【未完終了】魔法少女リリカルなのは ━三途川に落ちる少年━ 作:針鼠
「――――はっ!」
――――っとして、目を開ける。目を開けるということは今の今まで目を閉じていたということであり、いつ目を閉じたのか思い出せないということは、つまり今まで意識を失っていたということである。
青い空が目に入る。雲の切れ間から差し込む太陽の光に眩しさを感じて、思わず目を細める。どうやら何か背もたれのある椅子かなにかの上らしく、背中からお尻にかけての感触を実感する。――――とりあえず、現状水の中というわけではないようでほっ、とする。
空を仰いでいた首を前に戻す。長時間同じ格好だったのか、首の関節が良く鳴る。
「どこだ、ここ……?」
まず目に飛び込んできたのは――――否、正確に言い表すならば、目の前に聳え立っているのは純白の建物。聳え立つと表現した通り大きいが、ビルというよりは何かの施設のようだ。
距離的に全体像はわからないが、見える範囲の建物のデザインの感想はどうも個性的というか、都心ではまず見ない近未来的。建てられてからの日は浅いのか傷も汚れも見当たらない。
さらに周囲に目をやる。思わず息が漏れてしまうほどの豊かな自然があった。ただし無作為に生い茂っているのではなく、人の手でしっかりと整えられた見事な並木道。俺が座っているベンチも周囲の景観を損なわない木製であった。
「すぅ、はぁぁ……」
深呼吸。空気が旨い、などというのはよくわからないが、それでも静かな空間のおかげで頭は冷静になれた。
改めて、ここが川の中でないことはわかった。先ほどまでの寂しい野原とも違う。だが、
「俺の知ってる場所、でも無いよなぁ」
まだここがどこかはわからない。さっきまでのは夢で、俺はなんらかの理由と手段で見知らぬ土地へ放置させられているだけかもしれない。いやそれはそれで充分やばいのだけど。
だけど、なんていうのだろうか。
見慣れぬ自然。見慣れぬ建物。
それだけの理由ではなく、されど感覚的な話になってしまうのだが。ここは俺の知る世界では無いような感じがするのだ。
「空気が違うって言うのかねえ?」
『さすがマスター!』
「うぉっ!!?」
反射的にベンチから飛び上がる。それというのも突然聞こえた声があまりにも近いものだったからだ。
しかし、周囲には誰もいない。どうなってんだ。
『ここですよ、マスター』
ここ? と、声に導かれて今更気付いた。そして見つけてしまったのだ。先ほどまでの船頭とのやり取りが夢物語では無い証拠を。
家を出るときの格好がTシャツにジーパンだったのに、今は茶系の色の制服姿だった。無論こんな服、俺は持っていない。
『マスター』
三度呼ぶ声。ていうかこれ俺のことだよな?
声は俺の――――正確には俺のではないが――――服の胸ポケットから聞こえてくる。おっかなびっくり指を入れると指先に硬質な触感。つまみ上げると、中央に星型、左右に羽根の付いた妙に可愛らしい環状のアクセサリー(?)が入っている。これもやはりというか俺のではない。
「あれ? これしか入ってない?」
胸ポケットを探るがあとは何も入っていない。ならさっきまでの声は? 首を傾げながら唯一入っていたアクセサリーを見やり、それが手の中でピョコンと動いたことにギョッとした。
『初めましてマスター』
「うおわああああ!!??!?」
咄嗟に指を放してしまうが、それは重力に逆らって落ちない。両端の如何にも作り物らしい羽根……を使いもせず浮いている。飾りなのかな。
「声……はこれから出てるよな。マイクとか内蔵されてるのか?」
『違いますよ。ワタシが喋っているんです!』
恐る恐る観察しているとまたもアクセサリーは答える。なんなら飾りっぽい羽根をまるで手のように動かしている。
『ワタシはこの世界では《デバイス》と呼ばれる機械で、今日からマスターであるユキカゼさんを補助するスーパーアイテム、ルビーちゃんです!』
「ごめんなさい。勘弁して下さい」
『なんかいきなり謝られました!?』
恥もなく深々と頭を下げる。だって仕方ないだろ。
「なんか聞き逃せない言葉がいっぱいあった気がするけど」痛む頭を押さえながら「なにから訊いたらいいやら……というか何も聞きたくないやら……」
『ここはユキカゼさんのいた世界では無いですよ』
「うわーん畜生! 一番聞きたくなかったことから言うんじゃねえよ!!」
やっぱりか、と思いつつ、いざ他人に断言されるとクルものがある。そしてピンポイントでそこを突いてくるルビーと名乗ったこの奇天烈スター、多分性格悪い。
『落ち着いて下さいユキカゼさん。――――あ、ひとついいですか?』
「……なんだよ?」
喉もないくせにルビーは咳払いをひとつ。
『貴方がワタシのマスターか』
………………。
『ふぅ、設定的にもこれだけは言わねばなりませんでした。ワタシは満足です。与えられた仕事の八割は終えたと言っていいですね』
「お前俺のサポートしにきたんじゃねえの!?」
俺のサポートはほんのついでなのか。この機械、どうやら動作不良を起こしているらしい。そうでないならそれはそれで問題過ぎる。
★
落ち着いてから――――主に俺の精神が――――ルビーから一通りの事情を聞いた。あの世一歩手前である三途の川のやり取りは夢ではないこと。そしてルビーはあの船頭から遣わされたようだ。なんでも過剰支払いのサービスらしい。
