送り出してくれた両親の顔を思い出しながら、俺は揺れる高速船の上でフラついていた。
船酔いだ。しかもこんなに揺れるとはな…………。
ドサッ、と自室のベットへ横になる俺を、椅子に座っているナツメが憐みの視線で眺めている。
俺が愛情たっぷり云々言った時は何だかよく分からん様子で自室に籠っていたが、暫くすると特に何の変化もない状態で部屋から顔を出した。
そして、今はこうして俺を小馬鹿にするような表情をしている。ちっとは動揺でもしたのかと思ったんだがなぁ……。
「うぇぇ……気分悪ィ……」
「全く、無様な格好だ」
「…………なあ、随分前から気になってたんだけどさ」
吐気のせいで陰の残る俺の顔に、ナツメが相変わらずの視線を向けてくる。
ベットに転がったまま、俺は数年前から気になっていた事を吐きだした。
「オマエ、女らしい言葉遣いとかしねーのな」
「義兄殿が変な気を起こさぬよう、こうして少しでも女らしさを抜いているのさ」
「そこまでするのか……」
どうやら心底信頼を失っているらしい。
あぁ……それにしても気分が悪い。吐気から逃れる方法は無い物か。
「吐くならトイレでしてくれよ……部屋が腐るような臭いに占められるのは迷惑千万だ」
「…………あい。ハッサム、運んでくれ」
壁に寄り掛かっていた両手がハサミの赤い虫ポケモン、ハッサムにおんぶして貰い、情けないうめき声を出しながら俺はトイレへと運び込まれた。
「ふぅ……大分スッキリした」
口の中を濯ぎ、ボールにハッサムを戻した俺はそんな事を呟きながらトイレから脱出した。
地方を巡るとだけあって、結構優雅な振舞いな貴婦人や紳士が多いな。
(トイレまでの道、ハッサムに任せてたから自分の部屋が分からない……)
廊下を延々と彷徨っていると、風の気持ちいい景色の開けた船の甲板に出た。
ここなら楽だ。どんよりした感覚もない。
「ふいぃぃ……高速船って言ってたし、外見は小さいモンだと思ってたが、案外広いな」
もうカントーは見えなくなっている。今は……お隣のジョウトを過ぎたってトコだな。
ハッサムも出してやろうと思ったが、どうやら眠っているらしい。
「おや、君はもしかして、アンバー君ではないかね?」
ふと、背後からそんな声が聞こえた。
掠れた老人の声だ。振り返ると、そこにいたのは予想通り七十代の杖をついた男性だった。
話を聞くところによると、死んだ父さんの古い知人だとか。
シンオウには"商談"の用事で向かうらしい。
「父上のことは残念だった…………私も、もう少し気遣っておけばよかったよ」
「いえ、父は幸せそうな顔で眠っていましたし。誰にも非は無いと、俺は思っています」
「君がそういってくれると、少し気持ちが楽になったよ」
ふふふ、と笑うご老人に、俺も苦笑交じりで返した。
父さんは顔が広かったのか、時折こうして知り合いだ、という人物と出会う。
まあ、大きく有名なシルフカンパニーの会社員としてのこともあったのだろう。度々地方を飛んでいたし。
「そうだ。君の父上から預かっていたポケモンがいるのだよ」
そういうと、彼は懐から一個のモンスターボールを取りだした。
何やらカタカタと震えている。興奮気味なのか? もし威嚇してるってんなら怖いな……。
俺がそんな空気を出しながら表情を引きつらせていたせいか、老人は「はっはっは」と笑いながらボールを俺に手渡した。
「懐かしい匂いを感じて、少し喜んでいるのだろう。この子は君の父上に大変懐いていたからね」
「そうでしたか…………」
「ふふ、開いた瞬間に噛みつかれるとでも思ったかね?」
「ええ、正直」
「はっはっは、素直だね君は。父上そっくりだ」
ボールから出してやると、そこから現れたのは青い体と同じ色の二つの腕を持った、いかにも重たそうなポケモンだった。
名前は確か……"メタング"だったか。
「預かった時はまだダンバルだったのだがね。一緒にいたら進化してしまって」
「いえ、有難うございます……」
「そうか。それならいいんだ」
そういうと、ご老人は杖を持ったまま肘かけに腕を置き、遠く離れていくジョウト地方へ目を向けた。
何だろう。こう、大物っていうか。どこかで顔を見たことがある気がする。
「君の父上は、鋼タイプのポケモンを好んでいたなぁ……」
知ってる。だから、俺にハッサムを与えてくれたんだ。
父さんの手持ちのポケモンも、鋼タイプ一色だったのを覚えている。
確か、そのポケモンたちは今母さんに預けられているんだっけか。
「では、私はこの辺で…………また会った時、そのメタングが強くなっているのを期待しているよ」
そう言い残すと、しわしわの男性は杖をカツカツと突きながら、甲板の上から姿を消した。
俺はふわふわ浮いているメタングに目を向け、ふぅ、とため息を吐く。
空は青く澄み切っている。ここから先で、こんな空を何度も見上げるんだろうな……。
「部屋、どうやって戻ろう……」
「何をしている」
俺が途方に暮れていると、再び背後から声が……って、なんだみんなして俺の背後から。狙ってんのか。
俺が心の中でぶーたれながら振り返ると、そこには相変わらずのムスッと顔をしたナツメが立っていた。
「迎えに来てくれたのか? ナツメはやっぱりお兄ちゃん大好きだな」
