モンスターハンター 老年の狼   作:まるまる

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第七章 誰が為の刀
其の壱


 アルが異常な哮りを聞いたのは見晴らしのいい高台に上っている途中であった。

 驚いて視線を移す。見やると太刀を握って駆け抜ける獣――否、ハザンの狂気的な姿があった。

 

(作戦と……違う?)

 

 背筋が凍り付いた。

 しかし、すぐに原因は分かった。これは彼の暴走だ。そう理解するや否やアルは急いで空いた空間を見繕い、風呂敷を広げ、その上に道具をばら撒く。

 背負っていたライトボウガンを展開し、狙撃の姿勢に素早く入った。スコープ越しにナルガクルガの凶悪な相貌を見つめる。ここは急がず焦らず呼吸を整えて照準をナルガクルガに合わせる。やおらに引き金に指をかける。

 

(こっちに注意を……ひきつける!)

 

 引き金に力を入れた途端、銃口が閃いた。命中したのを確認したと同時、着弾点が爆ぜる。

 音源を捉えて相貌がこちらを向くが、気付かれてはいない。仮に気付いたとしてもこの高低差による優劣を埋めることは出来ない。

 アルは余裕の面持ちで装填をスムーズに済ませ、通常の弾を発射する。二度目の射撃、これも見事に命中した。ナルガクルガは混乱の最中に立たされ、その注意力は散漫。着々と肉薄するハザンに気付いている様子はない。

 跳びかかったハザンが漲る殺意を斬破刀に注ぎ込んで斬り付けた。途端、電撃が奔り、漆黒の体毛が赤く染まる。思考を憎悪と殺意に染めるハザンは殺傷だけを求めて再び斬り付ける。

 そこに誰もが心象する狩人の姿はない。正しく殺戮者の像であった。

 

「うがあああぁぁッ!」

 

 ハザンの雄たけびと同時、唸ったナルガクルガが右半身を引き、踏み殺さんと右前足で踏み抜いた。腐葉土が飛び上がり、地響きが起きる。しかし、足の下にハザンの姿はない。太刀を振り上げ、ナルガクルガの顔面に縦断する傷を入れた。

 赤い余光を引きながら、ナルガクルガが飛び退く。冷静に戦況を見定めようと全体を見回した。しかし、ハザンは息づく暇も与えまい、と猛然と追走する。

 

「逃ゲルナヨ」

 

 馳せ合う。安直に接近するハザンを睨み、ナルガクルガが今度は左半身を引いた。地面を抉り飛ばし一瞬で間合いを縮めにかかる。

 反射でハザンは太刀を構え、急制動。蛮勇を以て黒い巨体に立ち向かう。

 直後にハザンを激甚な衝撃が襲った。凄まじい力にハザンの体は振り回され、地面に叩き付けられながら息が止まりそうになる。が、恐ろしい執念が転倒を堪えた。

 膝を折るも目はナルガクルガを捉え、ハザンは食い殺さんとする獣のように吼える。悲鳴を上げる身体に鞭を叩き、立ち上がろうとするも、横切って駆け抜けた人影がそれを妨げた。

 

「少し……落ち着け」

 

 そう言い残してジルバが過ぎてゆく。腕で体を押されると簡単にハザンの膝が折れ曲がり、腰が地面をつく。まるで、全身の筋肉が機能しなくなった瞬間のようだ。

 向かい合うジルバとナルガクルガ。衰えた筈の皺だらけの眼はあの迅竜と対等に睨み合う。

 ナルガクルガは内心で歓喜に打ち震え、最高の相剋を予感して闘争心が激動する。ああ、興奮はいけない、と反省し冷徹に狡猾にジルバを仕留めるべく一撃目を図る。

 その拍子、前触れなくジルバが駆け出して戦鎚を横一線に振るった。ナルガクルガは意表を突かれながらも間一髪でこれを後ろに跳んで躱す。

 我に考える暇を与えぬか、とジルバの計りを読み、称賛する。

 短兵急は避けられた。だが、ジルバはこれを想定内としている。ナルガクルガの思考力、判断力は侮れない。三度の実戦でジルバは身に染みて感じていた。

 

「あっ――駄目ッ! ハザン!」

 

 ハザンに駆け寄ったエレナを乱暴に跳ね退けてハザンが駆け出す。ジルバは苦虫を噛み潰したような表情で振り向いた。ハザンの眼に果たして何が映っているのか。進路にジルバがいるにも関わらず駆ける足は止まるどころか加速する。

 危険を察知したジルバが横に退く。先程までジルバがいた場所をハザンが疾走し、ナルガクルガへと食い付くように跳びかかった。

 銀色の線が縦に走る、が線は火花と共に断たれ、太刀は強靭な爪に弾かれた。ナルガクルガが意図的に爪に当てたのだ。驚愕したハザンは思考を一瞬で切り替えて再び太刀を振るう。

