モンスターハンター 老年の狼   作:まるまる

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其の弐

 アルとハザンの相性が悪いと知っていて、この二人組になるよう仕向けたジルバはこれからの二人を思い浮かべた。きっと、ほとんど無言で変に気遣いながら過ごすのだろう。内心で笑いながら、竜車の影が見えなくなるまで見送り続けた。

 振り返ると、既に村人たちが忙しくなく働き始めている様子が見える。畑を耕す者、荷物を運ぶ者、また同業の者もまた狩り場へ赴く準備を進めていた。

 

「さて……」

 

 結局、見送りに来なかった少女の顔を脳裏に思い浮かべながら、ジルバは溜息をついた。

残ったのはエレナが抱える厄介な問題である。

 急速な成長の最中にいてかつ固定の隊を組む狩人にとってぶつかる壁にエレナは正面衝突していた。ジルバも彼女の成長ぶりには才能を感じるものがあった。恐らく、彼女も急速に成長している自覚があったであろう。

 しかし、永遠に右上がりの成長が続く訳がなく、常に失敗がまとわりつく。ジルバは彼女が抱える失敗を確かに何度も目の当たりにしている。

 彼女が危険に冒された時、それを助けるのはいつもジルバであった。更にここ最近、その場面がよく目立つ。きっとジルバを真っ先に労わり敬う彼女にとって、彼に助けられる自分は足枷と感じているのだろう。

 これが焦りの原因になり、行く末は努力と失敗と後悔の繰り返し。また彼女は焦りに足を引っ張られ、悪循環を辿るのであろう。

 これを正す人物が師以外にいようか――否、いるはずがない。

 問題はどう正すか、だ。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 早朝。陽が出たばかりの朝は爽気に満ちており、空は青色に澄み渡っていた。

 淡い陽の光を浴びながらも、金髪の少女の面持ちは剣呑であった。その額には汗が多く流れ、息も荒い。早朝の顔とは思えない疲れの色が見られた。

 それもそのはずで彼女は陽が見える前から両手に握られた剣を振り続けているのだ。彼女の惜しみない努力は時に並外れている。しかし、その方向性はいつも利とは限らなかった。

 現状がそうである。

 

「うぅー……」

 

 思考が苦悩に溺れて、苦痛に唸る。尖がった口が緩むことはなく、年輪の多い切り株に荒く座った。

 解決できる道は幾らでもあった。しかし、エレナにとってジルバに相談するという道だけは有り得なかった。自分自身で解決したい、という意向――いや、ただの意地なのかもしれない。

 強くなりたい。願いは先走るのに何も出来ない自分が歯痒い。

 

(きっと、ジルバさんは私に答えを見つけるための時間をくれたんだ……絶対に見つけないと!)

 

 行き詰まる思いを払い除けて、拳を強く握る。

 

「よしっ」

「あっ、いたいた」

 

 聞き慣れた声にエレナが顔を上げる。そこには村長の姿があった。

 

「……村長さん!」

「やあ。朝から熱心だねぇ」

「はい、まぁ。それでー……何か用ですか?」

 

 伝う汗を拭いながら、エレナは立ち上がった。

 

「実はドスランポスが率いるランポスの群れが昨夜、畑を荒らしたらしくてね。依頼を他のハンターに頼もうと思ったんだけど、彼らは出払っているんだよ。そこで、君の師からの伝言さ。今から出発準備を整えて家に来て欲しいそうだ」

「そうでしたかっ。ありがとうございます! 直ぐ準備しますね!」

 

 慌てて頭を下げると、エレナは駆け足で借家に飛び込んだ。

 腰に手を当てながら、その様子を見届けていた村長は独り言を呟いて、若干不安げに微笑んだ。

 

「これで良いのかな……?」

 

 

 

 そして時は過ぎ、準備を終えたエレナがジルバの邸に辿り着き、数余分。

 いつも通り、ジルバは湯呑みから茶の香りを客間に漂わせていた。

 熱いお茶を飲む呆けたジルバの表情が歴戦の狩人を想起させる表情へと一転する。つられて、エレナの表情も引き締まった。何としてでもこの機会で答えを見つけ出す、そう決意を込めて。

 

