モンスターハンター 老年の狼   作:まるまる

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其の弐

「いやぁ、すまんの。ゴーシュ」

「良いって事よ。困っているのならば手を貸してやるのが友というものだ。それにアンタは命の恩人、何でも言ってくれ」

 

 申し訳なさそうなジルバにゴーシュと呼ばれた短髪で金髪の男が気前よく返事をした。並みの狩人に劣らぬ筋骨隆々は相変わらずだ。

 ジルバが事情聴取の日々から抜け出したその翌日。

 山賊に襲われた宿屋からは無論、追い出されてしまった。仕方ないことだ。関係のない客人に迷惑をかけ、宿の中を荒らしてしまったにも関わらず、賠償金を払わずに済んだことだけでも幸いと言える。

 しかし、寝床がないことは確かだった。ギルドの手を借りることも視野に入れたが、運良く巡り合ったのが行商隊の長、ゴーシュだった。

 彼の提案により、彼の行商隊が拠点としている建物の空き部屋を寝床に借りている。更に無償というこの上ない好条件だ。

 理由は至極単純。ジルバがまだ現役だった頃、行商人だった彼の命を一度だけ助けたことがあった。その恩を返すためだとゴーシュは言う。しかし、当時ジルバは狩猟道具の売買において優遇な措置を受けたり、商いの情勢を無償で提供してもらっていたり、と十分な恩返しをもらっていた。

 薬草から火竜の牙に至るまで分け隔てなく客の手に。それが彼の行商、『一千の幸』の指針であった。

 

「それにしても、厄介な事に巻き込まれたものだな。恩人」

「うむ。しかし、誰かが解決せねばならんかった。その誰かがワシだった、それだけじゃ」

「相変わらず賢い頭をしているな……」

 

『一千の幸』が運営する拠点は大きな店としての顔もある。部屋を出て、廊下の窓から眼下を覗けば人で溢れ返っている景色が見られる。

 下で行われている盛んな商いの声に劣らない子どもたちの声が隣の部屋から聞こえてくる。子どもの活きの良い声から混じって聞こえる声はアルとエレナだ。随分と仲良くなったらしい。

 その様子に偽りがないことをゴーシュは確かめ、神妙な面持ちになってから野太い声から打って変わって小声で話し始めた。

 

「……それで恩人、あの話は本当か?」

「ああ。間違いない。信頼できる者が警官隊員の中にいてな。密告してもらった。ワシはギルドに目をつけられたらしい」

「……ふぅむ。恩人がドンドルマを出ていった日と事件の首謀者が計画を開始した日が偶然にも一致した、か。確かに筋は通っている。疑うべきだ。恩人もジャンボ村にいてかの竜、イャンクックもその辺りに棲み着いている、と」

「ああ。しかし、ワシがマードックを追い込み、またマードックもワシを追い込もうとしたことは事実。ワシとマードックが共犯者でなく、敵対していたことは明白じゃろう」

「ふぅむ、間違いない。だとすると、やはり怪しいのはギルド側。恩人を恨む者がいるか、良からぬ考えを持っている者がいるか……」

「……まだ大事な何かを隠している者がいるか」

「明日が、暗いな」

 

 ゴーシュが疲れ果てたような溜息をつく。空虚を見つめる眼は失望で色を失っていた。ジルバの言葉を聞くまでは。

 

「しかし、これ以上のことは起きんじゃろう」

「それは何ゆえに、恩人」

「マードックが最期に仕掛けたんじゃ。奴は飛び降りれば良いものを態々、竜を操ってまで自殺した。自殺する理由は今後のことを考えたのじゃろう。これが公に知られれば書士隊の地位が危ぶまれる。そうすればモンスターの研究は遅れ、人類はモンスター達の進化に遅れをとってしまう。事故死ならば不憫な事件だったで終わるだろう。賢明な男じゃった。しかし……竜を操る理由は?」

「……見せる為か」

「じゃろうな。竜を操る者の情報はマードックが記載した書類には一切刻まれていなかった。つまり、まだどこかに潜んでいる。ギルド側は権力が大きい。マードックが共謀した、と公言したところで揉み消されるかもしれん。そこで奴は力を見せつけた。その力を知っている者は動けまい。何故なら……」