 ハザンは復讐に囚われ、狂気に侵された。故に気づかなかった、迅竜の思惑に。

 黒光りする爪は太刀を簡単に弾くと同時にハザンの頭上に上げられ、落石の如く落とされた。 肉片と骨片と血潮が爆散し、そこにいる誰もがハザンの即死を予見して目を塞いだ。

 但し――ジルバを除いては。

 

「させんぞ……ッ!」

「ウグッ……!?」

 

 跳躍したジルバがハザンへと体当たり。粗雑に押し倒し、落とされた前足の真下から二人共、外れた。背中に氷塊を入れられたような感覚に襲われながらジルバは立ち上がり、戦鎚を背中から外すと共に吐き出された酸素を取り戻そうと荒く呼吸する。

 狡猾なナルガクルガは好機を見逃さなかった。瞬きすら許さぬ追撃を企む。

 身体を反転。尻尾を天高く振り上げて、鋭い棘を露わにする。次の瞬間、まるで棍棒のような尻尾が二人に降りかかった。

 ――死ぬ、阻止を。――ハザンを助けて。――ワシは無理か。

 ジルバがハザンを押しやって迫る尻尾を見上げて死を悟った瞬間の出来事。

 コンマ送りで流れる視界の中で徹甲榴弾が爆破する。アルによる三度目の射撃。しなる尻尾を狙い撃ち、過たず命中させる――信じがたい技量である。

 熱を含んだ爆風が尻尾の軌道を逸らし、一面から突き出る棘は地面に食い込んだ。常人なら硬直して動けないものをジルバは人智の及ばぬ精神力で動き出す。先程死にかけた人間とは思えない。

 アルは胸を撫で下ろすのも束の間、背後から気配と物音を感じて地面を突き放すように立ち上がる。

 

「っ……ランポス」

 

 ジルバが懸念していたことが起きてしまった。ナルガクルガとの接近戦を妨げるべく高い地へと上るまでは良い。問題なのは仲間との距離が離れること。

 つまり、アルからの援護は可能だが、アルへの援護は不可能、若しくは時間がかかるのだ。こうなってしまっては以降、アルの援護は完全に断たれる。

 

「もう援護は無理みたいです! あ、こっちは一人で大丈夫です!」

「心得たッ!」

 

 ジルバの声を聞き、アルは剣の背中に白い剛毛を連ねた剣と雪獅子の牙で補強した盾を構えた。普段より心強い武器を手にアルは勇敢に突貫した。

 

 

 

「ジルバさん! こっちです!」

 

 いつもは可憐に聞こえる声も狩り場では迫力に変わる。エレナの声にジルバは振り向き、アイコンタクトにて凡そを把握する。

 戦鎚を一度背負い、筋肉を移動のためだけに総動員する。

 ナルガクルガはジルバに傾倒している。接近は容易い。意識をジルバへと集中させるナルガクルガの背後からエレナが忍び寄った。跳び、エレナは車輪の如く回転しながら尻尾を斬り付けて跳び越えた。

 傷は乏しい。だが、目的は注意を引き時間を稼ぐこと。背後へと気を回したナルガクルガはジルバへの攻撃を躊躇う。

 エレナはナルガクルガの意識が少なからずこちらに向いたことを確認。ポーチから音爆弾を取り出しピンを抜き投擲。ナルガクルガの耳元で高周波の音波が拡散した。

 ナルガクルガの鼓膜を音波が突き抜け堪らず叫声があがる。鋭敏な聴覚が役割を全うしたが故の事象。いや、恐ろしいほどに深い人智が成し得る芸当か。

 この隙を頂かぬほどジルバの実力は衰えていない。少しずつ縮めていた間合いを一蹴りで一気に縮め、背負っていた戦鎚を水平に構え、踏み込み腰を振るう。

 迷わず振り抜いた。重々しく鈍い音がする。ナルガクルガの首が突然振り向いたように薙ぎ払われる。

 脳が揺れる。焦点が合わない。頭痛に苛まれながらナルガクルガは無思慮に跳んでジルバの手が届く範囲から遠退く。感覚が定まらず、ナルガクルガは無様に倒れ込むが追撃を免れたことに安堵する。

 無様。否、誇りなど捨てた。気に病むだけ無駄である。泥を啜る覚悟で挑まねば死ぬ、死ねば何も残らない。ナルガクルガはその答えに辿り着いていた。

 

「グルォォオオオオオ!」

 

 死んでなるものか。そう叫ぶ。

 死を知った者は同時に生の真理を知る。生の真理を得た者は生存本能ではなく、理性で、己自身で生を望む。

 ナルガクルガの強さの原点はそこにある。

 

「……殺シテヤル」

 

 だからこそ、生を脅かんとする殺意には敏感に。

 復讐の狩人の位置は手に取るように分かっていた。

 

 

 

 アルは不思議な感覚にとらわれていた。敵の動きが手に取るように分かる。未来でも見ているかのようだ。

 全体を見つつ一頭一頭の動きにも目を配る。動きを見極めながら敵が起こす出来事を感じ取る。考えるより先に分かる。見るより先に感じる。それはランポスと幾多に及ぶ争いから得た慣れによる感覚。

