【未完終了】魔法少女リリカルなのは ━三途川に落ちる少年━ 作:針鼠
「うーん……」
俺はある人の部屋の前で行ったり来たり。扉をノックしようと握った拳も、上げたり下げたりと傍から見たら不審者丸出しである。もうかれこれ10分近くはこうしているわけだが、その間誰かが通っていないことは本当に幸運なことだった。見つかれば通報待ったなしである。
さっさと中の人物を訪ねてしまえばこんな無駄に運を消費することなどないのだが、どうしても勇気が出ない。
「やっぱりまた今度に――――」
「あれ? ユキカゼ?」
ビクゥッ!! 暴れる心臓を落ち着かせようと無意識に胸に手を当てながら後ろを振り返って、とても気まずいことになった。そこには俺を呼んだフェイトさんと、これから訪ねようとしていた人物、なのはさんがいたのだから。
目があって、思わずふたりして空笑いが出た。
用件を察してくれたフェイトさんのフォローもあり、俺となのはさんは訓練場までやってきた。この時間に誰もいないところといえば思いつく限りでここしかなかった。その間会話はなかった。
訓練場に着いて、なのはさんは防波堤の縁に腰を下ろした。
「隣り、座りなよ」
「……はい」
促されて俺も座る。しばらく無言が続いた。
美女と夜の海に2人っきり。普段なら舞い上がってしまう場面だが、今日はそんな気分にはなれない。何故なら俺は――――今日のことを謝りにきたのだから。
今日の訓練、なのはさんがティアとスバルに言ったことは正しい。
模擬戦は確かに限りなく実戦に近い条件で行われるものではあるが、だがやはりあれはあくまでも訓練なのだ。なのはさん達が普段教えてくれる技や動きを、実戦でも出来るということを証明し、自分自身でも実感するための場。それをティア達は、教えられたのとはまるで違うもので応えた。
反発をしたかったわけではないだろうと思う。ティア達は――――いや、ティアは焦っていた。ここ最近の姿を見れば誰もがわかっていた。わかっていながら、俺はなにも出来なかった。それは……悔やむべきことでもある。
なんにせよ、ティア達は間違った。言葉にはせずとも、なのはさん達の教えを無意味なものだと吐き捨てた行為だった。
だからそれを罰したなのはさんは正しい。
間違ったのはティア達と、それを庇った俺だ。
正しいことをしたなのはさんに逆らった。なら謝るのが筋なのだ。
それなのに、
「ごめんね」
それなのに、最初に謝ったのはなのはさんの方だった。
「なんでなのはさんが謝るんですか!? 悪いのは、間違ったのは俺の方なのに!」
「でも頭に血がのぼって、関係ないユキカゼ君まで攻撃しようとした。……ううん、フェイトちゃんが止めてくれなかったら絶対してた」
その横顔はとても悲しそうで、なのはさんは膝を抱えると顔を埋めた。
「私、教導向いてないのかな?」
多分、それはなのはさん自身声に出したことに気付いてなかったものだと思う。元々弱音を他人に吐くタイプには思えないから。ましてや部下の前で。
だから今のは溜めに溜め込んだものが、ポロリと無意識に溢れてしまったもの。
それでもその一言に、頭が真っ白になった。
「なのはさん!!」
なのはさんは顔を上げて、突然立ち上がったこちらを見上げる。
「ちょっと俺と模擬戦して下さい」
きょとんをした顔をなのはさんはしていた。そりゃそうだ。
★
虚空からビル群が現れる。市街地戦闘を想定したフィールドホログラム。
「本当にやるの? ユキカゼ君」
純白のバリアジャケットを纏いながら、なおもなのはは戸惑った顔で言う。しかしユキカゼの方は熱心に屈伸運動中。
ユキカゼはデバイスであるルビーを手にする。
「セットアップ。モード・セイバー」
瞬く間に白銀の騎士姿に様相が変わる。真剣な顔つきで、ユキカゼはなのはを見る。
「行きます!」
一方的な合図だった。ユキカゼはなのはの返事を待たず飛びかかってくる。
それでも、その程度で崩れるなのはではなかった。振り下ろされた剣を苦もなく止める。
「わかった」
ようやく、なのはもユキカゼの本気を受け入れた。
シールドでユキカゼを弾く。間合いをあけると、魔力球を周囲に展開しつつ、浮遊魔法を発動。後退しつつ上へ。
ユキカゼのセイバー・モードは近接型で、シグナムも舌を巻く剣技を発揮するが遠距離魔法は無い。空も飛べない。
だから剣撃の届かない空へ逃げられてしまえばどうしようもなくなる。それは当然ユキカゼもわかっている。
「逃がすか!」
すぐさま追ってくる。魔力による加速。
重力に逆らってビルを駆け上ったユキカゼは、ビルの頂上で斜めに跳躍。なのはの上を取った。
思わぬ荒業に一瞬驚いたなのはだったが、寸ででシールドが間に合う。しかしパワーはユキカゼの方が僅かに上回った。弾かれたなのはの体は地面に向かって落下する。