「竜の制裁が下るから……か。考えたな」

「竜を操る術は世間に公開されていない。無論、ギルド内の者達も半信半疑。しかし、当事者はその真実を知っていてその脅威も理解している」

「……惜しい男を亡くしたな」

「ああ……」

 

 驚嘆の声をあげたゴーシュが漏らした言葉にジルバもひっそりと賛同する。しかし、お互いの意思は既に次の目指すべき場所を差していた。

 亡くした者を悲しむ時間はない。亡くした者が残した物を次へと繋げる為、残された者達は動かねばならない。その事を二人は理解していた。

 

「東……ジャンボ村の方角に向かう予定の荷物がある。その護衛を頼みたい」

「承った。イャンクックを……奴の願いを果たしたい。助力してくれるか」

「契約成立だ。日にちは追って話そう」

「分かった」

「恩人。良き商いにしよう」

「うむ。……さて、忙しくなるのう」

 

 ここで二人は隣の部屋から聞こえていた子供たちの声が途絶えていたことに気がついた。

 目配せで話を中断し、ジルバとゴーシュはまるで昔を懐かしむ友人の談笑をしているように笑みを作った。

 程なくして扉を叩く音がしてエレナが金髪を揺らしてひょっこりと顔を覗かせた。

 

「ジルバさん。そろそろ私、出ますね。あ……ゴーシュさん。おはようございます」

「ああ、お嬢ちゃん。おはよう」

「そうか。では、ワシもそろそろ用を済ませに向かおうかの」

 

 私服姿のエレナの髪は揉みくちゃにされていて子供たちに無茶されたことが窺えた。

 席を立ったジルバはふとエレナの首から垂れ下がった首飾りに目をやり、誰にも気づかれないような小さな笑みを零した。

 化け鮫、ザボアザギルと呼ばれるこの辺りでは見られないモンスターの歯を加工して作った首飾り。本来の歯の色を背景に赤い紋様が描かれている。

 赤い紋様は戦う者への武運を。ザボアザギルの歯は抜けてもすぐに生えることから不屈の精神と目覚ましい成長を。マードックがエレナに残した首飾りであり、これが彼の願いであった。

 

「エレナ、似合っておるぞ」

「……はい」

 

 あちこちに跳ねるエレナの髪をそっと撫でてやるとエレナは小犬のように笑みを浮かべた。

 そんな笑顔にジルバは胸を撫で下ろした。一件は落ち着いたものの、三人にどれほどの負荷を負わせたか、ジルバには心配でならなかった。

 エレナは慌てるようにジルバに手を振って廊下を駆けていった。遠くなる背中を微笑ましく見つめた後、ジルバは不意に窓の外へと目をやった。

 

「さて……ワシも早くに出るとするか」

 

 しなければならない事は多い。年老いていくに連れて用事が多くなる皮肉な話に自嘲しながらジルバはゆっくりと歩き出した。

 

 

 

 煙突から上る黒煙。小気味良い金槌の音。扉を開けると乾いたベルの音がしてジルバの心を懐かしみが通り抜けた。

 鍛冶屋の壁内には数々の物が飾られていた。しかし、そのどれものが品物でないことをジルバは知っている。ここの鍛冶師は少し変わっている。

 主は竜人族の老爺なのだが、鍛冶師は彼以外にいない。少なくともジルバが現役の頃の記憶では。ここの主は性格が気難しく変に頑固なのだ。

 しかし、顔を覗かせたのはまだ若々しさで溢れた顔だった。

 

「何か御用でしょうか」

 

 細々とした声。ジルバは少し内心で驚いた。あの気難しい鍛冶師が若者を店に置くのならば、気骨のある才能に溢れた者とばかり思っていた。

 しかし、目の前の青年からはそれらが感じられない。むしろ、真反対の人物にすら感じられる。

 

「あの……」

「ああ、スマン。物を取りに来たんじゃが」

「えっと、あっ。もしかして、あの『ナイフ』を注文した方ですか?」

 

 ジルバが肯定すると青年はそそっかしく奥の部屋へと戻っていった。

 しばらくしてから聞こえてきた怒号にジルバはぎょっとした。同時に聞き覚えのある声を久々に感じて里帰りしたような情を感じる。

 そして奥の部屋で何やら説教が続いた後、小柄な竜人族の老爺が姿を現した。

 

