記憶喪失編2話になります。
昼前の駅。
俺は適当に日陰に入りつつ善子ちゃん、花丸ちゃん、ルビィちゃんが来るのを待っていた。
平日とはいえ夏休み。
思いの外人が多く、彼女たちを見つけるのは少し苦労するかなと思っていたのだが。
「…やっぱり、かわいい女の子は目をひくね」
遠目からでも、彼女たちがこちらへ向かってきているのが分かった。
向こうもこちらに気づいたようで、早足にこっちへやってくる。
「こんにちはハルさん。待たせちゃいましたか?」
「こんにちは。いや、待ってないよ」
「いつからいたの?」
「ほんの5分くらい前に来たばっかさ」
「おー。会話が恋人同士みたいずら」
「まあその…恋人…だしね」
「あ、そ、そうでしたね…えへへ」
「まあその、美渡さんから事情は聞いたよ。悪かったね、そんな大事な事まで忘れてて」
「え、い、いや、大丈夫ずら。うん。丸も昨日知ったし」
「え?」
「あ、間違えた。ハルさんの記憶喪失を、昨日知ったずら」
「まあ、なったの昨日だしね」
「ずーらーまーるうー?ちょっと黙って」
「ご、ごめんずら」
善子ちゃんが俺と花丸ちゃんを遠ざけるように間に入ってくる。
こちらからは善子ちゃんの表情は見えないが、花丸ちゃんの顔を見るになんか怖い顔をしてるらしい。
「ちょっと。あんたいきなりバラす気?」
「そ、その、丸、こういうの慣れてなく…」
「私だって慣れてないわよっ」
「それに、ハルさん見てたら罪悪感も…」
「それもわかるけど…仕方ないでしょ。みんなで話し合ったんだから」
二人でヒソヒソと話し始めた。
内容は聞こえないが、ちょっとだけ真面目な話らしい。
※
「私たち全員が彼女おおおおおおおおおお!?」
「ずらああああああああ!?」
「ぴぎゃあああああああ!?」
善子ちゃん、花丸ちゃん、ルビィちゃんがそんな大声を上げる。
今の時間は午前9時。
ハルくんの記憶を取り戻そうツアーの時間まであと2時間と迫っている今。
私のお姉ちゃん…美渡姉が昨日の夜ハルくんに放ったとんでもない一言について、みんなに伝えるためにこの時間に集まってもらったのだ。
美渡姉が放った一言。
『ハルくん、Aqoursのみんなとお付き合いしてるから』
そんな言葉をハルくんに伝えたことを、今度はみんなに伝えたのが今さっき。
そしてその反応が、さっきの1年生。
「なんというか…さすが美渡さんっていうべきなのかなあ」
「この事態を逆手にとるとは…」
「たくましいですねー」
3年生のみんなはそんな反応。
1年生ほど動揺はしてないみたい。
「か、か、かの…!」
「あわわわわわ」
梨子ちゃんと曜ちゃんも結構パニックになってる。
無理もないよねー…。
「ど、どういうことなのか詳しく話しなさいよ!」
「そうですわね。とりあえず状況を整理したいですわ」
「ああうん、えっとね…」
『あ、美渡姉おかえり。…どうしたの、そんなニヤニヤして』
『ちょっと面白い事があってね。いや、これから面白くなるのかな?』
『何企んでるの?』
『そんな警戒しないでよ。隠すつもりもないし教えてあげるから』
『なんか逆に不安になるね』
『信用ないなあ。まあいいや。実はね』
『ハルくんが、Aqoursの子達全員と付き合ってることにしといたよ』
『………………………へ?』
『やったね千歌。念願のハルくんの彼女だよ!』
『え、いやいやいやいや、ちょっと!』
『じゃ、そういう事だから頑張ってねー』
『ちょっ!美渡ねええええええええええ』
「って事があってね」
「そ、それだけですか?」
「テキトーずら!」
「もうちょっとなんか無かったのー?」
「うーん…『Aqoursのメンバー全員がハルくんと付き合ってる』っていう情報以外は、特に話してないみたい」
「とんでもない大嘘だけどね」
「誰も告白すらしてないしね」
「あー…あはは」
そこで思い出した。