「勘違いするな。お前がその辺をほっつき歩いて、私まで迷惑事を被るのが嫌だっただけだ」
「ツンデレちゃって可愛いー」
「つ、ツンデっ…………誰がツンデレだっ!? 馬鹿っ!!」
ぷいっ、と背を向けると、さっさと歩き始めてしまった。
俺はメタングをボールに戻すと、足早に去っていくナツメの後を追いかけていく。
さて、こんなやり取りが今後何回あるかな。
レポート
名前 アンバー
手持ち
ハッサム Lv28 特性 テクニシャン
わざ メタルクロー れんぞくぎり きりさく
メタング Lv20 特性 クリアボディ
わざ メタルクロー ねんりき てっぺき
名前 ナツメ
手持ち
ユンゲラー Lv23 特性 シンクロ
わざ サイケこうせん かなしばり めいそう
バリヤード Lv20 特性 フィルター
わざ ねんりき リフレクター ひかりのかべ
スリープ Lv21 特性 よちむ
わざ さいみんじゅつ ねんりき
「やっと船から脱出だっ……」
「はぁ…………こんな奴を兄だと思いたくないな……」
そんな事を口ずさんでいる俺たちが最初に足を踏み入れた街は"ミオシティ"という、巨大な図書館がある町だった。
回る目を必死に動かしながら、辺りを見回す。潮の匂いと風に満ち溢れた、ヤマブキとは違う意味で綺麗な場所だ。
クチバに似ている個所があるな。
「こんなことで大丈夫なのか、この先。船に乗る機会はこれで最後じゃないんだぞ」
「え、マジで?」
「当然だ。シンオウ以外にも、地方は多くあるのだからな」
胃がスッカラカンになってしまわぬよう気をつけねば。
今日は船旅で疲れ切ってしまっているので、ここらで宿を探そう。
そう切り出すと、ナツメは渋々宿泊場所を探し始めた。
なんやかんやでしっかりしてるんだな、ウチの義妹は。
ナツメが探し当ててきたのは、値段も手頃な安心して寝つけるようなホテルだった。
一部屋の代金を支払い、早速ベットにダイブする俺。なんだか今日はこんなんばっかりだ。
「そういえば、あのメタングはどうしたんだ? お前のポケモンはハッサムだけだったろうに」
「口調を女性らしい物にしたら教えてやる」
「無駄口叩いてないでさっさと教えてくれ」
お兄ちゃんの微かな願いも聞いてくれないのね。
俺は死んだ父さんの知り合いから引き取ったんだと、簡単に説明してやった。すると、ナツメは少し申し訳なさそうな表情をしながら「そうか」と答えた。
気まずい空気に堪えられなくなった俺は、よし! と声を張って立ち上がった。
「もう日が沈みかけてるが、どうする? 俺は殆ど回復したぞ」
「あ、ああ……そうだな。今日は港の方で、海の神様を称える祭りがあると聞いた」
「お? 行ってみるか? 子どもの小遣い程度の出費なら、直ぐに補えるだろうしさ」
「そうだな、今日ばかりはお前に賛同してやる」
そうと決まれば、と俺は斜めがけバックをベットの上に降ろし、部屋のカギを持って準備を始める。
ナツメの方は殆ど手に持つような物は持って来ていないので、今頃何か準備する必要はない。
ちなみに、着替え等は俺がバックの中に纏めて入れている。兄貴としてこのくらいはしてやらないとな。
二人で部屋を出て、カギを締めているとふと思った。
コイツ、俺のこと"お前"って呼ぶよな……。
「なあナツメ」
「お前の考えていることなら筒抜けだぞ。断固として拒否する」
「ならせめて一回でいいから! お兄ちゃんって呼んでくれ!!」
ガラじゃないの一点張りで、少女はそそくさと歩いて行ってしまった。
仕方ない……当分先まで我慢するか……。
町は、予想以上に賑わっていた。
街灯すらも霞んで見えるような明るい火と、猛々しいギャラドスの舞。誰のポケモンだろうか。
俺はナツメと「はぐれないように」という名目で、現在進行形手を繋いでいる。柔らかい。
多分頭の中が雑念だらけでナツメに怪しまれないか不安だったが、どうやらこのお祭り騒ぎに見とれているらしい。
子どものように両目を開いて(14歳)、いくつもの明かりが交差するのを見つめている。
「うっへー、凄い人混みだな。どうする? 何かするか? それとも食べる?」
出店がいくつも並ぶ中、俺とナツメは歩いていく。
目移りしているのか、少女はあちらこちらへと目を向けていた。
「あ、あれだ。あれをするぞ」
「分かった分かった。引っ張らないでくれ」
ナツメが向かったのは祭りの定番、射的だ。
頭は良いが運動系はからっきしだった気がする。まあ、あまり関係ないか。
百円を支払うと、専用の銃と弾が手渡される。
制限弾数は三発。商品を一つ落とせばそれが貰えるのだろう。
「よく狙って撃てよー」
「分かっている」
達者な口調で喋る中学生くらいの女の子が、必死に銃口を定めているのを後ろで眺めながら、俺は商品を一瞥する。
こういうのは、何か倒れないように細工がされているものなんだが……。
ナツメが狙っているのは、どうやらポケモンの入ったモンスターボールらしい。
まあ、ああいう商品はよくないよな。助けてあげたいんだと思う。
(ナツメは優しいからな)
「ばっ?!」
一発目は正確に芯を捉えていたナツメの弾が、今度は大きく逸れてしまった。
キッ! と、祭りの明かりで顔が少し赤く見えるナツメが、俺の方を睨みつけてきた。
俺、何かしたか?