「よく来たな。小僧」

「久しぶりじゃな。相変わらずワシはまだ小僧扱いか」

「どんなに時間が経っても俺とお前の年齢差は変わらんからな」

「……先の青年は?」

「ああ、アイツは弟子だ。大声が上げれんからと言って作業中の俺に不用意に近づいてきやがる。全く学ばん馬鹿者だ」

「ジイが弟子を取るとは……分からんものじゃのう」

「お前もだろう。何人か若者を連れているんだろう? 隠退したかと思えば当然のように帰って来やがって。それで? こんなもの俺に作らせて一体何しようってんだ」

「厄介事を頼まれてな」

「年寄りに頼まねばならんことか? 断ればいいだろ」

「生憎、依頼人にはもう会えなくての」

「……そうかい。で? 龍でも狩るのか?」

「……そのつもりじゃ」

 

 しばらく二人は時が止まったように瞳を覗き合った。

 ジルバの瞳の奥に芯の通った本気の意志を垣間見てジイはため息をついた。そうして引き出しから木箱を取り出して蓋を開けた。

 衝撃吸収材に守られた一本のナイフ。真っ黒い柄、赤々と光る刀身。対モンスターの物にしては小さく意匠に拘った剥ぎ取り用のナイフだと誤認する者も多いだろう。

 しかし、このナイフには計り知れない可能性がある、とジルバは踏んでいた。

 太古から伝わる龍が忌み嫌うという不思議な実、龍殺しの実。これを規格外に詰め込んで造り上げた一本のナイフだ。決してこのナイフが万能だと誤解してはいけない。

 本来あるべき金属の性質は乏しく驚くほどに脆い。加えて龍殺しの実の最良の部分のみを大量に使用しているため価格が跳ね上がる。更に加工が非常に困難で並みの鍛冶師では手も付けられない。しかし、使用できる回数は脆さを考える限り、一度きり。常識ある者なら手を出そうとは確実に思わない。

 

「……外道を作らせやがって。鍛冶師の腕次第で狩人は簡単に死んじまう。何せ命を守るための物を作ってんだからな。だから、作る物は簡単に壊れちゃいけねえ。だというのにお前の注文は何だ。一度使えれば良い? 壊れても構わない? ふざけんな。……二度と作らせんなよ、生意気小僧」

「ああ……すまない。いくらになる?」

「今はまだ要らん。ソイツが機能して初めて等価交換になるんだよ。だから今は受け取らねえ。……生きて帰って来やがれ。そしたら、受け取ってやる」

 

 小さな背中を向けながらジイはそう言った。ジルバはハッとして次にはその背中を見つめながら笑みを零した。

 

「ああ、分かった。必ず戻って来よう」

 

 ジイは満足したように口元に笑みを浮かべ、いつになく楽しそうに顔を綻ばせていた。

 

「分かったならさっさと帰ってくれ。営業妨害だ」

「うむ。そうじゃのう」

 

 ジルバは骨董品を扱うかのようにナイフを丁寧に木箱に収めると扉に手をかけた。

 

「ジイ、行って来る」

「さっさと行け」

 

 中から見送るジイは虫を追い払うように冷たくジルバを突き放した。

 扉が閉まると乾いたベルが鳴る。ジルバは感謝と謝罪の言葉を飲み込んでまたゆっくりと歩き出した。




まるまるです。

マードックのことについて本文で説明し切れなかった話を少し。
先ず、ジルバとゴーシュの会話から分かる通り、マードックは死ぬための準備を入念に済ませていました。もう野望を諦め、腹を括っていたのです。この事件を起こすためにはまず書士隊本部に乗り込まれるという状況が必要ですのでマードックは刺客を使ってジルバを誘き出します。ラルフを人質に取られない(ラルフは密告にしに来た)と悟ったジルバは何の弊害もなく乗り込むという流れです。
後の話は読者様の推測に任せることになりますが、ラルフを実の息子のように育てていたマードックは、この事件の深くにラルフを関わらせたくなかった、ということもあったのかもしれません。ラルフがマードックの事を信頼していた、という台詞にも注目です。

下手な説明で申し訳ないです。次回は来週に投稿予定です。それでは。
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