念には念を入れるという事で剥ぎ取りを早めに切り上げて狩人達はベースキャンプに戻った。帰路にもリオレウスとの遭遇はなかった。
杞憂に終わったが、いたという事実は変わらない。運が良かっただけなのかもしれない。
リオレイアは若個体だった。相方がいるような時期ではないが、生き物は千差万別。とても人間の物差しで測れるようなものではない。つまり、夫婦でも十分におかしくはなかった。
竜車に揺られる道中、エレナとアルは生きた心地がしなかった。あの火竜が二頭も同時に現れたのなら果たしてどうなっていたのだろう。
そんな過ぎた不安を抱えていただろうか。否、きっと単純に強い関心なのだろう。レイラはエレナに、デイヴはアルに傾倒するように対話を持ちかけた。
ドンドルマが見えてくる頃になっても二つの会話が途絶えていなかった。
「レイラさん。質問してもいいですか?」
「ああ。何でも聞いてくれ」
「そのぉ、レイラさんは本当に私に興味を持って誘ってくれたんですか?」
「どうしてそう思う?」
「ただの直感なんですけど……」
レイラが求めるような答えを持っておらず、エレナは申し訳なさそうに頭を掻いた。レイラはその返しに「まあ、直感も大事だ」とフォローを入れた。
レイラは少し考える素振りをしてから座る姿勢を変えた。
「答えから言うと半分当たりで半分不正解。私がアンタに興味を持っていたのは確かだ。でも誘う切欠になったのはそうじゃない」
「切欠があったんですか?」
「ああ。ジルバにな、頼まれたんだ。アンタを見てくれって」
「えっ、ジルバさんに?」
「最初は断ったんだが、頑固に頼んでくるものだから仕方なく、な」
「そう……だったんですか」
予想外だったのか、頭の中で整理するようにエレナはしばらく視線を落とし考え込んでいた。
その様子をレイラは黙って見守り、そして微笑んだ。
エレナが考える姿に微笑ましさを感じたのではない。言い知れない和みのような温かいような柔らかい感情が心を包んだからだ。途端、ジルバの見ていた景色が見えたような気がして、彼が必死になる理由が分かった気がして微笑んでいた。
「愛されているんだな。アンタは」
「えっ? そ、そそ、そんなんじゃ……ジルバさんと私は師弟でっ!」
「ふっ、そういう意味じゃない」
顔を赤らめてパニック状態になるエレナ。レイラはそんなエレナを不思議な思いで見つめていた。
先までの自分は明らかにからかうつもりだった。むずっとした胸の中を意識してレイラは空を見上げる。
(嫉妬、か。らしくないな)
女だから、と馬鹿にされ続けた記憶。決して恵まれたものではなかった。彼女は恐らくその経験がない。恵まれた師に出会え、温かい輪に囲まれて、素晴らしい才能を持っている。
罵倒と蔑視に晒されるような悲惨なものとは対極にある。少なからず上位に辿り着いた自分でさえその気にできなかった
嬉しかったのかもしれない。手に入らなかった彼が自ら媚びてきたことが。
(帰ったら麦酒、いや……黄金芋酒でも奢ってもらうか)
◆ ◆ ◆
ジルバだけになった部屋は寂しく広く感じられ、まるで閉店後の店だ。盛んであった面影は残っており、しかし、その反動がより寂しくしてしまう。外から入り込んでくる喧騒さえも部屋を寂しくする要素になっていた。
ジルバは三人の私物を見回しながら頬杖をついて息を吐く。進行は手詰まりに近い状態だった。
マードックであることは間違いない。ジルバはそう確信している。しかし、物的証拠が掴めないでいる。動く為の種は蒔いた。後はハザンが上手く動いて、事が滞りなく運ばれることを望むばかりだ。
「さて、どうしたものか……」
準備は万端だ。
敵は獰猛なモンスターではない。狡猾な人間だ。人質を使うし、言動で命乞いだってする。対抗するために必要なのは武力でも地位でもない。非情さ、人を殺せる覚悟とそれに耐えられる芯だ。
ジルバは羽ペンを握りながら書く訳でもなく、複雑な相関図と出来事のメモを睨み続けた。原点に戻って零から出来事を見直して――扉を叩く音がしてジルバの思考が断たれた。
紙を引き出しに仕舞い込んで羽ペンを片づける。身内ではない。扉を叩くリズムが決められた物と違う。
「親父……良いか?」
「ラルフっ!?」
聞き違える筈がない。ジルバは嬉しさを隠し切れず、しかし、警戒は解かずに扉を開けた。
そこには書士隊員の制服に身を包んだラルフの姿があった。表情は神妙、握りしめられた拳から身体の力の入り具合が窺える。
「何があった?」
「……偶然、マードックの話を盗み聞いた。親父、アンタの言った通りだ。アイツは生体兵器を作るつもりだ」
「入れ……詳しく聞こう」
