「開けてはならんッ!」
椅子を足で押し倒して相関図を描いた紙を革袋に突っ込みジルバが手を伸ばす。
蹴り開けられた扉の奥から銃口が覗き凶悪な顔をした男が見えたと同時に銃口が光る。
破裂音。銃弾の軌道から逃がそうとジルバは首を横に倒すと超高速の弾丸が頬を掠めた。目が銃弾の直線的な軌道を認識してしまえるほどに弾丸は目と鼻の先にいた。
弾丸は皮膚と血を奪い取って飛んでいく。直後に硝子が割れて――一瞬の静寂。
誰よりも早く動いたのはジルバだった。予想以上の反動にもたついていた男の隙を見逃さずジルバが滑り込むように肉薄する。
引き金が引かれる。膝を伸ばす力を利用してジルバが銃口を突き上げて弾丸が発射される。弾丸は宿に備えられたランプを割って天井に埋め込まれた。
「ッ、クソがぁ!」
野太い声をあげて男が腕を振りかぶる。ジルバはこれを冷静に見極めて振り下ろされた腕を絡み取って成人男性を軽々と投げた。
勢いは止めず廊下で軽銃を構える男二人に接近していく。
「ひ、ひぃッ!」
ジルバの眼光に堪らず情けない悲鳴を上げた男を壁に叩きつけ、更に頭を壁に叩きつけて気絶させる。
次の一歩は流れるように。腰を引いて銃を構える男の軽銃をぐるりと回転させて瞬く間に銃口を男の顔面に突き付けた。引き金に手をかけ、更に銃口を押し付ける。
背中を強く打ちつけて呻き声をあげる男をわざと一瞥してから男を睨んだ。
「あのようになりたいか?」
「い、いいえ……っ」
「なら、ワシの質問に素直に答えられるな?」
「はっ、はい」
「お主達を雇ったのは誰だ?」
「わ、分かりません。ただ男ということだけ、でして……ほ、本当なんです」
しばらく睨んでいても男は震えて命乞いするだけだった。これ以上の情報は得られないだろう、と判断しジルバが銃口を下ろす。
ジルバは廊下の両端を確かめる。人の気配はない。
再び頭を抱えて震える男に向き直ってからジルバは低い声で言葉を降りかけた。
「ワシの顔をもう一度、見たいか?」
「い、いいえ……」
「だったら、二度とこういうことはしないことじゃな。ラルフ、行くぞ」
「お……おう」
突然の発砲。ジルバの圧倒的な鎮圧。あまりの衝撃に言葉を詰まらせるラルフは一も二もなく駆けていくジルバの背中を慌てて追い駆けた。
ラルフは駆けながら怯える男三人の姿を振り返って見た。身なりから察するにならず者、野盗の者だろう。一般人よりは遥かに暴力に慣れているに違いない。握っていた軽銃も十分に殺傷力があったと窺える。
対して目の前を走るジルバに向き直った。武器を使わず、衰えた身体で奇襲だったというのにも関わらず圧倒した。
幼き頃の記憶はまだはっきりと思い出せる。先ほどのジルバが見せた一面は記憶のジルバとまるで別人のように食い違う。
背中から刺さる怪訝な視線を感じ取って一瞥してからジルバが話し出す。
「ラルフは知らなかったな。ワシは物心つく前から両親が居なくてな。メルラと出会うまでは貧民街で育ってきた。先の動きはその頃、独自に身につけた格闘術なんじゃ」
「……俺は知っているようで全然知らないんだな、アンタのこと」
「これから知ればいい。そうじゃろう?」
「……図に乗るな。まだ許したわけじゃない」
「むっ……いい流れだと思ったんだがな」
「まあ、でも……暇つぶしくらいには聞いてやる」
「……そうか」
ジルバが嬉しそうに呟いたところで会話は途絶えた。駆けながら話すのが辛いのも理由の一つだが、何よりジルバがそのやり取りで満足してしまったこともある。
三階から一階まで下りるまで言葉を交わすことはなかった。その間、ジルバはこれからの動向に思考を巡らし、ラルフはジルバの背中を見つめながら追い続けた。
「ジルバさん! 無事でしたか」
「ハザンか。あの三人はどうじゃった?」
「ジルバさんの言った通りでした。全部、吐きましたよ。これで警備隊が動いてくれます」
「よくやった。……すまんな、ハザン。ワシはお主の事を……」
「分かってます。俺も薄々ですが、そちら側になろうとしていることを自覚していました。だから、それ以上は言わないでください」
「……そうか、分かった。外の様子は?」
「人で一杯です。注目を浴びるので避けた方が良いかと……。えっと、そちらの方が?」
「ラルフ・セイブルだ」
「初めまして。ハザン・カローゼラです」
ラルフとハザンは軽い挨拶と握手を交わし、お互いの目を見やった。お互いがお互いに良好な関心を抱き、長話といきたいところだがそれどころではない。
ジルバは駆けながら考えていたことを頭の中で纏めて二人に話を切り出した。
「ハザン。お主は表から出て警備隊員に中の状況を知らせるんじゃ。それと書士隊の本部付近に何人か人員を配置してほしい。見つからぬようにな」
「分かりました」
「ラルフはリヴィを頼む。身内を人質にされないとも限らん。今頃は集会所におるのじゃろう? 後でハザンを向かわせる」
「ああ……分かった」
「敵は本気じゃ。何をしてくるか分からん。頼むから……ワシより先に死んでくれるな」
力の篭った声に二人が神妙に頷く。ジルバは二人の頷きを確かめた後、壁にかけられた額縁で宿の見取り図を確認した。