「つまり、ここは地球じゃなくて《ミッドチルダ》って名前の世界なのか?」
『はい。こちらの世界にも《地球》という名の次元世界はありますが、あくまで酷似しているだけでユキカゼさんのいた所とはまったくの別物です。先ほども言いましたが、ワタシはこちらではデバイスと呼ばれている機械――――という設定です。実際はワタシのようにこんなラブリーではありません』
「お前みたいな奇天烈な奴は他にいないんだな? 良かった」
『酷いですよー、ユキカゼさーん』
めそめそと、目もないくせに泣いた演技をするルビー。こんな奇天烈なモノが溢れかえっている世界だったなら俺はヒバナを呪い殺していたところだ。
『ちょうどいいのでこちらの世界の説明もざっとしてしまいますね』
「あーもー勝手にどうぞ」
『それでは。――――この世界はいくつもの次元世界が存在しています。先ほどもお話した《地球》や、ここ《ミッドチルダ》です。ミッドチルダは数ある次元世界を統括統制する《時空管理局》の本部が設置されています』
ん? また新しいワードが出てきた。
「時空管理局?」
『ユキカゼさんのいた世界でいう警察と裁判所が一緒になったようなイメージですかね。こちらの世界での最高機関です』
「そりゃまた大層なもんだな」
俺の世界じゃあ、ひとつの世界どころか数十の国と、さらにそこから無数の都市や町に枝分かれしそれぞれが治めていたが、それさえ中々上手くいかないものだ。それをこの管理局とやらは複数の世界を統治しているというのだから、やはり大層な組織だ。
それにデバイス。ルビーが扮しているらしいものが人をサポートする機械らしいが、文明的にも俺の世界よりずっと進んでいるのではないだろうか。
『ユキカゼさんがこちらで生きていく上でひとつ重要なことをお伝えします』
「なんだよ」
『ユキカゼさんは便宜上、こちらの世界で十七年間、天野 雪風として生きていたことになっています。《
「……ん? あか……あかしっく?」
言っている意味がわからず首を傾げる。ルビーは続けた。
『ぶっちゃけると設定ですよ。名前は天野 雪風。性別は男。《第九十七管理外世界》……別称、地球出身者。――――
「なってます、って」
『そうでもしないと身元不明、正体不明の透明人間が出来上がってしまいます。それこそ管理局にでも捕まったら永久にアウトですからね!』
身分を明かしても証は無く、記録は無く。今日までの痕跡が一切無い、正しく透明人間。ゾッとした。
『だからこの世界そのものに、ユキカゼさんの設定を作ったんです。確かにユキカゼさんがここにやってきたのはほんの数十分前ですが、この世界にはユキカゼさんが生きた十七年間の歴史が存在します』
ルビーの説明を脳内で自分なりに噛み砕いてようやっと理解する。同時に、世界の設定とやらを弄り回せるルビー達は、もしかしたら本当はとんでもない存在なのではないかとも。
『注意点としましては、ユキカゼさんに記憶が無くても周囲にはユキカゼさんに関する記憶があることです』
「つまり? 俺にとっては初対面でも、実際は知り合いでしたみたいな?」
『はい』
「周りからしてみりゃあ、記憶喪失みたいなもんじゃねえか!?」
『おー! それは言い得て妙ですね。さすがマイマスター!』
「ありがとう!」
褒められても全然嬉しくないけどな。でもマイマスターって呼び名は少しぐっとくる。
「ほんまおもろいねー、君」
ギクッ、と漫画だったら擬音が書かれるくらい大袈裟に体が跳ねた。誰もいないと思っていたところに突然話しかけられた、それだけでも驚く理由には充分だが、それよりも大きな問題は今目撃されたこの状況である。
まだ本物を見たことが無い俺にはデバイスというものの立ち位置がよくわからない。わからないが、機械かアクセサリー相手に喚いたり頭抱えたりしている俺は変態さんなのではなかろうか。
そこまで思い至って、おそらくは青くなった顔で渋々と振り返る。クスクスと押し殺すように笑っていたのはひとりの少女だった。茶色の前髪を女の子らしく可愛らしいピンで留めている。背は女の子にしても低そうで顔も幼そうだが、多分俺と同い年くらいなんじゃないだろうか。格好は俺と同じ茶系の制服。ただし向こうは下がスカートだった。女性用、ということだろう。
「デバイスとそない自然に会話する人、初めてみたわ。コントみたいで面白かったで」
関西弁の少女はひとしきり笑い終えるとそう言って親指を立ててきた。
思わず親指を立てて返すが、改めて異性に醜態を晒していたことを思い出して顔が熱くなる。青から赤へ。俺の顔色は忙しい。
引きつった笑みで相槌を返しながら俺は小声でルビーに喋りかける。
「ルビーこの子誰だ?」
『知りませんよー?』
…………。
「誰だって?」
『だから知りませんってば。いやだなユキカゼさん、耳が遠くなるにはまだ早いですよ?』
「おまっ……」一瞬潜めていた声が大きくなりかける「お前、俺のサポートの為にここにいるんじゃなかったのかよ!?」
『ワタシが与えられている情報は、こちらの世界の一般常識とユキカゼさんの個人情報だけです(じゅるり)。ユキカゼさんの交友関係については一切関知してません。束縛系彼女ではないので』
使えねええええええ!! しかも最後の一言はいらん。お前は彼女じゃない。
……ってことはなにか? 俺は自分の力で立場やら人間関係を探っていかなくちゃいけないのか?
