モンスターハンター 老年の狼   作:まるまる

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其の弐

 応接するためのソファに腰かけ、机の上には湯気をあげる珈琲とお茶が置かれていた。

 腰の後ろで手を組み、こちらに背を向けたまま窓の景色を眺める長い銀髪を束ねた男、マードック筆頭が間もなくしてゆっくりと振り返った。

 顔には痛々しい古傷が一本。岩のような険しい顔つきでありながら、微笑みを絶やさない様子からまだ親しみやすそうな柔らかさが残っている。だが、やはり偉い立場である風格はしっかりとあった。

 彼と初対面である三人はそんな大したことのない印象を受けた。しかし、ジルバは怪訝に思っていた。彼の言動の一つ一つが記憶を食い違っていたからだ。

 ジルバの怪訝な視線には気づかずマードックは逆光を気にしてか、それとも外からの監視を警戒してなのか、カーテンをそっと閉める。途端、部屋が暗くなる。話はそれから徐に切り出された。

 書士隊の黒い噂。その組織を纏める男を目の前にエレナ達の疑心が膨れ上がって止まらない。

 

「そう、緊張なさらず。私はただ貴方たちにお礼がしたいだけなのです」

 

 最早、彫りの深い顔つきが醸し出す厳かな雰囲気はその緩やかで温和そうな声色とともに消え去った。

 マードックは姿勢を正しかと思うと深々と頭を下げた。

 

「本当に感謝しています。何かお礼がしたいのですが……」

「いえ。ワシ達もこの後に用事があるんでな。親切な気持ちだけ有難く受け取っておこう」

「そうですか。それは残念です」

「ああ、そうじゃった。気球船での救助を指示して頂いた方にこちらもお礼が言いたいのだが、紹介してはくれんかの?」

 

 ほんの一瞬だった。言葉を交わすジルバとマードックを除いた、部屋にいる三人が雰囲気の変化を敏感に感じたのは。

 だが、あまりに微小な変化故にすぐに勘違いだろう、と結論付けた。

 しかし、言葉を交わし合う者だからこそ、ジルバの発した言葉の核心にマードックは気づいていた。

 王立古生物書士隊の最中を飛び交う情報を統括しなければならない筆頭士官だからこそ気球船の手配やその指示を送ることも十分にあり得る。だが、ジルバは端からマードックは指示をしていないという結論を出していたのだ。

 それはつまり、揺さぶりだった。この一連の事件の真相を知っているからこそ――的確に言い換えるならば首謀者だからこそ指示を送っていないのだとジルバは暗に言っていた。

 

「……解りました。伝えておきましょう。都合が合いましたら、こちらから連絡させていただきます。」

「すまんな。そちらも色々と忙しいのに」

「ええ。どうやら街では事実無根の噂が立っているようでこちらも困っているのです――ああ、そうだ。その件でご相談なのですが、どうかジルバ様のハンターとしての声明をお借りして潔白を証明して頂けないでしょうか?」

 

 用も済んだ、と立ち去ろうとしたジルバ達に投げ出された突然の申し出だった。

 ジルバはゆっくりと振り返り、明らかな苦笑を含んだ笑みを零して言った。

 

「もう昔の話じゃよ。今はただの老いぼれ。今のワシにできることは何もない」

「そうですか……」

 

 マードックは名残り惜しそうに声を落とした。

 

「――とても残念です……」

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 書士隊が隠す闇を探るべく、先ずはその闇に触れぬ者、つまり書士隊側の信頼できる人間を確保する必要があった。

 ミラを含めたジルバ達の救出という行為は書士隊が企む計画の上では障害でしかない。それは恐らく関係者による裏切りではなく、無関係な者が偶然招いたもの。何故なら気球船を飛ばすなど自分が裏切っていると公開するようなものだからだ。

 無論、マードックが偽って別の人間を紹介するかもしれない。しかし、ジルバが裏でその人物を特定していれば嘘を見抜かれ疑いが確信的なものへと変わってしまう。それは余りにも危険性が高く利口なマードックは恐らく本当のことを言うだろう、とジルバは確信していた。

 だが、マードックとの対面の後日に送られてきた一通の手紙はジルバにとっては想像すらしていなかった内容だった。

 手紙に描かれた地図通りに足を運び、書士隊員の案内役に招かれて来た扉の前。

緊張を抑えようと深呼吸し、ジルバはゆっくりと目の前の扉を開いた。

 

「ラルフ……なのか?」

 

 机に向かって書類と面を向かわせる書士隊員を見て零した第一声がそれだった。書類を手放したラルフが今度はジルバと面を向かわせる。

 

「マードック筆頭士官から連絡を聞いて驚いた。まだ生きてやがったとはな、クソ親父」

「……ラルフ、話したいことがある」

「何を今さら……話だと? 二十年前、アンタがしたことをもう忘れたのか? 母さんが倒れた時も、火葬の時もアンタの姿は一度もなかった。世間的にはハンターとしてさぞかし立派だったんだろう。だが、俺はアンタを()()と認めた覚えは一度もない。話すことはない……帰れ」

 

 殺意すら感じられる鋭い視線。美談のような再会を望めないことは重々に分かっていた。しかし、これほどの嫌悪を懐かれているとは思っていなかった。

 だが、妻を、ラルフを置き去りにしたことは変えようのない事実。そして彼の計り知れぬ苦労があったということも。

 

「すまなかった。許してくれとは言わん。……でもこれだけは聞いてほしいんじゃ。でないとお前の命に関わるかもしれん」

「……命?」

「そうじゃ。ドンドルマで噂される書士隊のことはもう知っているな。それは恐らく、マードックの企みで間違いない。そこでお前に監視を頼みたい。ただし無茶はするな。何かあったらワシに報告してくれ」