次の瞬間、ジルバを纏っていた空気が変わったのを二人は敏感に感じ取った。マードックがいるであろう方角を睨むその眼を覗くだけの勇気が二人にはなかった。
◆ ◆ ◆
険しい山間に切り開かれた、逞しい街ドンドルマ。
幾度となく大型モンスター、主に古龍の襲撃を受けながらも進化を遂げて復活してきた。それによって築かれた多彩な迎撃兵器が数々のモンスターを阻んできた。平地の多い南側にこれは備えられ、無論、大きな山脈に囲まれる北側にも南側には劣るが備えられていた。
モンスターも無知ではない。人間に立ち向かって得られる利益が多大な損失とそぐわないことは十分に理解していた。
事実、ここ数年、飛竜であれども襲撃するモンスターは見られなかった。
地上から手を伸ばしたくなるような外壁の上で物見の者達は今日も変わらぬ景色を眺めて、酒を呷って肴を食らっていた。
しかし、そこに一風変わった客が迷い込んで来た。
均整の取れた身体。白を基調とした民族衣装に雪のように真っ白い肌。佇まいは咲いたばかりの花のように清らかで上品な顔は男の目を引く。流麗な銀髪がドンドルマの風に揺れ、詩美のようなものを感じて男共が「おぉ……」と感嘆を漏らす。
心配そうに手を胸に当て辺りをきょろきょろと見回す少女。男達は迷い込んだ少女を案内してあげるという表向きの目的を備え、下心を隠しながら優しく声をかけた。
「どうしたんだい、嬢ちゃん。こんなところに来ちゃって」
「えっと、お届け物を届けたいんですけど……物見さんの人達ですか?」
「如何にもぉ。俺達がこの町の安全を見守る物見さんだぜぇ」
酷く酔っぱらった男が情けない口調で割って入って来た。台無しになった空気を他の男共が修正するように更に少女に言葉をかける。
「どんなお届け物だい?」
「これなんですけど……」
そう言って華奢な白い手が差し出したのはバケットに隙間なく敷き詰められたサンドイッチだった。
上品なきっちりとした性情が窺えるサンドイッチにこれまた男達は「おぉ……」と声を漏らす。緑の葉と薄切りにされた肉を挟んだ二口ほどで食べられる大きさ。丁寧に詰められたそれを男達は挙って覗き込んだ。
堪らず涎を垂らしながら男が少女に問いかける。
「一つ貰っていいかい?」
「どうぞ、召し上がってください。あ、他の方達も是非」
少女の透き通ったその声を皮切りに続々と男達の手がバケットに伸びた。全員が欠けることなく片手にサンドイッチを掴み、ものの数秒でバケットは空になってしまった。
その様子に口に手を当てて雅かに微笑む姿を見、一部の男達が自分に気があるのではないか、という場違いな妄想を抱く始末。
男達の興味が彼女から削がれることはなくしばらく談笑が続いていた。
――異変は徐々に現れ始めた。――
一人の男が欠伸をしたところから異変は始まる。やがて、男達の声は小さくなっていき、一人の男が突然、脱力したように倒れ込む。それを不思議に思う者はおらず、そこが寝台とでも思ったように皆揃って寝てしまった。
そこに唯一人立つ者は静かにその光景に申し訳なく思っていた。
「お忙しい中、すみません。少しだけ眠って頂くだけですので……」
誰に謝った訳でもなく、少女は寝っ転がるどうしようもない男達を踏まぬようにその場から離れていく。
白いローブを手が掴み、風に飛ばされぬように歩き出す。
その視線は遥か遠く空の彼方を見ていた。まるで、何かを待っているかのように。
◆ ◆ ◆
荒くなった息を整えながらジルバはマードックが居座る部屋の扉の前に立っていた。
ここまで来る最中、止めに入ろうとする書士隊員の様子を見るからに真相を知らぬ者がほとんどのようだ。警備隊員の身分的な力を借りてようやくここまで来られた。何も知らぬ人間に手を出す訳にはいくまい。
ジルバは深く深呼吸し、神経を研ぎ澄ました。
――気圧されるな。――冷静を保て。――知識を総動員しろ。
扉を開けた先に待っていたのは腰の辺りで手を組むマードックの後ろ姿だった。大人の身丈もある、上にいくに連れて細くなる縦長の窓。中心を交点に十字の木枠。開けられることはできないが、ここは高地の建物でその辺の平屋よりも目立つほどに高い。景色は申し分ないだろう。
並び立つ風車。厳格な大老殿。点々と広がる家々。通りを流れる人。
マードックは黙って待つジルバにゆっくりと振り返った。
「生き残ったようだね。君の勝ちだ」
この瞬間、黒幕は確実なものへとなった。
まるまるです。
ハザンの台詞について補足の説明です。読み返してみると分かりにくいかなあ、と判断しただけですので理解しているのでしたらこのままスルーしていただいて結構です。
ハザンが言った「そちら側になろうとしている」という台詞ですが、そちら側にいる者は簡潔に言うと殺すことに躊躇がない人の事を指しています。生死を感じる時間があまりにも長いため、殺すことへの罪悪感が全くなくなってしまった状態です。小さい頃に両親の死を経験し、猟団で人とモンスターの生死を見続け、今に至ったハザンの中から徐々に死への関心が薄れつつあるということでした。ここまでくれば説明不要なことですが、ジルバはハザンの事を人を殺せる人間だと認めていることになります。
長くなりましたが補足の説明は以上です。次回はとうとう真相を明かすことになります。思った以上に長くなってしまいました……。