかな…」
※
次の日、部員が2人になったと大喜びで千歌ちゃんが店にやってきた。
2人目の部員は曜ちゃんだそうだ。
その報告の後、会長にまたも門前払いをくらったこと、作曲係がいないことを突かれたこと、作曲の能力を持っているであろう梨子ちゃんに、スクールアイドルを拒否されたことを話してくれた。
こちらの報告は、ずいぶん沈んだ様子だったが。
「梨子ちゃんの気持ちも、正直理解はできるよ」
「むー…絶対諦めないんだからー!」
千歌ちゃんの声が木霊する。
彼女のスクールアイドルライフは、前途多難なスタートのようだ。
ご視聴ありがとうございました。
千歌ちゃんのケータイはこの後すぐ買いなおしに行ってます。
それではご意見ありましたら、お願いします。