「今回は緊急な依頼じゃから、支給品には限りがある。余分に準備しておるか?」

「はい! 回復薬と砥石とー……」

「ふむ。問題なさそうじゃな」

 

 皮袋の中身を口走るエレナを一瞥してからジルバは湯呑を傾けた。気付けばジルバの湯呑は空になっている。

 

「さて、仕事の話をするぞ。先ず、今回注意すべきはドスランポスじゃな。奴がいるだけで危険度は大きく変動する。ドスランポスの有無はあらかじめ知っておく必要がある。さて……どう知る?」

「えっとー……」

 

 暫く考えていたエレナの目の色がパッと変わって、最初に浮かんだ言葉が口から零れた。

 

「足跡……とか?」

「正解じゃ。足跡だけで群れの規模も、行き先も分かってしまう。狩り場での情報は命と等しい。しっかりと覚えておくことじゃな」

「分かりました」

「あとはランポスに限らず連携を得意とする群れに対する動き方だが、足は止めないこと。止める時は必ず距離を取る事じゃ」

 

 人差し指を立てて、ジルバは続けざまに説明した。

 陣形や連携とは相手の動きに合わせなければ、本来の機能は活かせない。つまり、常に変動する相手と静止する相手とでは陣形や連携の組みやすさは大いに異なる。

 ランポスの群れと戦う際において、ドスランポスを先に狩ろうとしないことが重要だ。先に統率力を削ろうとすれば、頭を叩くのが手っ取り早いが後先を考えるとこれは危険である。

 頭領を優先的に守るのは人間に限らずモンスターにとっても道理である。最初に分厚い壁を壊しに行こうものなら、囲まれて足を止められる。そうなれば、袋小路である。

 無論、事が上手く運ぶのであれば、頭領を狩る事こそが最速の道である。しかし、生物は変則的であるが為に毎度のように思い通りに動くとは限らない。ハンターにとって不確定要素は死に直結するのだ。

 

「じゃあ、私は動きながら、連携を崩して、ジルバさんの合図でドスランポスを仕留めに行く……で良いですか?」

 

 要目を並べてエレナがジルバへの最終確認を促す。これにジルバは頷きで応えた。

 たった数余分の談であったが、エレナにとっては長い時間であった。内心、早く出発したくてそわそわしていた。

 その内心を読んだのであろうそわそわするエレナに深くものを感じたように「やれやれ」とジルバは笑った。ジルバがソファから立ち上がり、出発を予期したエレナが跳びはねるようにソファから立ち上がる。

 くるり、と体の向きを変えて、駆け足で玄関の扉へとエレナが手をかけた時、湯呑が落ちて割れた音が響いた。

 

「わっ――ジルバさん?」

 

 体を立たせていた足は突然、心許ない動きを見せ、ジルバは上半身を丸く縮めた。小刻みに震える体。

 想定外すぎる状況に頭が追いつかず、エレナは気が動転して酷く狼狽する。

 そこではたと思い至る。

 ジルバは普段の生活や狩り場での目覚ましい運動量から彼の本質は周りの人間の意識から完全に薄れていた。彼の体は限界を越えていた。幾度に渡る老体の酷使、積み重なる疲労は衰えた体を着実に蝕んでいた。

 慌てて駆け付け、ジルバの顔を覗き込んだ。瞬間、エレナの血の気が失せる。

 苦痛に顔をゆがめ、あの心強い面影はない。

 

「っ……がはっ」

 

 掌で口を覆った刹那、口から大量の血が迸り、掌に飛び付いた。

 ここでエレナの脳の配線がショートし、するべき行動が頭の中が溶けていった。喉から嗚咽が漏れ出しそうになり、思わず手で押さえる。

 しかし、瞬いた後、脳裏に電光が走り、体は思うが早いか踵を返した。

 

「ジルバさん! 待ってて下さい!」

 

 華奢な腕で扉を跳ね退け、勢いよく家から飛び出した。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 大きな邸の数ある部屋の寝室。