 二頭のランポスが駆けながら縦に並ぶ。その光景は何度かこの目に映してきた。前方を駆けるランポスは陽動、仕掛け役は後方のランポスにある。

 アルは進路を真っ直ぐに突っ込んだ。盾を垂直に構えランポスとの間に壁を作る。噛み付き、そう悟るや否やアルは地を蹴って加速。大いに開けたランポスの口の中に盾を押し込み、閉ざさせんと差し込む。

 ランポスが急停止、仰け反り、後方のランポスが思わず停止する。盾を力任せに引き出し、牙が幾つか欠けて飛ぶ。後方で即座に対応し切れないランポスを斬り付けた。

 そのまま死に至らしめるほど斬り付ける。無論、時間がかかりその間にもランポス達は反撃に出ようと陣を組み嗾けてきた。

 想定内、否、作戦通り。

 片手剣を佩き、同時に軽銃を構える工程はスムーズに。この時を予期して装填されていた散弾をランポスにいい加減に猛射する。アルを取り囲むように組んだ陣が却って仇となる。これでは撃ってくれと言っているようなものだ。

 撃ち尽くし空になったところで拡散弾を仕込む。また軽銃を背負い片手剣を抜き、怯み切ったランポスを次々と斬り付け、盾で殴り倒した。

 

「……数が多いっ」

 

 既に三頭を仕留めた。しかし、知らぬ間に応援が来たのか数は今では四頭に増えている。

 

(一刻も早く応戦に向かいたいのに……!)

 

 もどかしい。しかし焦りは禁物。

 先ずは下の様子が確認したい。幸運にも三頭の仲間を失ったランポスらは慎重になり喚き声をあげるばかりで接近しては来ない。

 再び片手剣から軽銃へと。喚くランポスらに背を向け、下の様子を見下ろす。

 冷静に戦局を見極めるべく必要と不要な情報と仕分ける。

 ハザンが駆け出し、ナルガクルガが吼えあげる。復讐に囚われたハザンの行動は無鉄砲。無鉄砲と勇敢は紙一重であるが、これは間違いなく無鉄砲と断言できよう。

 ジルバとエレナの位置はナルガクルガを挟んでハザンの反対側。つまり、死角。ハザンがナルガクルガの逆襲を受け、悲劇の結末を迎えるのは目に見えている。

 

「行ける……か?」

 

 冷静に見極めようにも戦局は加速していく。焦る。考えようにも背後からの殺気もある。

 

「……大丈夫。行ける」

 

 アルのその言葉に根拠はない。しかし、こう言い聞かせないと心が落ち着かない。

 ――ハザンが危険だ。――覚悟を決めろ。――跳べ。

 背景に幾重の爆撃。跳躍と同時に撃ち出した拡散弾が爆ぜランポスを巻き込む。

 適当に見繕った幹に着地。そのまま太い枝に飛び移ってアルの目元を葉と風と枝が猛打。また幹に両足で着地して再跳躍。目にも止まらぬ速度で視界の景色が激流。

 アルは舌を噛みかけた。バキバキと幾つか枝を折って空中に躍り出た。

 万有引力に引っ張られ、眼下に映る漆黒を凝視。

 剣を突き立て、重力を乗せて刺突。

 直後、鳴り渡る咆哮。噴き出す鮮血。視界が真っ赤だ。

 

「ッ……っ!」

 

 背に乗った違和感をナルガクルガは無我夢中で振り落さんと体を暴れ回らせた。木を薙ぎ倒し、地面を抉り、その激動の最中にハザンを突き飛ばす。

 突き刺さった剣が抜ける感触。必死に掴んだ体毛が呆気なく迅竜の体から欠落。

 ゆっくりと時間が流れる。永遠のような一瞬。遠退いてく漆黒の体躯。伸ばされた指の先でナルガクルガの赤い眼が見える。

 人骨をも貫く震動。アルの体が苛烈に振り回され、回り狂う視界が戻った時には目の前に地面があった。気持ちの悪い砂利を吐き出すと口の中にじわっと血の味が広がる。

 絞り出された空気を取り戻そうと喘ぐも全然足りない。理解が追いつかない。

 

「立てる? アル」

「……っ、何とか」

 

 手をつきエレナの補助をもらってアルが立ち上がる。千鳥足のアルをエレナが支える。アルは無理して遠慮しようにも声がはっきりと出ない。情けなさを感じる余裕もなかった。

 

「凄いね。私、アルが飛び出してきた時びっくりしたよ」

「はは……おかげでこの様だけどね」

 

 アルは徐に視線を上げる。アルの意図から事態を察したジルバがハザンへと駆け寄っている。

 安堵も束の間。ナルガクルガが右半身を引いた。狙いは恐らく背を見せるジルバ。

 思わず一歩踏み込んでアルは叫んだ。

 

「――ジルバさん!」

 

 ジルバが振り向く。刹那、漆黒の爪が薙ぎ払われた。




今回の挿絵。
ハザンとナルガクルガ。


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