あわや墜落かというタイミングで体勢を立て直したなのはは、平面移動で再び間合いを離す。
「強くなったね、ユキカゼ君」
なのはは微笑む。
「だけど」右手の指をクイ、と動かす「まだ周りが見えてない」
「!?」
なのはの周囲にある魔力球の数が減っている。ユキカゼがそれに気付いた時には背中の衝撃に、前につんのめっていた。
両の手を地面についてすぐさま立ち上がるも、すでになのははビルよりも高い空へ移動を完了していた。
ユキカゼがビルを駆け上っている最中、なのはは建物を迂回させユキカゼの死角をつくように魔力球を遠隔操作していたのだ。
こうなってしまえばセイバーでは空中のなのはを落とすことは出来ない。かといって、未熟なキャスターでは空中戦でも魔法戦でも、なのはにユキカゼが勝つ可能性はゼロに等しい。
なのはは、地上のユキカゼを見下ろしながら優しく、嬉しそうに微笑んだ。
(本当に、強くなったね)
課題だと思っていたスタミナも充分ついた。武器を振り回す筋力も。
なのはの予想ではここまでなるにはあと数ヶ月はかかると思っていたのだが。
(毎朝頑張ってたもんね)
なのははアグスタ以降、ユキカゼが早朝と訓練後に自主練をしていることを知っていた。隊員のひとりが偶然見かけたのを報告してくれたのだ。
無茶をしているようだったら止めるつもりだったが、彼は基礎体力のアップを念頭に地道な鍛錬を行っていた。オーバーワークを心配したが、今のところその様子も無いので口は出していない。さすがは男の子は回復力があるようだ。
なにより、必死に頑張る彼の顔はなのはを笑顔にさせた。
成長は基礎体力だけではない。セイバー・モードではなのはを空中に逃すまいと積極的に間合いを詰めて、空に逃げられたからといって軽々にキャスター・モードで空中戦を仕掛けてこなかった。
なのはの空戦技術と、自分の未熟さを冷静に分析出来ているからこその正しい判断だ。
力任せに剣を振り回していた最初の頃と比べると見違えるようである。
しかし、なのはが空へあがった今、このままではユキカゼに勝ち目はない。
(どうするのかな?)
先程の壁走りのような奇手を打ってくるか、それともキャスターで空中戦か。
胸を踊らせて次の行動を見守る。
ユキカゼは、剣を大上段に構えた。
それは以前、列車襲撃事件の際に敵を一掃したセイバー・モードの切り札。一撃必殺の巨大な斬撃。
ユキカゼの魔法はなのは達のそれとは違った系統にあるわけだが、敢えて分類するなら斬撃を模した広範囲への長距離砲撃魔法。威力はなのはの収束砲撃魔法にも匹敵する。
しかし、なのはのシールドならば防げないことはない。というよりそも防ぐ必要はない。あれはモーションが大きく、しかも単発。回避だけなら容易い。
「なのはさん」
ユキカゼの剣に黄金の魔力が収束する。膨大な魔力の渦はうねりを生み、風を起こし擬似的な旋風を巻き起こす。
そんな中、ユキカゼはなのはに言った。
「本気で、お願いします」
「…………」
その瞳は真っ直ぐだった。
その瞳は綺麗だった。
ユキカゼが全力を尽くす。ならばなのはは、
「レイジングハート」
全力全開。それがなのはの信条だ。
デバイスの杖を構える。砲口となる先端を、地上のユキカゼに向ける。
展開される桜色の魔法陣。それを見て、ユキカゼは恐れるでもなく笑った。なのはも笑っていた。
「ディバインバスター!!」
なのはの砲撃が先に放たれる。極大の閃光が世界を塗り潰す。
それに対してユキカゼは振り上げた大剣を――――振り下ろさない。
「え?」
困惑するなのはの前で、ユキカゼはニヤリと笑うと大剣を手放した。そのまま両の手を大きく広げる。まるでなのはの砲撃を受け止めるように。いや、ようにではなく正しく体で受け止めたのだった。
★
「……絶対死んだと思った」
大の字に倒れたまま、俺は自分の生存を確認する。非殺傷モードなので死ぬはずはないのだが、あんなデカイ魔力の塊が直撃すれば誰だってこうなる。まあ、代わりに体は指一本動かせないけど。
「もう、無茶し過ぎだよユキカゼ君」
傍らに着陸したなのはさんが呆れ顔で覗き込んできた。ちょっぴり怒っているようにも見える。……いや多分怒ってるな。
これはけじめだ。自分の勝手でなのはさんに生意気にも逆らった俺への罰。
元々謝罪しにきたのだから、なんらかの罰則は受けるつもりだったし。
「すみませんでした、なのはさん」
「ううん。もういいよ」
なにが、と訊いてこない辺りなのはさんも察してくれてるようだった。それでいてあっさり許すんだから。まったくこの人はなんだかんだいってやっぱり甘い。
「私ね、昔任務中に撃墜されたことがあるの」
動けない俺の傍らで、座り込んだなのはさんは語り始めた。