 寝台と机と椅子。それと花瓶に花が挿されているだけでそれと言って特徴的でない雰囲気である。

 椅子に腰かけているのはジャンボ村の村長で、その視線の先には邸の主であるジルバが寝台で横たわっていた。

 ジルバが唐突に吐血してパニックに陥ったエレナが呼び出したのが村長であった。すぐさま、医者を呼び出して指示通りに寝台に寝かせたのだが――現状とは不釣り合いな雰囲気がその部屋には漂っていた。

 吐血して倒れ込んだジルバは平然と上半身をあげ、口角を吊り上げて見せた。

 

「本当にこれで良かったのかい?」

「あぁ」

「僕はハンターじゃないから君達の事情は分からないけど、わざわざ芝居を打ってまでエレナを一人で行かせる必要はあったのかい?」

「うーむ。どうだろうかのぉ」

「……ふっ、秘密ってことかい? まあ、いいさ。僕はエレナの師匠を君に押し付けた張本人だしね。これ以上、口出しはしないよ」

「それは助かる」

 

 布団を退けると、ジルバは寝台から降りて、ラフな格好からその身に鎧を纏い始める。

 ベルトを締め、皮袋をぶら下げると重量級のハンマーを軽々と背負ってしまった。

 

「もう、行くのかい?」

「見届けなければ意味ないからのう」

「気を付けて」

「勿論じゃ」

 

 エレナは今、仲間に助けられることに負い目を感じている。自分が足手まといになっているのだと思い込んでしまっている。

 しかし、それは違うと否定し、ジルバは彼女に正解の道を教えてやれる。しかし、教えることだけが彼女の成長につながる訳ではない。きっとこれは答えを自分で見つけなければ解決しない問題であろう。

 教えられただけの知識など形骸と同等である。自立性を失った者が独りになった時、積み上げられた知識は簡単に崩れ落ちるのだ。

 いつ、その日が来るかは誰にも分からない。

 

「――ごふ」

 

 口の中が血の味で広がる。五指にはべっとりと付いた真っ赤な血。

 

「長くはないか……」

 

 いつになるだろうか、その日は。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 厳寒を越えた北の大地は徐々に繁殖期に向けて準備を整えていた。

 積もりに積もった雪は少しずつであるが解ける一方を歩み、気温も下がり続けることを止めていた。

 これを起点に様々な生物が静から動へと移り変わり、追い駆けるようにして狩人たちもまた狩り場へと赴いていた。

 

「どう? エリック兄。何か見つかった?」

「うん。早く知らせないと……」

 

 屈み込んでいるエリック兄と呼ばれた青年は窪んだ雪の部分を見ながら、立ち上がる。立ち上がったことで彼は背負われた太刀の長さを見誤るほどに長身であることが分かる。

 一方、その傍でエリックの妹にあたる小柄な少女、カルラは折り畳まれた槍と大きな盾を平然と背負っていた。小柄な女性には似つかない重量級の武器である。

 さて、エリックが見つけ出した雪の窪み――足跡の正体を彼は導き出していた。

 

「雪獅子で間違いないようだね。日に日に近づいてきているよ」

 

 縄張り意識の強い雪獅子は一度縄張りとした場所には強く執着する。故に奪われた縄張りを奪い返すために、その周辺に身を潜めるのだが、現状の雪獅子はフルフルに縄張りを占められていた。

 やむを得ず、縄張りの範囲を狭め、隣に移し替えるようにした訳だが、運の悪いことに移し替えた先にポッケ村があるのだ。

いつ重なるかもわからない切羽詰まった状況をエリックは予期した。

 

「もう直ぐアルが来るね。楽しみだなぁ。ねぇ、カルラ」

「全く。これっぽちも」

「素直じゃないなぁ」

「私はエリック兄がいれば良いもん」

 

 媚びるように言ったカルラが寒さを凌ごうとするように寄り添い抱きつき、しかし、それはエリックに対する過ぎた敬愛の印に他ならない。

 当の本人は慣れた所為か、これに何の反応も示さず、平然と歩き始めた。

 彼らの名はエリック=ヴァイス、同じくカルラ=ヴァイス。アルフレッド=ヴァイスの実の兄妹である。




まるまるです。

エレナ篇を楽しみにしていた方は申し訳ない。次話からはポッケ村篇に移ります。このままエレナ篇でも良かったのですが、次の話へつなげるにはどうしてもこの順番が最適かと思いましたゆえ。
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