うーむ、と眺める俺。真芯を捉えて微動だにしないって、流石におかしいよな。
よく目をこらせば何か見えるかも、と思った俺は、ナツメが最期の弾を無駄に終わらせて落ち込んでいるのをなだめつつ、ハッサムに何かないかと尋ねてみた。
案の定、商品には細工がしてあった。イトマルの糸だ。それも極細にし、肉眼では捉えにくいほどの。
中々手の込んだ商品だなぁ……。
「おっちゃん、次は俺がやる」
「おや、次は彼氏さんが挑戦かい? お熱いねぇ」
「兄貴っすよ」
ニヤニヤしているおっちゃん。落とされないという自信があるのだろう。
メタングを後ろに、銃を構えつつ狙いを定める。
「おいおい、ズルは無しだよ」
「しませんよ。商品にはね」
恐らく、上の方でイトマルが糸を引っ張っているのだろう。
俺は一発目の引き金を引き、先ずは狙いのモンスターボールへの弾道を確認する。
二発目はそれより少し上。恐らく糸が通っているであろう場所に弾を掠らせる。
これですべての位置確認は終わった。
最後の弾を打ち出すと同時に、俺はメタングに命令する。
「メタング、ねんりき!!」
甲高い掃除機の吸引音のような音と共に、メタングの両目が輝いた。
弾丸よりも早く作用したその技は、店の上の方で糸を張っていたであろうイトマルに牙を剥く。
そして、同時に弾丸がモンスターボールの開閉スイッチに直撃した。
「なっ?!」
上から落ちてきたイトマルに驚いたのか、それとも商品を撃ち落とされたことに驚いたのか。
多分両方だろうな。
中から現れたのは、小さな帽子をかぶったような白いポケモンだった。
出てきた瞬間に土台の上に踊り出て、俺とナツメの前でぱちぱちと手を叩く。
「この子は……?」
「ラルトスってポケモンだろ。今日からお前の友達だよ」
そう言って小さな体を抱え上げ、ナツメの腕に抱かせてやる。
俺今最高に格好いいぞ。
赤いツノを光らせながら、ラルトスはナツメに抱きつく。
多分、こいつの信号を受け取って、彼女はあれを狙ったんだろう。
「その自画自賛さえ無ければ、礼の一つくらいは言ってやろうと思ったんだがな……」
「俺はそういう奴だからなっ」
にかっ、と笑ってやり、背を向ける。
とりあえず祭りでの思い出作りは出来ただろう。俺としてもいい経験になった。
「おい!」
「まだ何か文句があるのか……"まだ"いやらしい事は考えていないぞ……」
「その、だな」
もじもじとまるで女の子みたいな仕草をするナツメ。
らしくないな、なんて笑い飛ばしてやったら蹴飛ばされるような気がするので、ここは次の言葉を待つ。
「あり、がとう…………お兄ちゃん!!」
「どーいたしまして」
良い笑顔がみれて、お兄ちゃんご満悦だ。
レポート
名前 アンバー
手持ち
ハッサム Lv28 特性 テクニシャン
わざ メタルクロー れんぞくぎり きりさく
メタング Lv20 特性 クリアボディ
わざ メタルクロー ねんりき てっぺき どくどく
名前 ナツメ
手持ち
ユンゲラー Lv23 特性 シンクロ
わざ サイケこうせん かなしばり めいそう
バリヤード Lv20 特性 フィルター
わざ ねんりき リフレクター ひかりのかべ
スリープ Lv21 特性 よちむ
わざ さいみんじゅつ ねんりき
ラルトス Lv18 特性 トレース
わざ ねんりき しんぴのまもり おんがえし かげぶんしん
日記 アンバー
祭りのクジでわざマシンを手に入れた。メタングに覚えさせてやったが、今のところバトルの予定はない。
日記 ナツメ
あいつが私にできなかった事をやってのけた。ラルトスもみんなと同じように一生大事に育てよう。