いっそ記憶喪失とカミングアウトしてしまおうか……。いやいや、それをやると漏れなく病院生活が待っている。しかも治る見込みのない。だって元々そんな記憶ないのだから。
「どないしたん?」
「い、いや……ナンデモナイヨ?」
「なんでちょっと片言なん」
知らずルビーを握り潰さんばかりに、いや潰してやろうと持って悶々としていたらしく、少女が不思議そうにしていた。
まずい。兎に角ここは自力で突破しなければ。出来なくば待っているのは異世界精神病院ライフ。誰得だ。
「まあええか」まだ少し疑いの眼差しを残しながらも「そういや自己紹介してなかったかな」
神はここにいた。
まさか期せずして彼女の方から名乗ってくれようとは。神様ありがとう。
微塵の助けにもならない奇天烈スターと三途の川の守銭奴は地獄に落ちてよし。
「あたしは
見た目と独特な喋り方で予想はついてたけど、どうやら彼女は俺と同じ――――厳密には違うのだが――――地球出身者だった。地球出身は多いのだろうか。というか、地味に言葉が通じるのが助かる。
「おう宜しくな、はやて。俺は天野 雪風だ」
普通に名乗ってみると、はやてはポカーンと口を半開きにしていた。
あれ? え? なにこれ? やっちゃった? 俺なんかやっちゃった!?
今の短いやり取りを思い返すも彼女が名乗ったから名乗り返した。ただそれだけだ。あとから名乗る方は一発芸をしなくてはならないとかいう異世界ルールでも無い限り、絶対に問題ないはずなのに。
俺が狼狽えていることに気付いたらしく、我に返ったはやての方が謝ってきた。
「ごめんごめん。その反応は思いも寄らんかったというかなんというか。……えーと、ユキカゼ君、あたしのこと知っとる?」
「え゛!!!?」
よしこの場は切り抜けたと思った矢先の質問。しかもどういうことだ。俺とはやてが初対面だというのは、彼女の発言からわかったことなのに。それなのに『自分を知っている?』という質問を初対面の人間にするだろうか。
この場で硬直することが一番不自然なのだとこの時の俺は気付けない。
しかし神様はとても慈悲深いのか、或いは彼女の性格なのか。『まあええか』の一言で彼女はそれ以上追求してくることはなかった。
「そろそろ中入っとき。もう始まるかんなー」
手を振って去っていく。
「……うーむ、自分で思っとるより名前知られてへんのかな。自意識過剰とかめっちゃ恥ずかしいやん。気ぃつけよ」
なにやら小声でぶつぶつ言いながら、最後に見えたその横顔が少し赤らんでいるように見えたのは気のせいだったか。
病院直行フラグ回避。
『ナイスアドリブでしたね、ユキカゼさん!』
ルビーはとりあえず力の限り強く地面に叩きつけておいた。
閲覧&感想ありがとうございましたー。
>帰ってくるの遅くて投稿遅れまして申し訳ございません。
>そんなわけで異世界の第一歩!――――の前に補足をばひとつ。この作品は転生ものではありますが、ユキカゼ君の元いた世界に『なのは作品』はありませんので、出て来る人達みんな主人公にとって初めましてです。
>基本はルビーちゃんとの漫才によってこの作品の6割5分が成立するかもしれない危険性があったりなかったり。でも書いていてこのコンビは意外と楽しかったりします。
>作者ははやてが大好き!方言大好き!
ではではまた次回ー