ツォーネ1984   作:夏眠パラドクサ

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【RMR】超時空魔法少女グレーテル 2【光の書】



 

 チャーリー・ライアンの主張によれば、この世界には未来人が存在する。

 もちろん、それは宇宙開発期に流行したSF映画に出てくるような、ツァイトマシーネに乗って時の流れを自在に旅する『荒唐無稽なウルトラテック・ヒーロー』ではない。未来を夢の中で体験するという、ある種の予知能力を発現させた一族、または一団のことだった。

 客観的に過去へ移動したわけではなく意識だけが時を飛び越えるのならば、時間旅行者というよりも超能力者と考えるほうが自然であろうが、ライアンは彼らを未来人と定義している。彼らは自らがいる時代を重要なものとせず、夢に見た来るべき時代に価値の基準を置いていたからだ。

 日々の何分の一かを現実そのものの未来ですごすという彼らが、どちらをより価値ある世界とみなすか? 彼らは未来に生きているのである、とライアンはその哲学性を表現していた。

 おそらく二〇世紀の初期、第一次世界大戦へと燃え広がることになる騒乱の気配を人々が漠然と感じていた一九一〇年頃、彼らはアメリカ合衆国にあらわれた。まだ若く未完成な国だったアメリカを征服し、夢見た世界を実現させるためだ。

 ラケーテを人工衛星にするという発想が、狂人の妄想ではなく空想科学なのだと大衆がようやく理解したばかりの時代に、彼らは星々のかなたへ船を飛ばし、彼らにとっては遠くない未来に壊されてしまう人類の揺り篭・地球から文明を旅立たせる準備にとりかかった。

 他天体への移民、そこでの戦争は、この当時から既に決定的方針あるいは避けられない運命であったことが窺える。月、火星の探査に必要な天文台と、実用には遠い原初的なものながらラケーテやロボター技術の研究者抱えこみを早くも始めている。

 かくも遠大な目的を秘めていた彼らではあったが、やってきたニューヨークでとりあえず手をつけた仕事は、堕落したブルジョワ金融業者から資産をぼったくる証券取引だった。

 未来を知っていれば成功する可能性が高い、しかも合法的な金儲けからアメリカ征服を始めたことは手堅いと評するべきなのだろう。

 共産革命の華々しい成功を歴史の授業で教わったグレーテルとしては、いささか小悪党じみているというか、みみっちい活動をしている印象なのだが、彼らは本質的に秘密結社であり、しかも新会員の一般募集など決してしないから、こうした手段を選ばざるをえなかったのだ、とライアンは述べている。

 世界大戦期の投機に詳しいライアンの調べによると(もともとライアンはアメリカ金融業界の調査を得意とする記者だった)、同時期にアメリカ経済の支配者となるべく連邦準備制度(FRS)を成立させようとしていたマネートラストは、自分たちの縄張りで荒稼ぎする成りあがり者の存在を、かなり早くから嗅ぎつけ警戒の網を巡らせていたらしい。普段は家畜小屋のブタのように互いを押しのけあってばかりいる搾取階級も、貧者が自分以上の金持ちに成りあがろうなどとする不愉快な変事には、醜悪さが弥増す団結を見せるのである。

 マネートラストは金融恐慌が頻発した当時の機密文書に「未来からの注文を見逃すな」と書いているそうで、これがアメリカの歴史に彼らが朧気な姿を捉えられた、最初期の記録になるのだった。

 それから半世紀後の一九六四年、『タイムトラベラーズ』が執筆された時点では、彼らは莫大な資産を有し、数千の企業を運営し、無数の超先進科学を研究する勢力となっている。そして、高まりつづける全面核戦争への不安を利用してアメリカ連邦議会や軍産複合体を従え、理想世界を実現する次の段階にいたっていた。

 ソビエトに対する自分たちの優位は消失しているのではないか、というアメリカ政府が悩まされていた不安を吹き飛ばす未来技術を、この時期に、彼らは軍産複合体に大盤振る舞いした。アメリカの大衆にとっては憂鬱な冷戦からの脱却、輝かしい季節の始まり、人類の文明が頂点に達した宇宙開発期の始まりだった。