ハルくんが事故に合う直前、そういえば私は告白しようとしてたんだっけ…
また次回かなあ…
そんな事を考えていた時だった。
「ちなみにハルくんはそのことをバッチリ信じてるってさ」
「なんで疑わないのよ…」
「まあ、うん。なんでだろうね」
「普通は疑うと思うんだけどね」
「ハル、普通じゃないからね」
果南ちゃんの言葉に反論できる人は特にいなかった。
普通かって言われると、うーんって感じだし。
「ねえ、私たちってこれからハルに会いに行くのよね?」
「そうだね」
「ま、まさか、か、彼女として会いに行くんですか…?」
「ずら!?」
「そりゃあ…ハルくんは信じちゃってるみたいだし」
「ど、どうすんのよ!」
「どうするって…デートすること自体は予定通りでショ?」
「そ、そうだけどそうじゃないですっ」
「まあ…ルビィちゃんたちの言いたいこともわかるけどね」
いきなりこの状況に放り込まれても、私ならいつも通りに振る舞える自信はない。
「わ、私もいつも通りやれる自信がないんだけど…」
「私も、多分相当意識しちゃうと思うなー…なんて」
梨子ちゃんと曜ちゃんが言う。
「確かに気恥ずかしい部分もあるけど…これもせっかくの機会だし、楽しんだ方が得じゃない?」
「同感ですわ」
逆に、三年生はこの事態にも前向きみたい。
さすがだと思う。
「それに、みんな、これは一つのチャンスだとも思うヨー」
「チャンス?」
「イエース!」
鞠莉ちゃんがみんなを見渡す。
誰もそれを止めないのを確認して、話を始める。
「記憶を失くす前のハルは、そもそも私たちをあまり恋愛感情で見てないです」
「あーうん、そうだね」
「しかーし、私たちを女の子として意識していないわけではないです」
「そんなようなこと言ってたわね」
「女の子として意識してるのに、付き合うのは無理ってこと?」
「そうなんです!そしてその理由は…私たちと付き合うことに魅力を感じていないからだと思うんでーす!!」
「そ、そうなんですか!?」
「え、いや、本当に!?」
「…いや、単純に私たちが女子高生だから、手を出そうと思えないんじゃ…」
「シット!」
私の一言は鞠莉ちゃんのそんな一言でシャットアウトされてしまった。
「だから今回の件で、私たちと付き合うことが魅力的なことだって思わせるんでーす!」
「おお」
「なるほどー」
「そうすれば、ハルさんも私たちとお付き合いを考えるかもしれないずら!」
「え、いやいや、そんな上手くいかないでしょ」
「私もそう思う…」
「ねえ、リリーもそう思うでしょ?」
「…ハルさんが、私を…うへへ」
「あ、これポンコツモードだわ」
各々が色んな思惑を持っている。
とりあえず、この鞠莉ちゃんの考えについては。
賛成か納得派が、果南ちゃん、ダイヤさん、梨子ちゃん、花丸ちゃんにルビィちゃん。
納得いかない派が、私、曜ちゃん、善子ちゃんの三人。
まあ梨子ちゃんが賛成派なのかはわかりにくいけど。
でも、納得いってないようには見えない。
「とにかく、今回の記憶取り戻そうツアーはそういう意味でも大事なものになりますわ」
「気合入れていこうねー」
「「「「「おおー!」」」」」
「…どうしようね」
「はあ…まあ、後ろ向きよりはいいんじゃない」
「そうだねー。ハルくんと遊ぶのは私も楽しみだし」
「それもそっか。うん、お互い、暴走しないようにだけ見張っとこうね」
「一番暴走しそうな三年生には、私たちと同じ考えの人はいないけどね」
「…まあ、ハルくん丈夫だし」
「声、震えてるわよ」
※
「あくまで付き合ってることを前提に話を進めようって言ったのはあんたちなんだから、責任持ってばれないようにしなさいよ!」
「そ、そうずらね!がんばるよ!」
ヒソヒソ話しているかと思えば、花丸ちゃんが拳をぐっとして気合を入れ直していた。
どうしたんだろうか?