扉から廊下に顔を覗かせ、左右を確認してからジルバは静かに扉を閉める。
ラルフを座らせ、ジルバも向かい合うように座った。ゆっくり十分に落ち着いてからジルバは話を訊いた。
「俺もマードックには疑念を抱いていたんだ。だが、マードックには身を拾われた恩があった。だから自分に都合のいいように見ないふりをしていた。……もっと早くに気づくべきだったんだ」
義憤に眦で鋭くするラルフを見てジルバは信憑性を確かなものにする。
「どういう内容だった?」
「詳しくは言っていなかった。イャンクックを生体兵器に変貌させた挙句、暴走を抑えきれずに逃がしてしまったらしい」
「……それだけか?」
「ああ。話していたのはそれだけだ」
ジルバは顎に手を置いて思考に耽った。怪しい点がある。ラルフが嘘をついているようには思えない。しかし、不可解な点を納得させるだけの理由が思いつかない。
この疑問を書き留めておこうとジルバは引き出しから紙を取り出して羽ペンを手に持った。
――扉を叩く音が鳴る。
ジルバは思考を更に深く巡らす。
何故、物的証拠を残さないような徹底的なマードックが部外者に盗み聞かれるような所でこの内容を話したのか。何故、彼らが話していた内容はこれだけしかないのか。
まるで、意図的に盗み聞かせたような――。
「客か?」
扉へ不用意に歩み寄るラルフ。
扉の奥――殺気を感じてジルバが叫ぶ。
「開けてはならんッ!」
「な――」
鍵を開けた刹那に扉が蹴り開けられて軽銃の暗い銃口が向けられた。
銃口炎、瞬間、室内に銃声が鳴り響く――。
◆ ◆ ◆
作戦通りだった。ジルバの言った通りに三人のハンターは集会所に現れて少し挑発と脅しをしてやればすんなりと付いてきた。
それから路地裏まで連れていくと、これまたジルバの予想通りに三人は襲い掛かって来た。待ち伏せしていた警備隊員に三人は呆気なく押さえ込まれた。
三人のハンターは見覚えのある顔だった。クシャルダオラが生態系を荒らし、ジャンボ村にハンターが不足し始めた頃、応援に雇われた三人のハンターだ。
そして彼らはミラを護衛したハンターでもある。つまりは、そういうことだ。
ジルバが言うには彼らが怪しく見えたのはジャンボ村にいた頃だったらしい。増えすぎたランポスの掃討を何度も任せていたにも関わらず、後日にエレナが遭遇したランポスの数は多過ぎた。恐らく達成を偽ってイャンクックの監視でもしていたのだろう。
決定的なのはミラの護衛を頼まれたハンターでありながら、あの現場にいなかったこと。医者にも証明をもらったが、人間による暴力の痕がミラに幾つもあったこと。
そして、彼らがほぼ毎日のように贅沢な食事をしていたことだ。ハンターは金持ちに思われがちだが実際はそうではない。収入額は多くてもそれだけ出費が多いのだ。ゆえに依頼を受けずにほぼ毎日、贅沢をできる訳がない。書士隊に金で雇われたのだろう。 この事実は日々から情報収集に出回っていたから、知ることのできた偶然の成果だった。
(胸糞悪いが……あんな奴を斬っても何の得にもならないんだろうな)
何気なく思ったことにハザンは歩いていた足を止めるほどに驚いた。
(人……だぞ……?)
まるで、獣を太刀で斬り伏せるような、そんな考えでハザンは人を斬ろうと考えた。想像した。
きっと何か、そう誤解だ。人を殺すことに躊躇いがない訳がない。ハザンは先までの思考を振り払って別の事を考え出した。
路地裏でジルバの旧友と名乗る警備隊員がその身分に相応しくないやり方で三人のハンターを脅していた。そのお蔭で彼らはいとも容易くすべてを暴露した。
一刻も早くこの事をジルバに伝えなければならない。何時、マードックが手を回してもおかしくないのだ。
「何だ……?」
不意に目に留まった景色にハザンは足を止めて思わず言葉を漏らした。
心なしか、歩くに連れて人が多くなっていく。人通りの多い大通りを抜けたにも関わらず、だ。
嫌な予感が過ぎる。
まさか、まさか――。
人混みを掻き分けていく度に人が多くなる。耐えかねてハザンは一人見繕って声を荒げて質問を投げかけた。
「オイ、何があったんだ!?」
「銃声だよ。すっげぇ音がして――おい小僧ッ、危ないぞ!」
物珍しそうに話す男を置き去りにしてハザンが再び人を退かして突き進む。
ジルバに限ってそんなことはない。しかし、銃だ。人間は銃には敵わない。必死な懇願と客観的な予想がハザンの中で葛藤する。
(無事でいてください……ッ!)
不意に視界の端に映った割れた窓には血が付いてない。淡い期待だと分かっていながら希望的観測が湧いて止まらない。
ハザンは不安に押しつぶされそうになりながら歯を食いしばった。