 一九六〇年代前半、『作り話のような降って湧いた躍進技術のバーゲンセール』の出所を探ったライアンは、それまで都市伝説だと思っていた未来人の実在を確信するようになったのだという。

 ユーラシア大陸を睥睨するアメリカの宇宙港から発進した資本主義陣営の記念碑的集大成、無人探査船イカロスⅠが〇.一光速を超えて太陽系を離脱したその年、これまでとは分野を変えた新作にライアンは暗い予言を記した。『タイムトラベラーズ』最終章は、ライアンが会った未来人の言葉を伝えたものになっている。

 

 人類は、火星から到来する宇宙生物に蹂躙される。

 

 戦争により地球環境が損なわれ、人類は猛烈な飢饉に襲われる。

 

 勝敗はわからない。ユーラシア大陸へ宇宙生物が降りた場合、攻撃が難しいからである。

 

 我々は既に、戦争と飢饉に対処する準備を進めている。

 

 グレーテルは『騎士団の城』を読むあいだに中身がなくなっていた酒壜を置き、皿に残るゲベックに見てくれは似せてある合成食料をつまんだ。

 これは麦類から作られたものでも、悪化した環境に適応できる雑穀、芋類の加工品でもなかった。光合成により人類の生態系を支えてきた植物に代わる、温めた海水を動力源として蛋白質や糖質を合成するプランクトンを加工した塊なのだ。

 BETAとの戦争を継続する力は、この合成食料が世界人口の六〇%に供給されることで保たれている。

 農業や漁業が〈核の冬〉によって壊滅すること、プランクトンを材料とする合成食料が主食になること、さらにそれが世界のどこへ、人口のどれだけに供給されることになるかも未来人は正確に予言していた。『神の奇跡のように好都合なプランクトン』を作出し、大量養殖しているのは、他ならぬ彼らだからだ。

 世界各地にある合成食料生産施設はアメリカやソビエトが先見の明で、こんなこともあろうかと冷戦期に建造したものではない。核爆弾の発明以前から〝ある財閥〟が研究、開発していた地球戦争へのそなえだった。

 二五億人の需要を満たす合成食料の生産は、常識で考えられる一財閥の能力を大きく超えている。

 金儲けを目的とする資本主義社会の企業では、そもそも核戦争がおきなければ巨額の赤字を出すに決まっている大規模な生産施設を前もって築いておくことが難しい。

 自家用核ブンカーは核戦争前の豊かな時代だから売れる贅沢品なのであって、味気なく安価でもない合成食料は核戦争後の飢餓状態でしか売れないし、そして第三次世界大戦の後には、現実の今がそうであるように貨幣経済や自由市場など破壊されてしまう。「ゆえに食料の代金は工場奴隷めいた労働力の提供で支払ってもらう」などという経営計画に出資するアメリカの良心的ブルジョワジーは、冷戦期にはいないだろう。

 数十億人を生存させる合成食料の大量生産施設は、彼らが諸国家の上に立つ唯物的専制君主となるために、自己資産だけで秘密裡に整えてきたものなのだった。

 一九七四年七月、アサバスカ決戦で六〇〇メガトンを超える核火力が集中使用され、地球は〈核の冬〉に包まれた(六〇〇メガトンはアメリカ軍が九六時間以内に緊急投射できるとした核火力の最大量だ)。

 人口が多く貧しい国々では数ヵ月で備蓄食料が不足し始め、超大国にも数年以内におとずれる飢餓地獄に対して為す術はなかった。

 このときを待って彼らは次なる段階、独占食料の配給管理による社会支配に乗り出したのだ。

 ライアンとの一九六四年の会見を、人類が窮途を歩む二一世紀の初めから戻ってきたという彼らは、こう締めくくった。

 

 これらの予言が成就されるとき、我々は人類世界を支配している。

 

 数々の恐るべき予言が現実となった一九八三年の今、彼ら〈宇宙旅行協会〉は、告示したごとく人類世界を支配していた。

 


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