「……話はそれだけか? なら、さっさと帰ってくれ」

「最後に一つ……ワシにこんなことを言える資格はないのだろうが……」

 

 ジルバはどこか見る者を悲しくさせるような笑みに似た目でラルフをしっかりと見た。

 

「どうかお前には幸せに生きてほしい。ワシのような人生を歩まずに」

「……遅いんだよ。何もかも」

 

 殺意を放っていたラルフの纏う刺々しい空気が和らいだ気がした。すっと顔を下に向け、鋭かった目つきは静かに穏やかになってゆく。

 ジルバはその様子をそこはかとなく幸せそうに微笑んで見つめると、惜しそうに踵を返した。

 

「……待てよ。ったく、母さんは何でこんな奴を選んだのか……」

 

 そう吐き捨てるように呟きながら渋々と機嫌を悪そうにラルフはペンを手に紙に何かを殴り書きし始めた。

 

「ほら」

 

 そう言って視線を合わさず紙を差し出した。ジルバは息子の言動に何か期待を寄せながら恐る恐る紙を手に取った。

 自分とよく似た字はドンドルマにある大衆酒場の位置と人名を表していた。

 再び眦を吊り上げたラルフは、今度はしっかりとジルバの目を見て言った。

 

「アンタの娘の名と今いるだろう場所だ。勘違いするなよ。アンタを認めたわけじゃない。これはただ母さんの……最期の願いなんだ」

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 流れてゆく人の合間を抜けながらジルバは喜びと後悔の複雑な感情に引っ掻き回されていた。

 息子(ラルフ)が生きていた。それだけでなく妻は小さな命をまた一つ授かっていた。しかも今から成長した娘に会えてしまう。嬉しくない訳がない。こんなに心臓が高鳴っているのは何年ぶりだろうか。

 だが、同時に激しい自責の念が弾む心を苦しませた。

 ――気づかなかった。妻の中に新しい命があることを。もっと大切な見るべき命を、これからを生きてゆく希望に溢れた命に気づくことができなかった。下らない復讐のためだけに。

 家族には頭が上がらない。傍にいてあげられなかったメルラに、辛い思いをさせてしまったラルフも幸せなあるべき家庭を失くさせてしまった娘のリヴィにも。

 

『分かっていると思うが、父親だということは悟らせるなよ。あいつは、リヴィは何も知らない。いや、知ってほしくない』

 

 ラルフの言葉を思い出す。無論、自分が父親だと知らせるつもりは毛頭ない。娘の今の幸せを壊したくはないからだ。

 ただ一度目にしてその存在を頭にしっかりと叩き込んで次に待つ道を歩みたい。

 間もなくして辿り着いたのは大衆酒場だった。

 

 

 

 楽団が響かせる陽気な音楽。狩人達が打ち鳴らす盃。足音。

 音が飛び交う大衆酒場の脇で声は静かに重く響いた。

 

「お嬢さん」

 

 手招きとともに茶髪に茶色い澄んだ目のギルドガールが誘われ、颯爽と足を運んだ。

 声から男を思われる客は外套を着込み、新品のフードを深く被ってその顔を闇に潜ませていた。身体の膨らみ具合から防具を装備していることは明らかで同時にハンターだということが窺えた。

 誰が見ても怪しい客に怖気づくもリヴィは臆せず用を訊いた。

 

「どうしましたか?」

「何、寂しい老人の話し相手になってほしくてな。付き合ってくれんかの?」

「ふふ、良いですよ」

「有り難い。では……」

 

 老人は顔をフードの中に隠したまま声を潜めて話し始めた。

 

「ワシの人生は波乱でのう。貧民街で常日頃から生にすがる日々もあれば、竜と命を懸けて戦う日々もあった。そんな波乱の人生の中でワシはいつでも後悔ばかりしていてのう。それのせいで家族を失い、友を失い、折角掴んだ幸せを失ってしまった。――フッ、これでは単なる老人のつまらぬ昔話じゃのう。そうじゃなあ……何を、話そうか……」

「ふふ、ゆっくりで良いですよ」

「ああ……そうじゃ。君もいずれ大きな後悔することがあるじゃろう。しかし、それでも心を強く持ってもう少し前を向いて生きてほしい。そうすればいつか後悔した分だけの幸せが返ってくるはずだから」

 

 いつしかフードの陰から漏れてくる言葉の重みが、必死さが周りの音を消してしまうくらいにリヴィの心を傾けさせていた。

 

「今は分からなくとも……この老人の言葉……忘れずに憶えておいてほしい」

 

 リヴィはゆっくりと頷いた。

 それをフードの陰から盗み見た老人もまた満足したように頷く。

 

「すまんな。こんな訳も分からぬ老人の長話を聞かせてしまって」

「いえ……とても良かったです。ありがとうございました」

「……そうか。なら、良かった」

 

 老人はフードを引っ張って立ち上がると卓にまだ金色に光る麦酒と濡れた硬貨を残したままゆっくりとした足並みで立ち去ってゆく。

 

「あ、あの――」

 

 老人の足がゆっくりと止まった。しかし、振り返らない。

 

「あなたは……――いえ、ごめんなさい。……お身体にお気をつけて」

 

 リヴィは満面の笑みでゆっくりゆっくりと出ていく老人の背中が見えなくなるまで見送った。




まるまるです。

新キャラが増える……。
死んでいなかった詐欺のオンパレードでしたが、ついて来れたでしょうか。心配です。
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