「そのもっと前から無理し続けてね、ちょっと油断したところに……ね。ヴィータちゃんにも迷惑かけちゃった」
情けないな、と苦笑するなのはさん。
「大変だったのはその後で、お医者さんにはもう飛べなくなるかも、とか言われてたんだ」
俺は、生まれてこの方大きな怪我や病気をしたことは無い。だから明日突然あなたはもう歩けなくなりました、などと言われる気持ちを察することは出来ない。一体どれほど大きなショックを受けるのか、想像も出来ない。
でも、今のなのはさんの横顔を見てわかることもある。
少し忘れかけていた。いつも俺達の面倒を見て、俺達よりも仕事をこなして、俺達よりもずっとずっと強くて。
まるで俺はなのはさんをなんでも出来る物語の主人公かなんだと思っていた。――――だが、違った。
この人も同じ人間だ。俺と歳が1つ2つしか違わない普通の女の子だ。だからこんな不安そうな顔をする。
魔力が多いとか、特殊なスキルを持ってるだとか。
そんな上辺ばかりで勘違いしていた。
「すごく痛かった。怖かったし、不安だった。でもそれ以上に辛かったのは、ヴィータちゃんが……みんなが悲しそうな顔をすることだった」
「………………」
そう、普通の優しい女の子。
「また、失敗しちゃったのかな?」
だからこそ、彼女は自分で全てを背負いすぎるきらいがある。自分で出来る幅が広いから、限界まで頑張り過ぎてしまうのだ。だから、それは他人が教えてやらないといけない。
「俺、強くなってました?」
尋ねると、なのはさんは少し驚いた顔をしてから頷いた。
「なのはさんのおかげですよ」
「それは違うよ。強くなれたのはユキカゼ君が頑張ったから」
「その頑張るきっかけをくれたのはなのはさんだよ」
首を横に振る彼女に間髪入れずに返す。
「俺、今までこんな風に戦ったことなんて無かったし。なんだったら管理局に入ったのだって成り行きだったというか……」
「?」
「ま、まあとにかく!」仕切り直して「スバルやティアどころか、エリオやキャロよりずっと俺は弱い。覚悟もなにもなかったし。それでもいまはそれなりに体鍛えて、経験積んで、あいつらより強くなった……とはさすがに言えないけど。だけど少なくとも、初めてここにやってきた頃より強くなった自信はある」
なのはさんの目を見る。
「それもこれもなのはさん達が鍛えてくれたから」
「………………」
「なのはさんを信じたから、だから俺は逃げ出さないでここまで来れたんだから」
「……本当に?」
似合わないくらい不安そうに訊いてくるので、動けない体に気合い入れて頷いてみせた。
「だからもっと自信持ってくれよ。教官が不安がってちゃあ、根性なしの俺はすぐ逃げ出しちゃうから」
後半は冗談っぽく笑って言う。なのはさんはそれを聞いて、
「ぷ、あはは! あっははははは!」
「そんなに笑うこっちゃないでしょうが。まあ、でも頑張り過ぎも良くないし、たまの息抜きくらいなら手伝いますよ」
笑った。笑ってくれた。
そう、やっぱりなのはさんは笑ってる方が断然良い。
「ごめんごめん」
謝りながら、浮かべた涙を拭う。ニッコリと笑った。
「じゃあユキカゼ君が逃げ出したら今日みたいに砲撃で止めてあげるね」
え。
「魔法を思いっきり撃つとすっきりするし。うん、一石二鳥!」
「お、お手柔らかにお願いします」
「だーめ」
なのはさんの調子はいつもの通りに戻っていた。いや、少しばかり子供っぽく見えるのは気のせいか? まあなんにせよ、なのはさんはなにかしらの結論を己で出せたらしい。それで元気になってくれたなら俺に出来ることはもう無い。
ティア達とのことは、彼女達で話し合わないと解決しないし。
――――と、そのとき緊急出動のアラームが局内に響いた。どうやらガジェットが現れたらしいのだが、
「………………」
「………………」
2人して黙るしかなかった。え、マジでどうしよう。ほんとに動けない。
なのはさんは苦笑を浮かべて『ユキカゼ君はお留守番ね』と言いながら、救護班を呼んでくれた。ほんと締まらないなぁ。
閲覧ありがとうございましたー。
>あけましておめでとうございます。今年もこうして駄文を垂れ流す所存ですが、何卒宜しくお願いいたします。
>更新遅くなりまして申し訳ありませぬ。お正月ってお休みだけど、なにかと用事があるからいつもより忙しいもんですねぇ。
皆さんはいかがお過ごしでしょう。楽しく過ごされているなら幸いです。
>さてあとがき。一応これにてティアの悶着は終わりです。ユキカゼ君はあくまで部外者なのでこれくらいの関与がちょうどいいかな、と。
ティアを励ますとかも案ではありましたが、そうするとがっつりティアルート入っちゃうし!あくまでこれは微ハーレム路線を行きます。
>次回は初の休日!ひゃっほう、これで初休日とかブラックな六課だぜ!