「あの、ハルさん」
「ん?どうしたんだいルビィちゃん」
「えっと、今日の予定についてなんですけど」
「ああ、どこ行くとかは任せるよ。というか、あんまり場所の記憶もなくてね。案内とかしてくれると嬉しいんだ」
「あ、はい!とりあえず最初は、街をうろつこうかなって思ってます。その後遅めのお昼を食べて、またどこかにってつもりです」
「ん。それで大丈夫だよ」
ちゃんと考えてきてくれたらしい。
いくらお付き合いしてるからといって、昨日の今日でここまですぐ行動してくれるとは。
感謝に尽きるね。
「さて、それじゃあ早速行こうか。エスコート、よろしく頼むよ」
「あ、は、はい!」
「だからってそんなに気合を入れなくても…って、どうかしたのかい?」
善子ちゃんたちにも声をかけ、歩き出そうとしたとき、ルビィちゃんがこちらをじっと見ていることに気づいた。
具体的には、俺というよりは俺の手。
うーん…これは…。
「…手、繋ぐ?」
「えっあ、いや、そうじゃなくてっ」
「あ、違ったのかい。それは申し訳ない」
「あ、そ、それも違くてっえ、えっと…その、お、お願い…します」
「ん」
ルビィちゃんの小さい手を握る。
手汗大丈夫かな。
そんなことを思っていた時だった。
「ああー!ハルさんとルビィちゃんが手を繋いでるずら!」
「なっルビィ、ずる…じゃなかった。えっと…は、ハレンチよ!」
「善子ちゃんがダイヤさんみたいなこと言い始めたずら」
「え、えっと、一応はこ、こ、恋人同士ですから。だ、大丈夫ですっ」
「それなら丸も恋人だから手を繋いだっていいずら。ハルさん、こっちの手を借りるずらよ」
「ああ、もちろんそれは構わないよ」
「なああ!」
右手にルビィちゃん。
左手に花丸ちゃん。
まさに両手に花である。
とても嬉しいのだけど、気恥ずかしさもすごい。
まさかと思うけど、記憶をなくす前の俺はいつもこんなことをしてたのだろうか。
そう思いつつも左右を見渡したところ。
「ふふふ〜」
「ずら〜」
幸せそうな顔が見えた。
うーん…まあそれならいいか。
そんな風に思った時だった。
「ちょ、ちょっとハル!」
善子ちゃんからそんな声がかかった。
「わ、私だってその…こ、こ、恋人なのよ!それなのにその…扱いってのがあるでしょ!」
「なるほど。確かにそうだね」
とはいえ、両手は今のとこふさがっているし…
こういう時はいつもどうしてたんだろうか。
そんなようなことを善子ちゃんに言ったところ。
「わ、私はいつも、こ、ここにいたわよ」
「…まじでか」
善子ちゃんがついた配置。
それは俺の上着の中。
夏だし、俺が着てきた上着は非常に薄い素材のジャケット。
その内側に善子ちゃんが入ってきたのだ。
俺の前に頭だけ出した状態。
イメージとしてはカンガルーの親子だろうか。
当然だが足は地面についていて自分で歩いているので、体重的な負荷は俺にはかかっていない。
かかっていないが…
「…あっつ」
「…そりゃそうだろう。今夏だよ?」
そう。
暑い。
可愛い女の子とほぼ密着ということで、ドキドキもする。
けど、それによって互いの体温が上がり、状況がより悪くなっている。
というか今の俺は周りからどう見られているんだ?
ぱっと見カンガルー状態の男が両手で女の子と手をつないでいる状況。
正直近寄りたくない存在なのは間違いないだろう。
「…よし、それじゃあ街の散歩、行くわよ」
「丸はいいけど…大丈夫ずら?」
「善子ちゃんが大丈夫なら俺は大丈夫だよ」
「わ、私だってもちろん大丈夫よ。こ、ここが私の定位置なんだから」
「初めて聞いたずら」
「でもその…熱中症とか…」
「俺も男だからね。恋人の期待を裏切ったりはしないさ」
などと格好つける俺。
九股なんてしている自分なのだ。
これくらい、耐えてみせるさ…!
15分後。
そこには暑さに耐えられなくなって木陰で休む俺と善子ちゃんの姿がそこにあった。
ご視聴ありがとうございました。
美渡さんの冗談に対するAqours側の反応でした。
それでは何かありましたらお願いします。